「ロングウォーク」

  ガテン仕事終わったー!とボーっとしてたら光の速さで上映が減っていく……慌てて行きました。平日の午後にしちゃまあまあの入り。明るくなってみると女性のおひとり様多し(私もや)。わかる。ガチのキングファンじゃないとちょっと誘いにくいよなあ。

 原作は、スティーブン・キングが大学生の頃に書いて、のちにリチャード・バックマン名義で出版された作品。事実上の初長編とのこと。私が読んだ時は「死のロングウォーク」という題名だった。

「ロングウォーク」フランシス・ローレンス(2025米)

The Long Walk / Francis Lawrence

 読んだのはずっと前のことだったけど、あまりにもあまりな設定と物語で最初から最後まで息つく暇もなくしんどかった覚えがある。しかしこのしんどさこそがキングであり、この最悪なゲームを思いつき、その中でもさらに最低最悪なシチュエーションを次々書いちゃうのがキングである。そんなこの世の終わりみたいな状況下でも、愛と友情は存在すると臆面もなく最大のエモを以て書いちゃうのもまたキングである。ちょっと前に「シラート」を観てたせいもあるけど、これもまた「基本理不尽で残酷な世界」の寓話だよなあと思った。ロードムービーの体をとったデスゲーム。そうだ、「シラート」で軍隊が出てきたとき、いつ群衆に向かって発砲し出すかとドキドキしたのは、絶対これ読んでたせいだ。今気づいたわ。

 例によって原作は読み返すことなく観たのだが、まず男の子たちが思ってたより年嵩だった。ローティーン少年のイメージだったけど?と思いwikiなど見返したらば、やはり原作では12-18才でもっと人数も多い。この設定通りだとさすがに実写化は無理だろうから仕方ないが、嫌さ加減の種類がちょっと違ったんよね。現実を知らない・自分を過大評価しがち・まだ全然子供だけど大人への憧れと嫌悪がせめぎあってるギリギリの年頃として絶妙だったのよ原作。とはいえ映画の尺には収まらないし、観る方も精神がもたないと思われる(つまりもっと悲惨なので。キングだからね!)。とはいえ「主人公を応援することイコール他の人間が先にしぬことを願うこと」というエグイ構造は変わらないので十分キツイ。始まった直後「なんで私はワザワザお金出してこんなヤバイ映画を観にきたんだろう」という「エイリアン・ロムルス」冒頭での感情そのまんま出た。アホじゃないのかな私。やっぱアホだろ私(再)。

 俳優さんたちはいずれ劣らぬ名演技。主人公ギャラティくん(クーパー・ホフマン)は原作の少年をそのまま少し年齢上げたような感じではあった。服装は多分原作を踏襲してる。ギャラティと親友になるピーター・マクヴリーズ役のデビッド・ジョンソンはかの「エイリアン・ロムルス」のアンディ役の人(!)。そして悪役の少佐、あれこの声どっかで……と思ったらやっぱりマーク・ハミルやん!最近キング原作映画に出まくりじゃない?(「サンキュー、チャック」での父親役もよかった)。

 という感じで一向に感想がまとまらない(いつもか)。いわゆる「キングの文脈」を全く知らない人だとかなり厳しいかもしんないし、デスゲーム系が好きな人だと甘いと感じるかもしれない。キング好きのためのキングらしい映画、であることは間違いなく、私は面白かったですハイ。

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「黒牢城」

  大河勢そろい踏みのメンバーを見て、これは是非とも観ねばなるまいと思い観た。封切り間もないので観客多め、年齢層やや高め。

「黒牢城」黒沢清(2026)

