オフィスにて(一)
「おはよう侍従ちゃん。毎日雨でやんなっちゃうねー」
「ほんと。洗濯物も乾かないしー。これで物忌でもなきゃ、とっとと宿下がりして着替え持ってくるとこなんだけどー」
社長(帝)の着物にアイロン(熨斗)をかけながらしばし無言の二人。
「ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「前まえから誰かに聞こうと思ってたんだけどさ。ほら聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥っていうでしょ」
「だから、何」
「ぶっちゃけ、物忌って何?」
「はぁ?アンタここに来て二年でしょ。平安OLとしてそれ、どーよ?」
「や、あのね、大体は知ってんの。四人の神様がいるんだよね。で、その神様がどっち向いてるかによって行っちゃイケナイ場所とかがあるってことだよねえ。あと夢見がわるかったときとか」
「……わかってんじゃん」
「で、この間からずっと社長(帝)が物忌で外出禁止、と」
「まあ、あたしたちは実はカンケイないんだけどー、一応ね」
「でさー、いつも思ってたんだけど、ここ何年かやけにそういうの多いよねー。やれ方ふさがりだ物忌だってさあ。風水だか陰陽五行説だか知らないけど面倒くさくなーい?」
「んー、そーかもね」
「これって、破ったらどうなんの?なんか災いとか降りかかったりすんの?右近ちゃん、なんか聞いたことある?」
「・・・特にないかも」
「でしょー。何でこんなのみんなして必死に守ってんのかなあ。超イミフ。あたしの実家なんかさ、道のちょうど角っこにあるもんだからしょっちゅう『方違え』のお客さんが来て大変だって、母親がぼやいてる。前々からわかってるんならともかく、たいがいアポなし突撃訪問でしょー。朝早い時なんか掃除もロクにしてないのにどうすんのって涙目よー」
「あー、なるほどね。侍従ちゃん、それはさ」
ごそごそと袂をさぐる右近。
「急な『方違え』客にお困りの方に♪」
「あーっ、何コレ」
「これを玄関に貼って『ウチ今日はあきまへんのや、えろうすんまへんなぁ』ってことで来客退散。あたしの実家はいつもコレよ♪」
右近の手には、「物忌」と書いた紙が何枚も握られていた。
「ヤダー、あったまいーい! 一枚頂戴♪」
「あなたたち、無駄口ばっかりたたいてないで仕事しなさい!まだ沢山あるのよっ」
ドア(簾)が急にあけられて、典の局が顔を出した。
「は、はーい」
「すみませーん」
……
「あーあ、早く雨やんで、物忌も明けないかしらん。おんなじ仕事ばっかで飽きるよねえいいかげん」
「そうそう、知ってる?今日の宿直係、ヒカルの君よ♪」
「エー!ヤバーイ!も、もういらしてるのかしら。同じ屋根の下に……きゃーん、ドキドキしてきちゃったー」
「アンタがドキドキしてどーすんの、侍従ちゃん」
「だってさあ、超イケメンじゃん!まさに王子よ王子(ほんもの)!お肌なんかつるんつるんで美しいのに、サッカー(蹴鞠)なんかもお上手で。お勉強だってできるんでしょ、外国の教授にめっさ褒められたって」
「うちのバカ兄も今日社内(宮中)の夜回り当番なのよねえ……」
「あ、そうだっけ。例のナンパ好きの」
「やめてよー、もう何処に出しても恥ずかしい兄なんだからさ」
「あははは」
「ちょっと、そんなことないとか多少はフォローしなさいよアンタ。でね、うちの兄曰く」
「うんうん♪」
「あの王子様、言うほど女慣れしてないぜっ、だって」
「ええー? いろんな話聞くよー、あんなのやこんなのや、そんなのや」
「絶対だって。今日の夜、確かめてみるぜだって」
「やだー♪あたしの大事なヒカル王子を汚さないでー、右近兄!でも、ききたーいっ」
雨はなおしとしとと降り続くのでした。
<帚木(一)につづくっ>
コメント
コメントを投稿