2016年8月30日火曜日

末摘花 四(オフィスにて♪)

「ねえ……侍従ちゃん?」
「なあに右近ちゃ……じゃないっ、大輔の命婦さんじゃないですか! どーしたんですか?」
「お久しぶりね。お元気そう」
「……な、なんか……痩せました? いや前から細かったけど……えっと」
「やっぱりわかる? やつれてるわよね私。嫌だわ」
 ふふ、と力なく笑う大輔命婦。
「いやでも! むしろさらにエロく…いや色っぽくなられて素敵! 羨ましいですっ!」
「ありがと」
「今日はどんな御用ですか? 右近ちゃんなら今お使いに行ってて、15分もすれば戻ってきますけど」
「ううん、今日はね、侍従ちゃんに御用なの
「え……(ドキ)」
「ちょっといい? 凝ってるわ」
 少し冷たい、なめらかな白い指が侍従のうなじに触れる。
はうあ!……ああああ、何ですかコレ……ぎもぢいい…」
「うふふ、若いからすぐほぐれるわね」
「……(言葉にならない)」
「侍従ちゃん?」
「はい……」
「実はね、ちょっとお願いがあって
 もみもみぎゅー
「なんれすかあ……なんれもききまふよ……ふわわわわ」
「うふふふふ……侍従ちゃんて、ホントに可愛いわ」
………
「で」
 戻って来た右近の隣で、侍従が大きく伸びをする。
「はースッキリ! なにこれすごい、ザ☆大輔命婦スペシャルゴッドハンドパワー半端ないわー」
「引き受けちゃったと」
「うん! まあ、軽いバイトだと思えば!」
「まさか侍従ちゃんが、常陸宮さまとご縁があったとはね。さすがは大輔命婦さん、凄い情報網」
「右近ちゃん、そうなのよ。アタシだって知らなかったもん、あの姫君とアタシが乳姉妹だなんて。ウチの乳母さん、何人も掛け持ちしてたのは知ってるけど、すごいとこに出入りしてたのねえ……そんな伝手があるからって、いきなり中途採用のアタシを姫君の側仕えに突っ込んだ命婦さんも中々だけど」
「案外軽くないかもよ、そのバイト。だって、要するにヒカル王子を手引きするための内部協力要員でしょ」
「あーそれはそうだよ、もちろんわかってるって。仕方ないよ、あの王子が一旦目をつけた女を簡単に諦めるわけない。今までの空蝉さんとか若紫ちゃんとかの話でわかるじゃん」
「命婦さんも相当うるさく責められたみたいね。同情するわ」
「だってさ、その姫君って、全っ然返事しなかったらしいよー。王子もそんなに頻繁にはお文出してないんだけど、フツー何かかんか返すじゃん? 紙に書かなくても使いの人に言付けるとかさあ。いくら引っ込み思案つったってさすがに失礼だし、世間知らずにも程があるってもんよ」
受け取りっぱなしーの完全無視かあ。それは王子、ムカついたろうね。そんなことされたことないもんね」
「大輔命婦さんに泣きついてきたらしいよ、こうなりゃ意地だ、どうにかしてえって。命婦さんもここに至ってウザいの通り越して、逆にあの姫君にとってはチャンスなんじゃない? て思い直したんだって。ほら、すっごいボロ屋じゃんあそこ。そもそも、父宮さまが存命の頃だって、古臭ーい雰囲気に誰も寄りつかなかったくらいだから、今なんてなおさらよ。雑草ボウボウでどこが入口なのかもわかんないし!」
「そんなところにあのキラキラ王子が目をつけたってこと自体、奇跡みたいなもんだわね」
「そうそう。女房さんたちはそりゃもう大騒ぎよ。何としてもこのご縁はゲットしなきゃ! て感じで」
「なるほどね。ただ、大輔の命婦さんはもうちょっとクールに状況を見てる気がする。
ヒカル王子の、ヤダヤダヤダこのおもちゃ絶対買ってーママー! 状態を解消したい!
→あの姫君に『適当に気の利いたこと言ってあしらう』てことは期待できない
→とすると物越しでも何でもいいから二人を会わせるしかない
→会って話して、お気に召せばおk、身分も釣り合うし大人同士だし無問題!
→お気に召さない場合でも、ヒカル王子ならうまいこと取り繕って何とか角立たないよう終わらせてくれるでしょ!
よってどっちに転んでも、命婦さんはうるさく責められる状態からは解放される。むしろ姫君側からは感謝される立場に」
「命婦さん、姫君が万一にでも傷つかないようにってすごい心配してたよ。優しい人だよねー」
「侍従ちゃん……あなたまさにそのために投入されたのよ。箱入りで純朴な姫君がとんでもない受け答えして王子がドン引きしないように、内側からフォローする役まわり」
「えっヤバい! 超重要な役じゃん! 嬉しい、命婦さんにそれだけ買ってもらえたなんて(ポッ)!」
「侍従ちゃん完全にセンノーされちゃって……大輔の命婦さん、ナイス人心操作」
「いいのアタシ! 命婦さんのためならなんだってやってやるわあ!」
「利用できるものはとことん利用しつくす、しかも本人自らすすんで動くよう巧妙に立ち回る……それが大輔の命婦という女……恐ろしい子……!」
「お仕事うまくいったら、また肩揉んでもらうんだあ♪たーのしみー」
「ダメだこりゃ(笑)」

