2010年9月30日木曜日

箒木(一)

「ねえねえ、ヒカルの君って、跡取り(東宮)さんより全然イケてなーい?」

一介の社員(公達)として会社(宮内)で働くヒカル源氏。
とはいえ、彼が社長(帝)の息子であることは周知の事実、そもそも最初から、平社員ではないそこそこの地位を与えられていた。加えて結構デキル男でもあったため出世もとんとん拍子。
なんといっても有力役員の双璧の片割れ(左大臣)の娘婿であるし、目の覚めるようなイケメンで何をやらせても人並み以上、注目度はいやがうえにも高まる。男女ともに彼の関心を得ようと集まる面々はひきもきらない。

だがそれは逆に、
ヘタなことはできない、ということでもあった。

ちょっとその辺の女子社員とメールのやりとりをした(文をかわした)だけでも大騒ぎである。
かといって返信もしないでスルーしようものなら「ふーん、私なんか相手にしてらんないってことね。モテ男だからっていい気になってんじゃなーい」ということになりかねないので、一応それなりの誠意は尽すことにしている。
もともととっかえひっかえ仔細かまわず、は性に合わないし、過剰に八方美人してるわけでもないのに、ほんの些細なことでも大げさに言われてチャラ男扱いされるのはツライ、
だからといって・・・
本命(藤壺の宮=社長の女)のことは絶対口に出せないし・・・・と悩ましい十七のヒカルなのであった。

五月雨の続く日々。
物忌をいいことに、あまり仲のよろしくない妻の家には通り一遍の訪問しかせず、社内(宮中)にこもりっきりのヒカル。
何しろ妻の家は格式が高くすべてに仰々しい、妻より舅姑があれこれと口を出し世話を焼き、いちいち反応をうかがうので正直ウザイ。対して妻は、美しく教養もあるのだが、無表情のうえ無愛想でお手伝いさん(女房)を通してしか会話しない。毎回息がつまり、何処にいても気が休まらない。寄りつきたくなくなるのも無理からぬことだった。

さてヒカルのいる部署(部屋)は桐壺、小難しい本(漢籍)など広げてつれづれを慰めている。
隣にいるのは仲良しの頭の中将である。
この男は役員(左大臣)の息子で、ヒカルの妻の兄、つまり義兄にあたる。毛並みの良さはもちろん容姿も頭脳も、あらゆることでヒカルと並ぶ高レベル、おまけに正妻は対立する役員(右大臣)の娘で婚家が気詰まりな点でも同じ。モテ男で有名だがあけっぴろげで、皆が遠慮するヒカルに対しても平気でずけずけ対等な口をきく。ヒカルのライバルとなれるのは自分だけだと密かに自負しているらしい。

「ヒカルー、これ見てもいい?」

ヒカルが女子に貰った色とりどりのメール(文)に目を通していると、横から覗き込んでこう言う。

「これとこれと、これならいいですよ。こっちはちょっと・・・NGです(笑)」

ちっちっち、と頭の中将が指を振る。

「その、NGってやつが見たいんだよヒカルちゃん。無難なやつ見てもつまんないじゃん。うわちょっとマジありえない、ヤバくて人に見せらんねぇってやつじゃないと見る価値無し」

「・・・(おいおい)」

まあいっか、本気でまずいのは此処には置いてないし、と源氏は思い直しメールの束を全部渡す。

「そうこなくっちゃ」

頭の中将は楽しげにメールを物色しはじめる。

「おっこれ、いいじゃん。デコメもセンスが出るよね。わかった、○美だろ!これは……んー、わからんな。△子?」

ヒカルは笑って誤魔化す。

「頭の中将、この程度のメールならあなたこそ沢山貰ってるでしょうに。私にも今度見せてくださいよ」

「いやいや、俺なんかぜーんぜん。超ありふれたのしかないからつまんないよ」

にやりと笑って、ついでにとでも言うように語り続ける。

「思うんだけどさー、なかなかすべてにおいてカンペキ!って娘はいないよねえ。イマドキーな感じで、センスも悪くない、性格もそこそこ良し、なんだけど、他の誰より飛びぬけて凄い特技とか美点があるかっていうと、ない。いや、ひとつやふたつあったとしても、鼻にかけちゃって、何あの子ダサくない?ありえなーいって感じー、ていうかアタシって全然イケてるでしょ?なんて、他人を貶めて自分を高める、みたいなさ。ちょっとイタくね? そういうの」

