2013年12月10日火曜日

11月に読んだ本 その2

なんだかんだでもう師走。一年早いなあ。今年も何ということもなく終わりそう?

「代替医療のトリック」サイモン・シン

鍼治療や指圧、カイロプラクティック、ホメオパシーなどある程度歴史のある「代替医療」について、その「医療」が生まれた経緯と現状、さらに科学的にその効果を検証した本。 通常医療でないものはほとんど効果なし、という当たり前な結論なのだが、それでも巷に溢れるその手の看板をみるに、日本では心身に起きた不都合のほとんどは「まじない」で治るほどに栄養状態がよくなったのだなあと実感する。 「通常医療」も元は他の医療と同じく民間伝承に始まり、数々の試行錯誤を経て今に至るわけなので、徒に敵視する必要はなく、素直に先人の努力と功績に感謝しつつ向きあえば良いのだ。優秀で勤勉な無数の人が積み上げた科学の力に、何故たった一人の「カリスマ」が勝てると思うのだろう。傲慢に過ぎる。


「民間防衛 あらゆる危険から身をまもる」スイス政府編

我ながらタイムリー(^^)永世中立国のスイスは平和を守るために国をあげてあらゆる努力をしている。特定秘密法案が「やっと」成立した日本も見習うべきところは多い。わかりやすく簡潔にまとまっていて、中のイラストも結構良い。一家に一冊の良本。
戦争によって国がどうなるのか何が起こるのか、はもちろん「革命」ってのがつまり戦争の一種であるってことも子供にきっちり勉強させておいたほうがいいよなあ。ある意味対外戦争よりたちが悪いのに何となくキレイなイメージなのは何でなんだか。

2013年11月16日土曜日

11月に読んだ本

「俺たち花のバブル組」池井戸潤

半沢直樹の大ヒットで一躍有名になったシリーズ第二作。これ書かれたのって2010年なのね。第一作と同じくこちらも「バブル組」の匂いが色濃く出ていて、あの時代を知るものとしては懐かしいやら痛いやら。半沢妻が、美人で家事完璧で優しく夫を立てるドラマ版の妻と対極にあるような女性なのに何となくうまくいってる感がリアルで面白い。まあしかしドラマにあのタイトルつけた人偉い。中高生は言葉自体知らなかったりするからなあ。



「ジウ(3) 新世界秩序」誉田哲也

1と2を続けて読んでからちょっと間が空いてしまったが、すんなり入れた。というか、3は最初からフルスロットルの急展開で、細かいことは気にせずどんどん読み進められた。対照的な二人の女性キャラの使い方はすごくうまくて、特にいけ好かない系の方の女性の効果?が素晴らしい。厨二病的なタイトルも皮肉がきいていて、読後感もスッキリ。素直に面白かった。
ただジウの生い立ち?にからむおどろおどろしさが3にはほとんどなかったことがちょっとだけ残念。修羅場に陥った歌舞伎町の描写はもうすこしエグくてもよかったかも。

「大東亜戦争への道」中村粲

さて上の2つとはうってかわってハードなこの一冊。実に663ページの一大ノンフィクションだが、章立てが細かく整理されているので、案外読み進めやすい。とあるブログで「良書」として紹介されていたので読んでみたがまさにその通りだった。
全てを鵜呑みにするわけではないが、日本という国の我慢強さ・粘り強さにはただただ驚嘆するしかない。外交下手というよりは、物事をいい方に考えすぎというか、一言でいうと「甘い」のだろうが、何度も騙されいいように利用され、少なからぬ自国民を殺されながらもなお、公正・誠実に対応しようとするその精神的な強さに周囲の国は恐れを感じたのかもしれない。ここまで執拗に、よってたかって日本をハブにし貶め追い詰めていく行為の裏には、人種差別の問題はもちろん(現にドイツやソ連への対応は違う)、これまでの欧米中心の世界とはまったく異質の、えたいのしれないものとしての恐怖心があったように思う。以前読んだ宮部みゆきの「名もなき毒」のように、正しいもの・正しくあろうとする態度そのものが、最悪の毒を産み出す触媒になることもありうる。どうしても日本が「行き過ぎた軍国主義」で「他国を侵略する陰謀を以て」戦ったということにしておかないと、精神的に持たない人たち(国)が沢山いたんだろうなあ。それにしても共産主義怖い。戦時中にこれほど警戒されていたのに、戦後に理想国家とか革命とかって憧れて学生運動してたとかもう頭おかしいとしか…まあいいことばっかり喧伝して、マスコミも煽って、ホントの実態なんか一般人には全然入ってこなかったんだろうけど。

【怖いエピソード】
コミンテルンのメンバーの一人、オランダ人のマーリンが孫文に問うた。
「何のために革命を行うのか?」
孫文即座に答えた、
「人を愛するが故に」。
これに対しマーリン、
「人類のために革命をするというのでは、革命は永遠に成功することはできない。我々は人を恨むが故に革命を行うのだ

こういう思想を持つようになる背景には、それこそ長く虐げられてきた恨みつらみはあるのだろうとは思うし同情はするが、それにしても臆面もなくこういうことを言い放って恥じるところなしというのは、到底理解できないし、こういう人間と表面上でも仲良くするというのは無理な気がする。とにかく、四面楚歌の中奮闘努力、死力を尽くして国を守り抜いた先人に感謝。そしてマスコミやっぱ最低。

2013年11月12日火曜日

10月までに読んだ本観た映画

なんだか最近怒涛のように読んだり観たりしている。あとは書くことだけなんだが、ビジネス文書のようなもんばっか。今度のお仕事が終わったら、軽く何か書いてみようかなーと思うくらいにはいろいろと溜まってきているような、気がする(気がするだけかもしれない)。

まあゆるゆるといきます。

「風立ちぬ」

いわずとしれた今夏大ヒットのジブリ映画。中二の息子がどうしても観に行きたいというので、珍しく映画館で。大して事前知識ないまま観たが、これが予想以上の出来。特に関東大震災の描写は凄かった。まるで東日本大震災を予言していたかのような音と光景。リアルというのはちょっと違う、意識の根底を揺らすような映像だった。風にとばされる日傘、揺れるスカートの裾、飛び立つ飛行機がまとう風、とジブリでは定番の「風の描写」も卓越していた。

戦後生まれの私がこう言うのも何だが、当時の男女の恋愛をきちんと描いていたように思う。抑制された、だがそれゆえにかなり色っぽい場面があり、小学生の次女には早かったかとドギマギした。自分の親世代だと思うせいか、妙に生々しく感じたのだ。もちろん恋愛の情熱だけではない、人が人を気遣い思いやる、細かなエピソードが素直にいいなと感じた。

