「始祖鳥記」「出星前夜」

 本屋はだいぶ減ってしまったが、幸い自宅の近所にはいくつか大きめの本屋がある。本屋好きもだいぶ年季が入って来たもので、時々向こうから引き寄せてくる本がある。それが今回は飯嶋和一さんの「虚空蔵の峯」だった。読書好きを公言し常に積読大量な私だというのに、今まで飯嶋さんの本は一冊も読んだことがなく、名前も憶えがなかった(まだまだだな私…)。単に「虚空蔵」という語で実家近所にあるお社(虚空蔵菩薩が祀ってある)を思い出した、だけだったのだが、手に取って帯など読んでみるとかなり面白そう。しかしハードカバー(いやソフトカバーだったかな。うろ覚え)。うーーーーーんと迷い、とりあえず図書館で借りてみようと思い立ち二冊予約。待ちもなくすぐ入手できた。

 で。

 なんで、なんで私は今までこのお方を見逃していたのか!好みドストライクな上にメッチャ面白い!!!そりゃあアッチから手招きされたわけだ(比喩です)。アンタ絶対好きよこの話、ほらほら読みなさいと。うわーーーーー。これでまた積読候補増加。


「始祖鳥記」飯嶋和一(2000)

 第6回中山義秀文学賞受賞、このミステリーがすごい!2001年版」 第5位。

 冒頭にいきなり捕り方がとある町屋に押し寄せる場面が描かれる。どういった理由でそうなったのかが時間と視点を細かく動かしつつ語られていくのだが、まず思ったのは「一文における情報量が多い」。なのに読みやすい。それから?それから?とどんどん行ける。だがストーリーの説明はすごく難しい。一言でいってしまえば「鳥のように空を飛んでみたい男」の話なのだが、まったく単純ではないのだ。彼を主人公、とするのもちょっと違う気がする。とにかく周囲に現れる人物が誰も彼も魅力的すぎる。歴史に名の残っていないもしくは僅かな文書にチラリと名がみえる、いわゆる市井の人々の、一人一人の存在と人生とその夢が、読み進めるほどにくっきり浮かび上がる。それはもうちょっとした脇役まで緻密に、丁寧に。

 頭が良く手先も器用で、やろうと決めたことはほぼ何でも人並み以上にこなしてみせる主人公だが、決して器用貧乏といった類の人ではない。普通の人が流され適応していく世間一般の常識や価値観には囚われない、ただただ確固たる「自分」がそこにある。その彼が死を表して

「背後から追ってくる『永遠』に呑み込まれる」

というのには痺れた。人ひとりが生まれようが死のうが、望もうが望むまいが、関係なく時は流れ世は変わる。「永遠」から逃げろ、抗え。いつかは捕まるとしても。

 感動しました。これこそまさに「大河」。連続ドラマ化してほしいけど難しいだろな。


「出星前夜」(2008)

 此方は「島原の乱」をモチーフにした歴史小説。キノベス!2008 第1位、第35回大佛次郎賞受賞、第27回日本冒険小説協会大賞第9位、第6回本屋大賞第7位

 一文の情報量は変わらず多いけど格段に読みやすくなったような気がするのは、「視点」がある程度絞られたせいだろうか。「島原の乱」といえば隠れキリシタンで天草四郎でしょ、というイメージを根底から覆す歴史大作だった。主人公は四郎じゃないんですよ驚いたことに。そして冒頭の主体は「傷寒」。子供たちの間に蔓延する感染性の病「傷寒」(今でいうインフルエンザか?)に危機感をおぼえた庄屋が名医とうたわれる長崎の医師・恵舟を訪ねるところから始まる。この庄屋・鬼塚監物と彼に付き添った寿安という若者が物語の軸となるのだ。

 島原の乱(1637)が必ずしも宗教戦争とはいえない、ということくらいはうっすら知っていた。重い年貢を課され過酷な取り立てに耐えきれなくなった民衆が隠れキリシタンと組んで一揆をおこした、程度の認識だったが、これもまた一面的で見えてないパーツがいくつもあったと気づかされる。第3代将軍家光(1623-1650)の時代、関ヶ原の戦いからまだ40年経ってない。島原の乱を起こしたのはただの農民だけではなく、秀吉の朝鮮出兵に駆り出された有馬水軍の生き残り、関ケ原後に改易となった藩の牢人などガチ実戦経験ありの元武士が少なからずいた。冒頭の鬼塚監物もその口で、戦の恐ろしさを熟知している故にそうならないよう交渉に交渉を重ね、自らの命も賭して最小限の犠牲で済むよう奔走していたのだが、遂に