立板に水状態の頭の中将、

「あと、親が一から十まできっちし生活を管理してるような世間知らずの箱入り娘ってさ、一見真面目でよさげだけど、ちょっと危険だよね」

「危険?」

「うん。だってゼーンブ親掛かりなわけでしょ、家事も趣味も何もかもさ。親がいるうちは財力や何かでカバーしてもらえるから、そこそこ何でもうまくいくかもしれないけど、それをとっぱずしちゃったら、どうなのよって思わない?」

「うーん」

「それに親って、自分の娘のことを悪く言ったりは絶対しない。欠点でもうまいこと言い換えたりして隠すでしょ。それをうっかり鵜呑みにして嫁にしちゃったりしたら、絶対あとで『なんか違う・・・』ってことがわんさか出てくるんだよなあ」

とわざとらしくため息をつく。源氏はなるほどと思い笑って言う。

「いっこもいいとこナシ、って娘はいます?」

「さあね。まあそんなのは問題外として、超貧乏で底辺な女と、超金持ちでお嬢な女って数としては同じくらいで、大体は見た目のまんまなんだけど、真ん中へんくらいの女は違うよ。いろいろなんだよね、個人の性格も考え方も、趣味の方向とかも」

「へーえ、さすが。師匠とお呼びしていいですか?」

本気で感心してつぶやくヒカルに、頭の中将得意満面。ヒカルさらに疑問を投げかける。

「その上・中・下の三つの階層の違いって、正直よくわからないんですよね。元もとは由緒正しい家柄なのに経済的に残念な感じになっちゃったとか、逆にごくごくフツーの家だったのに努力と才能で成り上がったとか、いろいろあるじゃないですか。何をもって分けるのかな?」

そこにどやどやとヒマな社員たちがやってきた。
(もちろん右近・兄も参加である)

雨はなおしとしとと降り続き、夜はまだまだこれからなのであった。

<つづく>
参考HP「源氏物語の世界」

2010年9月28日火曜日

オフィスにて(一)

「おはよう、右近ちゃん」
「おはよう侍従ちゃん。毎日雨でやんなっちゃうねー」
「ほんと。洗濯物も乾かないしー。これで物忌でもなきゃ、とっとと宿下がりして着替え持ってくるとこなんだけどー」

 社長(帝)の着物にアイロン(熨斗)をかけながらしばし無言の二人。

「ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「前まえから誰かに聞こうと思ってたんだけどさ。ほら聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥っていうでしょ」
「だから、何」
「ぶっちゃけ、物忌って何?」
「はぁ?アンタここに来て二年でしょ。平安OLとしてそれ、どーよ?」
「や、あのね、大体は知ってんの。四人の神様がいるんだよね。で、その神様がどっち向いてるかによって行っちゃイケナイ場所とかがあるってことだよねえ。あと夢見がわるかったときとか」
「……わかってんじゃん」
「で、この間からずっと社長(帝)が物忌で外出禁止、と」
「まあ、あたしたちは実はカンケイないんだけどー、一応ね」
「でさー、いつも思ってたんだけど、ここ何年かやけにそういうの多いよねー。やれ方ふさがりだ物忌だってさあ。風水だか陰陽五行説だか知らないけど面倒くさくなーい?」
「んー、そーかもね」
「これって、破ったらどうなんの?なんか災いとか降りかかったりすんの?右近ちゃん、なんか聞いたことある?」
「・・・特にないかも」
「でしょー。何でこんなのみんなして必死に守ってんのかなあ。超イミフ。あたしの実家なんかさ、道のちょうど角っこにあるもんだからしょっちゅう『方違え』のお客さんが来て大変だって、母親がぼやいてる。前々からわかってるんならともかく、たいがいアポなし突撃訪問でしょー。朝早い時なんか掃除もロクにしてないのにどうすんのって涙目よー」
「あー、なるほどね。侍従ちゃん、それはさ」