実を言うと堀辰雄の「風立ちぬ」はあまり好きな小説ではない。名作とされているので学生のころに読んだが、あまりに情に偏っているように思えて正直辟易した。ところが戦前生まれの父に言わせると、そうではない。「風立ちぬ」が出た当時高校生だった父。
「戦争が終わってすぐの何年間か、面白いことはひとつもなかった。学校もつまらなかった。暗くて辛い話ばかりで。そこに、こんな小説が出てきた。それはそれは面白く皆で読んだものだ」
食べ物も含め「甘さ」の欠乏していた時代に、必然的に求められ受け入れられた「スイーツ」だったのだ。

実際、ゼロ戦の生みの親である堀越二郎と、小説「風立ちぬ」の中の人物とはまったく無関係の別人で、ほぼ対極といってもいいくらい違う立ち位置にあるのだが、あえてこの2つを融合させたところが宮崎さんの凄いところというか、年の功というか、とにかく若造には出来ない組合せであることは間違いない。その融合具合がまた自然で、子供たち完全に混同していた。映画を観終わったあと風立ちぬを読んでみたいという息子に、いやいやまずはこっちだろうと薦めて買ったのがこちら


「零戦 その誕生と栄光の記録」堀越二郎

短いが中身の濃い一冊だった。当時第一線の技術者であり、三菱退職後は長く大学で教鞭を取られていた方でもあるから、文章も簡潔でわかりやすい。中二の息子に言わせると「読みやすいが読みづらい」。無駄な部分があまりなく、一つ一つかみしめながら読まないといけないので疲れるそうな。
どんな技術も一人だけの力でどうかなるものではない、周囲と協力し、心を通い合わせながら達成していくものである。そこに奢りや傲慢や、ましてや怠慢が入る余地はない。…というようなことをわかってくれればそれでいいのだが、どうだろう?

零戦は結果として、特攻という悲劇にまみれて終焉を迎えてしまったけれど、だからといって堀越氏は人を死なせるための飛行機を作ったわけではなく、常にギリギリの選択を迫られながらその時時で最良と思われる判断を下し、それに載る人を最大限に「生かす」ものを作ったのだと思う。

「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・D・ウッド、茂木弘道(翻訳) 2009.12

昔、兄がボソっといった言葉。「ディズニーの『しらゆきひめ』とかってさ、戦前に作られた映画だって聞いた時、こんなん作るような国と戦争してたんだ、そりゃ負けるわなと思った」
平成の世の中学生である息子も、同じようなことを言っていた。どう考えても物量的に無理、負けるのわかってて何で戦争を始めたか?と。
それに対して、うまく答えられず、ただ最初は短期決戦で臨むつもりだった、戦争は始めるのは簡単だが終わらせるのは難しい、とだけ説明した。自分でもあまり納得いかない感じだったので読んでみたのがこの本。

開戦当初、実は日本の方が軍備において優っていた。相手は資源もあり生産力も高い米国ではあるが、いかんせん遠い。本国から遠く離れ、一番近い場所がハワイ、というのは当時ならば戦争をするには非現実的ともいえる距離だった。緒戦の連勝も、地の利に優り錬成された日本軍の実力からしたら当然、ただ勝利により与えられた時間と土地とをもっと有効に使う手はなかったか?というのが本書の論点。

護送船団の話は面白かった。護衛付きの大船団で航行するのは、容易に潜水艦攻撃の目標にされてしまうということでやらなくなったが、実はこれが一番安全で効率的な防衛だという。十分な戦力を携えていれば、たとえ攻撃されたにせよ駆逐することもできる。潜水艦の数は限られているし海は広い、守りの堅い船団のすべてを集中的に攻撃するなどということは不可能。それに向こうが攻撃しやすいということはすなわち反撃することもたやすい、むしろわざわざ自陣内に来てくれるわけだから逆に有利。このように利点の多い護送船団方式をできうる限り貫いていれば、船の損失はもっと抑えられ、全体としての戦闘を有利に運ぶチャンスがもっと得られたのではないかということだ。

ただこの著者、戦役についたことは無く、実際の戦場にも一度も行ったことがない。「純粋に」戦術や戦略という側面のみから論を組み立てている。そのため特攻も、ひとつの「戦法」「戦術」という見方をしていて、かなり有効で破壊力のある特攻を、もっと早くから取り入れていたら戦況は変わっていたかもしれない…ということを述べている。いやその、ちょっとそれは…そりゃ実際に敵の戦艦をいくつも大破させたりしてるわけだから数の上で言えば有効といっていいのかもしれないが、これ単なる爆弾ではない、人の命そのものだからね…若い命を散らした日本の多くの若者はもちろん、ありえない角度で突っ込んでくる飛行機の恐怖にさらされ続けた米兵においても後々までPTSDで精神を病む者も多かった。これを以て有効な攻撃と本当に言えるのか。戦法としては下の下、人も飛行機も一気に喪う文字通り捨て身、禁じ手扱いでいいんじゃないんだろうか。
客観的な意見もあまりに度が過ぎると単なる「他人事」と化す。そもそも評論とはそういうものなのかもしれないが。

結論としては、いろんな細かいミスやちょっとした遅延・ギリギリの判断のズレや誤りなどが重なって日本は負けたということらしい。結果的には日本の惨敗だが、アメリカも到底楽々勝ったとは言えない。太平洋戦争は「最初から100%日本が負けることがわかっている」戦いではなかったというわけだ。

2013年9月25日水曜日

9月に読んだ本

戦前生まれの父からは、「日本は元々、中国とは仲が良かった」という話をよく聞く。正直半信半疑だったが、このところ戦中の本を何冊か読む機会があり、考えをあらためつつある。ただ、相当に複雑な国ではあるので、そういう側面もある(あった)のだろうというくらいの認識に留まってはいる。歴史的にも距離的にも近い国ではあるので理解する努力はしないとね。

「この命、義に捧ぐ」門田隆将

まず驚いたのが「内蒙古『奇跡の脱出』」。根本博海軍中将は、終戦後の武装解除を拒否し、戦犯にするとの脅しにも引かず、祖国に引き揚げる在留邦人を守りぬいた。これまで、中国大陸からの引揚げは満州を筆頭にとにかく悲惨だったという印象しかなく、このように司令官の判断ひとつで明暗を分けていたという認識はなかった。負けた相手に勝った側がどう出るか、武器を捨てた時にその現場で何が起こるか。知り抜いた上での「自分がすべての責任を負う」という言葉は重い。
さらに受けた恩義を忘れず、命を賭して台湾の危機を救う。しかもその事実は長年極秘中の極秘、日本人はおろか助けられた側の国の人間ですらほとんど知らない。それだけでも十分にカッコイイのだが、釣り竿を担いで日本に帰国しマスコミに囲まれても、報道する側の意図を看破し、利用しつつ見事煙に巻く、その知性と胆力と器の大きさにはシビれる。それに較べてマスコミの、嫉妬心の絡んだ嫌ったらしさ、狡さ、卑劣さ、カッコ悪いことこの上ない。戦前も戦後もそして今も、一番こういう大人物から遠いのがマスコミというものなんだろうなあ。


