「ブリング・ハー・バック」

 これは予告編で気になって。見損ねた映画「トーク・トゥ・ミー」の兄弟監督さんだ。

「ブリング・ハー・バック」ダニー&マイケル・フィリッポウ

Bring Her Back / Danny & Micheal Philippou(2025オーストラリア) 

 かなりエグイし痛そうなシーンテンコ盛りなんですけど、すごく良くできた映画だった。緻密に作り込まれた設定が、説明的ではなく何気ない会話や行動によって自然に腹落ちできるよう工夫されており、それぞれの人物の複雑な事情と物語の進行が完全に一体となって怒涛の展開から、美しく着地する。残酷描写やホラー苦手な人にはキツイかもだが、圧倒的名作。よくありがちな、ラスト近くで謎が解けた/正体がバレた瞬間に怖さが解けてなくなる問題も、今映画にはまったくない。怖怖怖痛怖痛怖でやがて悲しき、切ないラストだった。

 以下、盛大にネタバレしてるので注意!:



 アンディとパイパーは親の再婚で家族となった義兄妹だが、とても仲が良い。特に兄のアンディは弱視の義妹パイパーを過保護気味なほどガードしており、「パイパーが嫌な気持ちになりそうなもの/こと」は教えないのが常。冒頭のエピソードで出てくるこのアンディの基本行動規範が物語の主軸になってる。これがねえ上手いんだわいきなり。grapefruit!の合言葉もカワイイ。あれは「心配ないよ!」「請け合うよ!」みたいな感じなのかな多分。

 なんでアンディがここまで義妹パイパーに献身的なのかというのには理由がある。彼はずっと父親に虐待されていた。この父、一方でパイパーには一切手を出さず可愛がっていて、アンディを殴る時はシャワーを流して聞こえないようにしていた。その状況に耐えきれなくなった子供時代のアンディは一度だけパイパーを殴ってしまったことがあり、二度とそういう所業を行わないために自ら規範を定めた。絶対に父のようにはなりたくないという気持ちと、そうはいっても父を慕う気持ちがせめぎ合って、結局は父の「パイパーだけには悪いところを見せない」方式に倣ってしまっているのだ。その父が、流しっぱなしのシャワーの下で死んでいるのを帰宅した兄妹が目の当たりにする(ただしパイパーには見えてない)シーン、肉親の死に対する驚きとショック以上の何かがアンディに課されたと思われる。

 そして里親のローラ。パイパーと同じように視力障碍を持つ娘を亡くして間もない、元優秀なカウンセラーという触れ込みの女性。のっけから「異様な言動」の描写がすごい。普通はこんなことしないよねというズレ感が絶妙なのだ。まず兄妹の初訪問時に大音響で鳴らされてる音楽、リビングに置かれた飼い犬の剥製(しかもパイパーに触らせる)、親切そうにしながらもパイパーだけを贔屓しアンディとの扱いの差があからさま。かと思えばアンディのスマホを無断で覗き込むなど距離感もおかしい。怖いのは初日のこれら全てはアンディだけに負わされて、パイパーは文字通り何も見えていないし違和感にも気づかないところ。もうここからして既に罠に嵌ってるのだ。以降はじわじわと兄妹の分断を図り、パイパーを懐柔するとともにアンディを追いつめていくのだが、父の葬儀を終えた夜にどんちゃん騒ぎをして兄妹を慰めるシーンでは「優秀なカウンセラー」としてのメソッドと経験及び本来持ってる善性が垣間見える。装ってるわけではなく本気でやってるのよねこの時だけは。だからこそ、ローラに対して悪印象しかなかったアンディも心からの感謝の言葉を述べる。だけど宴の後は完全にローラの謀略タイム。一人の人間の中に存在する善と悪を、これほどまでに明示的に表現できてるのは本当素晴らしいと思った。

 さらに、この家に監禁されていたオリバー!こんな役やって子役ちゃん大丈夫か!と心配になるほどの超痛怖いシーン満載。「儀式」のために悪魔を憑りつかせている、とローラは信じ込んでいるが、その実何かの催眠術をかけられてるっぽい。元カウンセラーの人心操作術プラス暴力と懐柔による洗脳に近いのかもしれない。敷地内を巡る白線が「結界」になっておりこれを超えようとすると全身に苦痛を感じ(るように暗示をかけてる?)、超えると正気に戻る、つまり一定の領域でしか通用しないというのも興味深い。ローラがパイパーだけを連れて買い物に出かけた理由は勿論兄妹を引き離すことだが、そのせいでアンディがオリバーと接触し「BIRD」という文字と凄惨な自傷行為と異常行動を目撃する(ここでローラへの信頼全消滅)。アンディを家から排除しようというローラの目論見は大方成就するも、それ故にオリバーの正体が露見する事態に繋がっていく、という展開には痺れる。ローラは完全無欠な悪魔ではない、所詮人間ならではの綻びだらけの悪だくみなのだ。思うに彼女も、あの謎の儀式ビデオ?を繰り返し見るうちに知らず知らず(自分自身に)洗脳されちゃったのではあるまいか。善と悪はいつも隣り合わせにあって、何なら溶け合っていたりして、バランスが崩れれば容易に悪に振り切ってしまうこともあるのだ、どんな善なる人であっても。