「キレちまったよ……」

という瞬間が訪れる(いやそんなセリフは作中にはないのだが脳内に)。そこからの活躍が実に凄い。討伐側は武士とはいえ各藩の寄せ集め、統率も取れていないし何より蜂起勢を舐め切っている。面白いように(といっちゃ何だが)惨敗に次ぐ惨敗が繰り返される。特に鍋島軍、抜け駆けしたあげく以前他の藩がやられたのと同じ場所で丸っと同じようなやられ方してて、さすがにアホなんじゃないかと思いました。まあ武士も大変なのよね。家光はまさに藩政改革の最中、状勢がどう転ぶかわからない。関ヶ原の戦い以降西の大名はただでさえ冷遇されてるし、手柄を立てなきゃウチの藩もいつお取り潰しになるかも、と焦る気持ちは理解できなくもない。監物が庄屋として地域住民の生活を担っていたように、武士には武士の事情もあるのだ。蜂起勢側とて、完全な一枚岩とも言い難い。四郎率いるキリシタン勢と合流したことで、ごく限定的だった目的(松倉藩の悪政を世に知らしめる)に色がつきまくってしまった。キリシタン勢は戦に関してはド素人。もはや最小限の犠牲どころか、数万に膨れ上がった蜂起勢全体が滅するまで闘い続けるしかなくなったのだ。

 などと蜂起勢・討伐勢それぞれ緻密に丁寧に語られるので、戦そのものは勿論のこと内外の駆け引きや攻防が実に実に興味深く面白い。端正な、淡々とした語り口調で情緒的な盛り上げ表現など皆無なのがまたよい。え、これ映画化しないの?!絵浮かぶよね?

 そんな中、寿安の人生がそれこそ「何かに導かれるように」一本スーーーーっと道が伸びていく。キリスト教に拠り所を求め悪政に抗おうと闘ってはみたが、蜂起勢による略奪や狼藉を目撃して「これでは糞侍どもと同じではないか。悪政の原因を滅すればよい世の中になると思っていたが、そうではなかった。法や規制の枷がないそのままの人間は、全く立派でもなく素晴らしくもない」と悟る辺りは圧巻だった。物事の本質を的確に捉える能力は誰にでもあるわけではない。鬼塚もその一人ではあったが、見通せるからこそ抜けられなかった。寿安の存在はその意味で希望そのものなのだ。

 まとまらないままダラダラと書き連ねてしまったが、正直私ごときの感想なぞ読んでる場合じゃない。一人でも多くこの本読んでほしい。今の世界情勢だからこそ特に。

 最後に、ラスト!特に特にラストエピソードが実に秀逸かつ感動的で、真面目に鳥肌たったと書いとく。神はいる、名前はついていなくとも。人の中に棲んでいる。良い作品を読ませていただいて、ありがとうございます。

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「唄う六人の女」「サユリ」

  ムッスメネトフリ便乗シリーズ(略するのやめぴ)。



「唄う六人の女」石橋義正(2023)

 オススメに出てきたので何となく観た。だって山田孝之と竹野内豊さんが出てるんだもの。「都会に住む独身プロカメラマン・萱島森一郎」が竹野内さんの役だが、これが見事に「見た目スマートで清潔感あるイケメンだがそこはかとなく嫌あな感じのする男」。そして東京の開発業者の担当営業・宇和島凌(山田孝之)、こちら色黒の笑顔がこれまた胡散臭い如何にもな風体なんですが、その宇和島が初めに喝破した通り、二人には確かに共通するところがある。外見も言動も全く違うんだけれども。

