「黒牢城」(小説)

  夏の初めに観た映画の原作。まだロングランで頑張ってる模様。

「黒牢城」米澤穂信(2021、文庫2024)

 いや参った、これは名作。よくもよくもまあ、史実と虚構のパーツをこれほど上手く料理するもんだ。作者が「荒木村重」という人物に心底惚れこんでいるのがよくわかる。この「惚れこみ」とは必ずしも称賛一点張りではなく、いたく興味を惹かれる・考察せずにはいられないという意味で「作者にとって非常に魅力的な人物」ということである。

〇荒木村重という武将が織田信長に叛いて有岡城に立てこもった。

〇羽柴秀吉のもとから説得に現れた小寺官兵衛(のちの黒田官兵衛)を捕え城内に監禁した。

〇有岡城を出た荒木は戻らず。残された有岡城は織田に攻められて落ちる。村重の一族や重臣とその家族は、六条河原にて斬首。

〇村重は最終的に毛利方に亡命、尾道に隠遁したが、本能寺の変のあと堺に移り茶人として生きた。

 これだけ見ると荒木は織田を裏切ったばかりか重臣や妻子まで見捨てて自分だけ逃げだした卑怯な奴、ということもできる。実際、今大河の「豊臣兄弟!」では「死ぬのが嫌だった」という単純明快な理由で出奔させている(ドラマ内で設定されたキャラならばギリあり得るか?という筋立てではあった)。荒木村重が「謀反を起こした理由」と「有岡城を出て戻らなかった理由」は諸説ある。つまり簡単には解けない謎なのだ。その謎に「有岡城内で起きた四つの事件とその解明(架空)」を嵌めこむことによって迫ろうという試みが本作。いくつもの入れ子になった完全なミステリー小説なのである。以下ネタバレ注意。


 映画との関わりでいうと、各キャスティングがこれ以外ないというくらい完璧だった、と改めて実感した。何度でも言うがやはり千代保を吉高由里子にしたのが優勝。彼女しかいない。諦めとも悟りとも違う、この世ならぬものを見ているその目。身体ごと別世界に在るような、儚さと強さが同居してる女を演じさせるなら。

 そしてそして官兵衛!!!映画では狂言回しに近い役割かと感じたが、違う。主役だった明らかに。むしろ村重はコマの一つにすぎなかった。というかコマにしたのだ、官兵衛が。

 村重が既に軍師として名の高かった官兵衛を殺さず留め置いたのは何故か、小説内では実に単純な理由だった。「信長は殺しすぎる」「自分は殺さない」と、信長との違いを世間にアピールするため。そんなちっぽけな「見栄」のせいで人質となっていた息子を殺され、官兵衛もまた感情により動いた。その結果、またもや多くの人の血が流れることとなった。ラストの、官兵衛にとってのどんでん返しは強烈だった。うわあああああこれはキツイ……と思った。しかしここで官兵衛の具体的な描写を一切せず、ただ文書として残る官兵衛の言葉とその功績のみを記したのは実に良かった。良いとしか言いようがない。とんでもなく面白かった。

 米澤さんの小説はこれが初だが、いわゆる「滑舌のよい」美しい文章でとても好みだった。息子が何冊か持ってるというので借りてみようっと。

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「プロメテウス」

  エイリアンシリーズの映画で観てなかったコレ、遂に観た(ねふり)。スマホのちっさい画面より映画館で観たかったが、きっと「私は何故こんな怖い映画を以下略」てなるんだろな。

「プロメテウス」リドリー・スコット

Prometheus / Ridley Scott(2012米)

 前日譚という触れ込みだったと思うが、別物だという説もあるらしい(どっちやねん)。作ってる途中で色々変わったとかなんとか。まあ個人的にはどっちでも何でもよい。ただこれまでのエイリアンシリーズにつきものの「アンドロイド」「大企業側の乗組員」「謎の星」「謎の施設」「火炎放射器」「やたら強い女」他お馴染みの要素がしっかりガッツリ当然のように出てきて嬉しい。以下、ネタバレしつつも早口で語る。

 よくわからん異星人的な何かがよくわからん何かを飲んで滝つぼに落ちるシーンから始まって、「エクソシスト」冒頭を思わせる怪しい遺跡で科学者夫婦が何か見つけちゃう(見つけるな)。それでお約束の探索に出かけるわけだが、2001年宇宙の旅を思わせる船内で一人ほっこり趣味ライフを愉しむアンドロイドくんの姿はこの映画唯一の癒しシーンかもしれん。いやそこはかとなく不穏ではあるが。その後はお約束、何でワザワザそんなとこに探索に行くんだよ(それが目的なので仕方なし)しかも別行動とか頭イカレてんのかちょっとオ!!!どうせこの辺で来るんでしょうわかってんだよほら来たア!!!ヒイイイイ!!!

