2016年8月23日火曜日

8月に読んだ本 2

「鬼談百景」小野不由美

「残穢」とセットで読むとちょうど百話となる、現代の怪談。新耳袋を全巻揃えている私としては、内容的には割とお馴染みであったが、「物語」というものが字面のとおり「語る」ものだということを改めて実感。
小野さんの文章には、書き手自身の感情をうかがわせるような言い方はほとんどない。かといって無味乾燥ではなく、余計なものをそぎ取ったシンプルな語り口が、かえって心に響いてくる。この本のような、短くまとまった話の集まりでは、その効果が一段と効いてくる。漫談より怪談の方が、人の心を癒すというが、整然としたつくりの中にあるからこそ感じ取れるわずかな綻びというか、尖ったささくれのようなものは、思っている以上に有用な刺激となるのかもしれない。
こちらも「残穢」と同じく映画になるらしいが、できれば二本立てにしてもらえると助かる(笑)色々と怖すぎるか? でも、けっこう人入るんじゃないかなあ。私なら行く。

「はなとゆめ」冲方丁

平安の女流文学トップ2の一人、清少納言についての物語って…橋本治さんの桃尻語訳枕草子くらいしか読んだことない。(それにしてもすごいタイトルだ、今考えると)教科書にも載ってる「枕草子」にしても、正直、自慢話と愚痴が多いなー、しかし日本で初めてコラム書いた・しかも女性ってことで評価高いのかなーなどと思っていた。
冲方さんの描く清少納言は、頭がよく機転も利くが、決して自信満々のシャキシャキキャリアウーマンといった風ではなく、恥ずかしがりやで、褒められると素直に喜んで舞い上がる、打たれ弱くてすぐ凹む、ごく普通の女性だった。ただ一途に中宮定子を慕い、不遇な状況になってもなお献身的に仕えるあたり、尋常でない芯の強さがうかがえる。
紫式部の日記には、清少納言に対する結構なワルクチが書いてあったりするが、二人は同時に並び立っていたわけではない。紫式部が中宮彰子の女房として内裏に入ったのは、清少納言が去ったあとだった。が、野心たっぷりの藤原道長がかつての中宮・定子とその女房たちに追いつき追い越せとばかりに入内させた彰子のもと、選りすぐられた超・優秀な女房たちの一人としてのプレッシャーは半端なかっただろうし、さらに「同じ物書き」として、全然作風もジャンルも違う、おそらく才覚においては格下の清少納言と、常に比較され続けたとしたら、本当にたまったもんじゃなかっただろう。
もう「無い」ものにはマイナスのつけようがなく、それどころか「枕草子」によりどんどん良いイメージがプラスされていくばかりで、後から来た者は永遠に追いつけない。道長に追い落とされた側である清少納言が、こうなることを読んで「いかに中宮定子とその女房達が綾なす世界が素晴らしかったか」ばかりを書いてたのだとしたら、相当のイケズだ。才女・紫式部が「あの女…大したタマよね」と思わず吐き捨てる程イラっときたのも、わからんでもない。
それにしてもここまで女の機微がわかる冲方さん、何でやらかしちゃったし…と残念でならない。物書きは性格がよかろうが悪かろうが、道徳的だろうがそうでなかろうが、作品が面白ければ読む側としては気にしないので、早く戻ってきてどんどん書いてほしい! お待ちしております。

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