 最後の最後にアンディは自らの規範を破り、パイパーに自身の虐待経験を含めローラの危険性を全て伝えようとメッセージを送る。これはある意味真に父を乗り越えた瞬間で、パイパーを純粋に兄として守ろうとする非常に前向きな行動だったのだが、パイパーのスマホを確保していたローラに無情にも消されてしまう。ここからの展開はまさに善と悪の戦いといった趣で、ローラの家に駆けつけたアンディとローラの元同僚の担当職員は「善」側だが、「儀式の完成」を目前にして悪魔そのものに変化しているローラには勝てず、あえなく殺されてしまう。最後に残ったパイパーは、悪いものに極力触れず愛されて育った「父と兄の善性」を象徴するような存在。悪魔化したローラはパイパーを手にかける寸前で、微かに残っていた自らの善性を呼び覚まされて負ける。いやーーー何とスッキリ来る顛末か。悪行の数々は取り返しがつかないレベルだけど(コナーくん助け出されてよかったけど立ち直れるのか……)。

 ラストがまた美しい。パイパーが助けを求めて乗った車の中で飛行機の音を聞く。父の葬儀時にアンディが、「死者は飛行機に乗って向こうに行くんだ」と話していたことを思い出して、ああアンディはきっと亡くなったんだと察する。そうか、このシーンを成立させるためにアンディは死なねばならなかったのね。わかるが切ないな、アンディすごく頑張ったのに。だけどアンディが命がけで助けようとしたパイパーは、きっとこの先も強く生きていける、そんな希望も見えるシーンだった。バッドエンドでもありハピエンでもある、両方が並び立ち溶け合った見事なラスト。

 というわけで超良く出来てて超面白かった。万人にオススメとはいかないがグロ耐性あるガチな映画好きには激推し。

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「シビル・ウォー アメリカ最後の日」

  映画館で観たかったのに見損ねたやつ。監督は「ウォーフェア」の二人のうちの一人。


「シビル・ウォー アメリカ最後の日」アレックス・ガーランド

Civil War / Alex Garland(2024米)

 まず私は何か勘違いしていた。超ドンパチな映画かと思っていた(いやドンパチはあるよ)。ロードムービーだった、それもホッコリ感皆無、進めば進むほど地獄的な。主人公をジャーナリスト集団としたのは秀逸。そうでないと途中で絶対足が止まる。基本的に「記録する」だけが目的だからこそ前に進むことができる。それを「業」と呼べばいいのか、「狂気」といってもいいのか。以下、ネタバレ気味の感想:

 内戦状態となったアメリカ、ニューヨークはいかにも非常事態の趣で殺伐としているが、すこし離れると不気味なほどに静かだったりする。道には焼けた乗用車などが転がってるけど。ガソスタには銃持った人がたむろしてて盗もうとした人たちが吊るされてたりするけど。ちょっと面白いなと思ったのは、この渦中において「戦争がないかのように普通に暮らす」町があるということ。店番をしてるお姉さんが熱心に読書してる、ところがまた象徴的。見るべきものを見ない振りしているというより、皆が皆けっこうな努力と気概を以て「普通の暮らし」を保っている感じがした、私には。ドンパチやるより余程格好いい。実は裏で相当の武力を持ってる町なのかもしれないけど(ていうかそうだきっと)。

 そしてすっかりネットミームになりつつある「お前は何人だ?」のくだり。奇天烈な色のグラサンかけた兵士の質問が超怖い。何人ってみんなアメリカ人じゃん!のジャーナリストの「言葉」はまるで響かない。最終的に暴力でこの場を突破するしかない・その代償もキッチリ払わされるというあたり、戦争の現実そのものである。冷徹な女性カメラマンと新米女子カメラマンが徐々にその立ち位置を逆転させ、遂に入れ替わるシーンも圧巻。斃れても必ず続く者がいる、との確信に満ちたラスト。やはり業なのか狂気なのかわからないが、これがアメリカと言う国の矜持なのかもしれない。音楽もイイ感じにとんがっててすごく良かった。面白かった。 