 ごそごそと袂をさぐる右近。

「急な『方違え』客にお困りの方に♪」
「あーっ、何コレ」
「これを玄関に貼って『ウチ今日はあきまへんのや、えろうすんまへんなぁ』ってことで来客退散。あたしの実家はいつもコレよ♪」

 右近の手には、「物忌」と書いた紙が何枚も握られていた。

「ヤダー、あったまいーい! 一枚頂戴♪」

「あなたたち、無駄口ばっかりたたいてないで仕事しなさい!まだ沢山あるのよっ」

 ドア(簾)が急にあけられて、典の局が顔を出した。

「は、はーい」
「すみませーん」

……

「あーあ、早く雨やんで、物忌も明けないかしらん。おんなじ仕事ばっかで飽きるよねえいいかげん」
「そうそう、知ってる?今日の宿直係、ヒカルの君よ♪」
「エー!ヤバーイ!も、もういらしてるのかしら。同じ屋根の下に……きゃーん、ドキドキしてきちゃったー」
「アンタがドキドキしてどーすんの、侍従ちゃん」
「だってさあ、超イケメンじゃん!まさに王子よ王子(ほんもの)!お肌なんかつるんつるんで美しいのに、サッカー(蹴鞠)なんかもお上手で。お勉強だってできるんでしょ、外国の教授にめっさ褒められたって」
「うちのバカ兄も今日社内(宮中)の夜回り当番なのよねえ……」
「あ、そうだっけ。例のナンパ好きの」
「やめてよー、もう何処に出しても恥ずかしい兄なんだからさ」
「あははは」
「ちょっと、そんなことないとか多少はフォローしなさいよアンタ。でね、うちの兄曰く」
「うんうん♪」
「あの王子様、言うほど女慣れしてないぜっ、だって」
「ええー? いろんな話聞くよー、あんなのやこんなのや、そんなのや」
「絶対だって。今日の夜、確かめてみるぜだって」
「やだー♪あたしの大事なヒカル王子を汚さないでー、右近兄!でも、ききたーいっ」

雨はなおしとしとと降り続くのでした。

<つづくっ>

2010年9月27日月曜日

「桐壺」背景その二

さて、愛されすぎたペーペー新人OL(桐壺の更衣)は亡くなり、その息子は跡継ぎ候補からは外され、正妻とその父およびやんごとなき関係の方々はほっと胸をなでおろしたのだが、社長(帝)はいっこうに彼女を忘れられない。
そんな社長の耳に、亡き恋人に生き写しという娘の噂が耳に入る。もしかしてそれは娘の父の策略だったのかもしれないが、社長は一も二もなく彼女を入社(入内)させる。
彼女の入った部署(部屋)の名は「藤壺」 。
光る君の源氏と並び、輝く日の宮、と呼ばれた「藤壺の女御」の誕生である。
今度は「ぺーぺーOL」どころか、家柄も身分も文句のつけようがない。なんといっても先代(先帝)の血縁者である。

正妻であり跡取り息子(東宮)の母でもある弘徽殿(こきでん)の女御は戦々恐々、さらなる嫉妬と憎しみを募らせるが、相手が相手なので、さすがに具体的な行動には出られない。腹に溜まった黒い感情は後々、爆発の機会を待って静かにどろどろと煮えていくのであった。

一方、父の実家で大切に、だが母の愛を知らず育ったイケメン少年は、たちまち「母に生き写し」の若く美しい藤壺の女御に憧れを抱く。藤壺の方も、美しく賢く、だがどこか寂しげな風情の少年に心惹かれたりなんかする。
そんな思いを秘めたまま、少年は十二歳になり元服、源氏の姓をいただいて父の元を離れる。

当時は元服を済ませれば成人とみなされた。
源氏は身分こそ低いが何しろ現社長(今上帝)の息子である。しかも容姿端麗・才気煥発で社長の大のお気に入り、当時の役員のひとり(左大臣)が「将来有望」と判断してとっときの娘「葵の上」をめあわせる気になったのも当然だった。

だが娘は本当なら跡取り息子(東宮)に嫁入りするはずであった。彼女にしたら
「話が違うじゃないのお父様っ」
というところである。
役員(左大臣)の正妻の娘として華々しくデビューするはずが 、格下(臣下)で、なおかつ四つも年下の女慣れも世慣れもしていない若造(というより小僧:中学生だよ、うう)の妻にされてしまったのだから大変である。
なまじっか源氏がええおとこ過ぎたのもよくなかったのかもしれない。

何この子、私よりキレイなんちゃう?