ちゃんちゃん、
というわけで閑話休題です。
「右近ちゃん」の名を夕顔のおつきの女房から取ったのと同じく、「侍従ちゃん」もまたこの末摘花の段から取っています……ということを途中まできれいさっぱり忘れておりまして……(年だなマジで……)。仕方ないので、「魔性の女・大輔命婦が侍従を常陸宮にねじこんだ」という設定を無理くりつけて、このあと「末摘花」の残りを侍従ちゃんの一人称でお送りしたいと思います。適当ですみません。

>>「末摘花 五」につづく
参考HP「源氏物語の世界

2016年8月23日火曜日

8月に読んだ本 2

「鬼談百景」小野不由美

「残穢」とセットで読むとちょうど百話となる、現代の怪談。新耳袋を全巻揃えている私としては、内容的には割とお馴染みであったが、「物語」というものが字面のとおり「語る」ものだということを改めて実感。
小野さんの文章には、書き手自身の感情をうかがわせるような言い方はほとんどない。かといって無味乾燥ではなく、余計なものをそぎ取ったシンプルな語り口が、かえって心に響いてくる。この本のような、短くまとまった話の集まりでは、その効果が一段と効いてくる。漫談より怪談の方が、人の心を癒すというが、整然としたつくりの中にあるからこそ感じ取れるわずかな綻びというか、尖ったささくれのようなものは、思っている以上に有用な刺激となるのかもしれない。
こちらも「残穢」と同じく映画になるらしいが、できれば二本立てにしてもらえると助かる(笑)色々と怖すぎるか? でも、けっこう人入るんじゃないかなあ。私なら行く。

