2015年12月14日月曜日

夕顔 その一

久しぶりの「ひかるのきみ」再開です。「夕顔」の段、2008年5月にもうひとつのブログで公開したものを加筆修正しました。今見るとこっ恥ずかしいことこの上ありませんが、せっかくなので置いておきます(^_^;)。

「夕顔」の段、始まる前にちょいと解説。


「空蝉」以来、堰をきったように恋の遍歴を重ね、名実ともに肉食系に変貌したヒカル。「中の品」であった空蝉さんの後、これまた超絶「上の品」の女性を手中にする。

その名も「六条の御息所」(ろくじょうのみやすどころ)。
 早死にした先の東宮、つまり現社長の兄にあたる人の未亡人、家柄も超一流なら、教養高く風雅の心得も深い、誰もが憧れる年増の(といっても二十代後半)美女である。
 だが彼女を得てもなお、ヒカルは満足できない。六条方面にお忍び歩きしつつも、その目は獲物を狙うハンターそのもの、新しい恋を常に追い求めています。

 平安時代、高貴な人々には乳母がいた。乳母というからにはもちろん「母乳が出る」、つまり赤ん坊を産んだばかりの人であるから、必然的に自分の子どもと仕えている人の子ども、同い年の二人以上に乳をやる。いわゆる「乳兄弟」と呼ばれる特殊な関係性がそこにできあがる。

 ヒカルの乳兄弟は惟光(これみつという男。上記の理由でヒカルとは生まれたときから主従関係にあるものの、同じ母の乳を飲んだ幼なじみでもあり、身分の差の割には気安く言いたいことを言い合える仲でもあった。
 その惟光の母つまりヒカルの乳母は、大病をしたため尼となった(俗世間で生きる罪深さを解消し、汚れを捨て去る=病を治す、または亡くなったとしても極楽に行けるように、との思いから、出家する人が多かった)。あるときヒカルはふと思いついて、五条の街中に住む、出家したばかりのこの乳母を見舞うことに。

「夕顔」の話はここから始まる。

先に言っておくと、この段はかなり情景描写が多いです。身分違いの恋を描くので、家屋敷の違いやなんかをはっきりさせとかないとっていうのが一番の理由でしょうが、さらにいえば読者の大半が上流階級であったこと。外出のままならない深窓の姫君たちには、シツコイくらいに説明しないと理解してもらえなかったのではないか。普通の街中の様子を詳細に描いて楽しんでもらうという目的もあったかも。今のように画像つきでSNSあげちゃうとかできませんからね。しかし今自分で読んでみてもキツイわこれ・・・けっこう伏線がはってあったりするので割とフルに書きましたが、要するに夕顔の人とヒカルが初めて歌をやり取りした時の話です。まあ適当に飛ばし読みで。きっと女房さんたちならそんな感じだったと思う(笑)。


 車は乳母の家に着いたものの、来客用の表門が施錠してあり入れない。惟光が人を呼びに行く間、ヒカルは車内で待つことになった。
 ゴチャゴチャと小さな家がたて込んだ五条大通りをもの珍しげに見渡してみると、隣の垣根は、上流貴族の屋敷ではついぞ見かけないタイプ、しかもごく最近しつらえられたように真新しい。下半分に檜の薄い板を網代に組んだ桧垣が嵌め込んであり、上半分は半蔀(外側に釣り下げる形の戸の一種)を四、五間分(約7.2m)ほど上げ渡してあるので、内部がよく見通せる。
 白く涼しげな簾の向こうでは、綺麗な額つきをした女性らしき透き影が大勢、こちらを覗きこんでいた。立ち歩く姿の下の方は桧垣に隠れているが、踏み台にでも乗っているのか全員やたら背が高いように見える。このようなしもた屋に似つかわしくない小奇麗な女子集団、不思議に思いながらも興味しんしんなヒカルであった。

 軽い外出なので車はいたって地味、道をあけさせる役の部下(前駆)も付けていない。まさか俺とはわかるまい、こんなとこに見知った人もいないだろうと気楽なヒカル、車の中から隣の家をそっと覗き見る。門は蔀戸のようなものを棒で押し上げてあるだけで、奥行きはなく、ごく庶民的なささやかな家だ。ヒカルはしみじみと
「人間、何処で最期を迎えるかなんてわからないものだよね。こういう場所が終の棲家、になる可能性だってあるわけで」
世の中の無常はあばら家に住もうが豪邸に住もうが同じだなと思いを巡らせる。

