箒木(一)
一介の社員(公達)として会社(宮内)で働くヒカル源氏。
とはいえ、彼が社長(帝)の息子であることは周知の事実、そもそも最初から、平社員ではないそこそこの地位を与えられていた。加えて結構デキル男でもあったため出世もとんとん拍子。
なんといっても有力役員の双璧の片割れ(左大臣)の娘婿であるし、目の覚めるようなイケメンで何をやらせても人並み以上、注目度はいやがうえにも高まる。男女ともに彼の関心を得ようと集まる面々はひきもきらない。
だがそれは逆に、
ヘタなことはできない、ということでもあった。
ちょっとその辺の女子社員とメールのやりとりをした(文をかわした)だけでも大騒ぎである。
かといって返信もしないでスルーしようものなら「ふーん、私なんか相手にしてらんないってことね。モテ男だからっていい気になってんじゃなーい」ということになりかねないので、一応それなりの誠意は尽すことにしている。
もともととっかえひっかえ仔細かまわず、は性に合わないし、過剰に八方美人してるわけでもないのに、ほんの些細なことでも大げさに言われてチャラ男扱いされるのはツライ、
だからといって・・・
本命(藤壺の宮=社長の女)のことは絶対口に出せないし・・・・と悩ましい十七のヒカルなのであった。
五月雨の続く日々。
物忌をいいことに、あまり仲のよろしくない妻の家には通り一遍の訪問しかせず、社内(宮中)にこもりっきりのヒカル。
何しろ妻の家は格式が高くすべてに仰々しい、妻より舅姑があれこれと口を出し世話を焼き、いちいち反応をうかがうので正直ウザイ。対して妻は、美しく教養もあるのだが、無表情のうえ無愛想でお手伝いさん(女房)を通してしか会話しない。毎回息がつまり、何処にいても気が休まらない。寄りつきたくなくなるのも無理からぬことだった。
さてヒカルのいる部署(部屋)は桐壺、小難しい本(漢籍)など広げてつれづれを慰めている。
隣にいるのは仲良しの頭の中将である。
この男は役員(左大臣)の息子で、ヒカルの妻の兄、つまり義兄にあたる。毛並みの良さはもちろん容姿も頭脳も、あらゆることでヒカルと並ぶ高レベル、おまけに正妻は対立する役員(右大臣)の娘で婚家が気詰まりな点でも同じ。モテ男で有名だがあけっぴろげで、皆が遠慮するヒカルに対しても平気でずけずけ対等な口をきく。ヒカルのライバルとなれるのは自分だけだと密かに自負しているらしい。
「ヒカルー、これ見てもいい?」
ヒカルが女子に貰った色とりどりのメール(文)に目を通していると、横から覗き込んでこう言う。
「これとこれと、これならいいですよ。こっちはちょっと・・・NGです(笑)」
ちっちっち、と頭の中将が指を振る。
「その、NGってやつが見たいんだよヒカルちゃん。無難なやつ見てもつまんないじゃん。うわちょっとマジありえない、ヤバくて人に見せらんねぇってやつじゃないと見る価値無し」
「・・・(おいおい)」
まあいっか、本気でまずいのは此処には置いてないし、と源氏は思い直しメールの束を全部渡す。
「そうこなくっちゃ」
頭の中将は楽しげにメールを物色しはじめる。
「おっこれ、いいじゃん。デコメもセンスが出るよね。わかった、○美だろ!これは……んー、わからんな。△子?」
ヒカルは笑って誤魔化す。
「頭の中将、この程度のメールならあなたこそ沢山貰ってるでしょうに。私にも今度見せてくださいよ」
「いやいや、俺なんかぜーんぜん。超ありふれたのしかないからつまんないよ」
にやりと笑って、ついでにとでも言うように語り続ける。
「思うんだけどさー、なかなかすべてにおいてカンペキ!って娘はいないよねえ。イマドキーな感じで、センスも悪くない、性格もそこそこ良し、なんだけど、他の誰より飛びぬけて凄い特技とか美点があるかっていうと、ない。いや、ひとつやふたつあったとしても、鼻にかけちゃって、何あの子ダサくない?ありえなーいって感じー、ていうかアタシって全然イケてるでしょ?なんて、他人を貶めて自分を高める、みたいなさ。ちょっとイタくね? そういうの」
立板に水状態の頭の中将、
「あと、親が一から十まできっちし生活を管理してるような世間知らずの箱入り娘ってさ、一見真面目でよさげだけど、ちょっと危険だよね」
「危険?」
「うん。だってゼーンブ親掛かりなわけでしょ、家事も趣味も何もかもさ。親がいるうちは財力や何かでカバーしてもらえるから、そこそこ何でもうまくいくかもしれないけど、それをとっぱずしちゃったら、どうなのよって思わない?」
「うーん」
「それに親って、自分の娘のことを悪く言ったりは絶対しない。欠点でもうまいこと言い換えたりして隠すでしょ。それをうっかり鵜呑みにして嫁にしちゃったりしたら、絶対あとで『なんか違う・・・』ってことがわんさか出てくるんだよなあ」
とわざとらしくため息をつく。源氏はなるほどと思い笑って言う。
「いっこもいいとこナシ、って娘はいます?」
「さあね。まあそんなのは問題外として、超貧乏で底辺な女と、超金持ちでお嬢な女って数としては同じくらいで、大体は見た目のまんまなんだけど、真ん中へんくらいの女は違うよ。いろいろなんだよね、個人の性格も考え方も、趣味の方向とかも」
「へーえ、さすが。師匠とお呼びしていいですか?」
本気で感心してつぶやくヒカルに、頭の中将得意満面。ヒカルさらに疑問を投げかける。
「その上・中・下の三つの階層の違いって、正直よくわからないんですよね。元もとは由緒正しい家柄なのに経済的に残念な感じになっちゃったとか、逆にごくごくフツーの家だったのに努力と才能で成り上がったとか、いろいろあるじゃないですか。何をもって分けるのかな?」
そこにどやどやとヒマな社員たちがやってきた。
(もちろん右近・兄も参加である)
雨はなおしとしとと降り続き、夜はまだまだこれからなのであった。
<帚木(二)につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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