「はなとゆめ」冲方丁

平安の女流文学トップ2の一人、清少納言についての物語って…橋本治さんの桃尻語訳枕草子くらいしか読んだことない。(それにしてもすごいタイトルだ、今考えると)教科書にも載ってる「枕草子」にしても、正直、自慢話と愚痴が多いなー、しかし日本で初めてコラム書いた・しかも女性ってことで評価高いのかなーなどと思っていた。
冲方さんの描く清少納言は、頭がよく機転も利くが、決して自信満々のシャキシャキキャリアウーマンといった風ではなく、恥ずかしがりやで、褒められると素直に喜んで舞い上がる、打たれ弱くてすぐ凹む、ごく普通の女性だった。ただ一途に中宮定子を慕い、不遇な状況になってもなお献身的に仕えるあたり、尋常でない芯の強さがうかがえる。
紫式部の日記には、清少納言に対する結構なワルクチが書いてあったりするが、二人は同時に並び立っていたわけではない。紫式部が中宮彰子の女房として内裏に入ったのは、清少納言が去ったあとだった。が、野心たっぷりの藤原道長がかつての中宮・定子とその女房たちに追いつき追い越せとばかりに入内させた彰子のもと、選りすぐられた超・優秀な女房たちの一人としてのプレッシャーは半端なかっただろうし、さらに「同じ物書き」として、全然作風もジャンルも違う、おそらく才覚においては格下の清少納言と、常に比較され続けたとしたら、本当にたまったもんじゃなかっただろう。
もう「無い」ものにはマイナスのつけようがなく、それどころか「枕草子」によりどんどん良いイメージがプラスされていくばかりで、後から来た者は永遠に追いつけない。道長に追い落とされた側である清少納言が、こうなることを読んで「いかに中宮定子とその女房達が綾なす世界が素晴らしかったか」ばかりを書いてたのだとしたら、相当のイケズだ。才女・紫式部が「あの女…大したタマよね」と思わず吐き捨てる程イラっときたのも、わからんでもない。
それにしてもここまで女の機微がわかる冲方さん、何でやらかしちゃったし…と残念でならない。物書きは性格がよかろうが悪かろうが、道徳的だろうがそうでなかろうが、作品が面白ければ読む側としては気にしないので、早く戻ってきてどんどん書いてほしい! お待ちしております。

2016年8月22日月曜日

末摘花 三

 ヒカル王子も頭中将も、その晩約束していた女がいたが、それぞれ分かれ行くのはさすがにお互い気恥ずかしくて出来ず、一つ車に乗り、雲隠れした月の下、風情たっぷりな道中を、笛を吹き合わせながら大殿邸(頭中将の実家=ヒカル正妻の家)へと向かう。
 先払いもせずこっそり邸内に入り、人目につかない渡殿に直衣など持ってこさせて着替えた。何食わぬ顔で今来た風を装い、笛など吹きすさんでいるのを、舅の左大臣が聞き逃すはずもなく、高麗笛を持ち出しヒカルに手渡す。こちらの笛も器用に、だがしっとりと吹いてみせる。琴も取り寄せ、御簾の内の、楽器に堪能な女房たちに弾かせる。
 中務の君という女房は、優れた琵琶の弾き手であったが、頭中将から、ごくまれにしか来ないヒカルの方に乗り換えてよろしくやっていたので、大奥様のお覚えがめでたくない。この宴に浮かれるわけにもいかず、いたたまれない心持ちで、ぼんやり物に寄り伏している。かといってまったく目に入らない場所に離れてしまうのも寂しいし…などと思い乱れていた。

 いっぽう若者二人は、先ほどの琴の音を思い浮かべて、あのみすぼらしい様子の邸宅さえ一周回って逆にいい感じじゃなーい? などと妄想に走る。
「もしもああいう場所に、美人で可憐な女子がひとり寂しく年月を重ねていたとして…その子に惚れちゃったりして…のめりこんだりしちゃったら…うーん、世間が黙ってないだろうし、体裁は悪いだろうなあ」 頭中将の妄想は止まらない。「あんなところ」に通っているヒカル王子、「絶対ただじゃ済まないな」などと面白半分な心配を巡らせるのだった。

