「サンキュー、チャック」

  洋画が光の速さで上映を終えてしまう昨今、さしもの暇人な私でも観損なうこと多々。これは見逃すまいと早めに観にいった。

「サンキュー、チャック」マイク・フラナガン(2026米)

The Life of Chuck / Mike Flanagan

 まずは単刀直入に言う。最高だった。今までのスティーブン・キング原作映画で一番の出来だと思う。今までキングが書いてきたすべてが含まれていて、尚且つ最もエモい。キングの持つエモがここに極まれりである。原作は未読だけど、きっと原作の根幹を少しも損なわず二時間という尺に収めているんだろうと確信。原作ではさらなる緻密で高濃度なエモを体験できるんだろな。読むのも楽しみ。以下、ネタバレにつき注意。特にガチのキングファンで原作未読の向きはここからは画面を閉じて、前提知識皆無で観た方がいい。ファンではない、作品をあまり読んだことがない向きは……個人の判断で。

 というのも構造が少し変わっていて、全三章の物語が逆から始まる形になってる。つまり三章が「前振り」。長年のキングファンならお馴染みのあの「しつこいくらい詳細な前振り」なんですよこれが。しかもホラーとSFと人怖と陰謀論めいた要素まで全のっけもりパート。情報量が半端なく多いので常人(キングガチファン以外)には少々冗長と映るかも。現にTwitter(x)では絶賛だけでなく「よくわからなかった」「私には合わなかった」という感想も散見される。多分だけどこの思わせぶりでミッチミチの三章とシンプルかつ爽やかな二章との落差、隠された繋がりに気づかないまま一章(ラストパート)に突入してしまったんだろなと推測。紛れもなくキングの文脈なんですよ。確かに合う合わないはある。

 三章で出てきた人々や風景が一つ残らず、チャックの人生において出会った人であり風景であること、子供の頃に耳にしたホイットマンの詩が太い骨組みとなってその世界が構築されていることに気がつけば、人間の存在というものの強さと確かさ、儚い一瞬の光の尊さが一気に雪崩れ込んできて溺れそうになる。まさにエモの洪水。キングはホラー小説家だが、このエモこそが本質なのだと改めて理解できる。もうね、二つのダンスシーンが途轍もなく良い。値千金。二度とない、その日その時だけのダンス。振付が「ラ・ラ・ランド」の人と知って納得。大人になってからのそれと、少年時代のそれ、どちらも良いけど後者の甘酸っぱさ、切なさといったらもう。単なる不注意の怪我を「(二人のダンスに嫉妬した)パートナーの彼氏にやられた」ことにするのも良い。良いったらよい。三章には出てこないこの二人は、そっくりそのまま美しくかけがえない記憶として、未だチャックの中に存在しているということなのだ。あ、ダンスもう一つあった。お祖母ちゃんとの台所でのダンス!あれも素敵すぎて倒れそう。しかもお祖母ちゃんの旦那、つまりチャックの祖父はルークなんだぜ(マーク・ハミル)……あああもう何もかも良い。良さがもう書ききれないくらいある。

 それでいてちゃんと物語の軸に、超自然的な不思議がドンと通ってるのがこれまたキングなのよ。監督は「ドクター・スリープ」を撮った人で、正直あの映画は(原作含め)あんまり評価してなかったんだけど、今回のこれでキングを最も理解してるガチファンの一人だとわかりました(手のひらクルー)。面白かった。超絶オススメ。

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「死んだら飛べる」

  色々と溜まりに溜まっている。来週はまたガテン系仕事後半が始まる。サクサクいかなくては。

「死んだら飛べる」スティーヴン・キング、ベヴ・ヴィンセント編(2019)

Flight or Fright / edited by Stephen King & Bev Vicent

 スティーヴンキングの単著ではなくいろいろな作家の短編集だが、さすがキングがセレクトしただけあってどれもこれも面白い。それとこの装丁ね。普通の文庫本よりちょい大きめのサイズ、背表紙もこの色でかなり目立つ。つい手が伸びてしまった。アメリカではもう絶滅しかけているペーパーバック的な雰囲気を狙ってるんだろな。さらにこのタイトル!原題も日本語タイトルもイイ感じにあたまおかしい。ホラー好きの勘所をよくわかってる。

 キングは大の飛行機嫌いの癖に(だから?)、「ランゴリアーズ」というヤバイ中編を書いてもいるが、嫌いが高じてこんな本も作っちゃったということなのかもしれない。それも飛行機の中で是非読め、当然読んでるはずとか何度も繰り返してて鬼すぎ(笑)。でもキングの読者ならあえてやりそうではある。長さもそれぞれだいたい同じくらいで、食事やトイレやトランジットや何かで中断しても大丈夫!行き届いてるね!