「チャーズ 中国建国の残火」遠藤 誉

対してこちらはやはり義に従い尽くしきった「一般人」の話。中国で製薬会社を経営し暮らしていた一家の壮絶な脱出行だが、こちらの方は家族を守り切ったのではなくむしろ犠牲にして自分の信念を貫き通した感が強く、なんとも言えない気持ちになる。
しかしその愚直なほどの「信念」に基づいた言動により奇跡のような救いの手がさしのべられ、著者は心身ともに大きなトラウマを負いつつも生き残り、このような本を書いて世に訴えることが出来ているので、何が正しくて何が間違っているのかは本当にわからない。
真の「悲惨」を直接に引き起こすのは国とか最高権力者ではなく、現場にいる極めて狭く小さい単位での「権力を持つ個人」とそれに唯々諾々と従い阿る個人、だと思う。洗脳の話も怖かった。自分が攻撃されないように自分以外を槍玉にあげる…中世の魔女狩りしかり、日本赤軍のリンチ事件しかり。今の平和な日本でさえ、このような図式は至る所に存在する。小さな集団でも常に外界に通じる門は開けておくようにしないと、出口のない狭く閉じた空間には「悲惨」がすぐに忍び寄る。

2013年9月11日水曜日

8月に読んだ本

長かったそして暑かった夏もようやく終わり、朝晩は一気に秋の気配。心機一転頑張らなきゃだな。えっと例によってネタバレ注意。

「俺たちバブル入行組」池井戸潤

言うまでもないがドラマの「半沢直樹」とは別物。池井戸さんの文章は、あまり読書が好きではない息子にも読みやすくわかりやすいらしい。さっくり読める。無駄なくきちんと整理された掛け値なしに面白い作品を、ドラマではヴィジュアルを最大限に活かしテンポよく畳み掛ける。どっちもどっちで面白いが、強いていえばドラマ側に「バブル」な時代の雰囲気がないかな。まあなくても全然困らないけど。


「青の炎」貴志祐介

この方の小説は初めて。家族を苦しめる男を排除するため完全犯罪をもくろむ高校生の話だが、なんというかのっけからいろいろと甘い。結果はネタバレになるので書かないが、「ドロレス・クレイボーン」「1922」など比較すると男性の「殺す理由」は、今ひとつ煮え切らないというか、腹を括りきれていないような。優しい日本の若者の、その「甘さ」「弱さ」「中途半端さ」を意図して書いたとすれば相当秀逸な出来と思う。


「プリンセストヨトミ」万城目学

こちらも初めて。映画化もされていたので気にはなっていたが読み損ねたものの一つ。主人公?の男の子の性癖をはじめ登場人物の言動に今ひとつ共感できなかったためか、この世界に最後まで乗れず。大阪が独立国?!という映画の宣伝から、勝手に井上ひさしの「吉里吉里人」のようなイメージを抱いていたが、全然違った。なんというか、大阪国についてもう少し突っ込んでほしかった。でないと「プリンセス」、完全に脇役じゃん。守る理由がよくわからないというか、守りきれてないわけだし。


「ばらばら死体の夜」桜庭一樹

こちらは安定の桜庭さん。登場人物それぞれの視点からの語りは、桐野夏生さんの「グロテスク」などの作品、多重債務の話は宮部みゆきさんの「火車」を思わせるが、こちらは社会的にというのではなくあくまで個人的な資質、生まれや育ちといったところに視点を置きつつ、より突き放した感で書いている。まあ、そういう「素人がハマりやすい制度」があったにせよ、全員が全員引っかかるわけではないからなあ。

最初、バラバラにされた・・・のは男性側とばかり思っていたので意外だった。もともと事情上「バラバラ」だった女を本当にバラバラにしただけ、とまるで「自然の理」かのようにとらえていて、殺すときも一切ためらいがなく、罪の意識もほとんどない男の内面が薄ら寒い。だが前述の「青の炎」の男子高校生よりいっそはっきりしていて潔いとも言える。推理小説やミステリーなんかだと完全犯罪は難しいことになってるが、昔、無人の山や野や川での殺人が容易に露見しなかったように、多くの人が周囲にいても目を向けない(向かない)、何もかもが調和をなくし「ばらばら」になった場で行われた殺人は認識されづらいのかもしれない。

2013年8月9日金曜日

6、7月に読んだ本

この場所もどうしようかなあと思いつつ、記録の意味で書いとく。フィクションの世界も、現代社会で生きていく上ではけっこう必要なのかもしれないと思う今日このごろ。


「死神の精度」伊坂幸太郎

この人はやっぱりうまい。設定は荒唐無稽なのに、細やかで慎重に考えぬかれた文章なので気持ちよくすっと入ってくる。ストーリーは定番で安心して読めるけれども決して陳腐に逃げることなく、ちょこちょこ意外で、斬新な展開があって退屈しない。「死神」は非情な存在なのだが、過剰に思い入れることなく、かといって完全な傍観者というわけでもない、その距離感が絶妙。


「ジウ」誉田哲也

三部作のうち二作目まで読んだ。まったくタイプの違うヒロインが二人出てくるのだが、「女らしい」方はそこはかとなくやな感じ。というかはっきりと嫌いなタイプの女だ。しかしそれで片方の酷薄さが中和されるというか、魅力に思えて来てしまう。キャスティングの妙。
まだ完結編を読んでいないので物語の評価は出来ないが、ここまでほぼ一気読み。面白いです。


「竹林はるか遠く」ヨーコ・カワシマ・ワトキンス

太平洋戦争末期、半島から命からがら引き揚げてきた少女の自伝。翻訳物のせいもあるが語り口はいたってシンプル。だが内容はかなりハード。本当に、今の時代に生まれた幸運に感謝したくなる。こういう状況で妊娠出産、子供連れて逃げるとか、想像したくもない。
帰国するまでの辛酸はもちろんのことだが、日本に帰って来てからの生活が相当苦しい。同じ戦時中の国民なのに境遇の違いは著しく、温度差がかなりあることに驚かされた。戦争中は皆お国のために一致団結・頑張って耐え抜いたなんていうのは後付けの幻想だとよくわかる。ある意味、日本全国異常に熱狂していたわけではないということの証左でもある。よくぞ出版してくれた。

2013年6月12日水曜日

5月に読んだのまとめて

「親鸞 激動篇上・下」 五木寛之

「親鸞 上・下」の続編。さて最初のをいつ読んだかなーと思ってこのブログの「読書」ラベルついた記事を探してみたが、あれれ?無い?書いてなかったのね・・・。

ともあれ「激動篇」。波瀾万丈な若者時代を過ぎ、遠流の身ながらも比較的穏やかな生活を送る親鸞。それでも激動の時代であるから、次々と様々な事件が起こるのだが、ここでの主題はそれではなく、あくまで親鸞の内面の問題だ。念仏を詠んで何になる?という問に十分に応えることが出来ず迷い悩む姿は、理想に燃えていた若者の頃とは違いあまり格好良くはなく、女々しいし情けないが、リアルではある。この先この問題にどう折り合いをつけていくか、続きが楽しみだ。

