おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若菜上 一

2021年1月21日  2022年6月9日 


「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん」

「なんかさー、ちょっと小耳に挟んだんだけど、朱雀院さまが出家なさるってホント?しかも在京じゃなく、西山のお寺に籠るって」

「そうそう、隠棲用のお寺をわざわざ建立してまでね。準備万端よ。前から考えてはいたらしいけど、この間の六条院行幸のすぐ後から体調崩されて、まあ元々病弱な方だったけど今回ばかりはヤバイんじゃないかってご自分でも思われたみたい。もう例のお母様……后の宮も去年亡くなられたし、この際一気に決めちゃおうみたいな」

「エエー、寂しいね!まだ四十二だっけ?ぜんぜん若いよねー。上下関係なく優しい方だから、悲しむ人多いと思う。お后さまたちどうすんのかな、朧月夜の君とかさ。中納言ちゃん元気かなー多分元気だろうけど」

「(笑)そこは心配ないんじゃない?ただ朱雀院さまってお子さま結構多いのよね。男子は春宮さま一人だけど、女子は四人くらいいた気がする」

「そんなに!大変じゃん……内親王さまってさー結婚するのもひと苦労だよね。どうすんだろ」

「三人までは何とかなるみたいよ」

「あっ王命婦さんだ!いらっしゃーい!」

「いつも何気に現れるわね。さあさあ入って」

「ちょうどその話をしようと思って来たのよ。相変わらず情報が速いわね、さすがだわ」

 密談場所に落ち着く三人。

侍「わー、梅が枝餅だ!美味しそう!お茶入れてきまっす♪」

王「頂き物だけどね。大宰府から来たっていう菓子職人のお店が最近オープンしてさ」

右「本場物じゃない。ありがとねいつも」

侍「お待たせー♪」

 しばし雑談する三人。

右「ところで、今日の話題は?」

王「そうそう、朱雀院さまね。ご存知の通り出家の決意を固められて、春宮さまとその母君・梨壺の女御さまにはっきり仰られたみたい。ただひとつ問題があってね。四人の内親王さまのうち、三人は母君が健在でご実家も太いんだけど、一人だけそうじゃない人がいる」

右「……女三の宮さま?たしか、朱雀院さまが譲位した辺りに母君亡くなられたのよね」

王「そう。その母君って、桐壺帝のもうひとつ前の帝と更衣の間に産まれた娘。つまり、藤壺の女院さま・式部卿宮さまとは腹違いのきょうだい。紫ちゃんにとっては叔母さまにあたる」

侍「エエー!ややこしい……でも、更衣ってことはご実家の威勢がイマイチだったんだね、女院さまと違って」

王「いわゆる更衣腹ってやつよ、ヒカル院と同じく。だから臣籍に下って『源氏』の姓を与えられて、当時の春宮(朱雀院さまね)に入内した。そこそこご寵愛はあったらしいのよね、お子さま生まれるくらいには。ただ何の後ろ盾もないし、あの頃大后さまが朧月夜の君を尚侍として突っ込んでブイブイ言わしてたじゃない?それで随分ほっとかれた挙句、譲位でしょ。心折れて病みつかれてあっという間に……て感じだったらしい」

右「源氏の女御さまかあ……しかもアレでしょ、しばらく藤壺のお部屋にいたんだよね。女院さまが三条のお邸に引っ込んでからは」

「何それヤバみが深い……」

王「因縁を感じるわよね。まあそういうわけで、朱雀院さまとしては罪悪感も手伝って、残された女三の宮さまが不憫で不憫でしょうがないわけ。まだお若くて、今十三歳だったかな。春宮さまと同い年なのよね。庇護するのは自分しかいないのに、このまま世を捨てて山籠もりしたら、一体誰がこの母のない子の面倒をみてくれるかって」

右「春宮さま辺りはどうなの?曲がりなりにもごきょうだいなんだし」

王「それはそうなんだけど、母君同士はかつて寵を争ったライバルなわけよ。あの頃、大后さまのごり押しのせいで後宮全体ギッスギスで雰囲気悪かったから、仲良しのはずもない。さすがにその娘まで憎みはしないにしても、実の母子のようにってわけにはいかないわよね。内親王だから下手な相手と結婚も難しいし、独身で過ごそうにもとにかく居場所がないのよ」

