おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

末摘花 二

2016年8月18日  2022年6月8日 
大輔の命婦の母は再婚し、夫の赴任先に同行して一緒に住んでいる。そのため命婦は、実父の家を里として内裏に通ってきていた。一で述べたように女子力高い美人であしらい上手なので、ヒカル王子も何かと重宝している女房であった。

その命婦がふとしたついでに、

「故常陸親王の末娘で、蝶よ花よと育てられていた高貴な女性が、親と死別し心細く生活している」

という話をしたところ、ヒカルはいたく心惹かれたらしく、やたらと質問攻めにしてくる。
「どのようなお方なのか、性格も見た目も、詳しくはわからないんですのよ。控えめで、滅多に人も寄せつけずいらっしゃいますので、私とて、用事がある晩などに物越しでお話するくらいなんです。琴だけが親しい友と思われていらっしゃるようですわ」
ヒカルは
「いいねー、『三つの友』(白氏文集:琴・詩・酒)てやつだね。まあ、ひとつ(酒)はナイだろうけど」
といって
「その琴、聞かせてくれない? 故・父親王は、そういった方面にはたいそう造詣が深くいらしたから、その娘とあらば並大抵の腕ではあるまい」
大輔の命婦は慌てて、
「いえいえ、さすがにそこまで仰られるほどでは……」
と否定したが、ヒカルは気になって仕方ないのか、引っ込まない。
「えらくもったいぶるねぇ。近いうち、そうだな、朧月夜にでも忍んでいこう。連れてってね♪」

あーなんだか面倒なことになっちゃったわーと話したことを後悔しきりの大輔の命婦だったが、仕方がない。仕事も立て込んでいない、のんびりとした春の日に内裏を退出し実家に戻った。父の大輔の君もまた再婚しており、この家には時々通ってくるだけだ。命婦は継母の家には寄りつかず、むしろ故・常陸姫君の家と懇意にしていた。

 ヒカルの言葉通り、十六夜の月が美しい晩であった。
「まったく困ったおふるまいですこと。それほど音の澄むような夜とも言えませんのに」
と嫌味をいっても、ヒカルにはまったくこたえない。
「もっと向こう、ほんの一声でも聞こえるように近づかせてよ。せっかくここまで来たのに、何の成果もありませんでしたー! じゃつまんないしさ」
と言うので、不本意ながら普段自分がいる部屋に入らせる。王子の身分からすると申し訳ないくらいの場所だが、致し方ない。

 大輔の命婦が姫君のおられる寝殿に参上したところ、まだ御格子も上げたまま、見事に咲き香る梅をご覧になっている。チャンス! と思い、
「お琴の音がどんなに引き立つことか、と思わずにはいられない今宵の風情に心惹かれてこちらに参りました。日頃は気ぜわしく出入りしています故、お聞かせいただくいとまがないのが残念で……如何でしょう?」
とさりげなくたたみかける。
「伯牙が琴を弾き、鐘子期が聴く、という故事のように、あなたには何も隠し立てするわけではないけれど…宮中に通われている程の方に聞かせるほどでは…」
といいつつ琴を近くに寄せる姫君。ひと事ながら、王子聞いてるかしら? どう思うかしら? とドキドキの大輔命婦。
 かすかにかき鳴らされる琴の音は、それなりに趣がある。さほど上手いというわけではないが、琴そのものが由緒正しい筋なので、悪くはない。

「これほどまでに荒れ果てた寂しい場所で、あの宮様に、ガチガチに古めかしく大事に大事に育てられたのに、今はもうその面影すらない。どれほど物思いの程を尽くしてきたのだろう。このような場所にこそ、昔物語にもありそうな色々がきっと……」
と思うにつけ、よーしちょっとコナかけてみちゃう? いやいやさすがに唐突すぎか? と珍しく腰が引けているヒカルであった。