「天地明察」 冲方丁

これは映画も観たが、原作の方がずっと良かった。いろんな人の思いを「頼まれ」、実直な主人公が奔走する。努力や研鑽や思いの積み重ねが、少しずつ実を結び、花開いていくさまを自分の目で見ることのできる人は幸せだが、自分の仕事を精一杯果たし、誰かに「頼んだぞ」と言える、そういう心持ちで世を去ることができる人も幸せだ。
結局のところ、あまり「自分が自分が」と言わない、いつか確実に消えてしまう「自分」にあまり執着しないほうが、幸せな人生を歩むのだろう。

「ビッグ・ドライバー」スティーヴン・キング

1922」に続く、闇の四篇のうちの残り2つ。キングが一切の容赦なく書き切る闇の世界、今回も表題作及び「素晴らしき結婚生活」、両方とも後味は悪いものの、ハッピーエンド、と言えば言えなくもない。なぜかといえば両方、いわゆる「正義」「大義」があるからだ。
といってしまえば格好いいが、現実にその「正義」を行使することは決してキレイな所業ではない。人を殺すということは、ただ犯罪というだけではなく、恐ろしく汚くて、そしてひたすらに面倒なことなのである。これ読んで自分も真似しようと思う輩はなかなかいないだろう。そういう意味でもさすがはキング。

2013年4月30日火曜日

4月に読んだの観たのまとめて

ああいかん、しばらくサボってたツケが・・・結構忘れちゃうなあ。
ということでまとめてアップ。ネタバレありです。

「1922」スティーヴン・キング

帯に「恐怖の帝王キングが手加減なしで描く光なく真っ暗な物語」とあるけどまさにその通り。自分の土地を守ろうとして、妻を殺し埋めてしまった夫とその息子が破滅に至る過程を容赦なく書いている。ひとことでいえば自業自得、なのだがとことん無慈悲な話だ。
逆に妻が夫を手にかける「ドロレス・クレイボーン」という話もあるが、こちらは殺す理由がDV夫の毒牙から娘を守るためという、ある意味「母としての正義」によるものであるせいか、暗さは感じない。娘には最後まで何も知らされないし、まず妻の方が何者も恐れていない。「子を守る」という、最優先すべき事項を実践した母としてのプライドが、罪の意識を凌駕しているからだ。
対する「1922」は、所詮は物欲や執着心ゆえの殺人(我侭といってもいい)、しかも死体遺棄・隠匿にはなから我が子を巻き込むという最悪のパターンを踏んでいるためか、読者としても同情の余地はほとんどない。非常に冷たい醒めた目で主人公の行く末を見守ることになる。巻き込まれた形の息子とその恋人の死は本当に哀れだが、怖いのはその先。主人公は結局、殺人の理由となった土地も手放し、夢も希望も二度と持つこと無く罪の意識に苛まれながら、しばしの間生きながらえる。一切を失い、闇の中でただ生きていくというのは、どれほど苦しいことなのだろうか。
キングはその作品の中によく「新聞の小さな囲み記事」を入れる。普通に暮らしている人が突然遭遇する不幸、不慮の事故、といったところから物語を見つけるキングの豊かな想像力にはいつも感心させられる。

「バンド・オブ・ブラザーズ」
「ザ・パシフィック」
スティーヴン・スピルバーグ








最初観たのは後発の「ザ・パシフィック」。なぜか息子がハマった。リアルな戦場シーンとマニアックな武器の描写にだろうか。確かに昔テレビでやっていた「コンバット」シリーズは、当時小学生だった兄二人にはストライクど真ん中、女子にも血沸き肉踊る感は伝わったので、気持ちはわからんでもない。実際の戦場では、沸き踊った血肉は吹き飛んでしまうんだが。

素直な感想としては、アメリカはこれだけ戦争でえらい目にあってるのにまあよくも今まで「世界の警察」として軍隊を維持してきたよなあ・・・ということ。今までこういう話がなかなか出て来なかっただけなのかもしれない。あの戦いを体験した人が年々世を去り、年を取り、今語らないと誰にも知られないまま消えてしまう、そういう危機感もこの壮大で残酷なドラマを作らせたのかもしれない。
徹頭徹尾、アメリカ兵の目線から描いているので、日本側の事情とか兵士の思いみたいなものはまったくといっていいほど出てこない。ただ日本人としては、補給が遅れつつもちゃんと前線の兵士たちに届くあたり、悲惨な状況で戦わざるを得なかった我が国の兵隊さんたちの苦労が偲ばれて複雑だった。

ひとつ印象に残ったのは、雨で人は狂うこともあるというエピソード。熱帯雨林地方の雨季というのは、半端無く雨が降り続くらしい。テントはあるものの防水は完全とはいかない。洗濯はおろか着替えもままならずほぼ四六時中ずっと濡れ続けるというのは、思っている以上に精神をやられるらしい。私の大叔父はフィリピンで亡くなった(と推定されている)が、こんな厳しい気候の中で心身ともに痛めつけられ、病んでいったのかと思うといたたまれない。負け戦の混乱の中で、いたしかたない事情もあっただろうが、それでも誰か、責任ある立場の人間がどうにかできなかったのか・・・と考えてしまう。リアルな戦闘シーンに息をのんでいた息子に、その中の一人ひとりに名前があり、名付けた親がいて、一緒に過ごしたきょうだいや友達がいる、自分たちと変わらない普通の人間だということは、伝わっていたろうか。

「レ・ミゼラブル」
トム・フーバー

久々に劇場で観た。いやこれは・・・すごく良かった。以前、NYでミュージカルを観たことがあったのだが、あの時は当然全部英語だったので細かい部分はまったくわからず。なのにラストのあのシーンで劇場全体の雰囲気に感応したのか涙が出て止まらなかった。二十年以上たった今、劇場内があれほど盛り上がっていた理由がやっとわかってスッキリ!(遅!)
しかしフランスでの「革命」と日本で60~70年代の学生運動が叫んでいた「革命」とは似ているようで全く非なるものとよくわかった。戦いの終わった朝、女達が学生たちの血で汚れた石畳を拭きながら、「小さい頃から知ってる、昨日まで一緒に過ごしたあの子たち」のために歌うシーンにはぐっときた。彼らのやり方が正しかったかどうかは別として、その覚悟と堂々とした生きざまには、素直に凄いと言わざるを得ない。日本の特攻隊も、本来こういう描き方をされるべきなのではと思う。結果は悲惨なものでも、本人たちは誇りと気概を以て戦ったのではないか?