 瓦屋根のように横板を下から少しずつ立て重ねて作った板塀に、青々とした葛の葉がいい感じに這いまつわっている。そこにぽつんとひとつ、微笑んで咲いている白い花。
「遠方人にもの申す」
(元歌:うち渡す遠方人に物申す我そのそこに白く咲けるは何の花ぞも)
というヒカルの独りごとに、
「あ、何の花かとお聞きなのだな」
と察したお付きの一人が答える。
「あの白く咲いている花は、夕顔と申します。名前こそ一丁前ですが、こういううらぶれた垣根に咲くんですよね」
確かに、小さい家がごちゃごちゃ寄り集まる界隈で、今にも倒れそうに傾いた家の軒先に這いまつわっている。
可憐で美しいのに、こんなむさくるしい場所で咲くしかないなんて、可哀想な運命だねぇ。ちょっと一房取ってきてよ」
 ヒカルが頼んだので、付き人は押し上げてある門からちょっと中に入って花を手折る。そのとき質素だが小洒落た戸口から、黄色い生絹の一重袴を長く着こなし垢抜けた感じの少女が一人出てきて、おいでおいでをする。たっぷり香をたきしめた白い扇を付き人に差し出し
「これに置いてお持ちになったほうが良いですよ。枝もかよわい花ですから」
と言って渡した。扇はちょうど表門を開けて出てきた惟光に預けられた。
「いやいやいや、鍵がどこぞに消えたのやらわからなくなってしまって…ご迷惑おかけしました。王子を知る方はこの辺にはおられないとは思いますけど、こんなに人の往来が激しい道端で長々おまたせしてしまって、いやほんと申し訳ない」
 恐縮しきりの惟光の後に続き、さっそく門から中に入る。惟光ファミリー(兄の阿闍梨坊さん・婿の三河守・娘など)は、身内で寄り集まっているところに超VIP・今をときめくヒカル王子がやってきたものだから、もったいないやら緊張するやら、ひたすら粗相のないようにとかしこまっている。
 例の元乳母、尼君は起き上がり、
「わたくしも歳で、身上も弱ってきてしまったものですから、頭を丸めて出家いたしましたのは特にどうということもありませんでしたが…ただやはり貴方さまに、髪を下ろした姿をご覧に入れるのは辛くて、ついついご無沙汰してしまいました。ところが尼になり、仏様の教えを守って寝食清く正しく生活していましたら、まあなんということでしょう、元気がでてきましたの。それでまたこのように、貴方さまにお会いできて、今はもういつ阿弥陀様のお迎えが来てもいいような、穏やかで安らかな気持ちですわ」
などと繰り言を述べつつ、よよよと泣いてみせる。

長いこと、今日はどうか明日はどうかってすごく心配してたんですよ。お元気になられて何よりです。何よりですが、まさか世を捨てられるとは……寂しいなあ、私も捨てられちゃったみたいだ。おば様、どうか長生きして、私が立派に出世してひとかどの男になるのを見届けてくださいね。ご心配ばかりかけたままでは、精進の妨げになりますから……九品浄土の最上位に生まれ変わるには、この世に心残りがあってはならないといいますもの」

 乳母にとっては、たとえデキが悪い子でも可愛いものなのに、ましてやヒカルのような飛びぬけて容姿端麗・頭脳明晰・将来性抜群の王子に、目をうるませながらこんなことを言われたらもう泣くしかない。
「お母さんたら…現世を捨てて出家したっていうのにそんなに泣いちゃって・・・どーすんの、ねえ」
 乳母の子どもたちは、まったく年寄りが(といっても多分四十前後)見苦しいわ~とつつきあって目配せしあう。
一方ヒカル王子はさらにノリノリ、すらすらと口をついて出る殺し文句の数々、

私は幼くして母や祖母に死に別れてしまいましたから、本当に親しく甘えられるような方は、こちらのおば様だけなんですよ。大人になった今はいろいろ制約もあって、朝に夕に顔を合わせるというわけにもいきませんし、こちらにうかがうことも思うようにはなりません。ほんのちょっとの間お会いできなくても、心細い気持ちになりますのに…まことに『♪避けられない別れなどあってほしくない♪』ですよ」