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「吉村昭の平家物語」「令和に生かす日本史」

  積ん書も溜まっておる。

「吉村昭の平家物語」吉村昭(2008)

 吉村昭さんの訳本とは珍しい、と思ったら、あとがきによると「戦艦武蔵」について「この小説には哀感があり、平家物語の音色がする」と書いた獅子文六氏の推薦文がきっかけらしい。「『戦艦武蔵』を書いた私が『平家物語』の現代語訳をすることに因縁めいたつながりを感じ」引き受けることにしたという。「少年少女古典文学館」のひとつとして書かれた今作品、大人が読んでも十分読み応えあるが、それもそのはず、

「少年少女は、意味のわからぬ単語に出会い、その意味を知ることによって豊かな知識を得てゆく。少年少女におもねることは、知識の蓄積をさまたげるだけで、かれらに不親切と思うのである」

というお考えだったと。痺れる。幼少の頃から読書好きだった私だが、「平家物語」の原本(とされるもの)は読んでない、多分。エピソードは大体知ってるが、個別に絵本やら漫画やら他の小説やらで触れたんじゃないかと思われる。一度橋本治さん訳のを読んでみたが、延々と中国故事の話が続く一巻で挫折してしまった。いやこれ絶対琵琶法師語ってないやろこの辺、客が逃げるわと思いました(橋本さんの訳が悪いわけじゃない、念のため)。吉村さんによると、原本は宗教的な記述が多く、説教調で説明長すぎ、しかも本筋にさして関係ないので削った、とのこと。作者不詳だし、複数人で琵琶法師の語りを集めてまとめて解説した、みたいな感じなのかな?今度橋本さん訳を再チャレンジしてみよ(積読があああ)。

 それはともかく本作についてなのだが、本当に「平清盛を中心とする平家一門の興亡」だけが書いてある。だけ、とはいえ七十年もの間に起こったことだから、そうとう駆け足かつ割と淡々としている。歌舞伎や能狂言の題材となった有名エピソードであっても同じ。つまり必要以上に盛ったり改変したりしていない、かなり抑制がきいてる感じである。吉村さん曰く、

「私の胸の中には思ってもみなかった感情がわきはじめた。『平家物語』の作者、つまりそれは私にとって他人だが、他人が書いたものをそのまま引きうつしているような、いわば盗作をしている後ろめたさを感じるようになった」

 ので、書くのが辛くなり、

「今回かぎりで二度と現代語訳をすることはしないつもりである」

となったそうな。えええ盗作……そんなこと考えもしなかったな(いや私ごときが意見するアレでもないけど)。古文って直訳するとかなりそっけないというか、読み物として面白くなりにくい。極力改変なしにはしたいものの、まず自分がイメージできないことは書けないし、その上読者にも理解しやすいようにと考えると「そのまんま」というのは土台無理な話なのだ。となると話のプロットをガッチリ掴んでその通りに「書き直す」しかない。……あーそうかこれ確かに「他人の作ったプロット」だもんね。それを元に書けばそりゃ「盗作」みたいな気持ちになるのもわかる。合ってるわ。しかし真面目だなあ吉村さん。こういう感覚を持つ人にこそ訳本を書いてほしいものですが。

 それにしても、こうして一族の栄枯盛衰を遺されて長く語り継がれる平氏と、平氏を破ったものの速攻で北条氏に実権を握られてしまった源氏とでは、結局どっちが勝ったといえるのか。改めて、幼い安徳天皇を保護できず神器もろともむざむざと海の藻屑にしてしまったのは明らかに源氏側の大失態であり、民草にとっても衝撃的な出来事であり、「平家物語」が編まれる最大の理由だったのかなと思った。源氏が平氏ほど栄えることができなかったのも、因果応報と考えられたかもしれない。ともかく最初から最後まで大変に読みやすく面白かったです。まさに大河の大作。



「令和に生かす日本史」呉座勇一(2025)

 この、あからさまにビジネス書めいたタイトルと帯。中身の小見出しもいわゆる自己啓発本の煽り文句ぽくてちょっと笑った。しかし内容はやっぱり呉座さんなんですよ。「意識高い系」じゃなく本当に「意識高い」。