侍「うわー厄介。それ考えると、六条院って凄くない?そりゃ内心思う所はあるだろうけどさー表面上はすごく仲良くしてるよね。季節のお手紙やらちょっとした贈り物やらお互い欠かさないし、とにかく雰囲気がイイ!よね」

右「そうね、紫ちゃんの人望で、今ヒカル王子に何かあってもきっと支え合う気がする。むしろ嫉妬の原因がいなくなって超うまくいったりして。なーんてね。まあそれは冗談にしても、ヒカル王子からお見舞いは既に何度か届けてて、夕霧くんも名代でご訪問したみたいよ。よく来てくれたってそりゃあお喜びになって、御簾の中にまで入れて親密にお話しされたって」

王「まさにそれを言いに来たわ。仙堂御所って比較的古い女房さんたちが多いから私も伝手が多くてね。こんな感じだったらしい。

『故桐壺院が今わの際に仰ったご遺言の中でも、ヒカル院と今上帝については殊に言葉を尽くしておられた。が、いざ皇位に就いてみると何かと制限が多くてね。ヒカル院に対して内心の好意はまったく変わらないのに、何てことのない行き違いから……不愉快なことも多々あっただろうと思うのだが、長年顔を合わせていても、その恨みが残っているような気配は何も見せない。どんなに賢い人でも、自分に何か降りかかると話は違って、とても平静ではいられないものだ。いつか仕返ししてやろうと躍起になって道を踏み外す例は、昔から枚挙にいとまがない。いつ何時お恨みの心が漏れ出ることかと世間も注目する中、ついに辛抱を通されたばかりか、春宮にまで心をお寄せくださっている。この度の入内で、またとない姻戚と成られたことも、本当に有り難いことだ。私は生来愚かな上に、子を思う闇に惑ってもいるものだからお見苦しかろうと、かえって距離を置いてお任せしている有様だけれど……宮中のことに関しては故院のご遺言通りに致したので、今上帝がこの末世の名君として私の代の不面目をも挽回してくださっている。まさに願い通りで、とても嬉しい。先の、秋の行幸……あの後は昔の事があれこれ思い出されて、またお逢い出来る日が楽しみで、待ち遠しくてならない。直にお話ししたいこともある。必ずヒカル院ご自身でお訪ねくださるよう、勧めてはくれないか……』」

右「さ、さすが王命婦さんイケボイス……マジでうっとりだわ……」

侍「メッチャ話ながくなーい?年取るとみんなこうなっちゃうのかなあ。まあ夕霧くん慣れてるか、王子で!」 

王「それよ。夕霧中納言くんはいたって冷静。

『過ぎ去った昔のことは分かりかねますが……成人して朝廷にもお仕えすることとなり、多少なりとも世間を見るようになりました私ですが、大小の公事につけても私的な会話の中でも、昔こんな辛い思いをしたなどという話は聞いたことがございません。むしろ父自身は朝廷のご後見を中途で辞退いたしましたことで、故院の遺言を守ったともいえず……院の上の御在位の頃には年齢も器量も不十分だった上に、上位の方々が余りに優れていたため、わが志をご覧に入れることもなかった、とそう申しておりました』」

右「似てる!ちょっとお堅い感じもそっくり!内容も如何にも言いそう……まあ王子がここまで殊勝かっていったら違うだろうけど、絶妙な言い回しよね」

侍「物は言いようって感じー?オットナーって感じー?」

王「『今、こうして退位され静かに暮らしておられる折に、思うさま心置きなく参上してお話を承りたく思っておりますが、何やら大層な身分になってしまったため、ついつい無為に日々を過ごしてしまって、とよく嘆いてもおります』」