 などと錯乱してからはもう怒涛の展開である。そこもいつもと同じ。しかし大体大筋わかってるのに何でこうも恐怖が目減りしないのか。神は細部に宿るというし恐怖も細部に宿るんだな(混乱)。今回のぶっちぎりハイライトはやはり夫に宿ったエイリアンに孕まされた女性博士のセルフ開腹手術。ブラックジャックかよ……というかブラックジャックの百万倍ヤバイ。でも気持ちはようわかる。嫌すぎるよな。

 さてエイリアンの始原を示唆するようなこの映画だが、結局はあのバケモノは兵器として人為的に(どっかの異星人によって)作られたってことなんだろか。火を手に入れたプロメテウスが破滅するように、手に余る凶悪な「道具」を得た異星人も滅びたと。この間読んだ「遺伝」の本で、科学者の稀なる探求心が権力に結び付き暴走した事例をいくつも見た。旺盛な知識欲は時としてとんでもない禁忌に触れてしまう、神話の時代から言われ続けてきたことだ。しかしこの最強最凶の生き物、寄生する他の生体がいないと繁殖できない。食いつくしてしまったら卵のまま眠るだけ?とすると、餌をどこからか呼び込まなくてはならない。ラストで生き残りの女性は「この星は死の星、発信源を探すな」とメッセージを残すけれども、結局はこれ自体が引き寄せるトリガーとなるんよね(一作目に繋がる)。もしかして知らず知らず生き物の「意図」に操られてるんじゃないか……としみじみ最後まで怖い映画であった。

 個人的には「コヴェナント」より面白かった。怖さはいい勝負かな?ともあれご視聴は計画的に(何をだ)。

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「デッドマンズ・ワイヤー」

  ちいかわ映画が大量のお客を集客する中、行ってきました。その割には人いたかもしれない(書き方)。洋画ガンバレ。

「デッドマンズ・ワイヤー」ガス・ヴァン・サント

Dead Man’s Wire / Gus Van Sant(2026米)

 何しろガス様なのでクオリティはほぼ担保されてると言っていい。安心して観た。さすがのキレキレ画角、ボロ車で朝の町を流しているだけでカッコイイのは何でなんだぜ。特に主役トニーの目力すげえ!と思ったら、ビル・スカルスガルドって「IT」のペニーワイズじゃん!なるほど納得!

 さて実話に基づいたストーリーであるからして、ネタバレしたところでさして問題はない。ただ、「極悪企業VS一般庶民の息詰まるようなアクション映画!」を想定すると大きく外れる(そんな人いないか)。というのもこのトニー、もうのっけから挙動不審。言ってることも、一見筋が通ってるようで通り切れてない。そして情緒が著しく不安定。瞬間湯沸かし器みたいに激昂したかと思えば、メチャクチャ物分かりがよく親切な面もみせる。冷静かつ落ち着いた対応もできる。目力が強い以上に、何をしてても目立つ「目」の輝き。そう、誰がどうみても「精神的に何かの問題を抱えてる(自覚無し)」人なのだ。

 だがこれは「オカシイ人に絡まれた善良なる市民の企業人」の話というわけでもない。実際の取引内容は最後までハッキリとはわからないが、違法とまではいかずともやや強引な手法であったようなことは匂わされている。妻も子供もいないある意味無敵の人であるトニーの、何かのトリガーを引くきっかけはおそらく、人質にされた息子の方ではなくあの父親だったのかもしれない。というか間違いなくそう。と思わせるアル・パチーノの怪演、実にすんばらしかった。

