2015年11月11日水曜日

10月に読んだ本

「ドクター・スリープ」スティーヴン・キング

「シャイニング」の続編。こちらは発売してわりとすぐに購入していたが、じっくり堪能したく、非常にのろのろと読んだ。

かがやきを持つ少年・ダンも中年にさしかかり、父と同じ問題を抱え鬱々とした日々を送っていたが、ある母子との出会いが転機となり、荒んだ生活にピリオドを打つ決心をする。新天地での生活を始めたダンは、その能力により死にゆく人間を看取る仕事につく。少しずつまともな人生を歩み始めたダンに、同じ「かがやき」の力を持つ少女からのメッセージが…

いつものごとく長い前置きも、昔からの知り合いの消息を久しぶりに聞くような気持ちで楽しく読めた(むしろこの前置き部分が好き)。少女アブラが出てきてからもしばらくゆったりな流れが続くが、途中からいつものごとく怒涛の展開。後半は我慢できず一気読み。しかし、しかしだ。敵(ラスボス)との対決がなんだかあっけない。長く生き延びてきた一族にしちゃ弱すぎだぞ!もっとしぶとく頑張れよ!と思わず同情してしまうくらい。
このトゥルーロットの人たちの、ある意味脆弱さは、食べ物を手に入れるのに手間がかかりすぎることが一番の原因だと思う。もうちょっとうまくやれなかったのか。どうせならいたいけな子供を犠牲にするのではなく、極悪人とか他人の迷惑になる人たちとかをターゲットにしていれば、普通の人が味方につくこともあったろうし、十分生き残っていけたのではないんだろうか。

むしろ現実のほうが怖い。アメリカで毎年行方不明になる大勢の子供たちをどうにかしているのは、実際には、生きるためにそうせざるをえない化物の一族ではなく、紛れもなく普通の人間。過去に起きた酷い事件を列挙するネットの記事のコメントに「今こうしている間にも、どこかでとんでもなく惨たらしい苦痛を受け殺される人間が存在しているかもしれない。自分はそういう世界の中で生きている、と考えるとすごく怖い」というのがあったが、本当にその通り。因果応報とか自業自得とかではなく、単純に運だけ、つまり誰にとっても起こりうる話だと考えると怖ろしい。現実世界は怖すぎる。

話がズレたが、まあ面白かった。が、上記の理由で全然怖くない。シャイニングもう一回読みたい。


「続・竹林はるか遠く」ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ


さてこちらはそういった「怖い現実」のひとつ。
「竹林はるか遠く」では、逃げおおせるまでの過酷な状況もさることながら、無事日本に帰り着いたあとの、同じ日本人からの仕打ちもかなり酷かった。
続編のこちらでも、負けず劣らずとんでもなく辛い現実が、母を亡くし残された兄妹を打ちのめす。仮住まいの倉庫が火事で焼け、家主夫婦は死亡。住むところがなくなったうえに、姉は長期入院。そればかりか放火と窃盗の疑いすらかけられてしまう。そんな中でも女学校に通うヨーコに、壮絶なイジメが襲う…

放火と窃盗の容疑がかかり、やがてそれが晴らされるくだりは、よくできたミステリー小説のようで、むしろ書き手のヨーコさん自身十分に楽しんで書いている気がする。とにかくたくましい。イジメっ子から投げつけられたマグロの頭をすかさず拾って夕飯のあてにするあたり痛快だ。

このヨーコさんのもっとも強いところは、いろいろ辛いことをされても、決してその理由を
◯◯人だから
というひとくくりにしないところだ。
もしかしたら、当時はそのような考え方をしていたのかもしれない。現に、現在の夫となる人(米軍兵士)と出会った当初、ヨーコさんは
「日本に酷いことをした敵国の人間だから友達になれない」
と言ってしまった。それを聞いた父親は
「日本のことわざに『昨日の敵は今日の友』があるだろう。そうじゃなかったら、どうやって平和を維持していくことができるんだね?今度その兵士に会ったら、心から謝りなさい」
と真剣に娘を諭す。
自身も戦争のせいで全てを失い、言うに言えない苦労をしてきただろうに、そのような言葉を娘にかけることができる父親は只者ではない。兄と姉の手先の器用さ、事業者としての能力の高さにも舌をまく。何よりお互いに甘えることなく、自立しながらも支えあって、悪い状況を克服し生きていく力が半端ない。このような素晴らしい家族から愛情をたっぷり受けて育ったヨーコさんだからこそ、どんな境遇でも誇りを失わず、強くたくましく生きていくことができたのだろう。

中学生の次女が夢中で読んでいたので感想を聞いたら、イジメがエグいね、なんでこんなにいじめるわけ?と言うので、おそらくあの当時満州で成功してた人はかなりお金持ちだったから、相当妬まれてたんじゃないか、それの裏返しじゃないの、と答えたら
「なるほど。あとさやっぱり、この子すっごい可愛かったんじゃないの?!」
だと。確かに一作目の子供の頃の写真も、今作のお年を召した頃の写真も、細面の目鼻立ち整った美人さん。女子って怖い。

