2013年11月12日火曜日

10月までに読んだ本観た映画

なんだか最近怒涛のように読んだり観たりしている。あとは書くことだけなんだが、ビジネス文書のようなもんばっか。今度のお仕事が終わったら、軽く何か書いてみようかなーと思うくらいにはいろいろと溜まってきているような、気がする(気がするだけかもしれない)。

まあゆるゆるといきます。

「風立ちぬ」

いわずとしれた今夏大ヒットのジブリ映画。中二の息子がどうしても観に行きたいというので、珍しく映画館で。大して事前知識ないまま観たが、これが予想以上の出来。特に関東大震災の描写は凄かった。まるで東日本大震災を予言していたかのような音と光景。リアルというのはちょっと違う、意識の根底を揺らすような映像だった。風にとばされる日傘、揺れるスカートの裾、飛び立つ飛行機がまとう風、とジブリでは定番の「風の描写」も卓越していた。

戦後生まれの私がこう言うのも何だが、当時の男女の恋愛をきちんと描いていたように思う。抑制された、だがそれゆえにかなり色っぽい場面があり、小学生の次女には早かったかとドギマギした。自分の親世代だと思うせいか、妙に生々しく感じたのだ。もちろん恋愛の情熱だけではない、人が人を気遣い思いやる、細かなエピソードが素直にいいなと感じた。

実を言うと堀辰雄の「風立ちぬ」はあまり好きな小説ではない。名作とされているので学生のころに読んだが、あまりに情に偏っているように思えて正直辟易した。ところが戦前生まれの父に言わせると、そうではない。「風立ちぬ」が出た当時高校生だった父。
「戦争が終わってすぐの何年間か、面白いことはひとつもなかった。学校もつまらなかった。暗くて辛い話ばかりで。そこに、こんな小説が出てきた。それはそれは面白く皆で読んだものだ」
食べ物も含め「甘さ」の欠乏していた時代に、必然的に求められ受け入れられた「スイーツ」だったのだ。

実際、ゼロ戦の生みの親である堀越二郎と、小説「風立ちぬ」の中の人物とはまったく無関係の別人で、ほぼ対極といってもいいくらい違う立ち位置にあるのだが、あえてこの2つを融合させたところが宮崎さんの凄いところというか、年の功というか、とにかく若造には出来ない組合せであることは間違いない。その融合具合がまた自然で、子供たち完全に混同していた。映画を観終わったあと風立ちぬを読んでみたいという息子に、いやいやまずはこっちだろうと薦めて買ったのがこちら


「零戦 その誕生と栄光の記録」堀越二郎

短いが中身の濃い一冊だった。当時第一線の技術者であり、三菱退職後は長く大学で教鞭を取られていた方でもあるから、文章も簡潔でわかりやすい。中二の息子に言わせると「読みやすいが読みづらい」。無駄な部分があまりなく、一つ一つかみしめながら読まないといけないので疲れるそうな。
どんな技術も一人だけの力でどうかなるものではない、周囲と協力し、心を通い合わせながら達成していくものである。そこに奢りや傲慢や、ましてや怠慢が入る余地はない。…というようなことをわかってくれればそれでいいのだが、どうだろう?

零戦は結果として、特攻という悲劇にまみれて終焉を迎えてしまったけれど、だからといって堀越氏は人を死なせるための飛行機を作ったわけではなく、常にギリギリの選択を迫られながらその時時で最良と思われる判断を下し、それに載る人を最大限に「生かす」ものを作ったのだと思う。

「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・D・ウッド、茂木弘道(翻訳) 2009.12

昔、兄がボソっといった言葉。「ディズニーの『しらゆきひめ』とかってさ、戦前に作られた映画だって聞いた時、こんなん作るような国と戦争してたんだ、そりゃ負けるわなと思った」
平成の世の中学生である息子も、同じようなことを言っていた。どう考えても物量的に無理、負けるのわかってて何で戦争を始めたか?と。
それに対して、うまく答えられず、ただ最初は短期決戦で臨むつもりだった、戦争は始めるのは簡単だが終わらせるのは難しい、とだけ説明した。自分でもあまり納得いかない感じだったので読んでみたのがこの本。

開戦当初、実は日本の方が軍備において優っていた。相手は資源もあり生産力も高い米国ではあるが、いかんせん遠い。本国から遠く離れ、一番近い場所がハワイ、というのは当時ならば戦争をするには非現実的ともいえる距離だった。緒戦の連勝も、地の利に優り錬成された日本軍の実力からしたら当然、ただ勝利により与えられた時間と土地とをもっと有効に使う手はなかったか?というのが本書の論点。

護送船団の話は面白かった。護衛付きの大船団で航行するのは、容易に潜水艦攻撃の目標にされてしまうということでやらなくなったが、実はこれが一番安全で効率的な防衛だという。十分な戦力を携えていれば、たとえ攻撃されたにせよ駆逐することもできる。潜水艦の数は限られているし海は広い、守りの堅い船団のすべてを集中的に攻撃するなどということは不可能。それに向こうが攻撃しやすいということはすなわち反撃することもたやすい、むしろわざわざ自陣内に来てくれるわけだから逆に有利。このように利点の多い護送船団方式をできうる限り貫いていれば、船の損失はもっと抑えられ、全体としての戦闘を有利に運ぶチャンスがもっと得られたのではないかということだ。

ただこの著者、戦役についたことは無く、実際の戦場にも一度も行ったことがない。「純粋に」戦術や戦略という側面のみから論を組み立てている。そのため特攻も、ひとつの「戦法」「戦術」という見方をしていて、かなり有効で破壊力のある特攻を、もっと早くから取り入れていたら戦況は変わっていたかもしれない…ということを述べている。いやその、ちょっとそれは…そりゃ実際に敵の戦艦をいくつも大破させたりしてるわけだから数の上で言えば有効といっていいのかもしれないが、これ単なる爆弾ではない、人の命そのものだからね…若い命を散らした日本の多くの若者はもちろん、ありえない角度で突っ込んでくる飛行機の恐怖にさらされ続けた米兵においても後々までPTSDで精神を病む者も多かった。これを以て有効な攻撃と本当に言えるのか。戦法としては下の下、人も飛行機も一気に喪う文字通り捨て身、禁じ手扱いでいいんじゃないんだろうか。
客観的な意見もあまりに度が過ぎると単なる「他人事」と化す。そもそも評論とはそういうものなのかもしれないが。

結論としては、いろんな細かいミスやちょっとした遅延・ギリギリの判断のズレや誤りなどが重なって日本は負けたということらしい。結果的には日本の惨敗だが、アメリカも到底楽々勝ったとは言えない。太平洋戦争は「最初から100%日本が負けることがわかっている」戦いではなかったというわけだ。

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