「潜行三千里」
「潜行三千里 完全版」辻政信 毎日ワンズ(2019)
私が辻政信を知ったのは半藤一利さんの「ノモンハンの夏」および「昭和史」。それはそれは悪しざまに書かれていて、諸悪の根源、絶対悪、みたいな散々な評価っぷりだったのを覚えている。読んだ当時は素直に「辻政信ってヤバ。酷い奴じゃん」と受け取ったが、その後色々と戦争関係の資料やら本やら見ていくうちにん???ホントか???となってきた。
ご本人が書いたものだというこの本から受ける印象は以下:
「頭が超絶良い」「コミュ力異常に高い」「言葉の説得力異常に高い」「体力気力頑強」「サバイバル能力異常に高い」「事務能力異常に高い」
何処のチートアニメキャラなんですか……といった感じである。
自分で後から書いたものだから、記憶違いも錯誤もあるだろうし、適当に脚色したり盛ってる部分も少なくないだろうが、それにしても一つ一つの話の筋道は通ってて特に矛盾は見当たらない。中国国民党からの報告を所有しているアメリカCIAによると「概ね事実」だという。まさにお墨付きだ。仮に事実に沿った巧みな作り話だとしたら、それはそれで凄い才能だと思う。
そもそも当時の街の状況を「本当にそこにいた人」が書いている、という時点で一定の価値がある。今ならフィクションでも躊躇われるような生活の不衛生さ、不潔っぷりをあからさまに・中共および国民党の複雑怪奇もありのまま・外地の日本軍施設や人々の様子も、克明に描いている。負けたからといっていきなりハイ解散、とはいかなくて、現地の人間とともに年単位で残って日々を暮らしていたのだ。日本人だからと嫌がらせをされたり馬鹿にされたり憎まれたり、があるかと思えば逆に同情されたり親切にされたり、日本統治の頃の方がよかったとこっそり言われたり。とんでもなくカオスである。
現代に生きる私はそういうリアルを知らない。中国の混迷と一言でいっても、どういう意味なのかは本当の意味では捉えられていない。父によく「元々日本は中国と仲が良かった」と聞いたが全く実感がなく、わからなかった。しかし敗戦国の作戦参謀だった筆者が、これほど縦横無尽に彼方此方移動し、常に危険に晒されながらも多くの中国人の助けを得て生き永らえたことを思うと、一面の真実だと認めるしかない。終戦当時中学生だった父の意見もまた「その当時を生きた人のリアルな感触」なのだ。
こういう「高級参謀」が机上の作戦で多くの将兵を死に至らしめた、戦後は戦犯扱いを逃れるため潜伏した極悪人、って言われればそうかなと信じてしまいがちだけど、決して「机上」だけではなく驚くほど彼方此方に実際足を向けて調査して、その上で立ててたりするし、この「潜伏」にしてもむしろ帰国して裁判受けたほうが楽だったんじゃないかと思えるくらい過酷である。その目的や意図は、大層なことを書いてはいるものの真偽は本人にしかわからない。だが、行動だけみると尋常じゃない。何かこう、普通の人に備わっているストッパーとか安全弁みたいなものが、すっぽり抜けてる人…って感じがする。
多分、個人として接するといわゆる「人たらし」、非常に魅力的な人だったのではないか?でないとあんなに長い間潜伏も不可能だろうし、だいいち議員に当選したりしないだろう。
では参謀としていいのか悪いのか。
【以下wikiより】
作戦参謀としての任務を放棄し第一線で命令系統を無視して指揮をとることに対して、第25軍司令官・山下奉文中将はマレー作戦中の日記において、「この男、矢張り我意強く、小才に長じ、所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり。使用上注意すべき男也」と辻を厳しく批判している。
【引用終わり】
取扱注意はまさにその通りだと思う。他人は自分のように目端がきくわけでも体力気力があるわけでも的確な判断力と即断の行動力があるわけでもない、ということをイマイチわかってない節がある。才の赴くままに、実情を無視というより「現状ならば最良」という策をいちはやく立てられる人だったからこそ重用されたんじゃなかろうか。その結果大失敗したとしても、作戦当時はみんな賛成したわけで。全部が全部、彼のせいばかりとは言い切れないだろう。
この本の末尾にある「我等は何故敗けたか」を箇条書きにしてみる。
(死後に開封するように言われ、実に七十二年もの間眠っていた)
1)国体の精華を発揮しえなかった
2)官僚が政治を誤った
3)外交を誤った
4)科学の水準低く工業力薄弱
5)国内自給の不可能
6)陸海軍の対立
7)天祐思想の盲信
8)戦略の過ち
敗戦直後に行われた「戦争調査会」で話題に上ったことの殆どが書かれている。
これはちょっと彼の書いた「ノモンハン」も読んでみるべきなのかも。非常事態宣言も出たことだし。
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