2010年1月27日水曜日

一月に読んだ本 その二

「イノセント・ゲリラの祝祭」海堂尊

「チームバチスタ」から続いている白鳥・田口シリーズ。長女もファンで、二人してせっせと読んでいる。今回の敵は厚労省。てか以前から敵、ではあったのだろうが、ガチンコはこれが初めて、かも。
いわゆる「全然具体策が決まらない不毛な会議」の様子が克明に描かれていてたのしい。長々話してるんだけど中身すっからかん、てか何言ってるかわからん、質問しても答えが的外れ、とか。ちょっとでも組織の中にいた人であれば、あるあるある、と頷きたくなる。
「ノーフォールト」もそうだが、現役の医師が現状にたまりかねて書き上げた小説は一種の熱があって非常に面白いし読み応えがある。自分の書くものが、実際に何かを動かす力に成り得る・・・さぞかし書き甲斐があることだろう。非常に羨ましい。
おさ子はお医者さんたちを応援しております。厳しい状況ではありますが、挫けず頑張ってくださいませ。

2010年1月15日金曜日

1月に観た映画(DVD含む) その1

自宅から徒歩五分という至近距離に「○タヤ」があるので、子どもが小さい頃はノンタンやらトーマスやら乗り物たんけんたいやら、それはお世話になったものであった。このところお子様たちも成長してきた&アニメ・漫画の類はほぼ観尽くした、こともありしばらくご無沙汰していたのだが、最近俄然音楽を聴きだした長女の、iPodに入れるためのCDをみつくろったついでに借りたのがこれ。
で、休みの日に旦那と観たんだが、エンドロールが出た瞬間に二人して叫んだ「くっだらねえ!(笑)」。

左の画像からわかるように、特に映画に詳しい人でなくても顔だけは知っているような超有名俳優がほとんどである。おそらくギャラもハンパない。そんな超贅沢なキャスティングで、超ショボイ設定を超緻密かつ大真面目に組み立てた結果、思わず叫んでしまうほどの超くだらない映画が出来上がった(褒めている)。ハリウッドB級クライムサスペンス好きの人なら、きっとアレだとわかるような「いかにも」なエピソード、画面づくり。ああ、私がもっと映画オタクだったらもっと面白さがわかるのにとやや悔しい気持ちになる。要するにハリウッドをかなり皮肉った映画なのである。

もっとも「おお!」と思ったのは、ブラピが殺される場面。カッコイイはずのブラピが、全然カッコよくなく、何を言う暇もなくあっさりと射殺されてしまう。普通のアクション映画では見過ごしてしまうような「銃による殺人場面」を、無様にかつショッキングに描写している。おかげさまであの変な笑顔が頭に貼りついて離れない。それも計算ずくだとしたら(そうなんだろうけど)コーエン兄弟、おそるべし、である。

2010年1月12日火曜日

一月に読んだ本 その一

「野口健が聞いた英霊の声なき声」戦没者遺骨収集のいま

世界的なアルピニスト・野口健さんが、戦没者遺骨収集に関わっている、ということを知っている人はどれくらいいるだろうか?
戦争体験のない三十代の野口氏は、登山で死にかけたことをきっかけに、異国の地で死ぬことの孤独を知った。「待てよ、戦争で亡くなった人たちは一体どうなっているんだ?」
思いを形にするべく、積極的に仲間を得、ともに根気強く国に働きかけた結果、制度の不具合は是正され、民間組織の動きは格段に良くなり、収集数も飛躍的に伸びたという。
「思っているだけではだめだ。まず現場に行く。動いてみて考える。考えたらまた動く。それで何かが変わるはずだ」
耳が痛い。それというのも私は以前、沖縄の遺骨収集をテーマに小説を書いたことがあるのだが、えらく中途半端なシロモノだったから。野口氏の行動力を見習い、いっちょ書き直してみるか?
遺骨収集事業は、当時を知る人の高齢化も進み、あと五年が勝負らしい。心から応援したい。

「妖怪大戦争」荒俣宏                 

映画化もされた、ややお子様向けの作品。だが水木しげるへのリスペクトがそこここに見られ、初期の「ゲゲゲ」世代にも楽しい。妖怪たちは誰もかれも呑気で怠け者で超弱くて、とても外からやってくる妖怪に敵わない。救い主の子どもも、弱虫泣き虫。頼みの綱の霊剣も、敵の攻撃であっさりポキン。おいおい大丈夫か?
折れた剣を直すのに「一本だたら」という妖怪の技術が必要・・・なるほどこれはやはり全き日本の物語だと確信。そうそう何でも日本風にアレンジしたったらええねん。
ところで悪役二人の関係がかなりエロい。ここだけ子供向けじゃないぞ。




「誰か」宮部みゆき

自転車にぶつかられて死んでしまった元運転手を巡る人間ドラマ。いわゆる「逆玉」に乗った主人公の男の「完全無欠な人生」への漠とした不安の描写が秀逸。多分一般人からしたら「甘い」「贅沢」「ヌルイ」と一刀両断にされるようなたぐいのもので、本人もそこは承知している。故に表に出すことはない。だが作品中の一般人には、それをいけすかない余裕と嗅ぎとられ、散々言いたい放題されてしまうのである。
大企業のトップである義父も含め、人もうらやむような位置にいる人は、このような圧倒的な孤独に耐えねばならないのだろう。辛そうだがちょっと憧れる。そう、主人公は「頼りないマスオさん」タイプにも関わらず何となくカッコイイのだ、言い訳しないところ、幸せに溺れ切っていないところ、とかが。

それにしても全然脈絡のないラインナップだ。まあいつものことではあるが。

2010年1月4日月曜日

新年明けましておめでとうございます


当ブログをご贔屓の方、たまたま立ち寄られた方、如何なるご縁か知れませぬが、本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。

というわけで、突然ですが年末ギリギリに読んだ本のご紹介。

「のぼうの城」和田竜

以前から実家にあり、義姉が絶賛していたので、いつか読もうと思い続けてはや二年? ついに読破。
「将器」=人の上に立つ者の器、なのであろうが、それがどんなものかというのが明確にかつ気持ちよく理解できる書であった。
主人公はむしろ丹波、なのかもしれないがその丹波がいただく主君である長親は、百姓たちにも「のぼう様(でくのぼう、の意)」などと呼ばれるほどの天然ボケ&無能な男。だがその実……という話なのだが、これがなかなか痛快で、日本人なら誰もが持つある琴線に触れるのだ。なーんにも動かない、ようにみえる長親の周りで、面白いように、動くべき人物が動くべき時節で適切に動く。人を動かすというのはこのようなことであるなあとキレイに腑に落ちるのだ。世間の、快作という評も頷ける。

満足して本を閉じたあと、ふと思う。ここでいう「将器」って、作家に不可欠なものではないか?
己が直接にことに関わることなく、他を動かす。それをやるにはまず全体を見渡せていなければならないし、人物をすべて理解しつくしていなければならない。ということは目指せ「のぼう様」なのか。

と書いたところで、昨日観た「龍馬伝」をも思い出す。龍馬もまた「将器」を持つ人物だ。
どちらも、国の危機にあたりはじめてその才が活きた。
2010年、日本にもそういう人物が現れればよいが。

ちなみにヒロスエ、十代の役はちとキツイ。「坂の上の雲」のカンノちゃんは似合っていたけどなあ。演技力の差か。