なんて思ってしまったかもしれない。かくして后となるべく気位たかく育てられた美しい妻は心を閉ざし、源氏は源氏で気詰まりで、若いふたりはなかなか打ち解けられないのであった。

と、いうような背景を頭においた上で、いよいよこれからオトナの源氏の物語が始まる。

<不定期に続く>

2010年9月26日日曜日

「ひかるのきみ」復活♪ 「桐壺」の背景

以前、もうひとつのブログで不定期に連載?していた、大雑把な源氏物語訳、を復活させてみる。
しばらくは元記事を手直ししつつ再録、その後はぼちぼちと更新予定。

まずは源氏物語に対する勝手な持論。
源氏物語は、あらゆる少女漫画の大元である。
身分違いの悲恋によって生まれた、容姿端麗・頭脳明晰・運動能力にも長けた、非の打ち所のない主人公が繰り広げる恋の数々・・・

相手は人妻であったり、
誰とも知れぬ街の女であったり、
セレブで聡明な未亡人であったり、
亡き母にそっくりな義母であったり、
その義母にそっくりな少女であったり、
お局様であったり、
落ちぶれた深窓の令嬢であったり

・・・・えーと、レディコミか?(笑)。当初は女房たちの間で回し読みされていたから、女性週刊誌のような性格もあったかもしれない。身近な人や事件をモデルにしてるし。

つまりわりと下世話なんである。

ただ、そのドラマが繰り広げられる舞台というのが、現代とはかなり違う特殊な世界ではあるので、その前提を理解するとしないとでは入れ込み方がかなり変わる・・・かもしれない。

そこで以下、やんごとなき古典にとっかかるためのテキトー説明。

平安時代の宮中とは、ものすごく大雑把にいうと、姻戚関係でガッチガチに結ばれた同族経営会社のようなものであった。

中国から取り入れた冠位制はこのころにはすっかり定着、明確な序列と職の区分により階層化された宮中で、当時の日本人の人口一パーセントにも満たない貴族が、より有利なパイを奪い合っていた。ポイントは、トップにいただく宮家とどの程度血縁関係で食い込めるか、であった。

社長もしくは会長にあたるは、とにかくかしずかれるのが主な仕事。
実際の経営は、役員トップ(太政大臣)以下の部下(臣下)にすべて任せている。
採用基準は一に家柄、二に政治力(コネ)、三に経済力、四に能力といったところだろうか。女子の場合はほとんど「コネ」の大小により配属先も決定されていた。
さて、この会社における男性社員(貴族男子)の最大の目標は、

「自分の娘を社長夫人にしてあととりの男児を産ませること」

社長(帝)の息子の祖父、つまり次期社長候補者(皇太子:東宮)の祖父になることは事実上会社の実権を握るということであった。かくていかに自分の娘を見目良く整え教養と嗜みを兼ね備えた「美女」に育て、社長(帝)の元に送り込むか、と画策するのが上級管理職またはそこを目指す者(大貴族)たちの重要な仕事だったわけである。

のちに源氏の母となる桐壺の更衣は、家柄こそ宮中に参内できる程度に高かったが、父を早くに亡くしていたため「後ろ盾」というものを持っていなかった。父親が常務だとか支社長だとか、最低でも部長クラス以上であるという華やかな女性社員(お妃)たちの中にあっては本来、鼻もひっかけられない最底辺のいち社員でしかないはずだった。
「更衣」はつまり身支度整え係、要は下働きである。ただ仕事の性格上、帝に最も接近して働くため、見初められて・・・という話は従来もなくはなかった。運良く帝の子を妊娠ということにでもなれば、身分は低くても一応生活は保障されたし、非難されることもなかった。厳然たるヒエラルキーがそこには存在していて、帝の一時の気まぐれ程度では揺るがなかったからだ。

ところが帝の、更衣に対する愛情は、一時の気まぐれと片付けられる程度のものではなかった。昼となく夜となく毎日のように彼女の元に通いつめ、東宮を既に産んでいる北の方や他のやんごとなき后たちの面目は丸潰れとなった。

あんなぺーぺーの新人OLにしてやられるなんて!きいぃい!

