おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

藤裏葉 五

2021年1月5日  2022年6月9日 


 はい、右近でございます。画像、音声とも異常ないでしょうか?大丈夫ですね。では、六条院より行幸の模様を中継いたしたいと思います。よろしくどうぞ。

 本日神無月(旧暦十月)二十日、六条院はまさに紅葉の盛りでございます。元より素晴らしいお庭の景観が絢爛豪華に彩られ、この世ならぬ雰囲気を醸し出しております。きっと興趣ある催しとなることでしょう。否が応でも期待が高まってまいります。

 巳の刻(午前十時~)を過ぎました。今上帝、ならびに朱雀院さまご到着の儀です。夏の町の馬場殿に左右の馬寮から多数の馬が牽き出され、五月の節会さながらに左右近衛府の官人たちがずらりと立ち並びます。その前をしずしずと進む長い車の列……実に荘厳にして身の引き締まるような眺めにございます。


 さて未の刻(午後一時~三時)になりました。ご一行は夏の町から中廊を抜け、春の町へと移られます。途中の反り橋や渡殿には錦が敷きつめられ、外から見えそうな箇所には軟障(ぜじょう)が引かれ、隅から隅まで厳重に設えられております。

 その通路から見えます東の池には舟が浮かべられております。内裏の御厨子所に所属の鵜飼の長が、六条院付きの鵜飼を召し並べて小鮒を漁らせています。じっくりご覧に入れる程ではない、通りすがりの一興といった体ですが、季節柄に合って何とも風情ある景色にございます。

 六条院はどこの町も、築山の紅葉が今を盛りとばかりに色づいておりますが、その中でも殊の外素晴らしいのが秋の町・西の庭先にございます。ご覧ください、春と秋の町を隔てる中廊の壁を崩し、中門を一杯に開けましたので、今は霧すらも遮ることなくすっかり見渡せるようになっております。

 春の町の寝殿に、御座所は今上帝と朱雀院のためふたつ準備してございます。主であるヒカル院のお席はもちろん下座で……あっ、たった今……帝から何か……なんと、宣旨によりヒカル院のお席もお二方と同列に改められました。いや凄いですね……まことに、帝のヒカル院への御おぼえは並大抵ではございません。

 捕まえた池の魚を捧げ持つ左少将、蔵人所の鷹飼が北野にて狩ったつがいの鳥を捧げ持つ右少将、寝殿東から御前に出て、階段の左右に膝をつき奉られます。太政大臣さまが受け取られ、仰せ事を伝えられます。魚と鳥は御膳に奉られ、並み居る親王さまたちや上達部たちに振る舞われるとのこと。平安貴族といたしましても、普段は召し上がることはもちろん、目にすることすら珍しいメニューにございますね。


 日も西に傾いてまいりました。皆さん良い感じにお酒も回りましたこのタイミングで、楽所(がくそ)の人々が召し出されてまいります。とはいえ殊更な大楽というものではなく、やさしい優雅な演奏に、殿上童が披露する舞が華を添えます。

 思い出されますね……あの紅葉の賀のことを。あれは故桐壺帝の御代にございました。

 今、太政大臣さまの末のご子息が「賀王恩」という楽に合わせそれは見事に舞っておられます。まだ十歳ということですが何とお可愛らしい事!あ、帝がお召し物を脱がれました。上手に舞い切ったご褒美として賜られるようです。父君である太政大臣さまも下りられて拝舞なさいました。

 ヒカル院さまが菊を手折らせて、遠い日に舞った「青海波」を詠まれます。

「色濃くなった籬の菊も折に触れて

袖を打ちかけた昔の秋を思い出すことだろう」

 あの日同じ舞台で立ち並ばれ、同じ舞を舞われた太政大臣さまも、感慨深げに頷かれつつ詠まれます。

「紫の雲と見まがう菊の花は

濁りなき世の星かとも思えます

『時こそありけれ』まさに一段と濃いこの秋の色よ」

※久方の雲の上にて見る菊は天つ星とぞ過たれける(古今集秋下-二六九 藤原敏行)

※秋をおきて時こそありけれ菊の花移ろふからに色のまされば(古今集秋下-二七九 平定文)

 天までも懐かしんだのでしょうか。折しも、時雨がさっと降り注ぎすぐに止みました。まるであの日と同じように……偶然とはいえ、この巡り合わせに空恐ろしささえ覚えます。


 夕風が吹き散らした色とりどりの紅葉、濃き薄き色に飾られた庭の面は、渡殿に敷いた錦ともみまがうほどの美しさにございます。高麗楽の童子は青白橡(しろつるばみ)の袍に葡萄染めの下襲、唐楽の童子は赤白橡の袍に蘇芳の下襲。みずらを結った額に天冠を飾りつけ、短い曲目を少しずつ舞っては紅葉の蔭に帰って行きます。その可愛らしいことあでやかなこと、日が暮れるのも惜しいほどでございました。

 仰々しい楽所などは設けてありませんが、書司(ふみのつかさ)から取り寄せた種々の琴が置かれ、堂上で管弦の遊びが始まりました。ひとしきり盛り上がった頃合い、御前に和琴の銘器「宇多法師」が届きました。ここはやはり名手・太政大臣さまの出番です。その変わらぬ音色を、朱雀院さまは実に感慨深げにしみじみ聞き入っておられます。

「いくたびの秋を経て時雨とともに時を経た里人でも

こんな美しい紅葉の時節は見たことがなかろう」

「世の常の紅葉と思ってご覧になるのでしょうか

往古に倣ったこの紅葉の錦ですのに」

 見たこともない美しさと仰る朱雀院さまに、私も同じ、なぜならこれは桐壺帝の御代に倣ったものですからと応えられる今上帝。そのお顔はいよいよ大人びられて、ヒカル院とまったく生き写しであらせられます。まあ、ごきょうだいでいらっしゃいますから当然のことなのですが。近くに控えておられます夕霧中納言さまがこれまた似ていらして、三人が三人とも優劣つけがたい気品の高さにございました。ただ、やはり新婚の夕霧さまには、鮮やかに匂いたつような輝きがみえますね……ってちょっとオバサン臭い物言いですね、すみません。

 帝が笛をご所望のようです。夕霧さまが吹きはじめました……まことに素晴らしい音色です。階段に控えた殿上人も唱和いたします。ひときわ目立つ美声は、太政大臣の次男・弁の少将さま。やはり前世からの宿縁というものでございましょうか、優れた方ばかりがお揃いの両家にございます。

 さて、まだまだ宴たけなわといった状況でございますが、そろそろ私のシフトの時間が近づいております。名残り惜しゅうございますが、この辺で実況を終わらせていただきますね。ご清聴、まことにありがとうございました。六条院春の町から私、右近がお届けいたしました。ではでは、また。

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