2013年3月31日日曜日

3月に読んだ本

ひさしぶりに更新。そろそろ物事を始める季節、何とか雑事をこなさないと。
というわけで読んだ本のまとめ。思ったけど、こういう記録って後になるほど効いてくるかも。自他共に。



「伏」贋作・里見八犬伝 桜庭一樹

伝奇ものが得意そうな桜庭さんなので、おどろおどろしい展開を期待したが案外軽かった。NHK人形劇のイメージを未だに持ち続けている世代としては、ちょい物足りない。浜路ちゃんはまあ可愛いが、他の登場人物がマイルド風味すぎ。船虫の安いが濃い悪女っぷりが薄味、玉梓が怨霊~もないし。さすがに文章はうまいし面白いことは面白いんだけど、なかなかこういう大作をもじるというのは大変なことなんだろうなあと実感。むしろまったく原作知らないほうが楽しめたのかも。

「マドンナ・ヴェルデ」海堂 尊
チームバチスタシリーズのスピンオフもの、「ジーン・ワルツ」を「母の立場」から描いた作品。
娘のために代理母を決意する50代の母・・・その動機が、涙ながらに感情面から訴えるというところから来ているのではなく、超絶頭も腕もいい医師である娘のある意味「大義」であり、その配偶者も常識にとらわれない高所得者・・・などというハードル高すぎる条件で、真似しようと思う人はなかなかいないだろうが、「50代の妊娠」についてのリスクをもう少し書いてほしかったかも。
よくわからないが、いくら健康体であり最新の医療技術を以てしても、すごい大変なのではなかろうか。傷が治りにくいとか、子宮の収縮とかに問題出そう。この「母」がふわっとした天然気味に描かれているせいもあってあまり現実感がない。私ならどうするか、と考えるとまず承諾したら死を覚悟する。40代の今でさえ、妊娠だけでも相当危険な気がするし、産んだら産んだでその後育てられる自信ない。「ジーン・ワルツ」は割とスカッとしたのだが、こっちはちと微妙なモヤモヤ感がのこる。それほど難しい問題ということなんだろうけど。



2013年2月22日金曜日

空蝉(三)最終話

「ふー、さぶっ。まだまだ外は寒いわね侍従ちゃん」
「えー右近ちゃん、でも昨日より大分マシじゃない?天気いいしさ。まさに三寒四温てやつ?」
「確かに。節分過ぎると春に向かうってホントね。昔の人は凄いわー」

・・・しばしお茶を啜る二人・・・

「では行きますか。空蝉最終話ー♪」
「いよっまってましたー♪」



「さて、空蝉の術にまんまとしてやられてすっかりヘコんだヒカル王子、少年を車の後部座席に乗せ、すごすごとおうち(二条院)に帰る」


「あら、少年またおつきあい?」

「そうよー。ヒカル王子、もう誰かに愚痴らないとやってらんない状態、
『あんなふうに逃げ出すなんて、何も知らない小娘じゃあるまいし。そう思わなーい?少年』
なんて、爪をプチプチ弾きながら恨み言をぶつぶつ」

「少年、大変ね……つか王子、オヤジくさい」

「確かにミットモナイことになっちゃったからね、少年もさすがに王子が気の毒で、何とも慰めようもない。

『どんだけとことん嫌われてんのかな俺。自分がイヤになっちゃうよ。なんで、逢ってくれなくてもせめて、お返事だけでもしてくんないかなー。俺、あの伊予介じいさんにも劣るってことなんだね。超冷たくない?』」

「あ、どさくさに紛れてまた失礼なことを(笑)」

「なんていいつつも、さっき持ってきた空蝉さんの小袿を、掛け布団と一緒にはおったりなんかして

「えー?ヤダなにそれ…ドン引き…」

「少年はまたも空蝉さんの代わりに夜のおもてなし」

「ヒカル王子、ヤケくそだね、もう(笑)」

「『君は可愛いけど、あんなつれない女の弟なんだもんねー。いつまでかわいがってやれるかわかったもんじゃないもんねーっ』
少年、しょんぼり」

「ひっどー。完全八つ当たりじゃん」

「そんなこんなでゴロゴロうだうだしてて眠れないヒカル王子、突然思いたって硯を持ってこさせる」

「お、後朝の文ですか♪」

「一応ね。でもヒカル王子完全にやさぐれちゃってるから、空蝉ちゃんとは最初の一回きりで、今夜もその前もナーんにもなかったんだもんねーだからちゃんとした形式じゃあ書きたくないんだもーん、て、いかにもいい加減に流し書きしましたよって感じの紙を少年に持たせたわけ。 こんなふうに

『殻を脱ぎ捨てた蝉のように逃げ去った貴方ですが

それでもなお、その人柄が恋しくてたまりません』」

「ほうほう、殻と柄をかけてるわけね。で、軒端の萩ちゃんには?」

「な し」

「えぇえ、やることやっといてスルーですかー?」

「あまり事をはっきりさせると、萩ちゃんにもつらいことになるしねー。特に人間違いされちゃったなんてことバレたら、とんでもなくまずいじゃん」

「うわーそれショックなんてもんじゃないわよね。まだ若い盛りだってのに。いくら現代よりユルイ感じの通い婚っていっても、今後の縁談にも差し支えるってもんよね」

「王子にとっても不名誉だし、こじれること確実だから、要はこれ以上関わりあいたくない(笑)。だけど王子は未練がましく、空蝉さんの香りつきの小袿を身近に置いて眺めてんのよね」

「おいおい、匂いフェチ?って平安時代の特徴ね、そこにこだわるのは」

「さて、お手紙を受け取った空蝉さんはどうしたかというと」

「少年をめたくそ叱り飛ばしたっ」

「ピンポーン♪

『とんでもないことをしてくれたわねっ。なんとか人目はごまかしても、誰がどう思うかなんて知れたものではなくてよっ。本当に困ったこと。アナタみたいな幼い子供にこんな浅はかなことやらせて、ヒカル王子だってナニ考えてらっしゃるのかしらっ』

とえらい剣幕」

「あーあ少年、あっちでもこっちでも叱られて(泣)」

「それでも空蝉さん、さすがに例のお手紙は手に取って見てみた。私が脱ぎ捨てた衣【伊勢の海人のように】汗臭くなかったかしら、と思うと、いてもたってもいられず、ざわざわと心は乱れる」

「そうよねえ、わかるわあその女心。で、荻ちゃんはどうしてんの?」

「うかうか人に言える話でもないしさ、なんか恥ずかしいしーなんて、一人物思いにふける日々よ」

「ふむふむ」

「少年が行き来するたびに胸キュンするんだけど、何の音沙汰もない」

「か、かなしー」

「もともと陽気であまりものにこだわらない性格だから、それほどヘコんだりはしなかったのが救いだけどね」

「うーん…荻ちゃんにとってどういう思い出になるのかしらん、これ」

「このままいくと真相を知ることは一生ないだろうから、なんとなーく都合の悪いことは忘れていって、年取ってから
『実は私、あのヒカル王子とラブラブだったことがあるのよー♪』
『まーた始まった、おばあちゃんてば』
『その話もう十回目よ』
てな感じの、周りには嘘かホントかわからない『思い出』になるんじゃないかしら」