侍「夕霧くんって今二十歳?じゃないか、まだ十九?随分爺むさ……いや老成してるわねん。見た目は王子そっくりのキラキラ☆イケメンなのに」

右「これはきっと狙われるわね、女三の宮さまの婿に。間違いない」

王「ご明察。身分的にも年齢的にも釣りあい取れるし、実のところうってつけなのよね。

『夕霧中納言は、今は太政大臣の邸に落ち着かれたのだね。長年どうなることかと心配していたのだけれど、収まるところに収まったということか。おめでたいこと、一安心と思う反面、ちょっと残念な気持ちもあるよ……』」

右「うーん、雲居雁ちゃんと普通に最初から結婚してれば逆にアリだったのかもしれないけど、今やっと幸せ掴んだところだもんね。中々言いづらいだろうね」

王「夕霧くんも男だから興味ないわけではないのよ。何しろ先帝の娘さんだからね、お血筋からいったら最高級。正妻としてこれ以上の条件はない。普通の男なら飛びつくところよ。でも、そこは夕霧くんなのよね。

『私のような愚鈍な男は、頼みとする妻を得ますことも中々困難でございまして』」

右「はーーーーっ。なるほどね。気づかない振りでうまくかわしたわね」

侍「えーでもさあ、これでますます朱雀院さま、この男しかない!って思っちゃうってことないのー?」

王「そこがねえ、またちょっと色々あって。ただ若手の女房さんたちは完全に色めきたっちゃって、キャーイケメンだしお上品だしステキー!って騒いでたわけなんだけど、ちょいお年を召した向き、まあ私と同年代ってことね(笑)、はこうよ。

『貴女たちまだまだね。確かに素敵な若者だけれど、六条院殿があのお歳の頃とはまったく比べ物にもなりませんから。本当に、眩しいほどのお美しさでいらしたもの……!』

 得意げに言うのを耳にした朱雀院さまも、

『まったくだ。ヒカル院はまさに別格だったというべきだね。年を重ねてなお、ますます魅力を増して、これぞ文字通りの光の君!とばかりに輝いている。威儀を正して公儀に携わっている姿は端正にして鮮やか、まともに見られないほど眩いのに、打ち解けた場で冗談など言って皆を沸かせる才にも長けている。何ともいえない愛嬌があって、親しみやすく愛らしいことといったら並ぶ者もない。滅多にいない方だよ。どんな前世の果報があったのか、何事につけても類まれなるそのお人柄。宮中で育ち、故父帝にこよなく可愛がられ、我が身をかえてもとあれ程大事に思われていながら、いい気になって増長することもなく常に謙虚で、二十歳までは中納言にさえならずじまいだった。その年を一つ越してから宰相と大将とを兼任なさったように思う。比べると、息子の方は類なき昇進ぶりだね。これも、父から子へと順調に声望が高まってきた証だろう。現に公事に対する才能、心構えなど、決して父君に劣ることはない。落ち着いているところはむしろ勝っているし、時として父君より老成しているようにも見える』

 手放しの褒めちぎりよう」

侍「もうコレ愛じゃん愛!何か親近感わくわあー♪一度一緒に飲んで、推し愛を語り合いたいほどだわん」

右「朱雀院って昔から王子大好きだものね。それにしても夕霧くんの高評価、明らかに狙われてる感満々じゃない?大丈夫?」

王「と思うでしょ?ところがね、どうもそうでもないみたい。

『何不自由ない華やかな暮らしをさせながら、至らない面をそれとなく教育してくれるような、そういうしっかりした男性に娶わせたいものだ』

 なんて仰るわけ」

右「それ、まんまヒカル王子じゃん」

侍「さすがにお歳が離れすぎてない?自分の娘より一つ上ってだけだよ?エエー!」

王「この条件自体、夫というより庇護者よね。イメージがヒカル院なのは間違いないと思う。さらにダメ押しで、年配の乳母さんたちとかに聞くわけよこんな風に。

『ヒカル院があの式部卿宮の娘を育て上げたように、この宮を預かって育ててくれる方はいないだろうか。臣下の中にはいそうにない。宮仕えするにしても、主上には秋好中宮がいらっしゃる。それに次ぐ女御たちもそうそうたる高貴な家柄の方ばかりだから、はかばかしい後見もないまま立ち交じるのは得策ではない。……ああ、夕霧権中納言が独身でいた頃にこっそり打診してみればよかった。若いが有能だし、将来性はある人だからね……』

