藤裏葉 四
「ねえねえ右近ちゃーん!」
「なあに侍従ちゃん、慌てて」
「お、王子が!ヒカル王子が大変!」
「何?准太上天皇になったこと?」
「ヤダー知ってた!うわーんすごくなーい?!だってだって天皇だよ?!ヤバくなーい?!」
「まあまあ落ち着いて。……って王命婦さん、いつの間に」
侍従の後ろから王命婦が顔を出す。
王「いや、途中で侍従ちゃん見かけて声かけようとしたんだけど、すっごい勢いで走って行かれちゃったからさ」
侍「ごめんなさいいいい動揺してるううう」
右「はいはい、どうどう。たまには私がお茶入れるわ」
右近、給湯室に。
王「まあ、今までと違うっていうのは確かにそうね。臣籍からは離脱するもんね」
侍「そう……おめでたいんだけど、何か一気に遠くに行っちゃった感……実際、宮中に来るのも大変なことみたいになるわけじゃん?」
王「御封、つまり収入もえらいことになるし、年官とか年爵とかもぜーんぶ上がるもんね。専属の院庁ができて院司もついて、まさに上皇に準ずる人。帝はこれでも満足いかないらしいけどね。本当は譲位したいのよ、無理だけど」
右「お待たせ~」
王「ありがとう。あら金平糖、可愛いわね」
侍「いただきます……」
しばしお茶とお菓子をつまむ三人。
侍「年齢とかは別に気にならなかったんだけどさ、来年四十とか聞いても。だって相変わらずのイケメン☆キラキラオーラじゃん?でもここまで昇りつめちゃうと、後はもう引退?とか出家?とかぐっと視野に入ってくるっていうかさあ」
右「なるほどね。それはそうかも。王命婦さん、どう?何か聞いてる?」
王「具体的にはまだ何も。だけどご本人は結構考えてはいるみたいよ。入内させた娘の女御さまは春宮のご寵愛もめでたいようだし、フラフラしてた夕霧くんもすっかり落ち着くところに落ち着いたし、もうそろそろいいんじゃない?って」
侍「エエーやめてえええ。寂し過ぎる……」
右「まあ、もし出家したにしても何処かに引っ込むのはまだ先なんじゃない?六条院に紫上も他の女君たちもいるんだし」
王「そこなのよ。ヒカル王子……いやもう『六条院殿』ね。以前から出家出家言って準備してただけあって、織り込み済みなのよ」
侍「どゆこと?!」
王「まず六条院は、秋好中宮さまのお里でもあるじゃない?しかも、形式上とはいえ紫上は親代わり。実際しょっちゅうお手紙交わしてる仲良しさん。夏の町の花散里の御方は、夕霧くんの親代わり。今や中納言に昇進の夕霧くん、頼りになる息子よね。明石の御方はもう宮仕え状態でしょ、娘さんの付き添いで。万一ヒカル院に何かあっても、何とかなるようになってるのよね」
侍「そ、そっか……さすがは王子……でも寂しいよーん。理屈じゃないのよーうわーん」
王「大丈夫よ。まず帝が完全引退は許さないだろうし、もし出家したとしても藤壺女院さま形式で都からは離れないわよ。つまり今までと変わらない」
右「うん。正直そこまで悟りきってるようにも思えないしね。しかしヒカル院って呼び方じわじわ来るわね(笑)」
ピコーン♪
侍「あっ小侍従ちゃんだ!やっほー!」
右「(気が紛れてよかったわ)こんにちは。……あら、場所変わった?」
はい!さすが、よくお分かりになりますね!実は内大臣さまのお邸から引っ越して、今夕霧さま・雲居雁さまお二方とともに三条宮邸におります。故・大宮さまのお住まいですね。あっ、内大臣さまもご昇進なされて、今や太政大臣です!失礼しました。
王「こちらも順調に出世していらっしゃるわねえ」
右「ぶっちゃけ一番繁栄してるお家じゃないの?お子さん多いし賑やかそう」
侍「いいねー、新居で新婚生活!やっぱラブラブな感じ?」
もちろんラブラブ×100って勢いです!とにかく夕霧さまがイケメン過ぎて眩し過ぎて、太政大臣さまも
「中途半端に宮仕えさせて勝率低い賭けに出るより、断然こっちの方がよかったよね!」
ってご満悦です。そうそう、ウチの母……夕霧さまに「六位ふぜいが」発言した乳母ですね、遂に謝罪&和解に至りました!
