クラファンでご支援した映画の試写会を観てまいりました。
「ENA」(2025)「裳着」(2026)佐藤敬※クラファンは「裳着」の方。
ひっさびさの渋谷駅は迷宮だった。会場の「ユーロライブ」にはミニシアター「ユーロスペース」も入ってる。若かりし頃何度か行ったことがあるはずだが、2006年に今の場所に移転しておった。つまり何もワカラン。僅かな記憶と方向感覚(どっちも当てにならず)を頼りにダダ広い構内からマークシティを歩いてみたものの、エッどうして上るの?エッ下りるの???ドコに???てな体たらくで、スクランブル交差点を上からスマホで撮りまくってる外国人観光客以下の完全お上りさん(フォトスポットあるのね!)。どう考えてもこの先迷子確定という予感しかなく、やむなくお外に出て平日夜でも混みっ混みの109界隈をうん十年ぶりに歩きました。東急跡地の脇でひっそり佇むBUNKAMURAを横目に見つつ狭い路地に入る。薄暗い緩い坂道をてくてく歩く間にもひっきりなしに爆走するマリオカート(みたいなカート、なんて言うんだアレ)。立ち並ぶ店も歩いてる人もカオス。ネオンと暗闇が同居してる、こういう場所も久々だなあ。
開場が18時ということで外で暫く待ってみたが、ご同輩らしき方々が次々中に入っていくので便乗。既に階段に列が出来てた。時間通りに受付開始、確認を済ませたらあとはてんで勝手に座る。こういうのも久々だなあ。と思いつつ中央列の真ん中へんの端に陣取る(端が好き)。
監督の端的にして簡潔な挨拶が終わっ、たかと思ったらまた戻って来られて「センシティブ表現あるのでご注意を」とのこと。ほーん?今時は大変ねえと思いつつさあ本編。最初に言っておくと、今回私は佐藤敬さんという監督について何一つ前提知識を入れず、何も知らないままクラファンの文面だけで支援を決め、試写会に突入した(「この作品を創ることはもう決めているけれど、支援によってそのクオリティが上がります」というところがなんか響いた。正直でいいな、と)。なので、最初の「ENA」にしても「裳着」にしても、「鹿の国」みたいな民俗学ドキュメンタリ形式に近いんかなと勝手に思っていた。が、大いなる勘違いだった。
以下、ほんのりネタバレなので注意:
そんなわけで「ENA」、いきなりの不穏すぎる「なまにく」に続く展開に脳内横転。なんだなんだいきなりバイオレンスじゃん裏社会もの?と思ってるうちに事態はあれよあれよとホラーに雪崩れ込み、結構なスプラッタを伴う人怖へと転じていく。いやこれホラーグロ耐性あるアテクシはイケるけど「裳着」目当ての平安ファン大丈夫か?!などと余計な心配をしてしまった(いや「裳着」だってダークな平安を描くて言うてたやん)。
そうはいってもENAはやはり胎衣のことであるし、舞台装置のひとつひとつが何かを象徴していて存在を声高に主張してる感もあり、細部まで相当の拘りが観てとれた。私は「サイコ」と「くだんのはは」と「羊たちの沈黙」を思い出したよ。ただ個人的な好みとしては、正体はギリギリまで見せないでほしかったかな。前半の緊迫感の高まりが半端なかっただけにちょい勿体ない(何様だ)。「この場所からどういうわけか逃げられない」描写があればより恐怖感が増したかも。何で二人とも逃げないねん!と思ったので(何様その2)。ともあれ俳優さんたちの熱演は素晴らしかったしラストの表情もお見事、綺麗に着地が決まってました。
さて間髪を入れず「裳着」。ハイキタコレ、平安にありがちな三つの事。「疫病」「呪い」「基本暗い」。えさしの里で撮影されたという映像、あちこちに配置された紙燭が闇を際立たせる。紛れもない平安の夜。女たちの衣裳、衣擦れの音、衣にかかる長い髪の表現にもいちいち痺れる。大河「光る君へ」が「平安」の影を明るい日のもとにわかりやすく展開して見せたのだとしたら、此方は影の中にすっぽり入り込んで覗き見した、というところだろうか。それ自体が平安っぽいね。ラストシーンはまるで絵巻物のようでした。
何よりナイスアイディアでよくやり遂げたな、というのがセリフをすべて「平安言葉」としたこと。サ行の発音がしゃしゅしぇみたいになってて、外国語というよりキツイ方言のような趣だった。平安の話し言葉については諸説あるみたいだけど、この試みは本当に素晴らしいと思う。「あなかま」をリアル音声で聴ける日が来るとは思わんかったよ。生きててよかったわ(大袈裟)。セリフ書き起こしと字幕の載ってる本ほしいなー。
と油断しているとやはりぶっこまれるバイオレンスとエログロ。いうて平安時代だって対外的な戦争が殆どなかったというだけで、貴族であっても現代とは比べ物にならんくらい野蛮で凄惨な日常だったろう。その意味で唐突さは感じなかった。まあこの時代の人ならこのくらいやるかもね。ただ声大きすぎだけど(笑)。何故アレで陰謀が成り立つと思うのか。バレた後の言い草の酷さといいリアル寄せ平安人ヤバい。
それと終盤の姫君ブチギレ場面は、おそらく多くの平安ファンが同じ場面を連想したと思う。「源氏物語」において髭黒大将が錯乱した妻に灰をぶっかけられ罵倒される場面。状況はだいぶ違うものの、こういった出来事は平安といえども普通にあったんだろう。理由は精神疾患によるものかもしれないし、単に感情が爆発してのことかもしれない。何にせよその背景にあるものは覆い隠されすべて「物の怪」のせいとして片づけられた。紫式部はそのありようをまんま書き残し、千年あとの佐藤敬監督がこうして曝け出してみせた。「物の怪」なんて平安の昔も、誰も信じていなかったのだと。というより物の怪の正体は常に「人間」そのものであるのだという、時空を超えた「共感」を見せられたのかもしれない。
ニワカ平安ファンとしても大変に興味深く面白く、楽しませていただきました。佐藤監督はじめ制作に関わった皆様に大大感謝です。こういう平安言葉での作劇、シリーズ化しないかしら。三分くらいのミニ劇でEテレの深夜枠とかダメかしら?
今後の展開に大いに期待します。面白かった!