非難ごうごう、嫉妬の嵐、会社(宮中)の連中はこぞって彼女をいじめたおした。何しろ皆本物のお局であるから洒落にならない。彼女は心身ともに疲れ果て、男児を産んでまもなくこの世を去る。

男の子は帝の御胤であるかられっきとした皇太子だが、前述のように「母の父親=祖父の後ろ盾」がないため、そのままだと王位継承権は最底辺、不遇な一生確定である。そこで帝は息子に源氏の名を与え臣下におとした。
后たちやその父親たちの怒りを鎮め事態を収拾するためでもあり、また母を亡くした不憫な子に、自由に自分の道を切り開くチャンスを与えようという親心でもあった。

かくて母の顔を知らない男の子は、父の蔭のバックアップを受けつつ、頭も良く何をやらせても人並み以上の超イケメン青年に成長していったのであった。

・・・などと、のっけからジェットコースターな感じで話は始まるのである。
<不定期に続く♪>

2010年9月22日水曜日

9月に読んだ本  その三

この間、美容院に久々に行ったら、重くてかさばる女性雑誌は自然とかナチュラルとか(同じやんか)、相変わらずもてはやしてる感じだった。でもね、自然て何?ホントに自然て、そんなに素晴らしいのか?

この間読んだ本は皆、読み終わるのが勿体無くてゆっくり読んでいたが、この二冊は怖すぎるのでなかなか読み進められなかった。

「羆嵐」(くまあらし)吉村 昭

ネットで見かけた北海道「三毛別羆事件」、あまりに衝撃的だったので、ドキュメンタリー小説化したこれを読んでみた。
昔、「グリズリー」という映画があったが、あんなのディズニー映画だね!と断言出来るほどこの事件は怖すぎる。「何がどう怖いのか?」・・・そこを的確に、克明に書いているところはさすが大御所の吉村氏。取材も相当している感がある、きっと何度も何度も現地に足を運んだのだろう。
かの倉本聴氏もあとがきに書いている。夏にこの「羆嵐」を読み、同じ年の秋に北海道富良野の原生林に移住、手違いで一晩だけ電気のない夜を過ごした。脳裏に浮かんでくるのはこの作品の、思い出したくない場面ばかり。恐怖でまったく眠れず夜を明かしたという。
何と言うか、本能的、根源的な怖さの琴線にふれる感じ。穴居生活をしていた頃はきっとそんなことの連続で、そういう恐怖を克服するために文明は発達したんだろうなあ。ありがたいことである。自然が一番♪、自然を楽しもう!なんて贅沢なことが出来るのも、先人の犠牲と努力あってこそ。「自然」は本来怖いんだぞ、女子供が能天気に楽しめるものではないのじゃ(おばば風)。

というわけでもう一冊はこれですよ。



「八甲田山死の彷徨」新田次郎

こちらは実話を元にした創作ではあるが、雪山の恐ろしさというものは十二分に描かれている。
ちなみに小説と実際の事件との相違点はこのサイトが詳しい。
八甲田山雪中行軍遭難悲話

私は知らなかったのだが、元々この雪中行軍訓練は二つの部隊が別の場所からほぼ同時に出発し、八甲田山系ですれ違うことになっていたらしい。つまり片方は成功していたのだ。
ハードカバー版の裏表紙を見るとわかるが、成功していたほうが長いルートを踏破しており、大惨事となった方が移動したのは地図上ではごく僅かな距離だった。最初見たときは逆なのかと思ったくらいだ。
一般人ではない、全員軍隊で日々訓練を受けている心身ともに屈強な男たちばかりなのに、わずか三日で全滅に近い損害を受けている。元々八甲田山というのも、冬は山に慣れた地元民ですら遭難するほどの難所であった上に、数年に一度という大寒波が襲うという不運も重なった。生きながら体のあらゆるところが凍っていく、緩慢に死んでいくというのはどれだけの苦痛、絶望、恐怖だろう? 詳細に想像することを体が拒否するほど怖い。

