空蝉(三)最終話
「えー右近ちゃん、でも昨日より大分マシじゃない?天気いいしさ。まさに三寒四温てやつ?」
「確かに。節分過ぎると春に向かうってホントね。昔の人は凄いわー」
・・・しばしお茶を啜る二人・・・
「では行きますか。空蝉最終話ー♪」
「いよっまってましたー♪」
…
「さて、空蝉の術にまんまとしてやられてすっかりヘコんだヒカル王子、少年を車の後部座席に乗せ、すごすごとおうち(二条院)に帰る」
「あら、少年またおつきあい?」
「そうよー。ヒカル王子、もう誰かに愚痴らないとやってらんない状態、
『あんなふうに逃げ出すなんて、何も知らない小娘じゃあるまいし。そう思わなーい?少年』
なんて、爪をプチプチ弾きながら恨み言をぶつぶつ」
「少年、大変ね……つか王子、オヤジくさい」
「確かにミットモナイことになっちゃったからね、少年もさすがに王子が気の毒で、何とも慰めようもない。
『どんだけとことん嫌われてんのかな俺。自分がイヤになっちゃうよ。なんで、逢ってくれなくてもせめて、お返事だけでもしてくんないかなー。俺、あの伊予介じいさんにも劣るってことなんだね。超冷たくない?』」
「あ、どさくさに紛れてまた失礼なことを(笑)」
「なんていいつつも、さっき持ってきた空蝉さんの小袿を、掛け布団と一緒にはおったりなんかして」
「えー?ヤダなにそれ…ドン引き…」
「少年はまたも空蝉さんの代わりに夜のおもてなし」
「ヒカル王子、ヤケくそだね、もう(笑)」
「『君は可愛いけど、あんなつれない女の弟なんだもんねー。いつまでかわいがってやれるかわかったもんじゃないもんねーっ』
少年、しょんぼり」
「ひっどー。完全八つ当たりじゃん」
「そんなこんなでゴロゴロうだうだしてて眠れないヒカル王子、突然思いたって硯を持ってこさせる」
「お、後朝の文ですか♪」
「一応ね。でもヒカル王子完全にやさぐれちゃってるから、空蝉ちゃんとは最初の一回きりで、今夜もその前もナーんにもなかったんだもんねーだからちゃんとした形式じゃあ書きたくないんだもーん、て、いかにもいい加減に流し書きしましたよって感じの紙を少年に持たせたわけ。 こんなふうに
『殻を脱ぎ捨てた蝉のように逃げ去った貴方ですが
それでもなお、その人柄が恋しくてたまりません』」
「ほうほう、殻と柄をかけてるわけね。で、軒端の萩ちゃんには?」
「な し」
「えぇえ、やることやっといてスルーですかー?」
「あまり事をはっきりさせると、萩ちゃんにもつらいことになるしねー。特に人間違いされちゃったなんてことバレたら、とんでもなくまずいじゃん」
「うわーそれショックなんてもんじゃないわよね。まだ若い盛りだってのに。いくら現代よりユルイ感じの通い婚っていっても、今後の縁談にも差し支えるってもんよね」
「王子にとっても不名誉だし、こじれること確実だから、要はこれ以上関わりあいたくない(笑)。だけど王子は未練がましく、空蝉さんの香りつきの小袿を身近に置いて眺めてんのよね」
「おいおい、匂いフェチ?って平安時代の特徴ね、そこにこだわるのは」
「さて、お手紙を受け取った空蝉さんはどうしたかというと」
「少年をめたくそ叱り飛ばしたっ」
「ピンポーン♪
『とんでもないことをしてくれたわねっ。なんとか人目はごまかしても、誰がどう思うかなんて知れたものではなくてよっ。本当に困ったこと。アナタみたいな幼い子供にこんな浅はかなことやらせて、ヒカル王子だってナニ考えてらっしゃるのかしらっ』
とえらい剣幕」
「あーあ少年、あっちでもこっちでも叱られて(泣)」
「それでも空蝉さん、さすがに例のお手紙は手に取って見てみた。私が脱ぎ捨てた衣【伊勢の海人のように】汗臭くなかったかしら、と思うと、いてもたってもいられず、ざわざわと心は乱れる」
「そうよねえ、わかるわあその女心。で、荻ちゃんはどうしてんの?」
「うかうか人に言える話でもないしさ、なんか恥ずかしいしーなんて、一人物思いにふける日々よ」
「ふむふむ」
「少年が行き来するたびに胸キュンするんだけど、何の音沙汰もない」
「か、かなしー」
「もともと陽気であまりものにこだわらない性格だから、それほどヘコんだりはしなかったのが救いだけどね」
「うーん…荻ちゃんにとってどういう思い出になるのかしらん、これ」
「このままいくと真相を知ることは一生ないだろうから、なんとなーく都合の悪いことは忘れていって、年取ってから
『実は私、あのヒカル王子とラブラブだったことがあるのよー♪』
『まーた始まった、おばあちゃんてば』
『その話もう十回目よ』
てな感じの、周りには嘘かホントかわからない『思い出』になるんじゃないかしら」
「・・・ま、若いし先も長いんだから、いっか」
「そうそう。でも、そうはいかないのが空蝉さん。なまじっかすべてを諦めて平穏無事な生活をしてたから、突然のヒカルの情熱に対応できなかった。でも完全に悟り澄ましてるわけでもないから、忘れることも出来ない。心の底に押し込めてたものを呼び覚まされて、せめて独身だったなら…なんて思ったりもして」
「でもさ、ホントに身軽な独り身だったらヒカル、ここまで執着しなかったんじゃない?空蝉さんが中の品ていう完全に自分より下の身分の人妻、要するに普段なら対象外の接点なし・自分の周りにはいないタイプだったから興味を持ったんだし、予想外に拒否られてさらに燃え上がっちゃったっていうか。単にかるーく遊ぶだけなんだったら、若くて可愛い触れなば落ちんの軒端の萩ちゃんでいいわけだし」
「あら、いつになくキッツイわね侍従ちゃん。でもそのとおりなのよね。いまさら身分も生活も変えられるもんじゃないし、『もし~だったら』なんてこといってもはじまんない。空蝉さんもその辺はよーくわかってはいるんだけど、思いを抑えきれず、ヒカルの寄越した手紙の片方にこう書き付けずにはいられなかった。
『空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないように
私も人知れず袖を濡らして泣いております』」
「ううう(泣)泣けるわ。ヒカル、やっぱ若いっていうか、ノーテンキよねえ…空蝉さんの心の綾とか機微とか、なーんもわかっちゃいないんだろうね」
「だねー」
<夕顔 その一につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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