 その後、ヒカルはもちろんのこと頭中将も文を送ったものの、返事がない。二人とも、いつもと勝手が違うぞ???と困惑しきりだ。
「ちょっとー、酷くね? あんな清貧っていうか地味ーな生活をしているような人なら、ちょっとした草木や空模様につけても何か面白味っていうか、風情を見出すもんじゃないの? それでご本人の心ばえっていうかさ、魅力? あっこんな可愛いとこあるんだーなんてことが自然と垣間見えるってもんでしょうに。重々しいご身分ていったって、ここまでシャットアウトされちゃうと興ざめっていうか…なんだかなって感じだよねー」
と、頭中将はヒカル以上にやきもきしていた。いつもの如く馴れ馴れしく
「ヒカル王子、例のところからはなんか言ってきた? 私も試しに文出してみたんだけどさ、なーんか…尻すぼみって感じで」
と残念がる。
(ほうほう、やっぱり送ってたんだな)
とヒカルほくそ笑んで、
「さあね…しいて見たいとも思わないけど、たぶんウチにも来てんじゃないかな」
と興味なさげに答えてみせる。
「なんだよーはぐらかしちゃって!」
と悔しがる頭中将。
 ヒカルとしても、たいして深くも思っていないとはいえ、ここまで徹底無視・スルーされるのはさすがに良い気はしないし、頭中将が熱心に言い寄っている風なのをみて
(女ってマメに言葉をかけてくれるほうに靡くよね。後から来た中将にかっさらわれるなんてことになったら面白くないな)
と心配にもなり、大輔の命婦に相談することにした。

「いつまでもはっきりしない、余所余所しい対応でほんと辛いんだけどどうにかなんないの? どうせチャラい気持ちだとお疑いなんだよね? いくら何でも、そんなソッコーで心変わりするわけないよ。あの方が心を閉じてるおかげで、お文のやりとりすらままならないし、そのうち周りから見たらこっちに何か悪いとこがあるんじゃね? てことになりかねない。家族のごたごたとかがない、なんの気兼ねもなく暮らす人はふつうもっとおおらかなもんだと思うんだけど
と文句タラタラの王子に、命婦、
「だからー、王子の仰るような趣あるお立ち寄り所とはいえませんよ、ふさわしくも思えないって最初から申し上げてましてよ? ホントのホントに、超がつくシャイな方で、世にも珍しいくらいのひきこもり体質なんですから、致し方ありません
と、ストレートに切って捨てる。
「機転が利くとか、何かに才があるとか、そういう人じゃないのかもなあ。まあ、子供っぽくて無邪気なのも可愛いとは思うけど…」
と夕顔の君を思い出しながら呟くヒカルであった。

 それから瘧病みを患って療養に行った北山で若紫を見初めたり、回復後に「秘密の恋愛事件」があったり、それが終わったと思えば若紫奪還計画を立案実行などしたりして、超多忙であったヒカル。しばらくこちらに構う心の余裕もないまま、春と夏が過ぎた。

<末摘花 四につづく>
参考HP「源氏物語の世界」

2016年8月18日木曜日

末摘花 二

大輔の命婦の母は再婚し、夫の赴任先に同行して一緒に住んでいる。そのため命婦は、実父の家を里として内裏に通ってきていた。一で述べたように女子力高い美人であしらい上手なので、ヒカル王子も何かと重宝している女房であった。

その命婦がふとしたついでに、

「故常陸親王の末娘で、蝶よ花よと育てられていた高貴な女性が、親と死別し心細く生活している」

という話をしたところ、ヒカルはいたく心惹かれたらしく、やたらと質問攻めにしてくる。
「どのようなお方なのか、性格も見た目も、詳しくはわからないんですのよ。控えめで、滅多に人も寄せつけずいらっしゃいますので、私とて、用事がある晩などに物越しでお話するくらいなんです。琴だけが親しい友と思われていらっしゃるようですわ」
ヒカルは
「いいねー、『三つの友』(白氏文集:琴・詩・酒)てやつだね。まあ、ひとつ(酒)はナイだろうけど」
といって
「その琴、聞かせてくれない? 故・父親王は、そういった方面にはたいそう造詣が深くいらしたから、その娘とあらば並大抵の腕ではあるまい」
大輔の命婦は慌てて、
「いえいえ、さすがにそこまで仰られるほどでは……」
と否定したが、ヒカルは気になって仕方ないのか、引っ込まない。
「えらくもったいぶるねぇ。近いうち、そうだな、朧月夜にでも忍んでいこう。連れてってね♪」