しかしこういう絵に描いたような「どうにもならない」状況、というのを日露戦争前に経験していた日本軍なのに、太平洋戦争末期には南方で同じような状況にあった沢山の兵士を、結果的にとはいえ見殺し同然にしてしまった。人間は歴史に学ばない(学べない)といったのはヘーゲルだったか誰だったか。結局、あまりに悲惨すぎる事件だったので、どうしてこのような事になったのか、どうすればよかったのか、とか客観的に細かく分析することが難しかったんだろうと思われる(実際、指揮官にあたる人間は救助後に自殺している)。新聞に大きく取り上げられて騒ぎにもなったので、遺族への補償や配慮で手一杯だったということもあったろう。一口に隠蔽体質といえばそれまでだが・・・だからどうしたらよかったか、は私にはわからない。

ともあれ、「自然」と闘い亡くなられた方々には合掌。

2010年9月14日火曜日

9月に読んだ本  その二

「小さいおうち」中島京子

読みました!
抄録を読んだ時の感動を裏切らないどころか大幅に増幅していただき、大変満足いたしました。はい、素直に面白かったです。ジェットコースターさながらに次から次へと事件が起こって目を放せない、というのとは違いますが、今よりほんのすこし昔の日本の日々を、これほど丁寧に、しかし入り過ぎることなく、ゆったりと語られるのもたまらなく心地良い。長い話ではないのだが、読み終わるのがもったいなくてゆっくり何日かに分けて読んだほどだ。(ちなみに私はかなり読むの速い。このくらいのページ数なら数時間で余裕)

「直木賞」がどのような基準で選ばれているのか、はっきりとは知らないが、あまり読者を選ばない感じのとっつきやすい作品が多いのではなかろうか。「とっつきやすい」とはいっても決して凡庸ではなく、おもねってもいない、何と言うか…ほんのすこし昔の日本人なら普通に持っていたと思われる繊細な距離感が、見事に再現されていると思う。篠田節子さんに続きファンになること決定♪
何でも平等平等っていうのも、あまり面白くないよなあ。

で、ここで唐突にこれ。

「太陽の塔」森見登美彦

2003年のファンタジーノベル大賞を受賞した作品で、気になってはいたのだが何となく読む機会がなく、気づけば結構なベテランに。伊坂さん以来、「デビュー作」というものに非常に関心が出てきたので借りてみた。
こ、これは(笑)。理系の、しかも関西系の大学生(男)の日常と頭の中をこれほどセキララに描写した作品は今まであったろうか。あるのかもしれないが私は知らない。
ストーリーはあるようなないような。しいていえば彼らにとっては「太陽の塔」にハマる女の子そのものが「ファンタジー」なのかしらん、いやむしろコヤツらの頭の中そのものがファンタジー。イケメンは誰一人、徹頭徹尾、完膚なきまでに出てこないが、会ってみたいと思わせ・・・いやそれは言い過ぎ。物陰から垣間見たい感じの男たちである。


「転生」篠田節子

対してこちらはかなりスペクタクルなお話。何しろ舞台がチベットで敵役が中国!だだ、大丈夫ですか篠田さん・・・と設定からして心配してしまうのだが、あとがきを読むと、どうも登場人物たちが移動した同じルートを自らも踏破しているらしい。なんとワイルドでカッコいいお方であろう。しかもこの話、ハリウッド映画のような派手さもあり、実にコミカルでもある。けっこう金箔いや緊迫したシーンでも何かほのぼのしているというか、癒される。篠田さんはきりりとした感じの作品ばかりかと思っていたらこういうエンタメ全開のも書いていたのね。ああますますファンに。
詳しくはあえて書かないが、日本でしか、日本人しか書けないネタであることに間違いはないと思われる。映画には・・・・ちと無理かもなあ(笑)。

2010年9月6日月曜日

9月に読んだ本 その一

「FUTON」中島京子

中島京子さんはついこの間、「小さいおうち」で直木賞をとられた方である。実は図書館で抄録を読んで、すっかりハマってしまい、某クレジットカードのポイントからゲットした密林ギフト券でうっかりクリックしてしまいました。あさってくらいに届くので、読んだらまたここに書きます。