侍「マジで!よかったじゃん!」
右「アレはちょっとないわーって感じだったもんね」
王「女房的には消したい過去よね。どうやって和解したか参考までに聞きたいわ」
ですよね……本当にあの時は母がご無礼を。今考えてもうわあああってなります……。
切り出したのは夕霧さまの方ですね。お庭の菊がキレイに咲いてたんですけど、その中でも色が途中で変わってるやつを取り出して、
「浅緑色の若葉の菊に
濃い紫の花が咲こうとはつゆほども思わなかったろう
辛かったあの時の一言が忘れられないよ」
って、母に渡しながら仰ったんですよ。満面の笑顔で。もう眩しくてとても正視できないくらいでした。さしもの母も赤面して小さくなってはいましたが、あの時はあの時で雲居雁の姫君を思っての行動ではありましたからね……今のこの成り行きは、誰よりも喜んではいるんです。
「二葉の時から名門の園に育つ菊ですから
浅い色と分け隔てするような者などいないでしょう
そんなつもりでは……まだお気にされておられたとは思いませんでした」
ヤダーもうそんな昔の事忘れて下さいよう♡みたいな感じですね。娘からみても、エッこの人何言ってんのあの時はガッツリ馬鹿にしてたじゃん普通に謝んなよって思いましたけど、夕霧さまは余裕の笑みでお許しくださいました。
右「まあそうはいってもねえ。見下してましたサーセンなんてストレートに言えないだろうし、このくらいのボカし加減でちょうどよかったんじゃない?」
侍「うんうん!新婚ベリベリハッピー状態でこれ以上ないタイミングだよね!」
王「夕霧くん権中納言だもんね。もう高官の立場だもの。いちいち女房の言うことに本気で怒ったりしてらんないわよ。まあよかったじゃん、この件に関しては大団円よね」
そうなんです!メデタシメデタシですよ!
しかも三条宮邸って思い出の地じゃないですか。大宮さまがいらした部屋を改修してお二人の居住空間にして、庭も少々荒れてたのを手入れしたんですね。あの頃背が低かった前栽もすっかり大きく育って、伸び放題だった「一村薄」も、遣水を覆ってた水草も取り払ってスッキリさせました。
※君が植ゑし一村薄虫の音のしげき野辺ともなりにけるかな(古今集哀傷-八五三 三春有助)
恋が産まれたその場所で、お二人肩を寄せ合って夕暮れ時のお庭を眺めながら、昔話をされるんですよ。今にしてみれば幼さ故にうまくいかなかった愛しき日々って感じなんですけど、姫君、いえお方さまにしたらウワーって叫び出したい程の恥ずかしさでもあるんですよね。
「あの頃のわたくし……なんであんなに物わかりが悪かったのかしら……女房たちもさぞかし呆れて見ていたでしょうね」
そんなことを仰っておられましたが、私のようなごく近しい者ならともかく、他の女房達はそこまで気にしてません。むしろ、このご結婚によりあちらこちらに散っていた古参の女房たちが再び一所に参集することとなり、懐かしいやら嬉しいやら……寂れた邸内も一転、明るく賑やかになりました。
夕霧さまが歌を詠まれます。
「お前こそがこの家を守る主だ、お世話になった人の
行方は知っているか、邸の真清水よ」
お方さまが応えます。
「『亡き人の影』さえ映さず知らぬ顔で
心地よげに流れている浅い清水ね」
※亡き人の影だに見えぬ遣水の底は涙に流してぞこし(後撰集哀傷-一四〇二 伊勢)
そうこうしているところに、父君の太政大臣さまがお越しになられました。宮中より退出してきた途中、三条宮の紅葉があまりに見事なのに釣られたよ、と仰って。