 森一郎の亡父の土地建物売買契約を通じたまたま知り合った二人は、突然謎の空間に迷い込む。どことも知れぬ山奥の立派なお屋敷に監禁され、手ひどい折檻(歓迎?)を受ける。たまらず隙をみて逃げ出すも、どうしても同じ場所に戻ってきてしまう。この世界と、いろっぽくて美しい女たちの意味ワカラン行動、途轍もなく面白かった。二人の男は女たちにとって明らかに異物であり、正直あまり関わりたくない風である。だが、何かの訳アリでここから出すわけにもいかないらしい。なんだかんだでお互いの距離が縮まるとともに、あまり芳しくない方向に転がっている予感もひしひし迫るばかり。あっやっぱりダメっぽい!あーーーやっちゃった!さてどうなる?!とワクワクしていたら……

 うーーーーーんんんん!!!そう来たか!!!うーーーーーーん!!!

 詳細は言わないが今回の「そう来たか」は「正体見たり枯れ尾花」の類。ラスト近くまで本っ当に面白かったのに残念。宇和島は最後までブレないキャラである意味好感が持てたが、森一郎のブラックさが足りんかった。宇和島以上のブラックが奥底にあると私は見てたし、それが見たかった。宇和島は生かして現世に帰らせて、その後(森一郎とその子供が感応しあって)あの辺一帯全破壊からの日本終了、みたいなラストでよかったやんと思いました。惜しい。



「サユリ」白石晃士(2024)

 これは映画館で観ようと思いつつ観損なったやつ。痛恨。大スクリーン大音響で観たかった。どういうストーリーだったか丸っと忘れてたので、何も考えずホラーのつもりで観ていたら中盤から度肝を抜かれた。なんじゃこりゃああああ!面白すぎる!!!これはネタバレしない方が絶対に愉しめるので、興味を惹かれた方はここまでで止めといてください。以下、盛大にネタバレ感想。

 最初に言うておくと、前半のホラーパートもかなりハードである。まったく甘くない。引っ越した家がいわくつきで近所の人にヒソヒソされ、同級生に「大丈夫?」と言われるという怪談にありがちな前振りから、割といきなりフルスロットルに悪霊の祟りが始まる。あれよあれよという間に一家ほぼ全滅。このあまりの容赦なさ、古の漫画を思い出しましたよ。後ろの百太郎とか。結果があまりに洒落にならなすぎて怖いというより唖然。しかしここで唖然としてる場合じゃなかった。

 後半の悪霊退散&人怖バトルパート(としか言いようがない)も唐突に始まる。マジで口ポカーンだった。婆ちゃん(根岸季衣)がすごい。凄すぎる。婆ちゃんに始まり婆ちゃんに終わる。どういうことだってばよってこうとしか言いようがない。主人公の孫(南出凌嘉)もドン引きの超絶バイオレンス。少女を悪霊と成してしまった家族たちは当然の報いではあるが、あまりに壮絶すぎてスカッとはしない。酷い事件など目にすると、犯人は死刑!同じ目に遭わせてやれと思うことも多々あるが、実際目の前でやられたら嫌なものだ。にんげんだもの。ラストは「え?!母親に甘すぎじゃね?!」とちょっと思わないでもなかったが、よくよく考えたら一人だけ生き残る方がキツイやね。ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか判断が難しいところだが、多分ハピエンなんであろう爽やかで穏やかなラストだったし。

 超絶面白かったです。とはいえ私の恐怖感度はバグってるのでご鑑賞は自己責任で(定期)。 

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「インセプション」

  録画消化。ノーラン監督の映画はまだ観てないのも多い。新作「オデュッセイア」も楽しみだなあ。

映画.comより

「インセプション」クリストファー・ノーラン

Inception / Christpher Nolan(2010米)


 私は夢日記を時々書いてるんだけれども、夢に見る風景は案外似たような感じであることが多い。前も来たなここ、という場所もままある。勿論元ネタはあくまで私の記憶であるから、いつかどこかで観たものが混じったりアレンジされたりして出てくるんだろうけど、そういう意味でこの映画の「夢風景」は興味深かった。日本人だとなかなか見ないデザインかもしれないなあ、などと思ったりもした。マルグリットとかダリとかの、シュールレアリスムの絵そのまま。一方で日本のアニメ映画「パプリカ」(筒井康隆原作)にもインスピレーションを受けたという説もあるらしい。面白いなー。

