曖昧な境界線を右往左往

 うたた寝時の夢はいつも面白いのが多い。周りが明るいせいだろうか?

 温泉施設に来ている。最初は服を着たまま浴場に入り説明を聞く形だ。どうやら男女同一の会場で、男女別の風呂場は他にあるらしい。説明する従業員に推しがいるのか、浴衣を着た若い女子たちが声援している。背後で息子が、これどこに座ればいいの……と困惑して立ち尽くしている。一人ずつお菓子が配られた。隣にいた中年女性に「このオバサン、独り占めにしようとした!」と怒鳴られる。誰かの分を盗るなどしていないし、そもそもまだ此方には配られてもいない。そう言い返すと女性は逃げてしまった。

 イベントは終わったようなのでひとまず浴場を出る。時計を見ると一時だ。しまった、これでは夕方の約束に間に合わないと思い、コインロッカーに預けてあったトランクを出し家に帰ろうと歩き出した。が、サブバッグを忘れてきたことに気づく。引き返して一基しかないエレベーターを待つ。程なく来たが下に行くからとすぐ扉が閉まった。再び待ってようやく乗り込む。5、6人でほぼ埋まる狭さだった。扉が閉まりかけた時、大勢の子供たちがエレベーターに乗ろうと走って来るのが見えたが、人数的にももう無理だとわかっていたので誰も開くボタンを押さなかった。ところが子供たちがボタンを押すと扉が開き、結局ぎゅうぎゅう詰めで乗ることになった。扉が閉まりエレベーターが動き出したところで、窓の下に2、3人の子供が来たのが見えた。全員坊主頭で目がギョロついている。中にいる子供の一人が、「あの子たちは乗れないね。僕らは間に合ってよかった」と呟いた。

 ロッカーに戻りサブバッグを手にしたところで時間は14:18。約束には間に合いそうだ。でもまだ風呂に入っていない……

(そうだ施錠を忘れていた)

夢の中で私は焦る。起き上がろうとするが眠すぎて無理だ。何とか起きて玄関ドアの鍵をかけ、窓際の部屋に行くと外で何か作業しているような音が聞こえる。すべての部屋の窓を確認しリビングに戻ろうとしたところで、とっくに出かけたはずの家人が突然トイレから出てきた。「ビックリした!一度戻ったんだね」というと家人は照れ笑いしつつまた家を出て行った。 


※実際には施錠されてました!

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「シラート」

 怖いと聞いたのでDolby Cinemaで観ました!(←は?)恐怖感バグってる私でしたが心臓に悪そうとは思った。

「シラート」オリベル・ラシェ(2025仏西合作)

Sirāt / Oliver Laxe

 なんとなーく筋は心得てたのだが、のっけから不穏で不安定で、頼りない感じがずっとつきまとっていた。絶えず聞かされる音のせいなのか映像そのもののせいなのか、それとも冒頭に流れる

「地獄と天国の狭間に『シラート』という橋がある。その道は髪の毛よりも細く剣よりも鋭いという」

のフレーズに頭が支配されたせいか。ロードムービーの体だがそうじゃなかった。

 以下、ネタバレ注意:

 レイヴというものを深く理解しているわけではない私だが、冒頭シーンのように皆が超巨大なスピーカーから流れる音に任せ、思い思いに身体を動かす光景は、全人類が古代からやってるであろう「神との交信」としての踊り、に見えた。ある意味「無垢」な時間と空間ではあるのだが、そこには普通に多数の生の肉体と生の感情が存在してるわけで、要するにいつ何が起こっても不思議ではない。私はつい某地の、戦争のきっかけとなった音楽祭を想起せずにはいられなかった。なので、いなくなった娘を息子と共に探しに来た父親、には初手から何でこんなとこに年端もいかない息子を連れてくんねんとちょっと怒りを感じた。父子はレイヴの場において明らかに異物であり「何かが起こる」ための触媒となるのだろうな、と予測しながらも。

 道行く三台の車は舗装された道路を外れ、あえて砂漠と岩山ばかりの荒れた道なき道を走る。危険が迫っているからとレイヴを中止させ観客たちを避難させた軍隊および他人のいそうなところを避けて通っているが、それはとりもなおさず「安全な場所」の外ということだ。誰もいない、足を踏み入れていない領域とはつまり酷く危険であり、いざという時に誰も守ってくれないし助けに来てくれないということである。安全より自由を選んだ一行がたどる運命はまさに「自由にはリスクと代償が伴う」を地で行く展開となる。

 とはいえストーリーらしきストーリーは無い。ただ「前に進む」それだけ。冒頭のフレーズが絶えずよぎる、さまざまな道。一行はそれなりに苦労して道なき道をいくのだが、これが奇妙に現実感がない。現実感がないのに、いつの間にかこの世界に入り込んでいる。登場人物の衝撃と驚きと痛みを、まるでそこにいるかのように「受けて」しまっている。もう一度観ても、同じ場面で同じように受けてしまう気がする。

 人によってかなり意見の分かれる映画だと思う。つまらない、何を言いたいのかわからない、という感想もそれはそれで正しい、ストーリーを語る映画ではないから。冒頭のフレーズの言葉の魔力が効くかどうか、で受け取り方が異なるのかもしれない。私は面白かった。

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日常に還る

  久しぶりに長い昼寝でリアルな長い夢。しかし大部分を忘れてしまった。惜しい。


 実家の仏間にいる。そこには亡くなったはずの父もいたが、皆普通に接している。そこにいることが当たり前になったのだなあと思う。父は「子供はそういうもんやな」などと言っていた。