 トップに出てくる織田信長、呉座さんの他の本でも語られているとおり、「風雲児」「天才肌」なのは後世に作られたイメージであって、父のやり方に倣い、地の利・物と金の流れを見て堅実に城づくりや町づくりを進めていく優秀な「ビジネスマン」の香りふんぷんである。秀吉は信長の考え方をよく理解していたからこそ重用されたし、のちに成功もできたのだろうということだが、弟の秀長の影響も大きいのかなとつい思ってしまったのは大河に影響されてるか私。フィクションの力ってすごいよなあ。しかし西郷隆盛は……なんとなく知れば知る程、この人実は大したことないのでは?カリスマ化されてるけど??という印象になりつつあったのだが、いや大人物では「あった」のだ。人間、何かを成し遂げるには心身の健康が一番大事なんだなあとつくづく実感。

 そしてこの本で最もおおと思ったのがこれ「”憲法改正嫌い”の伝統を持つ日本政治」。日本人はどうやら歴史的に「憲法改正」をしたがらない民族らしい。唐の律令制を元とした大宝律令は、明治維新まで朝廷の基本法であり続けたという。なんと千年も「改正」しなかったのだ。中国における律令は皇帝の独裁政治の道具であったが、日本では逆に天皇の権力を制約するものであったと(!)。今、目標として掲げながら長年憲法そのものに触れず解釈で乗り切ってきた自民党が、ようやく道をつけはじめている。戦後初の憲法改正をこの目で見られるかもと思うと、そういう時代に生まれ合わせたことに感謝しかないが、マスメディアを中心とする抵抗勢力の激しさには驚く。きわめて伝統的・保守的な「変えることへの忌避感」が底にあるとすれば、結局は皆どこまでも「日本人」なんだなと思ったりもする。

 面白かったです。

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「眼下の敵」

  Twitter(x)でオススメされてたので(定番)。第30回アカデミー最優秀特殊効果賞(1958)受賞。

楽天より

「眼下の敵」ディック・パウウェル

 The Enemy Below / Dick Powell(1957米)

 第二次大戦時の駆逐艦VS潜水艦バトル、くらいの薄らぼんやりした雑な前提知識で観たら、そういった「潜水艦もの」の元祖だとわかった(遅)。うあーこれ「沈黙の艦隊」で観たわみたいなの沢山あったわ……(遅)。これ1957年製作ってお前……しかも原作がイギリス海軍中佐D・A・レイナーが自分の体験にもとづいて書いた処女小説「水面下の敵」だそうな。この時期のアメリカのエンタメの半端ないイケイケっぷりを思い知る。頑張って復活しておくんなさい。まず原点に戻れ。 

 とはいえこの作品、作中も製作期も時代が時代なので、当然のことながら登場人物は男性のみ。完全なる「男の世界」である。今こういうのはいろんな意味で作りにくいだろうなあ。まあそんなことはどうでもいい。こんな昔の映画とは思えないくらい戦闘シーンは迫力満点である。

破壊シーンはミニチュア特撮が使われているが、撮影にはアメリカ海軍が全面協力しており、実際の護衛駆逐艦USS ホワイトハースト)の砲撃・爆雷投下シーンは評判になった。」(Wikiより)

 おおお、ド素人の私にはどこまでが特撮でどこからが本物か区別がつかなかったぞよ。凄いね。

 ストーリー自体はごくシンプル、ラストは男気炸裂!でやや綺麗ごと&ご都合主義的な印象なきにしもあらずだが、エンターテイメントとして実に良く出来てる。何より戦後十年余りで、作る側も観る側もまだ記憶の新しい時代に少なくないお金をかけてこれを撮った、というのが一番の功績。多分だけど海兵たちの顔つき、日常会話や振舞いなんかも、今じゃ再現難しいんじゃないかしら。主役のロバート・ミッチャム(若!)と敵役のクルト・ユルゲンスも大変良き。オススメに乗ってよかった。面白かった。

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「遺伝子 親密なる人類史」

  本屋でみかけた「細胞」を読みたくなったけど一応前の本も読もうと思い、つい借りてしまった(両方)。読み切れるのか私(アホ)。

「遺伝子 親密なる人類史」シッダールタ・ムカジー(監修:仲野徹、訳:田中文)

 The Gene:An Intimate History / Siddhartha Mukherjee

 一言でいってしまえば「遺伝子」に関する歴史本である。医師でありがん研究者(血液学、腫瘍学)でもある作者、デビュー作「がん ~4000年の歴史~」にてピュリッツァー賞を受賞してる(こっちも読まないと)。この手の一般向け本は読みやすいものが多いけど、中でも屈指の読みやすさわかりやすさだと思う。