「ほう、大分落ち着いたね。どこもかしこも、若々しく明るい感じがいいね。それでいて昔の……母君がお住まいだった頃の様子にもさして変わることもない。いや、感慨深いね」
夕霧さまも改まった表情で、少し顔を赤らめられ、いつも以上にしんみりしていらっしゃいます。そのお顔とお姿のお美しいことといったら!太政大臣さまも後でこっそり
「まったく絵に描いたような初々しい新婚夫婦だな。まさに理想的。物凄い美女というほどではない、そこそこ可愛いかなくらいの娘にしちゃ、出来過ぎなくらいの婿だ」
などと呟いておられました。古参の女房達が我も我もと、昔の話を持ち出す中、先ほどのお二人の歌が散らばっているのをご覧になって、涙ぐまれます。
「この清水の気持ちを訪ねてみたいが、老人は慎んでおこう。
その昔の老木が朽ちるのも道理だろう
植えた小松にも苔が生えたくらいなんだから」
夕霧さまの乳母である宰相の君は、雲居雁の姫君が連れ去られたあの日を忘れておりません。ここぞとばかりに返す刀です。
「どちら様をも蔭と頼みにしております、二葉の頃から
互いに仲良く大きくおなりになった二本の松でいらっしゃいますから」
他の古女房達も我先に「あの頃」を歌に詠みます。夕霧さまは面白そうに聞いてらっしゃいましたが、雲居雁のお方さまは少々いたたまれないご様子で、顔を赤くしておられました。
侍「あーなんかわかるう。生まれる前から知ってる親戚のオバチャンたちに、小さい頃の失態を色々あげつらわれて可愛かったわねーそうよねーって悪気なく延々言われるあの感じね。つら!」
右「夕霧くんはその点、プライドが回復されてアゲアゲだから全然気にならないと。わっかりやすいわねー。まあでも、楽しそうな雰囲気は伝わって来るしいいんじゃない?」
はい!お蔭様で今は誰も彼も何の不足も無い、大満足な日々を送ってます!私も、いつかこんな結婚が出来ればいいなあって感じ!まあ、あんまりメンドクサイ人じゃないほうがいいですけどねフフっ。
三条宮邸からは以上です。ではではまた!
侍「若い……やっぱり若い」
右「ダメよ侍従ちゃん、私たち二十代設定なんだから。やっと同年代になってきた的な風に反応しなきゃ」
王「そうすると私は永遠のアラサー設定かしら。いいわね、それでいこうっと。あ、ところでさ、来月あたり行幸があるわよ?六条院に」
侍「エエっ!!行幸……そんな対象になるような所になったのね……すごすぎー!」
右「そうなんだ。通りで色々模様替えっていうか、あちこち整備してんのね」
王「今回はすごいわよ。何と朱雀院さまもいらっしゃるらしい。新旧帝揃い踏み。もちろん太政大臣も参加だから、主だった殿上人も殆ど行くんじゃない?お付きの数だけでも半端ないわね」
侍「マジで!っていうか王命婦さんの情報通っぷりが相変わらず半端ない……」
右「ホントそれ。何で私より詳しいの(笑)まあ警備の問題もあるだろうから、あんまり表には出してないのかもだけど。一大イベントよね」
侍「いいないいなー!六条院のお庭も紅葉がキレイな時期だしサイコーじゃん!お接待大変かもだけど、あとでレポよろしくねん右近ちゃん♪」
王「実況してもいいのよ?(タブレットすー)」
右「りょ、了解。頑張るわ」
参考HP「源氏物語の世界」他
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