 そろそろ帰らなければならない。娘と私は帰り支度を始める。息子はこれから車で海辺のキャンプに出掛けるらしい。助手席には男友達、後部座席には寝袋のようなものに隠れている女友達がいる。息子は「どうしてこういうことするんだろう」とボヤきつつも、時間通り出発。気をつけてね、と声をかける。

 自宅のソファに寝転がってウトウトしていると、母が話しかけてきた。どうやら母には、父の姿はモノクロに見えるらしい。私には以前と同じように見えるよ、誰かに相談してみる?と聞くと、

「いや、うかうかそんなこと言うと……えんようになってまうやろ?そのままでいい」

と答えた。

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「望月の烏」

  ガテン仕事もあと少し。今年は案外早かった気がする。

「望月の烏」阿部智里(2024)

 八咫烏シリーズももはや終盤。最終刊が出るというお知らせも観た、ところからの文庫版(サイン入り!)。いつもいつも一筋縄ではいかないストーリーと展開を華麗に繰り広げている阿部さん、これからまた一ひねり二ひねりあるんだろうなあと期待は高まるばかり。次が出るまでの準備として適当にどんな話だったかを書いとく。

 さてこの「望月の烏」も、「楽園の烏」に至るまでの過去編である。冒頭はまたもお后選び。主上の寵を得んと、東西南北四つの家の姫が鎬を削る異世界ロマン……と思いきや全然違った「烏に単は似合わない」と同様、最初から趨勢が決定しており四家の姫たちも全員が承知している完全な出来レース。殺された金烏奈月彦(「追憶の烏」)に替わり、四家が推す金烏代として後釜に据えられた凪彦は上皇とあせびの息子、つまり今の桜花宮を仕切る大紫の御前はあの「あせび」なのだ!この状況だけでだいぶエグい。

 山内の危機を知る僅かな山内衆の一人・博陸侯雪斎(雪哉)は、絶賛「キレちまったよ」状態で政治的実権を握っている。何せキレてるので、当然闇に手を突っ込みまくりである。闇堕ちなんて甘いもんじゃない。文字通り四面楚歌の中、必ず来る破滅に向け冷徹に準備を進めているその姿は、どこからどう見ても「押しも押されぬ(悪辣な)最高権力者」にしか見えない。しかし今望月ということは道長よろしく、今後は欠けていくばかり。うむむむ。映画だと「地球の危機に瀕した人類が敵味方なく団結して立ち向かう」図がよくあるけど、実際にはなかなか難しいんだろな、とつくづく思う。

「民衆を悪政から救う」ための変革を望む「落女」澄生の存在は、果たして吉と出るのか凶と出るのか。見目麗しく賢い彼女はまさにヒロインキャラそのものだが、そこは阿部さんなので単純ではない。貧民出身の官僚・俵之丞が彼女の本質をガッツリ浮き彫りにしてくれる(この俵之丞、大変良いキャラだ)。この子も素性を含め、何らかのコマとして使われる未来が見える。つか既に使われてたよね「楽園」で。「はじめ」ともども。これも奈月彦の意思なのか?

 となると個人的には、北家(雪哉の出身家)が大きな鍵な気もする。今回出てきたお后候補の一人・北家の鶴が音があまりにわかりやすい悪役すぎて、すべて意図的なのでは?と疑ってる。各お姫様たちはどうでもよくて、おそらく大紫の御前(あせび)を探ろうとしてたんじゃなかろか。アイツが一番怖いもんね、正体も目的もワカランし。

 あーーー次が早く出てほしいような出てほしくないような複雑な気持ち。とはいえお待ち申し上げております。

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「ひつじ探偵団」

  ヒュー・ジャックマンが出てるのに主演はひつじというオモロさ。すぐ終わりそうと思い急いで観に行ったら案外頑張ってる。

「ひつじ探偵団」カイル・バルダ(2026米英合作)

The Sheep Detectives / Kyle Balda

 ひつじが可愛い。とにかく可愛い。初めは生きたひつじで作ろうとしたら、「どの羊も全く言うことを聞かず撮影不能」に陥って諦めたというエピソードも微笑ましい。子供でも楽しめるが(たぶん)決して子供騙しではない。牧場主の不審死をきっかけに牧歌的な閉じた世界から外に出た羊たちが直面する現実の容赦なさ(そもそも羊たちも、ガチ差別と生贄と忘却により「牧歌的世界」の秩序を保っていた)、登場人物の誰もが怪しく見える定番の状況から徐々に謎が紐解かれる展開、紛れもなくガチのミステリー映画だった。なのにモフモフ。モフモフなのにハード。ハードなのにモフモフ。といった感じで情緒が翻弄されっぱなしの109分だった。

 とはいえコメディ映画と銘打ってある通り、かなり深刻で重い状況なのにも関わらず何故か暗くならないしゲンナリもしない。いずれ劣らぬ個性的な人と羊の絵面はあくまで明るく軽妙。超ベテラン俳優二人(ヒュー・ジャックマンとエマ・トンプソン)が極めて贅沢かつ効果的に使われており、Wニコラス(ニコラス・ガリツィンとニコラス・ブラウン)が実に生き生きのびのび映えていた。どちらのニコラスも私は初見だが、今後も注目する所存である。大変面白かった。「マスターズ・オブ・ユニバース」もうっかり観に行ってしまうかもしれん。

 それにしてもこのような子供から大人までいける良質な娯楽作品だというのに、何故!どうして!グッズ展開しないんですか……ひつじたちのキーホルダーとかアクスタとかステッカーとか、キャラごとにコンプリートする系にしたら超売れると思うんですけど。特に日本では。しかもこれも配給ソニーじゃんちょっと!「プロジェクト・ヘイル・メアリー」のと一緒にソニプラで売ってえええ。

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