あーなんだか面倒なことになっちゃったわーと話したことを後悔しきりの大輔の命婦だったが、仕方がない。仕事も立て込んでいない、のんびりとした春の日に内裏を退出し実家に戻った。父の大輔の君もまた再婚しており、この家には時々通ってくるだけだ。命婦は継母の家には寄りつかず、むしろ故・常陸姫君の家と懇意にしていた。

 ヒカルの言葉通り、十六夜の月が美しい晩であった。
「まったく困ったおふるまいですこと。それほど音の澄むような夜とも言えませんのに」
と嫌味をいっても、ヒカルにはまったくこたえない。
「もっと向こう、ほんの一声でも聞こえるように近づかせてよ。せっかくここまで来たのに、何の成果もありませんでしたー! じゃつまんないしさ」
と言うので、不本意ながら普段自分がいる部屋に入らせる。王子の身分からすると申し訳ないくらいの場所だが、致し方ない。

 大輔の命婦が姫君のおられる寝殿に参上したところ、まだ御格子も上げたまま、見事に咲き香る梅をご覧になっている。チャンス! と思い、
「お琴の音がどんなに引き立つことか、と思わずにはいられない今宵の風情に心惹かれてこちらに参りました。日頃は気ぜわしく出入りしています故、お聞かせいただくいとまがないのが残念で……如何でしょう?」
とさりげなくたたみかける。
「伯牙が琴を弾き、鐘子期が聴く、という故事のように、あなたには何も隠し立てするわけではないけれど…宮中に通われている程の方に聞かせるほどでは…」
といいつつ琴を近くに寄せる姫君。ひと事ながら、王子聞いてるかしら? どう思うかしら? とドキドキの大輔命婦。
 かすかにかき鳴らされる琴の音は、それなりに趣がある。さほど上手いというわけではないが、琴そのものが由緒正しい筋なので、悪くはない。

「これほどまでに荒れ果てた寂しい場所で、あの宮様に、ガチガチに古めかしく大事に大事に育てられたのに、今はもうその面影すらない。どれほど物思いの程を尽くしてきたのだろう。このような場所にこそ、昔物語にもありそうな色々がきっと……」
と思うにつけ、よーしちょっとコナかけてみちゃう? いやいやさすがに唐突すぎか? と珍しく腰が引けているヒカルであった。

 さて機転の利く大輔の命婦、これはあまり多くをお聞かせしないほうがアラが出ないと察して
「すこし曇ってきたようでございますね。実は、お客を待たせておりまして、あまり遅くなると嫌われてないかと心配させてしまいますので…そのうちまたゆっくりとお聞かせください。御格子下ろしておきますね~」
とまくしたて、ウヤムヤに誤魔化して帰って来た。ヒカルは
「超中途半端なとこで終わっちゃったんだけど! あれじゃなーんにもわかんないじゃん。つまんね」
と文句タラタラ。逆に関心が高まってしまった様子だ。
「どうせなら、もっと近い所で立ち聞きさせてよ!」
というが、「聞くだけで済むわけないじゃん」と思った命婦、
「お気持ちもわかりますけど……本当にひっそり静かに暮らしておられて、気の毒なほど引っ込み思案なお方なので、こちらもなかなかに気が引けますのよ」
「なるほど。それもそうだよな。いきなり会ってすぐに私とあなたお友達ー! なんてことができる人はそれなりの人ってことだし」
 ヒカル、姫君の身分の高さを思い出す。
「ならば、それとなく私の気持ちをほのめかしといてくれない? じゃ、よろしく!」
などと言い含めて、他に約束があるのか、こそこそと帰り支度をするヒカル。

「帝が王子のことを、ちょっと生真面目に過ぎるのではないか、などと度々心配しておられますがチャンチャラおかしいですわね。王子のこのようなお忍び姿、どうにかしてお見せできればよろしいのですけど」
つぶやいた声が聞こえたのか、引き返して来たヒカルは笑って
「何私は違うのよみたいな口きいちゃってんの。これくらいでチャラいとか言われたら、どっかの誰かさんなんか完全ビ〇チじゃん?」
などと憎まれ口をきく。
(一緒にしないでほしいわね全く。だけど人前でしょっちゅうこういうカウンター返されちゃうのも恥ずかしいし、黙っとこ)
 賢明な大輔命婦は口を閉ざすのだった。

