2016年8月22日月曜日

末摘花 三

 ヒカル王子も頭中将も、その晩約束していた女がいたが、それぞれ分かれ行くのはさすがにお互い気恥ずかしくて出来ず、一つ車に乗り、雲隠れした月の下、風情たっぷりな道中を、笛を吹き合わせながら大殿邸(頭中将の実家=ヒカル正妻の家)へと向かう。
 先払いもせずこっそり邸内に入り、人目につかない渡殿に直衣など持ってこさせて着替えた。何食わぬ顔で今来た風を装い、笛など吹きすさんでいるのを、舅の左大臣が聞き逃すはずもなく、高麗笛を持ち出しヒカルに手渡す。こちらの笛も器用に、だがしっとりと吹いてみせる。琴も取り寄せ、御簾の内の、楽器に堪能な女房たちに弾かせる。
 中務の君という女房は、優れた琵琶の弾き手であったが、頭中将から、ごくまれにしか来ないヒカルの方に乗り換えてよろしくやっていたので、大奥様のお覚えがめでたくない。この宴に浮かれるわけにもいかず、いたたまれない心持ちで、ぼんやり物に寄り伏している。かといってまったく目に入らない場所に離れてしまうのも寂しいし…などと思い乱れていた。

 いっぽう若者二人は、先ほどの琴の音を思い浮かべて、あのみすぼらしい様子の邸宅さえ一周回って逆にいい感じじゃなーい? などと妄想に走る。
「もしもああいう場所に、美人で可憐な女子がひとり寂しく年月を重ねていたとして…その子に惚れちゃったりして…のめりこんだりしちゃったら…うーん、世間が黙ってないだろうし、体裁は悪いだろうなあ」 頭中将の妄想は止まらない。「あんなところ」に通っているヒカル王子、「絶対ただじゃ済まないな」などと面白半分な心配を巡らせるのだった。

 その後、ヒカルはもちろんのこと頭中将も文を送ったものの、返事がない。二人とも、いつもと勝手が違うぞ???と困惑しきりだ。
「ちょっとー、酷くね? あんな清貧っていうか地味ーな生活をしているような人なら、ちょっとした草木や空模様につけても何か面白味っていうか、風情を見出すもんじゃないの? それでご本人の心ばえっていうかさ、魅力? あっこんな可愛いとこあるんだーなんてことが自然と垣間見えるってもんでしょうに。重々しいご身分ていったって、ここまでシャットアウトされちゃうと興ざめっていうか…なんだかなって感じだよねー」
と、頭中将はヒカル以上にやきもきしていた。いつもの如く馴れ馴れしく
「ヒカル王子、例のところからはなんか言ってきた? 私も試しに文出してみたんだけどさ、なーんか…尻すぼみって感じで」
と残念がる。
(ほうほう、やっぱり送ってたんだな)
とヒカルほくそ笑んで、
「さあね…しいて見たいとも思わないけど、たぶんウチにも来てんじゃないかな」
と興味なさげに答えてみせる。
「なんだよーはぐらかしちゃって!」
と悔しがる頭中将。
 ヒカルとしても、たいして深くも思っていないとはいえ、ここまで徹底無視・スルーされるのはさすがに良い気はしないし、頭中将が熱心に言い寄っている風なのをみて
(女ってマメに言葉をかけてくれるほうに靡くよね。後から来た中将にかっさらわれるなんてことになったら面白くないな)
と心配にもなり、大輔の命婦に相談することにした。

「いつまでもはっきりしない、余所余所しい対応でほんと辛いんだけどどうにかなんないの? どうせチャラい気持ちだとお疑いなんだよね? いくら何でも、そんなソッコーで心変わりするわけないよ。あの方が心を閉じてるおかげで、お文のやりとりすらままならないし、そのうち周りから見たらこっちに何か悪いとこがあるんじゃね? てことになりかねない。家族のごたごたとかがない、なんの気兼ねもなく暮らす人はふつうもっとおおらかなもんだと思うんだけど
と文句タラタラの王子に、命婦、
「だからー、王子の仰るような趣あるお立ち寄り所とはいえませんよ、ふさわしくも思えないって最初から申し上げてましてよ? ホントのホントに、超がつくシャイな方で、世にも珍しいくらいのひきこもり体質なんですから、致し方ありません
と、ストレートに切って捨てる。
「機転が利くとか、何かに才があるとか、そういう人じゃないのかもなあ。まあ、子供っぽくて無邪気なのも可愛いとは思うけど…」
と夕顔の君を思い出しながら呟くヒカルであった。

 それから瘧病みを患って療養に行った北山で若紫を見初めたり、回復後に「秘密の恋愛事件」があったり、それが終わったと思えば若紫奪還計画を立案実行などしたりして、超多忙であったヒカル。しばらくこちらに構う心の余裕もないまま、春と夏が過ぎた。

<末摘花 四につづく>
参考HP「源氏物語の世界」

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