2015年11月10日火曜日

9月に読んだ本

最近いろいろ読みすぎてカオス。

「ペテロの葬列」宮部みゆき
「誰か」「名もなき毒」に続く三部作の最後。以下、かなりのネタバレ注意。

誰もが羨む立場にありながら、ひけらかすことなく、あくまで地味に目立たず、誰にでも誠意を以て接する杉村三郎。誰がみても「いい人」であるのに、なぜかトラブルに巻き込まれる。いやむしろ自分からトラブルに飛び込んでいく。その理由と、顚末が本作で明らかになる。「名もなき毒」では、誠実であろうとする姿勢がかえって毒の触媒になる、というような感想を抱いたが、今度は触媒どころの話ではない。度を過ぎた「善」は、強烈な「毒」そのものだ。

すべてを持っているのに、傲慢なところが欠片も見えない・見せないというのは、いってみれば最大級の傲慢である。そういった振る舞いをする必要性を感じない=自分の敵になるような者はいないと宣言しているようなものだからだ。つまりまったく周囲の人間を相手にしていない。見下すというのとはちがう、もっと悪い。誰に対しても根底のところで関心がないのだ、それはもう酷薄なまでに。
バスジャックの犯人から託された金は、贖罪というよりは、人質全員に対して、各々の良心の問題、生き方の問題を問いかけた。多くの人を巧妙に騙し金をむしり取ってきた犯人が、杉村を「まとめ役」としたのは、単に操りやすくするためのテクニックのひとつだったのか、それとももっと深いところで、杉村の真の姿が見えていたのか。

「まとめ役」という役割は事件後も生きたまま、杉村はいつものごとくそつなく役をこなす。決して押し付けがましくなく、威張ることもなく、できるだけ公正な立場を保って。その結果、終わったはずの事件は、関係者全員を巻き込んで続く。杉村は「まとめ役」から積極的に降りようとしなかった。皆が自分を頼るまま、頼らざるを得ないように立ち回った。

杉村は「名もなき毒」の事件で「家族の絆を深めた」のではない。むしろ家族から逃げるための格好の手段を見出したのだ。前回とは違って家族には全く関係のない事件の「真相を解明する」ことにこだわり、家族は「危険から守るために」という名目で一切関わらせない。その冷たさ・無関心さを早くから察していた妻は、夫との関係性自体を完膚なきまでに破壊する行動に出る。絶対に自分の方を向かない夫に対する、最後のプライドと、最後の愛情表現。復讐では決してない。その関係性からぬけ出すことが、夫の真の望みだったから。

そう、杉村さんってかなりの問題人物だ。意識的かどうかにかかわらず、周囲に知らず知らず影響を与え、操り、結果的に自分の思う方向に持っていく。しかも相手に「誘導された」と感じさせない、あくまで本人の自発的な言動であると思わせる。洗脳というほどではないが、人心操作にとんでもなく長けている。それが人並み外れて善良で、大人しい誠実そうな外見と物腰をもってして、だからかなり厄介で、怖い人だ。
物語終盤での井手とのやりとりでは、誰が見ても嫌なやつだったはずの井手のほうが、よほど人間らしい温かみをみせつけた。冷静に事態に対処しようとする杉村さんのいうことはどうしようもなく正論なのだが、この局面では上滑りするばかり。「きれいごとばかり言って!」井手の感情に任せた叫びが真実を衝いている。

この三部作で、杉村三郎という善良で無害な顔をした「最強の毒」が完成した。宮部さん、是非シリーズ化を。

「サボタージュマニュアル」組織を壊すための工作方法
米国戦略諜報局(OSS)

さてそういう杉村さんの戦略?をマニュアル化したようなこの本。
第一次世界大戦後に各国で活発になったプロパガンダ戦に対応するため米国で創られた組織がOSS(米国戦略情報局)。その後CIAに発展していくこの組織が活動の一環として作った
「一般市民向けのレジスタンス活動支援マニュアル」
だそうである。
そういえばスイスの「民間防衛」にもこの手の対策マニュアルは記載されている。さて日本ではこういう情報戦の重要性は一般市民レベルで認識されているんだろうかと考えるとかなり心もとない。

本の構成としてはちょうど半分に分かれており、前半が内容の説明、本編は後半。それぞれ50~60頁くらいで、すぐ読めるし、わかりやすい。特に本編のマニュアル部分、指示がかなり具体的で細かいのに驚く。すぐに結果が出る大きな動きは、リスクが高い上に目立ちすぎて事が成る前に潰される可能性が高い。故意なのか過失なのか、損失が出るか出ないか微妙なラインを長く、気付かれない程度に少しずつ行うことで大きな組織の瓦解を狙う、というのは相当怖い話だが、実際には人間には感情というものがあるから、これほど冷徹に理性を保って地味な作業を黙って続けてられるかどうかは大いに疑問。してみると、杉村さんみたいなタイプはさぞかし優秀な工作員になれるんだろうなあ。

「年表で読む日本近現代史」渡部昇一

高校時代までの歴史授業では、この辺はかなり駆け足で、ほとんど記憶に無い。実際の入試問題も、出るのは江戸時代以前がほとんどだった。
「年表で読む」と銘打ってあるとおり、明治維新から2014年まで(!)ほぼ一年ごとに見開き二頁で解説してあり、文章も簡潔かつ平易で非常に読みやすい。中高生で十分理解できると思われる。
ので子どもたちのためにも買ったのだが、全然読んでくれません(泣)
まあ、詰め込みを一旦やって大まかな流れを理解してからじゃないと、こういう本の価値はわからないかもなあ。

というわけで言葉だけは知ってるけど細かいもろもろが心もとない大人向けです。