 寝殿の方から姫君の気配がうかがえるかとも期待して、音をたてずにそろそろと立ち去るヒカル。透垣がわずかに折れ残っている物蔭にさしかかると、いつからそこにいたのか、男が立っている。
「誰だろう? 姫君に懸想している男がほかにもいたか?」と思い、蔭に寄り隠れて見てみると、なんと頭中将なのだった。
 この夕方、内裏より一緒に退出したのだが、ヒカルがそのまま大殿邸にも寄らず、二条院でもない方へ分かれて向かったので、あらあらどこ行くの? と好奇心がわいた頭中将、自分も立ち寄り先があったついでにストーカーよろしく後をつけ、様子をうかがっていた。地味な馬に狩衣姿という身軽な恰好で来たので、ヒカルには露ほども気づかれなかったのはいいが、見ず知らずの場所で勝手も分からず、どうしたものかと立ち尽くすしかない。そこに、かの琴の音が流れてきた。おっこれは…きっと王子が出てくるに違いない! と確信して待ち受けていたのだ。

 ヒカル王子は当初その男が誰ともわからないまま、ただ自分と知られないよう抜き足差し足で通り過ぎようとしたところ、相手が急に近寄ってきて

「置いてきぼりにされたくやしさに、お見送りに参上いたしました。
 一緒に大内山(内裏)を出ましたのに
 入る先を見せない十六夜の月のようですね


などと鬱陶しく絡んでくる。相手が頭中将とわかり、逆に笑えてしまったヒカル王子、

「しっ、人目につきますって」と怒ったふりをしながら、

どの里も分け隔てなく照らす月を空に見ても
その月が隠れる山まで尋ねてくる人は貴方くらいですよ

まったく、私があなたの後をこんなふうにつけまわしてたらどう思います?」


というと、頭中将は
「本来なら、こんなお忍び歩きには、随身(おつき)をつけてこそ埒があくってもんですよ。置いてきぼりはないでしょ。身をやつしてのお忍び歩きには、軽々な過ちも出てこようってもんです」
などと逆にお説教する始末。何なのその無駄に高度な隠密行動、ありえないわー完全ストーカーじゃん…とうんざりするものの、
そんな情報通と自認する頭中将を以てしても、あの撫子の君=夕顔と自分とが関係していたとは夢にも思っていまい。ふっふーーーんと内心ほくそ笑む腹黒のヒカル王子であった。

<末摘花 三につづく>
参考HP「源氏物語の世界」

2016年8月16日火曜日

8月に読んだ本

「アクアマリンの神殿」海堂尊

「モルフェウスの領域」の続編。コールドスリープから目覚めたアツシの青春ストーリー、といった趣だが、ちゃんと前作を踏まえた謎解きも盛り込んでいる。懐かしい顔がちらほらと、だが意外に重要な役割を以て登場したりして、ファンとしてはなかなか楽しめた。ただ、架空の話とはいえコールドスリープそのものや、目覚めの問題に関して、医学的にもう少し突っ込んでほしかった気もする。それは次回以降ってことなのかしら。涼子さんとの色々もまだありそうだし、ていうかそこが一番読みたいところ。



「刑事の子」宮部みゆき

新作ではなく、1994年10月発売の「東京下町殺人暮色」のタイトル・表紙を変えたもの。新作と紛らわしい、と批判している人も多いが、中身はさすが宮部さんという出来だし、まあ別にいいんじゃないだろうか。ただ、どうせタイトル変えるならもうちょっとひねりがほしかったかな。宮部さんだから買ったけど、このタイトルから中身の凄さは想像できない。
携帯電話もメールもラインも、中学生の世界になかった時代の話。どっちがよりマシか? と思いながら読んでいたが、道具が何であれ、ろくでもないことを考えたりやったりする人間は残念ながら今も昔も存在する。ラストシーン、止めなくていい!そのままやっておしまい!と思ったのは私だけではない・・・はず。