「・・・ま、若いし先も長いんだから、いっか」

「そうそう。でも、そうはいかないのが空蝉さん。なまじっかすべてを諦めて平穏無事な生活をしてたから、突然のヒカルの情熱に対応できなかった。でも完全に悟り澄ましてるわけでもないから、忘れることも出来ない。心の底に押し込めてたものを呼び覚まされて、せめて独身だったなら…なんて思ったりもして」

「でもさ、ホントに身軽な独り身だったらヒカル、ここまで執着しなかったんじゃない?空蝉さんが中の品ていう完全に自分より下の身分の人妻、要するに普段なら対象外の接点なし・自分の周りにはいないタイプだったから興味を持ったんだし、予想外に拒否られてさらに燃え上がっちゃったっていうか。単にかるーく遊ぶだけなんだったら、若くて可愛い触れなば落ちんの軒端の萩ちゃんでいいわけだし」

「あら、いつになくキッツイわね侍従ちゃん。でもそのとおりなのよね。いまさら身分も生活も変えられるもんじゃないし、『もし~だったら』なんてこといってもはじまんない。空蝉さんもその辺はよーくわかってはいるんだけど、思いを抑えきれず、ヒカルの寄越した手紙の片方にこう書き付けずにはいられなかった。

空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないように

  私も人知れず袖を濡らして泣いております』」

「ううう(泣)泣けるわ。ヒカル、やっぱ若いっていうか、ノーテンキよねえ…空蝉さんの心の綾とか機微とか、なーんもわかっちゃいないんだろうね」

「だねー」



<夕顔につづく>

参考HP「源氏物語の世界

2013年2月21日木曜日

2月に読んだ本 その2

「銀婚式」篠田節子 

例によって新聞で連載してた小説の続きが気になって。うちは三大新聞を六ヶ月ずつローテーションしてるのでこういうことになる。ただ、まったく読む気になれないものも中にはあるので、新聞連載だからといってすべて面白く読めるとは限らない。好みもあるけど、大多数の読者に訴えるとしたらある程度その日の分のトピックみたいな部分て必要なのだろうなあ。毎回でなくとも、だいたい◯◯字くらいで引きを作る、みたいな。

この作品は日曜版掲載なので字数はわりと多く読み応えがあった。もちろん篠田さんなのでいつも期待を裏切らない安心のクオリティ。毎週楽しみだったので新聞が切り替わるときは少々悲しかった(といいつつ店頭で当該新聞を買うところまではいかなかったけど)。

今回全部通して読んでみて思った、これはまごうかたなき「新聞小説」だと。一人の男の十数年が描かれているのだが、いわゆる一面に載るような大事件から、三面記事、家庭欄にいたるまですべて読者の「目を引く」ようなファクターが詰め込まれている。大会社破綻や世界的なテロ事件に巻き込まれた普通の人々、熟年離婚、大学生の学力低下、嫁姑・介護問題、子の受験、中年の恋愛・・・要するに「下世話」なのだ。個々のエピソードがまたいちいち極端というか、ありそうで無さそう、無さそうでありそうな感がまるで2ちゃんのまとめサイトみたいだった。広大なネットの海の片隅で、嘘か本当か、誰が書いているのかもわからない書き込みが、下手な小説より面白い場合が往々にしてあるのだが、これはもしかして篠田さんの、作家としての挑戦なのか、それとも諦めまじりの敗北宣言なのか。よくわからないがとにかく、読み出すと止まらない面白さではあった。タイトルも秀逸。その理由は読めばわかる。

2013年2月11日月曜日

2月に読んだ本

「血霧」パトリシア・コーンウェル

おお、もう19作目になるのか…最初からのファンとしては感慨深い。
主要な登場人物たちは相変わらず完全無欠、なのに(だから?)様々なトラブルに巻き込まれる。ちょっとやそっとのトラブルではない、心身ともに傷つき疲れ果て、命の危険に何度も晒される。何でも持っているはずなのに幸せになれない。誰もかれも悲惨な殺人現場や状況を知りすぎている故か、あまり神を信じてるようにみえない。真に信じられるのはただ自分のみ。
日本のように八百万の神がいるわけではなく、自然からもたらされる恵みや災害を荒御魂・和御魂とみなし、人の力の及ばないものとしてある意味「諦める」といった宗教観もない。個人の能力には限界があり、いくら努力しても細心の注意を払っていても、抜けることはあるしミスもする、どうにもならないことはあるのに、人並み外れた優秀な頭脳を持つがゆえに納得することができない。能力に見合う高いプライドが、負けることを認めず、許さないのだ。
シリーズを通してずっと作者が書き続けているのは、ひたすらに個人を磨き高めていくというアメリカの「理想」の限界ではないのかなと思う。

個人的に大好きなマリーノが、今回とくに情けないというかかわいそうな立場で胸が痛んだ。この人には幸せになってほしい。ケイやベントンやルーシー、といった人たちに囲まれてはさぞかし普段から辛い思いばかりだろう。カウンターパートとしての役割なんだろうけど、ならばもうちょっと平凡な幸せを与えてあげてもよいのでは・・・でももう、マリーノ自身もこのメンバーから離れたらそれはそれで面白くないのかもなあ。極度に魅力的な集団(しかも自分は絶対にその一員=完全に対等な立場にはなれない)というのも罪つくりだ。

2013年2月6日水曜日

1月に読んだ本

門田隆将さん二連発

「太平洋戦争 最後の証言」陸軍玉砕編

自分の感情や推測や予断といったものをなるべく排し、あくまで調査した内容・インタビューしたそのままを忠実に再現しようという強い意図がみえる。シンプルで端正な文章が相まって、濃い、辛い内容ながらとても読みやすい。あの戦争を兵士として戦った人の生の話を聞いて、本としてまとめることはこの先もう難しいだろう。タイトルの通り事実上最後だ。そういう意味でも相当な覚悟を以て書いた本だと思った。父の叔父がフィリピンで亡くなっているので「陸軍玉砕編」から買ってみたが、他のも読みたい。
どこでどのように亡くなったかわからないままの人は沢山いるのだろうけど、このような本が書かれるあたり、魂はちゃんと日本に還ってきているのだと思う。

「死の淵を見た男」吉田昌郎と福島第一原発の500日

あの頃、テレビに出てくる吉田所長の言動をみて「きっとこの人で持っているんだろうな」と思ったのは私だけではないだろう。このタイミングでこのような本を出せるそのパワーと執念に並々ならぬものがある。いつも冷静で抑制された文章を書く門田さんが、この本では時折、隠し切れない怒り、憤りを感じた。いまだ完全に収束したとはいえない状況なので、今後また新たな事実や証言が出てくる可能性もあるが、とりあえずこの本で、「最高責任者が本来の持ち場を離れ必死で作業中の現場に乗り込む」というのがいかに迷惑で無責任で愚かでサイテーな行為か、骨の髄まで理解できることは間違いない。


