「ノモンハン秘史(完全版)」
「ノモンハン秘史【完全版】」辻政信 毎日ワンズ(2020)
「潜行三千里」の中で語られている中国大陸潜行中(昭和20~23年)に書かれたものだという。この間読んだ「史料が語るノモンハン敗戦の真実」で大方の流れはつかめているので読みやすかった。参考資料としてふんだんに引用されてたし。
で、私個人の結論として、やっぱり辻参謀は極悪人でもないし、まして諸悪の根源ということは全くない。骨の髄まで日本軍人、というだけ。
素晴らしく頭が切れて行動力もあり、咄嗟の判断の的確さと俊敏さは他の追随を許さない。何より危機を予め察知して回避する能力に長けている。危険な現場に率先して駆けつけて、かなり危ない橋を渡っているにも関わらず生き延びたのは、運もあるだろうけどまずこの能力がギリギリ彼を守ったんじゃないかしら。少なくとも、現場を知らず机上の作戦をごり押しして多くの将兵を無駄死にさせた悪徳参謀、というイメージからは程遠い(ノモンハンの場合、それは関東軍ではなく中央の方が近い)。
あくまで手記だから、自分に都合のいいように書いている部分は多々あるだろう。実際には、本当に危ないところは何気に避けたのかもしれないし、ほっかむりしたところもあるのかもしれない。が、当時の大陸を縦横無尽に駆けまわったのは事実だろうし、出逢った各人の名前、階級、どういう人となりであったかをここまで詳しく書けるというのは並大抵ではない。自分の利益しか考えない狭量で無慈悲な人物であれば、たとえ創作にしてもこんな文章は書けないと思う。
幕末からこっち、戦後までの本を色々読んでみてつくづく思ったが、日本って本当に昔っから変わってない気がしてる。くそ真面目に規則や慣習を守り、メンツを立てたり立てられたり、とにかく「正当な手続き」というものを重んじる。長と名の付く人でも大した権力があるというわけでもなく、話を聞いて方針決めて実行に移すまでが大変なこと大変なこと。まして情報伝達手段が今とは雲泥の差なのによくもまあと感心する。
東京裁判で欧米が困惑したというのもよくわかる。ヒトラーみたいな独裁者は日本にはいなかった。首相だって何回変わったか。軍の方もそう。このノモンハン戦だって、関係者は残らずあちこちに飛ばされたし、関東軍の暴走というには弱すぎじゃないの?
明らかに今の常識で考えて異質なのはやはり当時のソ連。国民ではない、移民の兵隊は足枷をつけられて脱出できないようになっていて、炎上した戦車の中で生きながら焼かれての死。悲惨な現場を見慣れているはずの辻参謀をもドン引きさせたこの無慈悲さときたら。燃える飛行機から落下傘で降りて行った日本兵が敵兵に囲まれて終了、ってシーンも怖い。
それに対して辻参謀の捕虜の扱いは極めて穏健。捕まえたソ連兵を普通に飲み食いさせて手伝いもさせて、褒美だと煙草をやったらビックリされた、などというほっこりエピソードも。ただ仲良くするだけじゃなく、
「そうかソ連はこういう嗜好品を一切支給せず、武器や弾薬に全振りしてるんだな、そんなことは日本にはできない、それこそが『革命』なのか」
と密かに看破する辺りは抜け目ない。何にし共産圏ってヤバいわ。
というわけで結構辻参謀のファンと化している私。あまりにも悪しざまに言われてる人はきっと何か理由がある(徳川慶喜とか)。他のも読もうっと。
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