「ジョイランド」スティーヴンキング

年齢を重ねるとともに、円熟味が増したキング。遊園地、絵本や恐怖小説、犬、子供、超能力、海辺の家、不治の病、舞い上がる凧、嵐。ベタでカオスな世界に、ミステリーの味付けをし、ひとりのアメリカ人青年の青春物語として昇華させた。これほどてんこ盛りで密度の濃い世界に、違和感なく入りこみ、やすやすと車に乗せられてしまうのは定番のお約束だがやはり凄い。ストーリーとして新味があるというわけではないが、よく練られ整理されていると感じた。なにより、今まで読んだキング作品のすべてが、この中編にみっちりと詰め込まれていて、ファンとしては読んでいて心地よいし楽しい。
次の作品では、そこから抜け出した別のなにかを見せてくれるのではないかと期待大。

2016年8月12日金曜日

末摘花 一(オフィスにて♪)

「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん・・・あ、イタタっ」
「あら右近ちゃん、二日酔い? 薬湯いっとく?」
「朝飲んできたんだけど・・・侍従ちゃん元気ね・・・」
「私はお酌してたばっかで実は大して飲んでないのよん。少納言さんの半分、王命婦さんの五分の一くらい? いやもっと少ないかも」
「王命婦さんはザル、っていうか輪っかだから。底無しだから」
「あはは確かに。今朝遅刻ギリで慌てて廊下小走りしてたら、とっくに出勤してた王命婦さんに笑われちゃったよ」
「あの人、初参内から今まで無遅刻無欠勤なのよ。さすがはあの、いついかなるときも全員メイクバッチリ・季節とTPOに合わせたこだわりの色重ね・いかなる相手にも当意即妙の受け答え@藤壺のトップキャリアとして君臨してるだけあるわ・・・イタタ、喋りすぎると痛い・・・」
「右近ちゃん、はじっこに寄って休んでなよ。今日はなんたってウチのお局様お休みだしさ! 仕事も大して無いし、他の皆もくつろいでるし平気平気♪」
「ありがと…そうさせてもらうわ」
部屋の奥で脇息に寄りかかり、うとうとする右近。