 個人的にはコナンドイルの「大空の恐怖」が懐かしかった。小学校の図書室で読んだホラーアンソロジー本のなかにあったのだが、再読してみたらその画がパーッと頭に浮かんだ。ビジュアル的に怖い話のひとつよな(それにつけてもあのアンソロ本挿絵が超秀逸だった。再販しないかな…しないだろな)。正統的なホラーありファンタジーありSFありで最初から最後まで楽しめました。オススメ。 

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「ザ・スーパーマリオ・ギャラクシー・ムービー」

  GW中は多忙につき低浮上でした。今はガテン系仕事真っ最中なので通常運転まではもう少しかかりそう。

「ザ・スーパーマリオ・ギャラクシー・ムービー」アーロン・ホーバス、マイケル・ジェレニック(2026米)

The Super Mario Galaxy Movie / Aaron Horvath & Michael Jelenic


 帰省中の次女とともに三人で観た。例によって細かい小ネタはようワカランものの、出てくるキャラはカワイイし(ヨッシーも星の子もカワイイ!!!)ストーリーはわかりやすく王道、躍動感溢れるカラフルな画面も楽しい。そもそもあの音楽だけで勝ち確定よね。ゲームやるやらない関わらず大抵誰しも聞いてるもんね。次女によるとメインキャラの設定が映画オリジナルだったり、実写映画での諸々オマージュや自虐ネタや、相当色々詰めつめ込みこみということで、「おかーさんたちにはちょっとわかんなかったよねゴメン」などと宣っていた。いやまあ確かに少々羨ましくはあるが、面白かったので別によい。

 前作を観た時も思ったが、何よりやはりこの長い年月ずっと「子供たち」に親しまれて来た・親しまれているという事実がまず尊い。私は自分自身で友達とプレイしたわけじゃないけど、子供たちが肩寄せ合ってゲームしてたのは憶えてる。まさに、テレビでも流れてるあのエモいCMの光景そのもの。もう皆大人になってしまったけれど、確かに存在していたあの時間を、映画という形で再構築してくれてる。前作も今作もテーマが「家族」であるところの理由なのかもしれない。私もゲームやろうかなあ、ボケ防止に(笑)。

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「始祖鳥記」「出星前夜」

 本屋はだいぶ減ってしまったが、幸い自宅の近所にはいくつか大きめの本屋がある。本屋好きもだいぶ年季が入って来たもので、時々向こうから引き寄せてくる本がある。それが今回は飯嶋和一さんの「虚空蔵の峯」だった。読書好きを公言し常に積読大量な私だというのに、今まで飯嶋さんの本は一冊も読んだことがなく、名前も憶えがなかった(まだまだだな私…)。単に「虚空蔵」という語で実家近所にあるお社(虚空蔵菩薩が祀ってある)を思い出した、だけだったのだが、手に取って帯など読んでみるとかなり面白そう。しかしハードカバー(いやソフトカバーだったかな。うろ覚え)。うーーーーーんと迷い、とりあえず図書館で借りてみようと思い立ち二冊予約。待ちもなくすぐ入手できた。

 で。

 なんで、なんで私は今までこのお方を見逃していたのか!好みドストライクな上にメッチャ面白い!!!そりゃあアッチから手招きされたわけだ(比喩です)。アンタ絶対好きよこの話、ほらほら読みなさいと。うわーーーーー。これでまた積読候補増加。


「始祖鳥記」飯嶋和一(2000)

 第6回中山義秀文学賞受賞、このミステリーがすごい!2001年版」 第5位。

 冒頭にいきなり捕り方がとある町屋に押し寄せる場面が描かれる。どういった理由でそうなったのかが時間と視点を細かく動かしつつ語られていくのだが、まず思ったのは「一文における情報量が多い」。なのに読みやすい。それから?それから?とどんどん行ける。だがストーリーの説明はすごく難しい。一言でいってしまえば「鳥のように空を飛んでみたい男」の話なのだが、まったく単純ではないのだ。彼を主人公、とするのもちょっと違う気がする。とにかく周囲に現れる人物が誰も彼も魅力的すぎる。歴史に名の残っていないもしくは僅かな文書にチラリと名がみえる、いわゆる市井の人々の、一人一人の存在と人生とその夢が、読み進めるほどにくっきり浮かび上がる。それはもうちょっとした脇役まで緻密に、丁寧に。

 頭が良く手先も器用で、やろうと決めたことはほぼ何でも人並み以上にこなしてみせる主人公だが、決して器用貧乏といった類の人ではない。普通の人が流され適応していく世間一般の常識や価値観には囚われない、ただただ確固たる「自分」がそこにある。その彼が死を表して