 最初から最後まで、理不尽だらけだ。誰かの理は他の誰かの理不尽であり、その逆もあり得る。激しく交錯する理不尽は無関係な人にとってはエンタメにもなり、TVとリポーターが供給、視聴者が消費する。元の事件を知らなかったのでラストはちょっとビックリした。そうなるんかーい。ひたすら人質の彼が気の毒すぎる(彼がすべての理不尽を引き受ける結果になった、といっても過言じゃない)。トニーは極悪人ではないにしろ、かなり大迷惑な困った奴ではある。何ならあの父もそれ。中々キツイ。脇にもそういう人大勢出てくる。特にFBI、その扱いが典型的なアレ過ぎて、周囲の地元警察他関係者が無言のまま「んなこたあワザワザ黒板書かなくても最初っからわかり切ってるだろがこのクソボケカスが」みたいな雰囲気を醸し出してるの笑った。確かにこれプロファイルするまでもないよなあ(笑)。善と悪とは綺麗に区分けされてはいない、常に混沌としている。

 いうわけでなんもスカっとしない・最初から最後までモヤモヤしかない映画だけれど、そういうの大好物ですありがとうございました。面白かった!

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「PERFECT DAYS」

  これもまた映画館で観損なったやつ。あーーーー観ればよかった。無理してでも観るべきだった映画館で。

「PERFECT DAYS」ヴィム・ヴェンダース(2023)

PERFECT DAYS / Wim Wenders

 のっけからもう風景が違うんですわ。何が違うって違うんですわ(語彙力)。昔観たヴェンダースの映画、ストーリーその他は全部記憶の彼方なのに、この色、アングル、音楽でああヴェンダースだねとなるってかなり凄いことなのではあるまいか。カセットテープが音源のカーステの音、映画館で聴いてみたかったな。

 ストーリーはシンプルさと複雑さが並び立っている。トイレ清掃員平山の日常が繰り返し描かれるが、全く同じ日は一日たりとてない。

「なんにも変わらないなんて、そんな馬鹿な話ないですよ」

 平山のこのセリフが言い表してる。基本ルーティンに沿いながらも唯一無二の日々、そういう日々こそが「PERFECT DAYS」なんですよね。全世界がコロナ禍を経験したあと製作されたことを考え合わせると、「ルーティンを全うできる日常は、絶対のものではなく、ある日突然消えるかもしれない儚いものである」という気持ちも見える。「木洩れ日」という日本語への愛も含め、やはりどこからどう観てもヴェンダースだなあと(語彙力無)少なくとも日本人が普段見てる日本の風景とはまた視点が異なる感覚がすごくありました。

 しかし何でトイレ清掃員?と思ったんだけどそもそもの企画が「渋谷区内のトイレを刷新する日本財団のプロジェクト『THE TOKYO TOILET』のPR」が目的だったのね。通りで、出てくるトイレが新品同様ですっごく綺麗だった。まあそうじゃないと画面的に耐えられないわなあ。PR目的ならば納得。

 トイレ清掃員みたいな「低廉労働」を美化しすぎるという批判も海外であったみたいだけど、そこいら辺は逆に違和感なかった。日本においてはその「低廉労働」に驚くべき有能さと誠実さを以て従事してる人たくさんいるし、「職人」レベルもそこそこいる(勿論タカシみたいにいい加減な人もいる)。平山さんはどうやらいいとこの出で昔は違う世界にいたらしき訳アリな人だけれど、「そういう人もいるかもな」と普通に思ってしまう土壌が昔から日本にはあるのだ。「耄碌爺さんかと思ったら剣の達人だった」とか「遊び人と思ったら将軍のご落胤で、町の平和を守ってた」とか大好きだもの日本人。欧米人が何でこんな仕事ワザワザしてんの?と思う気持ちもわからんではない。平山さんのミニマムな日々は、平山さんが忌避した(逃げ出してきた?)面倒くさい仕事をする人たちのお蔭で成り立ってるわけで、そこは手放しで全肯定するわけにもいかんが、まあとりあえず今の日本でそういう人がいてもええやん。これぞ多様性やん。と日本人の私は思ってしまう。平山さんの幸せがずっと守られるような日本でいてほしい。

 たいへん余韻の残る美しい映画でした。面白かった!