 しつこいようだけど 年 配 の乳母さんたちよ?そりゃこう聞かれたらさ、こう答えるわよね。

『どうでしょうねえ……夕霧さまは、元からして生真面目な方ですから。長年あの姫君おひとりに思いをかけて、他の女性には心を移そうとしなかったそうです。念願叶った今、ますますお気持ちが揺らぐことはございますまい』

『それでしたらやはりヒカル院こそ可能性がおありでは?女性へのご関心は未だ絶えないようでいらっしゃいますし、中でも高貴なお方を得たいという望みは高そうですわよ。朝顔の前斎院さまとの縁談は成りませんでしたが、今もお便りは差し上げていると聞いております』

『……いや、その絶えぬご関心こそが心配なのだよ……』」

右「あはは、さすがわかってる朱雀院さま」

侍「ちょーっとまって、マジで進めるつもりなの?!ヤバくないこの流れ!」

王「そうなのよ。朱雀院さまも一旦は否定してみたものの、ブツブツ独り言のように

『六条院にいる大勢の女君たちの中に立ち交じって、たとえ意に染まぬことがあったとしても、親代わりという名目ならば、内親王としてさほど不面目なこともあるまい。そういうこととしてお譲り渡そうか……実際、娘を誰かに縁づけたい親なら誰しも、同じことならあの院の傍に置きたいと思うものだろう。長くもない人生、満ち足りた気持ちで過ごしたいからね。私が女なら同腹の姉弟であっても、きっと睦まじい仲になっていただろう。若かった頃にはそこまで思ったよ。ましてや若い女がフラフラ靡くのも当然だろうね』

 なんて仰ってた」

侍「えっとーそれってー、いわゆるカミングアウト?!好きってそっちの好きなのー?!キャーだいたーん!」

右「しーっ侍従ちゃん声大きい!まあアレね、朧月の、尚侍の君の一件も思い出しての話でしょ。男同士でもドキドキするくらいだから女なら瞬殺だね、みたいな。いやーしかし、まさかの王子?確かに経済的な不安はないし年齢以外は釣り合うっちゃ釣り合うけど、波紋を呼ぶよねコレ」

王「普通に考えて、女三の宮がご降嫁ってことになれば当然正妻扱いになるものね。紫ちゃん大ピンチよ。ヒカル院がどう出るかにもよるけど」

右「さすがに他にも名乗りを上げる人いっぱいいるんじゃない?文句なしの家柄だし朱雀院さまのお人柄からして中身も悪くなさそうだしって」

王「うーん。そこがねえ、ちょっとわかんないのよ」

右「どういうこと?」

侍「まさか……常陸宮の姫君みたいに……ヤバい人?!あっ言っちゃった!」

王「いや、私も直接見たわけじゃないけど、容姿は悪くないらしいわよ?小柄で凄く可愛い人みたい。ただねー女房さん達の評価が今一つ要領を得ないのが気になるのよね」

右「仕えてる主について、ちょっとでも良いところがあれば大袈裟に褒めちぎるし、欠点はなるべくぼやかすのが女房の常ってもんだけど……」

王「とにかく『お若くてお可愛らしい』しかないのよ評価が。普通、他にも何が好きだの得意だのってあるじゃない?そういうオプション的な要素がぜんぜんわかんないの。完全な深窓の御令嬢だから仕方ないところもあるけど、それにしてもね」

侍「お若くていらっしゃる~って、裏を返せば子供っぽい、幼いってことだよね?朱雀院さまがあれだけ心配してるのも、余りに頼りない感じだからかなあ」

右「そうなのかも。だとすると、ますます王子危ないわね。本人まだまだ枯れてないし」

王「出来ればやめてあげてほしいけどね。気の毒すぎるわよ紫ちゃん」

侍「嵐……になりませんように……」

参考HP「源氏物語の世界」他

<若菜上 二 につづく

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