 映画はいつものノーラン監督で、ストーリーとしてはシンプル・構造は複雑・展開超速、といった感じなのだが、それにしてもこの夢ハンターというか操作人?たち重労働すぎないか?大勢でドンパチやんなくても済む分雇い主側からしたら現実世界のコストは軽いかもしれないが、現場はメチャクチャ大変じゃん……まあでも、他人の夢の中に入ってアイデアを盗み取ったり、まして本人の自由意思を操作するなんぞ簡単に出来ちゃ困るもんね。「夢の中での一番の味方も敵も自分自身」の法則が終始一貫してるのがまさにノーランの良心そのものなのかも。

 面白かった。ただ、階層化された夢の世界とその中での動きがイマイチ理解しきれないまま終わったので、確認のために間あけてもう一回観たい。こういうところもノーラン監督の映画らしい(笑)。

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「ベルサイユのばら」(映画)

 ムッスメネトフリシリーズ略してMsNFs。←かえってメンドクサイだろこの略


「ベルサイユのばら」吉村愛(2025)

 これも映画館で観損なったというか、観に行くのちょっと迷ってるうちに終わっちゃったやつ。ベルばらはドストライク世代なので、今更映画かーうーん、などと二の足を踏んでしまった。スマホ画面で観終わった感想は「やっぱり行っとけばよかったなあ」である。

 勿論時間制約があるため、内容はかなり端折られてる。あくまでオスカルとアンドレ二人の愛が中心で宝塚のそれを思わせるミュージカル仕立てなのだが、これがまあとんでもなく似合う絵面であり物語である、ということを改めて実感した。あの時代に「ベルばら」を演目の題材に選んだ宝塚の慧眼恐るべし。と同時に、宝塚の「その物語の核となる要素を揃え、主となるイメージを的確に捉えた上で独自の世界を構築する」技をこの映画の方もガッツリ踏襲しているのである。重い歴史的事象を背景に、まさに「バラたち」が咲き誇る一瞬の輝きを二時間足らずの枠の中に綺麗に封じ込めてみせた。これは初見だろうが小うるさい古参だろうが等しく胸打たれますわ。天晴。

 何より「オスカルはフランス革命の端緒、かかげられた理想が一番輝いた瞬間に命を落とした」ことが、漫画より尺が短いが故により強調された感が良かった。オスカルが最愛のアンドレとともに命を賭けた「正義」は美しくピュアなまま永久保存、漫画ではその先もアントワネット目線で語られるが、まあオスカルもアンドレも見ないで済んでよかったですねという暗黒の未来だ。映画ではナレーションで淡々と歴史的事実を述べてて、これも悪くなかった。

「革命」というものがいかに移ろいやすく、過激な方向に振れやすい危うさを抱えたものか、フィクションの形で小学生のみぎりに叩き込まれた私は実に幸運だったと思う。当時は言語化できてなかったけどね。池田理代子さんありがとう。元となったシュテファン・ツヴァイクさんありがとう。改めて、ベルばらは紛れもなく不朽の名作!と当たり前の真実を叫んどく。

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思い出の痕跡

  最近、夢の感じが少し変わって来たような気がする。以前より画像が鮮明かつ感触もしっかりある。何でだろう?


 学校にいる。年齢的には高校生なのだが、校舎は通っていた小学校のそれに似ているようだ。三階の一番端にある特別教室に入ろうとしたところ、男子が横から割り込んできた。咎めると、彼は私にハンドルを渡して「代わりにやってくれ」と言う。部屋に入り、奥の機械にハンドルを取り付けたもののけっこう重くてなかなか回らない。ハンドルの回転と同時に大きな扉のようなものが上下に開いていく。回しきったが中に何があるのかはわからなかった。

 授業が終わったので廊下に出た。次は漢文の試験があるという。私は驚いて

「えっ何も勉強してない!ノー勉で受けるしかない」

と口走り、友達にヤバイじゃんと笑われた。何で何もやらなかったんだ?まあでも今持ってる知識で少しはいけるか、出来なかったにしても一度のテスト結果くらい何てことないだろう、と思う。

 自分のクラスの教室に入ると、映画が始まって皆で観た。左側の席の男子がずっと実況している。主人公の隣にいる井上が、と「井上」の話ばかりしている。誰の事かはわからない。

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