 黒沢清さんてお名前は聞いたことあるけど映画は観てないな、と思ったら「学校の怪談」の人だったのね。初の時代劇(!)らしいが、なかなかに渋く重厚な絵面と展開で最後まで連れてかれた。ちょうど今の大河「豊臣兄弟!」で荒木村重の裏切りエピソードを観たばかりなのでタイムリーもいいところ。とはいえトータス松本さん演じる村重と、本木雅弘さん演じるそれとは全然まったく違ってた。ギャップが大きすぎていっそ清々しいほど。それほどまでに荒木村重という人物自体がミステリーってことなんだろう。今大河で死せる竹中半兵衛をとんでもなく美麗に演じた菅田将暉さんが、ここで黒田官兵衛として転生してるのも楽しい。此方も圧倒的な存在感。

 ただ、この映画自体は決してミステリーの枠ではない。あくまでひとつの要素であって主体じゃないのだ。ポスターにあるように「心を読め」、各登場人物がどういう過去があり、何を思って行動しているか、それが逆に「ミステリー」要素により徐々に解き明かされる。まずカメラの視点が屋根の上、天井よりやや下、くらいの高さが多く、人物バーンとアップ!はここぞという時のみ(効く)。離れたところから突き放して観てる感。それ故に、何か起こるたびに繰り返される人の右往左往が、真剣みとおかしみの両方を醸し出す。物理の動きで内面をも表現するのが演技というものだろうけど、それが演出によってより効果的に観る者に届く。勿論演者の力量に対する絶大な信頼あってこその技。そしてロケ地がまたこれ本物揃い……よくもよくもここまで「この場面にはここしかない」場所をお選びになったものだ。キャスティングもロケ地選びも拘り半端ない。

 演じた俳優さんたち、主演の本木さんはじめいずれ劣らぬツワモノ揃いの陣営だが、やはり特に凄かったのは吉高由里子さん演じる千代保。男ばかりの中でほぼ紅一点ともいうべき役柄の割に、前半はしごく控えめにふんわりした存在(ただし不穏な雰囲気を纏いつつ)だったのが、終盤にかけて一気に畳みかけてくる。持仏堂のシーンは圧巻。心をぶっ刺し揺さぶるような長いセリフ回しが、たった一言に収束する様は素晴らしかった。単なる慈悲とか同情心とかではない、非情かつ凄惨な世の中に在るからこそ辿り着いた究極の死生観。たった一言が死への恐怖を超えて人の心を救う。さすがは言の葉を操る紫式部様である(実際吉高さんの中でバリバリ生きてるんじゃないかしらん、まひろは)。ラストの締めも完璧。面白かった。黒沢監督、また時代劇撮ってほしいな。

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「激動の昭和史 沖縄決戦」

  6月23日、沖縄全戦没者追悼式の日。高市総理の挨拶が始まるか始まらないかのうちに、市民団体の「戦争を止めろ」「憲法九条を守れ」など抗議の声。鎮魂の日に何やってんだ。辺野古沖転覆事故の件をどうにかしてから言うてくれ。


映画.comより

「激動の昭和史 沖縄決戦」岡本喜八(1971)脚本:新藤兼人

 さすがは大作映画「日本のいちばん長い日」を撮った岡本監督、よくもよくも148分の長さに詰め込んだ。昭和史、と銘打っているとはいえ映画なので、これをこのまま丸ごと鵜呑みにすることは出来ないが、太平洋戦争中でも屈指の激戦だった沖縄戦を作品として遺したことは確実に偉業だと思う。

 まず以て、登場人物の顔と体型、喋り方がもう現代と違う。主役級の俳優さんや女優さんは置いとくとしても、モブの兵隊さんたち、住民たちがしっかり「当時の日本人」なのだ。いや公開1971年なので厳密には当時そのままではないんだろうけど、令和の今と比べれば雲泥の差。リメークすれば特撮やらCGやら使って戦闘シーンはもっと凄いものになりそうだが、人物はいかんともしがたい。「撮って残す」ことの価値は事ほど左様に無限大。群像劇というだけでは足りない、あの戦いを戦った一人一人の生きざま死にざまを取りこぼすことなく描ききってやる、という尋常ならざる熱と執念を感じる。映画の中でも出てくるが、太田實海軍中将の有名な電報文の一節:

沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

 まさにこの通りの内容だった。圧巻としか言いようがない。

 私は戦後生まれなので第二次大戦は全く経験していないが、ウクライナやガザやホルムズ海峡をめぐる戦争と同じ時代を生きている。身近とまではいわないものの、戦闘状態になった国土がどうなるか、市井の人々がどういう目に遭うか、はネットのお蔭である程度は見聞きした。影響が周辺地域のみならず遠く離れた国にも及ぶことも。そのせいか、この映画が遠い世界のこととは思えない。

 仲間が次々とやられていく中で、「コンチキショー!」と叫びながら機関銃を撃ちまくる女子学生。俺たちがやったらあ!とばかりに果敢に突っ込んでいく十代の若者。敵の戦車が迫るその前で踊り歌い続ける老婆。進むも地獄退くも地獄の戦場で、絶望しかない状況で、せめて一矢報いたいともがく人間の姿を、TVやPCの画面越しではあるが、私も確かにみた。以前、「日本は何で中々戦争やめなかったんだろう?」と問うた私に亡父は「なにくそ!という気持ちが(皆に)あったんだと思う」と答えた。当時の私には理解しきれていなかったが、今ならわかる気がする。

 だが、「斯ク戦ヘリ」すべての人々を顕彰し悼むべきその日に、戦争止めろ九条守れの言葉を現首相に投げつける人々(おそらく殆ど戦後生まれ)の心持ちは全く理解できない。そんなことをして何になるのか。上滑りどころか的外れ、履き違えもいいところだ。むしろ御霊を侮辱していないか。実に恥ずかしい限り。

 私の大叔父は大学を繰上げ卒業と同時に陸軍士官候補生となり、昭和十九年八月出征、沖縄に上陸。二十年にフィリピンに転戦しその地で戦病死した。彼の見た沖縄はどんな風景だったろうか。彼もまた「斯ク戦ヘリ」の一人だったのである。

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「マイケル」

  封切直後に行きました。もちろんIMAX課金ですよ。例によって平日真昼間なので大入り満員とまではいかずとも、真ん中の席はほぼ埋まってた。年齢層は高め。若者もチラホラ。


「マイケル」アントワン・フークア(2026米)

Mickael / Antoine Fuqua

 まず感じたのはマイケルの、恐ろしいほどの孤独。幼い頃から兄弟とともにステージに立ってた彼は、「子供時代」というものを経験していない。窓の外で遊ぶ子供たちを羨ましそうに眺める冒頭からマイケル少年を取り巻く環境が瞬時に理解できる。今ならDVで通報もののスパルタ親父の完全支配下にある家族。その箱の中に囲われ子供として生きることを阻止され、かと思えば芸能界では「皆の望む子供」を演じさせられる。ああーーーこりゃ「家族と離れ多くの友達と暮らすピーターパン」に憧れますわ……のちに自分で「ネバーランド」を作った気持ちもわかる。自分の中に「一人ぼっちの子供」がいつもいたんだよな。ピュアで繊細で、優しいマイケルが。つい親目線で見てしまってだいぶ胸が痛かった。しかし時代を考えると、このDVスパルタ親父が言ってることもわからんではないのだ。当時黒人差別がまだまだ酷かったし普通に働いても一生日陰者、かといって生き馬の目を抜く芸能界でのし上がるには生半可な覚悟と努力では無理、成功したらしたで群がって来る輩に金をむしられないよう身近な家族を大事にしろ等、それは本当にそう。家族への愛情がないわけでもない、むしろ過剰なほどある。だからこそ厄介で難しかったんだろう(とはいえ映画だからかなりソフトに描かれてるらしい、あれでも)。

 Twitter(x)でつらつら映画マイケルの講評を見ていくと「ストーリーが薄い」という意見が散見されるけれど、私的には全然そんなことなかった。「マイケルの孤独と父の支配からの解放」に絞られた、相当に濃厚な味わいだった。ラストの「Bad」ライブシーンには鳥肌立ちましたね。まさに一気に解き放たれ、突き抜けたマイケル!を目撃した。