「背後から追ってくる『永遠』に呑み込まれる」

というのには痺れた。人ひとりが生まれようが死のうが、望もうが望むまいが、関係なく時は流れ世は変わる。「永遠」から逃げろ、抗え。いつかは捕まるとしても。

 感動しました。これこそまさに「大河」。連続ドラマ化してほしいけど難しいだろな。


「出星前夜」(2008)

 此方は「島原の乱」をモチーフにした歴史小説。キノベス!2008 第1位、第35回大佛次郎賞受賞、第27回日本冒険小説協会大賞第9位、第6回本屋大賞第7位

 一文の情報量は変わらず多いけど格段に読みやすくなったような気がするのは、「視点」がある程度絞られたせいだろうか。「島原の乱」といえば隠れキリシタンで天草四郎でしょ、というイメージを根底から覆す歴史大作だった。主人公は四郎じゃないんですよ驚いたことに。そして冒頭の主体は「傷寒」。子供たちの間に蔓延する感染性の病「傷寒」(今でいうインフルエンザか?)に危機感をおぼえた庄屋が名医とうたわれる長崎の医師・恵舟を訪ねるところから始まる。この庄屋・鬼塚監物と彼に付き添った寿安という若者が物語の軸となるのだ。

 島原の乱(1637)が必ずしも宗教戦争とはいえない、ということくらいはうっすら知っていた。重い年貢を課され過酷な取り立てに耐えきれなくなった民衆が隠れキリシタンと組んで一揆をおこした、程度の認識だったが、これもまた一面的で見えてないパーツがいくつもあったと気づかされる。第3代将軍家光(1623-1650)の時代、関ヶ原の戦いからまだ40年経ってない。島原の乱を起こしたのはただの農民だけではなく、秀吉の朝鮮出兵に駆り出された有馬水軍の生き残り、関ケ原後に改易となった藩の牢人などガチ実戦経験ありの元武士が少なからずいた。冒頭の鬼塚監物もその口で、戦の恐ろしさを熟知している故にそうならないよう交渉に交渉を重ね、自らの命も賭して最小限の犠牲で済むよう奔走していたのだが、遂に

「キレちまったよ……」

という瞬間が訪れる(いやそんなセリフは作中にはないのだが脳内に)。そこからの活躍が実に凄い。討伐側は武士とはいえ各藩の寄せ集め、統率も取れていないし何より蜂起勢を舐め切っている。面白いように(といっちゃ何だが)惨敗に次ぐ惨敗が繰り返される。特に鍋島軍、抜け駆けしたあげく以前他の藩がやられたのと同じ場所で丸っと同じようなやられ方してて、さすがにアホなんじゃないかと思いました。まあ武士も大変なのよね。家光はまさに藩政改革の最中、状勢がどう転ぶかわからない。関ヶ原の戦い以降西の大名はただでさえ冷遇されてるし、手柄を立てなきゃウチの藩もいつお取り潰しになるかも、と焦る気持ちは理解できなくもない。監物が庄屋として地域住民の生活を担っていたように、武士には武士の事情もあるのだ。蜂起勢側とて、完全な一枚岩とも言い難い。四郎率いるキリシタン勢と合流したことで、ごく限定的だった目的(松倉藩の悪政を世に知らしめる)に色がつきまくってしまった。キリシタン勢は戦に関してはド素人。もはや最小限の犠牲どころか、数万に膨れ上がった蜂起勢全体が滅するまで闘い続けるしかなくなったのだ。

 などと蜂起勢・討伐勢それぞれ緻密に丁寧に語られるので、戦そのものは勿論のこと内外の駆け引きや攻防が実に実に興味深く面白い。端正な、淡々とした語り口調で情緒的な盛り上げ表現など皆無なのがまたよい。え、これ映画化しないの?!絵浮かぶよね?

 そんな中、寿安の人生がそれこそ「何かに導かれるように」一本スーーーーっと道が伸びていく。キリスト教に拠り所を求め悪政に抗おうと闘ってはみたが、蜂起勢による略奪や狼藉を目撃して「これでは糞侍どもと同じではないか。悪政の原因を滅すればよい世の中になると思っていたが、そうではなかった。法や規制の枷がないそのままの人間は、全く立派でもなく素晴らしくもない」と悟る辺りは圧巻だった。物事の本質を的確に捉える能力は誰にでもあるわけではない。鬼塚もその一人ではあったが、見通せるからこそ抜けられなかった。寿安の存在はその意味で希望そのものなのだ。

