「レナードの朝」

幻覚の脳科学 見てしまうひとびと」のオリヴァー・サックスが原作者。というか、原作はノンフィクションなのね。(映画はそれを基にしたフィクション)ロバート・デニーロが若い。そして演技が凄い。

「レナードの朝」ペニー・マーシャル
Awakenings Penny Marshall(1990米)


【60字梗概】
昏睡状態だった男が熱意ある精神科医により新薬を投与され覚醒して生活を楽しんだが、薬が効かなくなり元へ戻ってしまった。

……こうして書くと誠に救いがないが、不器用だけど誠実なセイヤー医師、それに呼応した看護師やスタッフたちの、レナードはじめ患者たちへの心をこめたケアが身に沁みる感動作だった。
 何の反応もないように見えていた患者たちが束の間「元の自分を取り戻す」わけだが、その「自分」は一体何処にいたのだろう?たかだか薬の力くらいで、外から降ってわくはずもない。新たに形成されたわけでもない。この世に生まれて過した年月と経験で出来上がった「自分自身」は、表に見えていなかっただけで、消えてはいなかった。投薬があろうがなかろうが脳の中にはちゃんと存在しているのだ。何と不思議なことかと思う。「自分」という存在は脳の中にあって、PCのハードディスクの中のデータのように一度書きこまれれば二度と消えず、上書きされようがバラバラの状態になって読み込めなくなろうが残り続けるのだ、物理的に壊れて消えるまで。
 そう考えると、レナードや他の患者の束の間の目覚めは決して無意味なものではなかったと思える。新たな書き込みをされた自分自身は、目覚める前の自分とは明らかに違う。それが当事者にとって良いか悪いかは別として。自分がもしこうなったとして、結局元に戻ってしまうならいっそ前のまま、何もわからないままの方が良かった、と思うだろうか?多分思わない気がする。束の間であってもそれは確かに自分自身による人生への新たな書き込みであり、それは命が終わるまで消えないからだ。
 これは是非原作も読んでみなくては。

にほんブログ村 映画ブログ 映画備忘録へ
にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