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「隣の家の少女」

2025年2月5日  2025年2月5日 

 そもそも「忍たま」映画を観る動機の一つとして、ちょっと癒されたくなったっていうのはあった。この本のせいで。くうう。


「隣の家の少女」ジャック・ケッチャム 訳:金子浩(1998)

THE GIRL NEXT DOOR   Jack Ketchum 

 何となくストーリーは知ってた。スティーヴン・キングが絶賛していて、解説まで書いてることも。とはいえ、これほどまで怖い本とは思わなかったよ……ホラー耐性はけっこうある方だと自認してるが、妖怪や化け物や地球外生命体といった人外ではない、いわゆる「人怖」ものとして最恐クラスだと思う。読者に拭い去りようのない爪痕を残すという点においても。私は普段むやみに本をおススメしたり・逆にやめとけと言ったりすることはないんだけど、この本は無理な人は本当に無理だと思うんでそこら辺ご承知おきくださいまし。事件のリンク先は貼りません。閲覧超注意です。

 まず連想したのは「女子高生」「コンクリート」で検索すると出てくるあの酷い事件。ただこの作品は1965年に起こった「シルヴィア・ライケンス殺害事件」を元にしているらしい。この事件は知らなかったので調べてみたが負けず劣らず狂気だった。起こったことの羅列だけでも相当ゲンナリするというのに「ストーリー」として組み立てられると更に深いところまで潜らされる感じでキツイ。語り手でもある主人公デイヴィッドがいたって善良だからこそ、キツイ。「理解のできない狂人」じゃなく、自分に近い感覚を持つ普通の人間だから。ということは、自分だっていつデイヴィッドのような状況に陥らないとも限らないじゃないか?

 こういう類の事件においてまず不可解なのって「これだけ大勢の人が関わっていて、なぜ誰一人としてこれ以上はヤバイ、と止めることをしなかったんだろう」ということなんだけれど、作中でその役割を担わされてるのが十代前半の少年ディヴィッドただ一人なのだ。まだ「児童虐待」という言葉すら一般的でなかった1950年代のアメリカ、大人、特に親(自分のでも友達のでも)に本気で逆らうことは難しい年齢であり、しかも両親は離婚寸前。悪い条件しかない中、母親に隣家で起こっていることを打ち明けようかどうしようかと真夜中に逡巡するシーンは胸が痛かった。いや言えよそこは……とイライラしたのも事実だが、結局言えなかった気持ちも理解できなくはないところがまた、自分自身モヤるところではある。お気持ちがどうであれ、ここでもし母親に話すことができていたら結果は変わっていたかもしれないのだ。作中にこの手のターニングポイントはいくつもある。順を追っていけば明確にわかってしまう。デイヴィッドは「適切なタイミングで言わなかったこと・しなかったこと」の報いから死ぬまで逃れられない。遅すぎたとはいえ、無力な少年なりにできる限り頑張ったんだけどね……理不尽といえば理不尽だ、「普通の人間」ゆえに苦しむというのは。でも誰にもどうしようもない。一度僅かでも踏み越えてしまった線からは後戻りできないのだ。

 一方、実行犯および積極的に暴力行為に及んだ「盛大に踏み越えてしまった」人々はどうなるのだろう。

 モデルとなった事件の主犯の女は模範囚として刑期を務め仮釈放を勝ち取って出所、改名して別州に移住した四年後、肺がんで亡くなった。仮釈放時のコメントがこれ:

あの事件で私がどんな役割をしたかは分からない……クスリを常用していたから。私は本当の彼女を知らなかった……でも、シルヴィアの身に起きたことについては全ての責任を私が負います」(wikiより)

 いやこれは嘘ですやろ。というか本当の彼女、の彼女って誰のことなのかな。被害者のシルヴィア?自分自身?前者だとしたらこの期に及んでまだ被害者にも問題あったみたいな言い方だし、自分自身だとしても何かこう、他人事感がすごい。この犯人、獄中では若い受刑者の世話を焼いて「ママ」と呼ばれていたとか、暴力行為に加担した実娘が我が子に母と同じ名前をつけるとかいう、なかなか理解しがたいエピソードがあるが、要は罪に全く向き合ってないってことでいいのかな、母子ともに。目を背けて無かったことにしてる感じ。この実娘および他の共犯が今どうしてるのかはわからないが「踏み越えたこと」から顔を背け逃げ続けるか「踏み越えっぱなし」で更なる犯罪を犯す、のどちらかなのかもしれない。

 そして私が作品より何より震撼したのはこれ:

1965年8月にフィリス、レイモンド・ヴァーミリオン夫妻はバニシェフスキー家の隣に引越してくると、すぐにシルヴィアが虐待され暴力を振るわれていることに気づいたが、当局へ通報しようとはしなかった(wikiより)

 これ以上のことは書いてないからわからないんだが、何かの罪に問われたりしなかったんだろうか。ていうか、この夫婦はデイヴィッドよりも数段罪が重いしヤバイ「普通の人々」なんだけど。作者、この事実を踏まえたうえで、あえて主人公を少年にして頑張らせたってことか。現実より少しは「マシ」な世界を作ったということ?うわあああ……

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