2013年1月15日火曜日

空蝉(二)オフィスにて♪

遂に追い詰めた!微笑むヒカル、危うし人妻!頼れるものは自分だけ!回避できるか、今そこにある危機!
「侍従ちゃんてば・・・今時B級映画でもこんなベタな煽りしないって」
「あら右近ちゃん、わかってないわね。時代はいつも王道を求めるものなのよ♪」
「(王道の解釈ちがくない?)まあいいわ、続きつづき」

・・・・・・
「まさかヒカルが三たび忍び込んでいるとは、夢にも思ってない空蝉さん。きっと私のことなんてもうお忘れね、やれよかった、と思いつつも、あの妖しい夢のような一夜が昼も夜も頭から離れない」

「ほうほう。つれないそぶりをしてはいても、やっぱテキは超絶モテ男のセレブイケメン。とても平静ではいられないわっ」

「春先に次々と芽吹く木の芽のように」

「……木の目さん?」

「(笑)ありありと目に浮かぶアレコレで、とてもじゃないけど熟睡できない日々が続いたりして」

「ヤバーイ、やっぱり羨ましー」

「そこに何も知らない軒端の荻ちゃんが無邪気に『一緒に寝ましょ♪』なんてやってきた」

「ふむふむ。さっきのエロ可愛い若い娘ね、むひひ」

「侍従ちゃん、オヤジくさい。で、キャッキャッおしゃべりしてたと思ったら荻ちゃんあっというまに爆睡」

「ほうほう♪」

「空蝉さん、ふと、そこはかとない気配に気づく」

「お!さっすが勘がいいわねん♪」

「と同時に、あたり一面にぱーっと広がる、覚えのある香り。こ、これはもしかして!

「もしかしなくてもー♪」

「ヒカル王子、またしても!几帳に引っ掛けてある着物の隙間、暗いなかでもはっきりわかる、にじり寄る人影」

「ドキドキ!」

「これはなんとしたことかしら、どうしよう、どうしたらいいのかしらとパニクる空蝉さん、やおら身を起こし、やわ絹の薄い着物一つはおって、そうっと床を這い出した」

「え?一人で?」

「そ。一人よ。

そうとも知らず入ってきたヒカル、女性がたった一人寝ている様子に、心の中でガッツポーズ。

一段下のところには二人ほど誰か寝てるようだけど、かまうもんかい、と、布団代わりの着物を押しやって、そっと寄り添う」

「きゃー!狼が来たー!荻ちゃんっ、逃げるのよっ」

「ん?なんかこの間より大柄なような気がする??」

「失礼ねーヒカル」

「しかも荻ちゃん、寝起きが悪くてなかなか目を覚まさない。

なんかおかしいな?あんときはすぐ……あれれ全然違うじゃん、と徐々に事情がわかってきた」

「ぷっ(笑)」

「王子、マジかよ!と驚愕するも、頭の中は素早く計算。

『人違いでしたごめんねーなんてオロオロすんのもカッコ悪いし、お間抜けだよな。かといって本命の空蝉ちゃん、こんなふうに逃げるばっかりの女を今からまた探しにいくってのも、なんかストーカーみたいだし、ダサ……』などと思う」

「みたいじゃなく、そのものじゃんねえ。ストーカー」

「『それにこのコ、あのとき灯りの下で見た、あの可愛いコだよね。別にこっちでも全然OK♪なわけだしー』」

「きゃー、サイテー!ていうか空蝉さんもたいしたタマじゃない?義理の娘を置いてきぼりにするとは」

「あはは。さて当の軒端の荻ちゃん、やっと目が覚めたものの何がなんだかわからない。知らない間に知らない男が枕元にいる、という事実に、ただただビックリ仰天、深く考える余裕もないから、ヒカルの様子がおかしいことにもゼーンゼン気がつかない」

「そりゃそうよ、怖いってフツー」

「ところが案外、この荻ちゃん、おマセさんだった」

「え。経験アリ?」

「いや、なかったんだけどさ。耳年増っていうの?なんとなく心得てるっていうかー、とにかく空蝉さんみたいに、全身で拒否!ってことはしなかった」

「なーるほど。まあ、王子カッコいいしね。女扱いも慣れてるだろうし。あたしだって拒否る自信ないわー、ていうかもう、即カモナマイハウス♪かもー、きゃー言っちゃったきゃー」

「はいはい。で、ヒカルは、自分の素性を明かしたくはなかったんだけど、

『なーんにも知らないこのコにしたら、どういう事情でこういうことになったのか、後々悩むかもなあ、俺的にはなんてことないけど、あの強情な女はやたら世間体を気にしてたし、ヘンにこの家がもめるのもさすがに後ろめたい』

なーんて思って、何度か方違えに来てたご縁でたまたま忍んできたんだよん、てことにして、うまくとりつくろったわけ」

「ほうほう、その辺は百戦錬磨の二枚舌ってやつですな」

「まあね。空蝉さんみたいな人なら、嘘とか言い訳だとかすぐ気づくだろうけど、間違えられた軒端の荻ちゃんはまだ若いし突然のことでテンパってるし、とてもそこまでは頭がまわらないのね」

「まあ、いくらおませに見えたとしても、男の本音を見抜けるまでにはねー♪まだまだ修行が必要よねー♪」

「そうね。王子にとって荻ちゃんは、決してキライなタイプじゃないんだけど、とりたててどう、っていうこともなかったわけね。だからなおさら『あの忌々しい女』の気持ちが恨めしい~」

「オイオイやることやっててそりゃないでしょヒカルっ」

「『こそこそ逃げ出して、今頃はしてやったりと思っているんだろうなあ。ここまで強情な女はめったにいないよマジ』

と思いつつ、忘れることも出来ずついつい考えてしまう」

「うーん、目の前の可愛いピチピチ娘より、ツンデレ……ていうかツンツン?人妻ですか(笑)」

「だから侍従ちゃんオヤジくさいって(笑)ま、そうはいっても荻ちゃんの素直で若々しい様子もなかなかイケてるので、ヒカルも悪い気はせず、愛情こまやかに口説き倒す」

「ふんふん、聞かせてもらおうじゃないの」

「『世間に認められた仲よりも、こういう秘密の仲のほうが燃えるもの、と昔の人も言ってます。私があなたを思うのと同じくらい、あなたも私のことを思ってください。隠さねばならぬ事情がなきにしもあらずな(つまり妻もちの)私ですから、わが身ながらも思うに任せないのです。また親御さんたちにもきっと許してもらえないだろうと、今から胸を痛めております。忘れないで待っていてくださいねー』」

「あらまあ、教科書に載せたいくらいの常套句ねえ」

「何の教科書よ侍従ちゃん。ま、とにかく歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく連発したわけね。若い荻ちゃん、