「オール讀物」の抄録を読んだ、その同じ図書館で借りたのがこれ。何しろ語り口が柔らかく心地良く、それでいて結構シビアなので、もう読んでいるだけで幸せな気持ちになる。何かの講評にも書かれていたが、この方は書くことが好きで好きでたまらない、そういう感じがひしひしと伝わってくるのだ。
書くことそのものが好きなのであるから、登場人物に対して過剰な思い入れというものがないのも、またいい。贔屓目やわが子可愛さの曇りというものがないから、至極客観的に、かつ正確にその人物を捉えることが出来ているのである。
元ネタにされた田山花袋も、草葉の蔭で嬉しさのあまり号泣しているであろう。ああそうだ、「蒲団」も読まなきゃね。

2010年9月3日金曜日

八月に読んだ本 その二

やっと夏休みが終わった・・・でもまだ暑い。あまりの暑さに、向こうの更新が精一杯でこっち放置してた。記録しとかないとどんどん溜まっちゃうので一気に。

「ジーンワルツ」

「ジェネラル・ルージュの伝説」 海堂 尊

海堂さん作品は「バチスタ」から好きでよく読んでいるのだが、以前雑誌で連載されていた「マドンナ・ヴェルデ」の、代理母として娘の子を産むことになる母親、という設定が衝撃で続きが気になっていた。
「ジーン・ワルツ」はその関連作。衝動買いした時はそれを知らず、読んでみてびっくり(遅。ホントにファンなのか)。映画化もされるらしく、主役は私の大好きなカンノちゃん。うう、思わず観に行ってしまうかもしれないじゃないか。まんまと乗せられている。

現役の医師にして売れっ子作家である海堂さん、「伝説」の中で、いかにしてデビューしメジャーにのしあがっていったかを語っているが、とにかくこの人はタフで仕事が速いことがわかる。書くことが元々好きで、かつ一般人にはない専門的知識および経験をリアルタイムで仕入れることが出来、「なぜこの作品を書くか?」という意義や目的も明確。さらに「シリーズ物の醍醐味」というものをよく知っていて、なおかつ初見の人にも楽しんで貰えるようにと工夫を凝らす。サービス精神旺盛なのである。

見かけたら買うようにしていたのだが、海堂作はあれよあれよと増えるので、だいぶ遅れを取ってしまった。これからまた少しずつ読むこととしよう。娘もファンだし。





「夏の災厄」篠田節子

すっかりファンな篠田作品。この冷静でシンプルな語り口がたまらない。
「ヒーローなきパニック小説」まさにこの一言に尽きる。だいたいこのような感染症の話だと、大きな陰謀があってそれを主人公が解明する、という図式が多いのだが、そこは篠田さん。ちょっとアカがかった医師が疑った「陰謀説」をものの見事に粉砕しているところは爽快でさえあった。

惜しむらくは、後半、病気の恐ろしさ・切迫感などが薄れてしまっていたこと。あれだけ感染源に近づいているのに、主要人物のうちほとんど誰も感染しないのは不自然。最後は数字だけの表現になっていた死者や感染者に対しての視点も欲しかった。なんて偉そうに書いてみたものの面白かった!一気読みしました。



「平成関東大震災」福井晴敏

篠田さんに続きパニック物シリーズ。普通のサラリーマンが仕事中、大震災に見舞われる話。ストーリー性というより、シミュレーションという性格が強いので、かなりためになる。主人公の名前が、
西谷久太郎=「サイヤク」=災厄 、
彼になぜかくっついて解説して歩く男の名前が
甲斐節男=解説男
というのが笑える。
ただひとつだけ、くだらない疑問。備蓄しておくべき品のなかに、「哺乳びん」があるのは何故なんだ?赤ん坊がいるご家庭か?うち、もう捨てちゃったんだけど。




「隣之怪 木守り」木原浩勝
 
「新耳袋」という、短い実話怪談ばかり集めた本がある。実は全巻持っている。この本もそれに似た形態で、すぐに読めてしまう。
だけどあれだな、新耳袋の方が怖かった。怪談の怖さは、おそろしい顔をしたお化けがうわーっと出てくる、というのではなく、「意味のわからない」「尋常ではなさ」みたいなものに、さしたる理由もなく出会ってしまう、というところにあると思うのだが、この本はそのあたりがちと類型的だったかな。
 
とりあえず今一番怖いのはこの暑さだな(泣)。
娘の友達の家はエアコンが壊れたらしい・・・ひいい、考えたくない。