 そして何より俳優さんが凄い。子供時代を演じたジュリアード・バルディくんが途方もなく才能に溢れててヤバかった。天才。インタビュー動画では人生何周目か、と思うほど大人びたことを言うんだけど、ちゃんと子供なんだよね。愛されて大事に育てられた故の強さが感じられる。どうかこのまま初心を失わず着実にキャリアを積んでいってほしい。

 大人になったマイケルを演じたのはマイケルの甥御さん、ジェファー・ジャクソン。この方、顔はそこまで似てないのよ。マイケルっぽい髪型と服装とメイクをしててもやはり違う。なのに、ふとした瞬間にマジでマイケル本人に見える。ダンスは素人で、二年間猛練習したという話だから、おそらく到底マイケルのレベルには達してないんだろう。撮り方と角度の上手さなんだろうけど、それだけじゃない圧倒的「マイケル」感。もうこれは血の力、というしかない。そしてその存在を感じ取れるほどに私の中にも刷り込まれてる。リアルタイムでマイケルを見て来た世代の強み。なんだか誇らしい気持ちにもなる。マイケル・ジャクソンは凄い人なんだぞーと世界中に叫びたい。制作陣もきっとそうなんだろうな。

 続編もあるという話だが、この先は別ベクトルで辛いものになりそう。でも頑張って作ってほしい。頑張って観に行きます。面白かった! 

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曖昧な境界線を右往左往

 うたた寝時の夢はいつも面白いのが多い。周りが明るいせいだろうか?

 温泉施設に来ている。最初は服を着たまま浴場に入り説明を聞く形だ。どうやら男女同一の会場で、男女別の風呂場は他にあるらしい。説明する従業員に推しがいるのか、浴衣を着た若い女子たちが声援している。背後で息子が、これどこに座ればいいの……と困惑して立ち尽くしている。一人ずつお菓子が配られた。隣にいた中年女性に「このオバサン、独り占めにしようとした!」と怒鳴られる。誰かの分を盗るなどしていないし、そもそもまだ此方には配られてもいない。そう言い返すと女性は逃げてしまった。

 イベントは終わったようなのでひとまず浴場を出る。時計を見ると一時だ。しまった、これでは夕方の約束に間に合わないと思い、コインロッカーに預けてあったトランクを出し家に帰ろうと歩き出した。が、サブバッグを忘れてきたことに気づく。引き返して一基しかないエレベーターを待つ。程なく来たが下に行くからとすぐ扉が閉まった。再び待ってようやく乗り込む。5、6人でほぼ埋まる狭さだった。扉が閉まりかけた時、大勢の子供たちがエレベーターに乗ろうと走って来るのが見えたが、人数的にももう無理だとわかっていたので誰も開くボタンを押さなかった。ところが子供たちがボタンを押すと扉が開き、結局ぎゅうぎゅう詰めで乗ることになった。扉が閉まりエレベーターが動き出したところで、窓の下に2、3人の子供が来たのが見えた。全員坊主頭で目がギョロついている。中にいる子供の一人が、「あの子たちは乗れないね。僕らは間に合ってよかった」と呟いた。

 ロッカーに戻りサブバッグを手にしたところで時間は14:18。約束には間に合いそうだ。でもまだ風呂に入っていない……

(そうだ施錠を忘れていた)

夢の中で私は焦る。起き上がろうとするが眠すぎて無理だ。何とか起きて玄関ドアの鍵をかけ、窓際の部屋に行くと外で何か作業しているような音が聞こえる。すべての部屋の窓を確認しリビングに戻ろうとしたところで、とっくに出かけたはずの家人が突然トイレから出てきた。「ビックリした!一度戻ったんだね」というと家人は照れ笑いしつつまた家を出て行った。 


※実際には施錠されてました!

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