2010年9月22日水曜日

9月に読んだ本  その三

この間、美容院に久々に行ったら、重くてかさばる女性雑誌は自然とかナチュラルとか(同じやんか)、相変わらずもてはやしてる感じだった。でもね、自然て何?ホントに自然て、そんなに素晴らしいのか?

この間読んだ本は皆、読み終わるのが勿体無くてゆっくり読んでいたが、この二冊は怖すぎるのでなかなか読み進められなかった。

「羆嵐」(くまあらし)吉村 昭

ネットで見かけた北海道「三毛別羆事件」、あまりに衝撃的だったので、ドキュメンタリー小説化したこれを読んでみた。
昔、「グリズリー」という映画があったが、あんなのディズニー映画だね!と断言出来るほどこの事件は怖すぎる。「何がどう怖いのか?」・・・そこを的確に、克明に書いているところはさすが大御所の吉村氏。取材も相当している感がある、きっと何度も何度も現地に足を運んだのだろう。
かの倉本聴氏もあとがきに書いている。夏にこの「羆嵐」を読み、同じ年の秋に北海道富良野の原生林に移住、手違いで一晩だけ電気のない夜を過ごした。脳裏に浮かんでくるのはこの作品の、思い出したくない場面ばかり。恐怖でまったく眠れず夜を明かしたという。
何と言うか、本能的、根源的な怖さの琴線にふれる感じ。穴居生活をしていた頃はきっとそんなことの連続で、そういう恐怖を克服するために文明は発達したんだろうなあ。ありがたいことである。自然が一番♪、自然を楽しもう!なんて贅沢なことが出来るのも、先人の犠牲と努力あってこそ。「自然」は本来怖いんだぞ、女子供が能天気に楽しめるものではないのじゃ(おばば風)。

というわけでもう一冊はこれですよ。



「八甲田山死の彷徨」新田次郎

こちらは実話を元にした創作ではあるが、雪山の恐ろしさというものは十二分に描かれている。
ちなみに小説と実際の事件との相違点はこのサイトが詳しい。
八甲田山雪中行軍遭難悲話

私は知らなかったのだが、元々この雪中行軍訓練は二つの部隊が別の場所からほぼ同時に出発し、八甲田山系ですれ違うことになっていたらしい。つまり片方は成功していたのだ。
ハードカバー版の裏表紙を見るとわかるが、成功していたほうが長いルートを踏破しており、大惨事となった方が移動したのは地図上ではごく僅かな距離だった。最初見たときは逆なのかと思ったくらいだ。
一般人ではない、全員軍隊で日々訓練を受けている心身ともに屈強な男たちばかりなのに、わずか三日で全滅に近い損害を受けている。元々八甲田山というのも、冬は山に慣れた地元民ですら遭難するほどの難所であった上に、数年に一度という大寒波が襲うという不運も重なった。生きながら体のあらゆるところが凍っていく、緩慢に死んでいくというのはどれだけの苦痛、絶望、恐怖だろう? 詳細に想像することを体が拒否するほど怖い。

しかしこういう絵に描いたような「どうにもならない」状況、というのを日露戦争前に経験していた日本軍なのに、太平洋戦争末期には南方で同じような状況にあった沢山の兵士を、結果的にとはいえ見殺し同然にしてしまった。人間は歴史に学ばない(学べない)といったのはヘーゲルだったか誰だったか。結局、あまりに悲惨すぎる事件だったので、どうしてこのような事になったのか、どうすればよかったのか、とか客観的に細かく分析することが難しかったんだろうと思われる(実際、指揮官にあたる人間は救助後に自殺している)。新聞に大きく取り上げられて騒ぎにもなったので、遺族への補償や配慮で手一杯だったということもあったろう。一口に隠蔽体質といえばそれまでだが・・・だからどうしたらよかったか、は私にはわからない。

ともあれ、「自然」と闘い亡くなられた方々には合掌。

4 件のコメント:

  1.  父性原理が余りに激しくこの2000年が全てを覆いつくし、それも歪んだ、対立項を戦い負かそうとする。ただ己という意思が神だと言いたいだけで。
     母性原理は隠れてしまった。奇跡や魔術が余りに滑稽に扱われて、殲滅と撲滅の目に合わされてきた。

     世の中のものは、全て母と父の創造である。それが一方だけであることは、寂しく余計に他を攻めることになる。

     愛とは実質であり、この世は愛の夢である。そろそろに愛という実質を捨てて、愛の旅をしてきた放浪を、人類はやめなければいけない。

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  2. 預言者様
    お久しぶりですー♪

    実質を求める旅をやめなければということですか?
    この世は夢、夢であることを自覚し、ただ任せてみる…ということでしょうか。

    母性も、つきつめれば怖いですよ。父性よりむしろ根深いところがあるかも。胎内の夢の中でたゆたうこともほどほどにしておくほうがいいのかもしれません。中庸中庸、ととなえてみる。

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  3.   あっひー、お見通しですね。かないませんです。(^-^)/白旗

      母性の奥深さは父性の力をいとも簡単に包み込みますね。

      見方の問題かもしれない。多分世界は、いつも中立で、想いの定立が、知覚となって、そのままに反映させているのかもしれない。
      では、産まれてから、どれほどに親や、社会の合意事項を空気のように吸いながら、自分を構築してきたか。それが愛なら、喜びと祝福の世界でしょう。
      でも違う。愛より離れて、愛を見つける世界ではないかと。
      もし、創造が父だけなら、豊穣はなく、母だけでは、統一がない。この一見、矛盾することが動的な世界の推進力かもしれない。

      ただ絶対静の愛の慈しみの中で。

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  4. おはようございます♪

    父性と母性が互いに矛盾しながらも、出っ張ったり引っ込んだりしてバランスを取り合うという状態がベストなのかもしれないですね。
    どちらかに凝り固まってしまうと身動きがとれなくなる。
    常に浸透しつつされつつ。なんだ、最も原始的な生物の形態が最も理にかなっているのですね。

    生命がうまれた時の記憶を辿って。

    では学校いってきまーす♪

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