 さて機転の利く大輔の命婦、これはあまり多くをお聞かせしないほうがアラが出ないと察して
「すこし曇ってきたようでございますね。実は、お客を待たせておりまして、あまり遅くなると嫌われてないかと心配させてしまいますので…そのうちまたゆっくりとお聞かせください。御格子下ろしておきますね~」
とまくしたて、ウヤムヤに誤魔化して帰って来た。ヒカルは
「超中途半端なとこで終わっちゃったんだけど! あれじゃなーんにもわかんないじゃん。つまんね」
と文句タラタラ。逆に関心が高まってしまった様子だ。
「どうせなら、もっと近い所で立ち聞きさせてよ!」
というが、「聞くだけで済むわけないじゃん」と思った命婦、
「お気持ちもわかりますけど……本当にひっそり静かに暮らしておられて、気の毒なほど引っ込み思案なお方なので、こちらもなかなかに気が引けますのよ」
「なるほど。それもそうだよな。いきなり会ってすぐに私とあなたお友達ー! なんてことができる人はそれなりの人ってことだし」
 ヒカル、姫君の身分の高さを思い出す。
「ならば、それとなく私の気持ちをほのめかしといてくれない? じゃ、よろしく!」
などと言い含めて、他に約束があるのか、こそこそと帰り支度をするヒカル。

「帝が王子のことを、ちょっと生真面目に過ぎるのではないか、などと度々心配しておられますがチャンチャラおかしいですわね。王子のこのようなお忍び姿、どうにかしてお見せできればよろしいのですけど」
つぶやいた声が聞こえたのか、引き返して来たヒカルは笑って
「何私は違うのよみたいな口きいちゃってんの。これくらいでチャラいとか言われたら、どっかの誰かさんなんか完全ビ〇チじゃん?」
などと憎まれ口をきく。
(一緒にしないでほしいわね全く。だけど人前でしょっちゅうこういうカウンター返されちゃうのも恥ずかしいし、黙っとこ)
 賢明な大輔命婦は口を閉ざすのだった。

 寝殿の方から姫君の気配がうかがえるかとも期待して、音をたてずにそろそろと立ち去るヒカル。透垣がわずかに折れ残っている物蔭にさしかかると、いつからそこにいたのか、男が立っている。
「誰だろう? 姫君に懸想している男がほかにもいたか?」と思い、蔭に寄り隠れて見てみると、なんと頭中将なのだった。
 この夕方、内裏より一緒に退出したのだが、ヒカルがそのまま大殿邸にも寄らず、二条院でもない方へ分かれて向かったので、あらあらどこ行くの? と好奇心がわいた頭中将、自分も立ち寄り先があったついでにストーカーよろしく後をつけ、様子をうかがっていた。地味な馬に狩衣姿という身軽な恰好で来たので、ヒカルには露ほども気づかれなかったのはいいが、見ず知らずの場所で勝手も分からず、どうしたものかと立ち尽くすしかない。そこに、かの琴の音が流れてきた。おっこれは…きっと王子が出てくるに違いない! と確信して待ち受けていたのだ。

 ヒカル王子は当初その男が誰ともわからないまま、ただ自分と知られないよう抜き足差し足で通り過ぎようとしたところ、相手が急に近寄ってきて

「置いてきぼりにされたくやしさに、お見送りに参上いたしました。
 一緒に大内山(内裏)を出ましたのに
 入る先を見せない十六夜の月のようですね


などと鬱陶しく絡んでくる。相手が頭中将とわかり、逆に笑えてしまったヒカル王子、

「しっ、人目につきますって」と怒ったふりをしながら、

どの里も分け隔てなく照らす月を空に見ても
その月が隠れる山まで尋ねてくる人は貴方くらいですよ

まったく、私があなたの後をこんなふうにつけまわしてたらどう思います?」


というと、頭中将は
「本来なら、こんなお忍び歩きには、随身(おつき)をつけてこそ埒があくってもんですよ。置いてきぼりはないでしょ。身をやつしてのお忍び歩きには、軽々な過ちも出てこようってもんです」
などと逆にお説教する始末。何なのその無駄に高度な隠密行動、ありえないわー完全ストーカーじゃん…とうんざりするものの、
そんな情報通と自認する頭中将を以てしても、あの撫子の君=夕顔と自分とが関係していたとは夢にも思っていまい。ふっふーーーんと内心ほくそ笑む腹黒のヒカル王子であった。

<末摘花 三につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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