『他人がどう思うかと恥ずかしくて、お手紙も差し上げられませんわ』

なんて無邪気に言ったりして、ヒカルもにこやかに 

『むやみに誰彼となく言わないで、この小さい殿上童(少年のこと)にこっそりお手紙を託しますからね。どうか何気なく振舞っていてください』

なんて適当に言いくるめて、とりあえずその場をおさめて出てったわけ。空蝉さんが脱ぎ捨てたとおぼしき薄衣を手に取って、ね」

「ゲットー!と思ったら中からっぽ。あ、なーるほど。『空蝉』の術ー♪てわけね(笑)」

「そうそう♪

で、少年ね。屋敷の外に出るには、やっぱり少年が必要。すぐ近くに寝ていたのを起こしたら、彼もちょっと後ろめたい気持ちがしていたのかぱっと目を覚ました」

「気の毒ねえ、少年(泣)」

「そうっと戸を押し開けると、年老いたメイドさん(女房)が向こうから

『誰?そこにいるのは』

なんて大声で聞いてきた」

「ピーンチ!少年」

「面倒だなと思いながらも少年『僕だよ』と答えるんだけど、オババしつこい

『こんな夜中に、なんで外を出歩くわけ?』

と余計な世話を焼き、外に出てくる。少年うわー、やめてくれよう状態で

『出歩くわけじゃありません。ちょっとその辺に出るだけですからっ』

といいながら、急いでヒカルを押し出すと、夜明け近い月の光があたり一面明るく照らし出したもんだから、ふと影が見えちゃったのね、オババに。

『あら、もうお一方は、はてどなたかしら』」

「げげっ!見つかっちゃった?」

「オババ、年だからね。

『あら、民部のおもとさんなのね。けっこうな背丈ですこと』

と勝手に間違えてくれた」

「平安時代って、背の高さは美点じゃなかったからねえ、女子には」

「そうそう。だからオババ、てっきり少年がそのおもとさんと内緒で夜の散歩、だと思い込んだみたいで

『ま、そのうちにあなたも同じくらいの背丈になるでしょうよ』

なんてからかいながら、ずかずか自分も外に出てきた」

「ヤバイじゃん!(笑)」

「そ、非常にキッツイ状況(笑)だけどまさか押し返すわけにもいかないから、渡り廊下の戸口にヒカル王子を隠して立ってたんだけど、このオババさらににじり寄って

『あなた、今宵は上の棟にいらしたの?おとといから私はお腹の具合が悪くてねえ、どうも調子が出ないもんだから奥に下がってたのに、人が少ないからって昨夜呼ばれちゃってさ。う、やっぱりダメみたいだわ』

と顔をしかめる」

「誰かに聞いてほしかったわけね、オババ」

「そうかもね。結局オババ『腹が、腹が、いたたた。ではまた後で』

なんつって一切気がつかないまま通り過ぎてっちゃったから、やっとこ二人は外に出られたってわけ」

「間一髪ってやつねー」

「そうね。ヒカル王子も、さすがに『こんな、コドモを手引きに使って忍び歩きなんて無謀な真似、やめときゃよかったなあ。ふー。なんか疲れた。もうコリゴリ』と思った……かもしれない」

「でもまたやるよね、きっと。このヒト」

「あはは。どうだかね」

・・・・・・・

「ところでさ、右近ちゃん」

「なあに、侍従ちゃん」

「この『オババ』っていくつくらいなんだろ」

「三十過ぎってとこじゃない?平安時代なんて、結婚は普通十代だし、二十歳過ぎたらもう年増扱い、三十路なんかもうオバサンどころか婆……あら?なんか石が」

「キャー!なんか一杯投げられてきたー!何ー?!ポルターガイストー?!」

「逃げるのよー!」


<空蝉 その3最終話 につづくっ>

参考HP「源氏物語の世界

2013年1月14日月曜日

2012年11月~12月の読書の記録および新年の決意

あーあついに年明けてしまった、と思っているうちに鏡開きも終わりはや成人式。
遅ればせながら&誰にともなく、謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。
今年は単なる「読書&映画鑑賞記録」ブログから脱皮したいものです。

えーと何読んだんだっけ。年々記憶力が怪しくなっていくのが自覚されてきたので、こうやって記録しておくのも意味があるのかもなあと思ってしまう自分がイヤ(泣)

「一刀斎夢録」浅田次郎

幕末ものは若い頃はあまり興味がなくて、ほとんど読んだことがなかったのだが、軽く後悔している。今更すぎるが面白いじゃないか・・・何しろこの時代の男は非常に格好良い。背筋がぴーんと伸びていて立ち居振る舞いに隙がなく、酒に強くて剣も強い・・・あああしびれる。いやリアルに身近な人(自分の父親とか夫とか)だったらたまったものではないだろうが、ドラマの題材としては最高である。
一見一般人だがどこか謎めいた爺さんはその実、泣く子も黙る剣の達人◯◯だった!というのはよくある筋立てではあるが、やっぱり面白いのだ。爺さんの語りに魅せられ、牡丹灯籠ばりに夜な夜な通ってしまう主人公という作りもまさに物語の王道、大変に魅力的で読みやすい。
上下巻だがすんなりいける。

ふと、若い頃はこういう時代小説の何が苦手だったか考えたら、昔はこういう建物があってこんないわれがありこういう通りではこんな事件が云々といううんちく部分がウザかった・・・というのが一因。筋立てに関係ないだろうと。だが今はわかる。その細部があるからこその時代小説である。大体リアルに出歩いている時でも、昔はなんとも思わなかったいろいろなこと、うんちくとは言わないまでも豆知識的なことを思い浮かべて喜ぶようになってしまった。加齢の成せるわざかと思うとそこはかとなく悲しいが、もういいや別に面白いから。ああ大人って愉しいなあああっと。


「なのはな」萩尾望都

雑誌に掲載された当時から話題になっていたことは知っていたが、気になりつつ読みそびれてしまっていた。やはり萩尾さんは素晴らしい。天性の能力なのだろうが、その時々のもっとも重要なシーンを掴むのが抜群にうまい。これは震災直後に出された作品としてはピカイチだと思う。ただ、直後だと気持ち的にキツかったかもしれないけど。

何よりいいと思うのは、きちんといろいろ調査したことがうかがえること。偏った意見やセンセーショナルな報道に惑わされず、一所懸命何が正しいのかそうでないのか、そもそも◯☓で判断できない部分まで考えて、いろいろな角度からの論を試みていること。それでもちょっとこれは違うんじゃない?という箇所も散見するが、それはそれ。何でも反対反対、無くせばいい、意見違う人は皆敵認定!な人たちとははなから心構えが違う。
というわけで類まれなる才能を再認識できたので、実家で「トーマの心臓」を読み返してさらに癒された。名作だ。

年末年始にかけて読んだ本もあるが、同じ著者のものをこの間購入したのであとでまとめて書くことにする。

それと、今年こそは「創作やるやる詐欺」をしないように頑張ろうと思う(汗)。いやほんとに。