人少なな局の中、さらさらと衣擦れの音が近づく。
眠る右近の背中にそっと寄り添い、背中をゆっくり撫でさする。着物を通しながらも、その指が肩甲骨の内側にぐっと入り込む。
あー……なにこれ。なんだか気持ちいい……
夢うつつの右近の首の後ろに、ひやりとした感触。しなやかな指先が、凝り固まったものをゆっくりと的確にほぐしていく。重く淀んだ頭がすっきりと晴れわたる。右近はふーーーっとため息をついた。
「起こしちゃった、ごめんね」
 耳に快い声、覗き込む白い顔。ふんわりと甘い香り。
「…あ。やっぱり…?」
「うふふ、お久しぶり。昨日は随分飲んだみたいね。全身ガッチガチだったわよ」
うーん、と伸びをする右近。
「嘘みたい、頭痛が消えたし体も軽い! ありがとう!」
 どういたしまして、と髪を揺らす。涼やかな目元から、人を惹きつけずにはおかない微笑みが匂い立つ。侍従が気づいて駆け寄ってきた。
「右近ちゃん、大丈夫? …あっ」
「こんにちは。初めまして…よね?」
「侍従ちゃんは初めてね。侍従ちゃん、大輔の命婦さんよ」
「やっぱり! きゃー感激! こんにちは、お会いできて光栄ですう」
「ふふ、ありがとう。こちらこそお会いできて嬉しいわ、右近さんから可愛い後輩のお話はよく聞いていたから」
「いやーん可愛いだなんてそんな! 大輔の命婦さん、お噂どおり・・・いや噂よりずっとずっといろっぽくてキレイー!」
「侍従ちゃん落ち着いて。ほらお茶でもお出しして」
「あらいいのよーお構いなく。ちょっとお借りしたいものがあって寄っただけなの。椿油の在庫あります? ちょっと切らしてしまって」
「ありますあります! すぐ取ってきます! あっお茶もっ!」
 光の速さでその場から消える侍従。
「侍従ちゃんたら・・・いつもあのくらい素早く動けば叱られないのに。ところで椿油はヒカル王子の?」
「もちろん。ヒカルさまったら、ここの他には藤壺と内裏でしか使ってない最高級の椿油じゃないとイヤだって仰るんだもの。数日あれば届くのに・・・ほんと我儘で困っちゃうわ」
「なるほど。さてはまたどこへやらお出かけ? いやね、ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「さすがは右近さん、情報が早いわ。その通り、今夜どうしてもってきかなくて」
「あら・・・」
「エエエエエーーー! お、王子とデートですかあっ!」
「侍従ちゃん、声大きすぎ」
「あら、ありがとう。こんなにたくさん・・・いいの?」
「い、いいんですっ。大輔の命婦さんにお貸ししたっていえばウチのお局様なーんにもいわないですから! ていうか、でででデートなんですか?!」
「違うわよ侍従ちゃん。ごめんね大輔の命婦さん、うるさくて」
「うふふ、いいのよ。ほんと侍従ちゃんて可愛い。もっとゆっくりお話したいけど、もうそろそろ王子が戻ってくるので失礼させてもらうわね。今夜の件が落ち着いたら、ぜひ私も女子会に参加させて?」
 大輔の命婦の白くしなやかな指が、さりげなく侍従の肩に触れる。あははははいっ、もちろんっ、とテンパる侍従の顔は真っ赤だ。
「右近さん、またお文でも送るわね。では、ごきげんよう」
 艶然と微笑み、優雅な身のこなしで颯爽と去っていく大輔の命婦。

「はあー、ほんと軽くなったわー体中が。さすが王子も認めるゴッドハンドね・・・、侍従ちゃん、だいじょぶ?」
「・・・(呆然)」
「あの人、指から何かオーラっていうかビーム出てるからね。やられたわね(笑)」
「う、うん・・・ビビビっときた! 来ちゃった! 何あのエロさ! 可愛さ! 近づくとすっごいいい匂いするし声もいい感じにほわーんて、近くにいるだけで何かきもちいい・・・女子だけどあれは惚れてまうわ! 王子、あんな人に毎日お世話してもらっちゃっててなんともないの?!いくら乳母姉妹とはいえ・・・凄すぎでしょ」
「大輔の命婦さんって、皇族の血を引く兵部大輔さまの娘さんなのよね。家柄がいいから内裏にお勤めできて、その上にあの女子力。昔からモテまくりだけど二股とかはしない、常に彼氏が絶えないタイプ。だからこそ王子みたいな、無理筋とはうまく距離を保つのよね」
「なるほど・・・確かに、王子にすぐ夢中になっちゃうような子だったら仕事に差し支えるもんね。うーん凄い、まさにリア充のお手本。で、今夜の件て何?」
「そんなに目キラキラさせないで(笑)王子がまた、例の虫が騒ぎ出したって話だから」
「はあああ? 懲りないわね・・・超絶美女の正妻さんや、超絶可愛い若紫ちゃんがいて、普段はあの大輔の命婦さんがお世話をして、て状態なのにこの上また?」
「お相手は故・常陸親王の忘れ形見だって」
「あーもう! なるほど! またアレよ、世に知られないところにひっそり暮らすじつは身分の高い薄幸の美女、てやつ。そういうのに弱いわよねー男って!」
「・・・んー、まあ・・・そう、ね」
「何笑ってんの右近ちゃん」

<末摘花 二につづく>
参考HP「源氏物語の世界」