などなど、さすがにやや芝居がかってはいるものの、涙をぬぐうヒカルの袖から所狭しと匂いたつ佳き香り。
当初、尼君のはしゃぎっぷりを苦々しく見ていた家族たちも、
「よくよく考えてみれば、こんなステキ王子が乳母子で、こんなこと言ってもらっちゃって、うちらの母様超ラッキーかも…」
と感激してもらい泣きする始末。

 尼君のための修法など、するべきことの段取りをすべて整えたのち、帰り支度を始めるヒカル、惟光に灯りを持ってこさせ、先ほどの扇を改めて見てみた。こなれた移り香がよく染み入っていて、持つ人の姿や性格までうかがえるようだ。洒落た感じで書き流してあるお歌がまたいい。
「もしかしたら貴方はあの方?白露が光かがやいて夕顔の花を照らしています」
何気なく書いたふうなのに、上品で教養も深そう、お?これは、と興味を惹かれたヒカル
「西隣の家はどういう人が住んでるんだい。何か聞いたことある?」
惟光、また悪い癖がと思いつつも口には出さず、
「この五、六日ここにおりましたけど、何せ病人持ちですからねえ。放って出歩くわけにもまいりませんでしょ。ですから隣のことなんか何も知りませんよ」
と、そっけない。
「何だよ冷たいねえ。だけどさ、この扇が、調べてお願い♪て言ってるんだよ。だからぁ惟光ぅ、この辺りに詳しい人、誰かみつくろって聞いてくれなーい?」
ヒカルはくじけずいいつのる。
 仕方なく惟光は隣の家の門を入り、管理人らしき男を呼びつけて聞き込む。

「揚名介って人の家らしいです。ご亭主は田舎に引っ込んで、奥さまだけいらっしゃるそうで。この奥さま、けっこう派手な方のようですが、でもまだ娘と言っていいお年だそうです。そうそう、OLやってる(宮仕えしてる)姉妹がちょくちょく出入りもしてるという噂です。本当かどうかはよくわかりません」
「ふーん、そういうこと。ではそのOLちゃんたちなんだな。堂々と、世慣れた感じで詠みかけてきたもんね。ま、そうたいした身分ではなさそうだけど」
俺様を名指しで詠みかけて来たその心意気はかうぜふふふん、などとまたいつもの血が騒ぎ出したヒカル。お返事はとっときの紙をわざわざ使って気合をみせる。
「もっと近寄ってはっきり誰かと確かめたらいかがですか
黄昏にぼんやりと見えた花の夕顔を」
先ほどの付き人に持たせて渡した。
 隣の家の女性たち、実際にヒカルの姿を見たことはなかったものの、どんなに地味にしていてもバレバレなその雰囲気を見逃すはずはなかった。私たちわかっちゃったもんねー♪と伝えて驚かすつもりが、待てど暮らせどなかなか返事が来ない。
 あらシカトされちゃった?外したかしら?
と皆でヘコんでいたところに、しっかりお作法を踏まえた挑戦的なお返しが(゚∀゚)キタコレ!!
「ヤバーイ!どうしよっ、どーすんのっ?」
とキャーキャー大騒ぎ。
ふ、王子の気まぐれは一回きりだよ、と付き人は思いつつ立ち去ったのであった。

 車を先導する家来がかかげる松明はほの暗く、しずしずと目立たぬように出て行くヒカル一行。隣家の半蔀はもう全部下ろされている。隙間から洩れる光は、蛍よりもっとほのかでなかなかの趣。
 ヒカルはそのまま、かの六条の御方のもとに参上。彼女の屋敷は木立も前栽も超ゴージャス。それでいてのどかに趣味よく住まっている。美しく賢く高貴な年上の女性との緊張感のある関係、先ほどの垣根の女性たちとはあまりに違う。キャーキャー騒がれることなんて慣れっこのヒカルはもう思い出しもしない。 
 翌朝、ヒカルはすこし寝過ごして、朝日が射す中を帰っていく。きらめく日の光に輝く、ややしどけない朝帰りの姿はあでやかに美しい。モテるのも道理なのである。

 今日もヒカルは例の蔀の前を通り過ぎる。六条の御方のもとに行くたびに通る場所だが、たった一度歌を遣り取りしただけのことが気になって
「どんな人が住んでいるのだろうなあ」
とついつい目がいってしまうのだった。

参考HP「源氏物語の世界」 
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/

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