 まとまらないままダラダラと書き連ねてしまったが、正直私ごときの感想なぞ読んでる場合じゃない。一人でも多くこの本読んでほしい。今の世界情勢だからこそ特に。

 最後に、ラスト!特に特にラストエピソードが実に秀逸かつ感動的で、真面目に鳥肌たったと書いとく。神はいる、名前はついていなくとも。人の中に棲んでいる。良い作品を読ませていただいて、ありがとうございます。

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「唄う六人の女」「サユリ」

  ムッスメネトフリ便乗シリーズ(略するのやめぴ)。



「唄う六人の女」石橋義正(2023)

 オススメに出てきたので何となく観た。だって山田孝之と竹野内豊さんが出てるんだもの。「都会に住む独身プロカメラマン・萱島森一郎」が竹野内さんの役だが、これが見事に「見た目スマートで清潔感あるイケメンだがそこはかとなく嫌あな感じのする男」。そして東京の開発業者の担当営業・宇和島凌(山田孝之)、こちら色黒の笑顔がこれまた胡散臭い如何にもな風体なんですが、その宇和島が初めに喝破した通り、二人には確かに共通するところがある。外見も言動も全く違うんだけれども。

 森一郎の亡父の土地建物売買契約を通じたまたま知り合った二人は、突然謎の空間に迷い込む。どことも知れぬ山奥の立派なお屋敷に監禁され、手ひどい折檻(歓迎?)を受ける。たまらず隙をみて逃げ出すも、どうしても同じ場所に戻ってきてしまう。この世界と、いろっぽくて美しい女たちの意味ワカラン行動、途轍もなく面白かった。二人の男は女たちにとって明らかに異物であり、正直あまり関わりたくない風である。だが、何かの訳アリでここから出すわけにもいかないらしい。なんだかんだでお互いの距離が縮まるとともに、あまり芳しくない方向に転がっている予感もひしひし迫るばかり。あっやっぱりダメっぽい!あーーーやっちゃった!さてどうなる?!とワクワクしていたら……

 うーーーーーんんんん!!!そう来たか!!!うーーーーーーん!!!

 詳細は言わないが今回の「そう来たか」は「正体見たり枯れ尾花」の類。ラスト近くまで本っ当に面白かったのに残念。宇和島は最後までブレないキャラである意味好感が持てたが、森一郎のブラックさが足りんかった。宇和島以上のブラックが奥底にあると私は見てたし、それが見たかった。宇和島は生かして現世に帰らせて、その後(森一郎とその子供が感応しあって)あの辺一帯全破壊からの日本終了、みたいなラストでよかったやんと思いました。惜しい。



「サユリ」白石晃士(2024)

 これは映画館で観ようと思いつつ観損なったやつ。痛恨。大スクリーン大音響で観たかった。どういうストーリーだったか丸っと忘れてたので、何も考えずホラーのつもりで観ていたら中盤から度肝を抜かれた。なんじゃこりゃああああ!面白すぎる!!!これはネタバレしない方が絶対に愉しめるので、興味を惹かれた方はここまでで止めといてください。以下、盛大にネタバレ感想。

 最初に言うておくと、前半のホラーパートもかなりハードである。まったく甘くない。引っ越した家がいわくつきで近所の人にヒソヒソされ、同級生に「大丈夫?」と言われるという怪談にありがちな前振りから、割といきなりフルスロットルに悪霊の祟りが始まる。あれよあれよという間に一家ほぼ全滅。このあまりの容赦なさ、古の漫画を思い出しましたよ。後ろの百太郎とか。結果があまりに洒落にならなすぎて怖いというより唖然。しかしここで唖然としてる場合じゃなかった。

 後半の悪霊退散&人怖バトルパート(としか言いようがない)も唐突に始まる。マジで口ポカーンだった。婆ちゃん(根岸季衣)がすごい。凄すぎる。婆ちゃんに始まり婆ちゃんに終わる。どういうことだってばよってこうとしか言いようがない。主人公の孫(南出凌嘉)もドン引きの超絶バイオレンス。少女を悪霊と成してしまった家族たちは当然の報いではあるが、あまりに壮絶すぎてスカッとはしない。酷い事件など目にすると、犯人は死刑!同じ目に遭わせてやれと思うことも多々あるが、実際目の前でやられたら嫌なものだ。にんげんだもの。ラストは「え?!母親に甘すぎじゃね?!」とちょっと思わないでもなかったが、よくよく考えたら一人だけ生き残る方がキツイやね。ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか判断が難しいところだが、多分ハピエンなんであろう爽やかで穏やかなラストだったし。

 超絶面白かったです。とはいえ私の恐怖感度はバグってるのでご鑑賞は自己責任で(定期)。 

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