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「細胞」

  ムカジーさんの本に出会ったのは、もともとこの「細胞」をTwitter(x)および本屋で見かけて気になって、の話だった。

「細胞 生命と医療の本質を探る」シッダールタ・ムカジー(2023、訳 田中文)

The Song of Cell:An Exploration of Medicine and The New Human / Siddhartha Mukherjee

 いやーこちらも面白かった!読みやすくてすいすいいけた(とはいえ全部身になったわけではない!)。「遺伝子」と同じく(一部被る部分もあり)、「細胞」研究の歴史本である。例によって研究者たちの名前がつらつらと現れては消えていくのだが、その過程では当然のことながら間違うことも多々ある。それについての心に残る一言:

「あまりにひどすぎて、まちがってすらいない」

 どういうこと(笑)論理の方向が明後日すぎて間違いを指摘する段階にないってことかしら。何にしちょっと面白いセリフだ。使ってみたいけど今後の人生でいったいそういうシチュエーションに巡り会えるかどうか。そもそもどういう状況なんよ(笑)。

 以下、私のとっちらかったメモ書き(まとめられぬ)。

〇生物の三つの系統(ドメイン)

1)細菌

2)真核生物(核には染色体を保管)

3)古細菌(アーキア) 2)はここから枝分かれしたか

〇最初の細胞は膜とテンプレートと複写機能

〇細胞は、自律性・増殖・発生 という機能をデザインされている。

〇細胞は二面性を持つ:外に対して閉じていると同時に開いていなければならない

〇細胞の自己認識とは?

 T細胞寛容(自己の細胞や抗原に対して攻撃しないよう制御されるしくみ)

 自己:攻撃することを禁じられた目に見えないもの

 がんとは、道を踏み外した自己進化のプロセスを経て生まれる

〇死とは:ゆるめる・作用がなくなること

〇描くとは:抑えきれない熱を以て、本質を取り出し、真実を引き出す行為。

〇脳の病理:速・遅・中間 うつは「遅い脳」の問題(細胞の障害)

〇再生医療:幹細胞は分化した細胞を作る・分裂する→自己複製と分化、危機において「再生」する

〇iPS細胞の問題:再生を繰り返した細胞は、元のそれと同じなのだろうか?

〇骨は骨芽細胞(太くする・長くする)と破骨細胞(古い骨を除去)があり、先端が伸びる

〇幹細胞は利己的(自己複製)と自己犠牲(分化)の機能があるが、がん細胞は永久に複製し続ける「究極の利己的細胞」である

〇協力と単位、無私と利己、同時に存在する

〇細胞についてのまとめ

①すべての細胞は細胞から生じる

②最初のヒト細胞がすべてのヒト細胞を産む。人体のすべての細胞は原則一個の胚細胞から作ることができる

③各細胞は多様だが根本の生理現象は似ている

④細胞は類似点を特殊な機能のために利用できる

⑤特殊機能をもつ多数の細胞からなるシステムは互いにコミュニケーションしつつ強力な生理機能を産み出す。この協力体制が崩れれば病気になる

⑥細胞の生理は人体の生理の基盤

⑦修復、再生のバランスにより器官は正常を保つ

⑧個々の理解のみならず全体の法則を解明することにより新しい細胞治療を産み出せる

⑨細胞リエンジニアリングにより細胞の病的な状態の改善、正常に戻すことができるかも

⑩細胞リエンジニアリングの医学・倫理学に関わる新しい難問:人間の定義とは?どこまで変化する?

〇「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ:本体のスペアとしての役割を果たすためにクローン体として生まれた人々の話 →読みたいぞこれ

「持って生まれた素材を受け入れ大切に」マイケル・サンデル

〇細胞は「素材」、別のものに作り替えられるのを待っているのか?

〇訳者あとがき

・フランスには生物学者ラスバイユの名がついた通りがある

・本文に一部誤りあり:抗体の発見は、「北里柴三郎の破傷風購読研究」が最初・制御系T細胞の発見者には坂口志文もいる

・日本語の「細胞」は岡山・津山藩医の宇田川 榕菴(ようあん)が名付けた。

「胞」は胞衣、胎児を覆う膜であることから「生命を覆う小さな袋」の意。「cell」よりセンスよいのではないか

メモは以上。

 この訳者さんあとがきもアツくて大変面白かったので書き留めてしまった。しかし前回の遺伝子と同じく、こんな超絶細かい仕事をようもまあ歴代の学者さんたちはやってきたものよ。やはり芸術でも研究でも「抑えきれない熱」が尋常じゃない後押しをしてきたんだろな。偉大な先人に、そして今この瞬間も熱を以て励む皆様に最大の敬意と感謝を。

 あーもっと若い頃に読みたかったな。高校の生物ももうちょっと真面目にやればよかった。年と共に、如何に自分が物知らずかを思い知らされるばかりだのう。精進しよう。

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