 ド文系の私でも聞いたことのある名前から全くワカラン!な名前まで、とにかく多くの名前が次から次へと綺羅星のごとく現れる。それら研究者たちは必ずしも医学専門というわけではない。博物学や植物学、統計学などさまざまである。だが大方に共通しているのは「変わり者」ということ。「ハエ部屋」には笑った。教科書にも載っている「ショウジョウバエの遺伝」研究、これをやるために部屋がどんなふうになるか・その作業がどれほど細かく根気のいるものになるか、考えてみればそりゃそうだ、となる。つまり生活そっちのけでドップリのめり込む、常軌を逸した、ほぼ狂気に近い知識欲がないと無理な所業なのだ。そういった「何としてでも知りたい」という情動に突き動かされた科学者たちのお蔭で今がある。きっと今も似たりよったりな感じなんだろう。

 ただしその「情熱」は取り扱い注意である。「得られた知識と技術により世界を・人類をより良きものにする」は、ひとつ間違うととんでもない惨事を起こす。そのひとつが優生学。このくだり中々に怖い。発端は遺伝病に苦しむ人をなんとか減らそうという、至極真っ当な思いからスタートしてるものの、何を以て「良い」ものとするのかというところが難しい。これに「半端ない情熱」が一層危うさを増幅し加速する。ナチスの民族浄化・断種政策が有名だけれど、その元となる学問は突然ポっと出たわけじゃなく普通に最新科学としてそこにあったのだ。独裁国家により基本的人権や基本的な倫理感など全部すっ飛ばされて、最悪の形で暴走してしまった。第二次大戦後、優生学研究は中止となり、アメリカの優生学記録局は大幅に縮小、廃止へ。作者の言葉を借りると「最も熱心な優生学の支持者の多くは、ドイツの優生学の促進に自らがはたした役割については集団的健忘症を都合よく患っており、そして、優生学運動を完全に放棄した」。

 このあたりまでで上巻のようやく三分の二くらいなんですよ。情報量が多いそして濃い。どれもこれも興味深いのですが全部我が物にしたかと言われると心もとなく、いつものように私の殴り書きメモをまとまりなく置いておきます。

〇遺伝子の突然変異はなぜ起こるか

①環境因子

②偶然のミス

③遺伝

④ウイルスによる

 遺伝性の難病である「嚢胞性繊維症」は過去にコレラ発生地だった場所に特有→原因となる遺伝子変異は、コレラによる脱水を軽減する作用があったために生き延びたか? 

〇ヒトゲノム

 遺伝子の数は他の生物と変わらない、ネットワークが複雑。独創性と創意があり異なるゲノムを産み出す能力がある。

 ゲノムの98%の領域は遺伝子間DNAとイントロン(余白的な?)多くの断片があるも、不活化・沈黙している→大部分は「ヒト」ではない

 繰り返し現れる配列Aluは起源も機能も重要性も不明

→進化する用意がある、ということか?

〇遺伝子科学は「病理」から「正常」の科学へ

 一般に、遺伝的多様性が高い=古い

〇現生人類とは?

 遺伝的多様性は異なる人種間より同じ人種内の方が高い

「『人種』は特徴の代わりにはならないお粗末概念」

〇遺伝的な記憶

 ゲノムには消せない、降り積もる化学的な「印」=エピジェネティック・マークがある?

「記憶」を機能的に利用できるかどうかは「記憶を沈黙させる能力」にかかっている

「主要調節タンパク質はエピジェネティック・マークと相互作用して、細胞記憶をリセットできる」by山中伸弥

 エピジェネティクスは不確か、限定的、特異的、予測不能であり、次世代に受け渡されることはない。

〇遺伝子治療

 臨床治験の死亡例「熱気と幻想の充満した雰囲気には疑問を抱く」「あの人たちはまだ対処できていなかった」「ちゃんとできもしないのに。時期尚早だった。あまりにも時期尚早だった」 

 考慮すべき三角形:浸透率・大きな苦しみ・正当化できる介入

〇未来

①ヒトゲノムにコードされた情報の正確な性質を見極める

②時間と空間における組み合わせをどう指定し、どう発達させるか

③ゲノムからの将来予測


 こうやって書いてみるとなんもわかっとらんな私(笑)。ただ、DNAの構造がいたってシンプルで、基本コードが書いてあるだけ、役割に沿ったタンパク質と結びつき、機能をON/OFFする、ってそれ完全にコンピューターやんと思いました。内部に棲むミトコンドリアといい、私たちは自分の行動を自分の意思によるものと思い込んでるけど、実は人類ごと違うものに動かされてるのかもしれん、とSFめいた気持ちになったりする。

「宇宙での私たちの究極の目的は、エントロピーを抑制することのように思える」

 面白かったです!さあ次は「細胞」!頑張ろ!

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