空蝉(二)オフィスにて♪
「侍従ちゃんてば・・・今時B級映画でもこんなベタな煽りしないって」
「あら右近ちゃん、わかってないわね。時代はいつも王道を求めるものなのよ♪」
「(王道の解釈ちがくない?)まあいいわ、続きつづき」
・・・・・・
「まさかヒカルが三たび忍び込んでいるとは、夢にも思ってない空蝉さん。きっと私のことなんてもうお忘れね、やれよかった、と思いつつも、あの妖しい夢のような一夜が昼も夜も頭から離れない」
「ほうほう。つれないそぶりをしてはいても、やっぱテキは超絶モテ男のセレブイケメン。とても平静ではいられないわっ」
「春先に次々と芽吹く木の芽のように」
「……木の目さん?」
「(笑)ありありと目に浮かぶアレコレで、とてもじゃないけど熟睡できない日々が続いたりして」
「ヤバーイ、やっぱり羨ましー」
「そこに何も知らない軒端の荻ちゃんが無邪気に『一緒に寝ましょ♪』なんてやってきた」
「ふむふむ。さっきのエロ可愛い若い娘ね、むひひ」
「侍従ちゃん、オヤジくさい。で、キャッキャッおしゃべりしてたと思ったら荻ちゃんあっというまに爆睡」
「ほうほう♪」
「空蝉さん、ふと、そこはかとない気配に気づく」
「お!さっすが勘がいいわねん♪」
「と同時に、あたり一面にぱーっと広がる、覚えのある香り。こ、これはもしかして!」
「もしかしなくてもー♪」
「ヒカル王子、またしても!几帳に引っ掛けてある着物の隙間、暗いなかでもはっきりわかる、にじり寄る人影」
「ドキドキ!」
「これはなんとしたことかしら、どうしよう、どうしたらいいのかしらとパニクる空蝉さん、やおら身を起こし、やわ絹の薄い着物一つはおって、そうっと床を這い出した」
「え?一人で?」
「そ。一人よ。
そうとも知らず入ってきたヒカル、女性がたった一人寝ている様子に、心の中でガッツポーズ。
一段下のところには二人ほど誰か寝てるようだけど、かまうもんかい、と、布団代わりの着物を押しやって、そっと寄り添う」
「きゃー!狼が来たー!荻ちゃんっ、逃げるのよっ」
「ん?なんかこの間より大柄なような気がする??」
「失礼ねーヒカル」
「しかも荻ちゃん、寝起きが悪くてなかなか目を覚まさない。
なんかおかしいな?あんときはすぐ……あれれ全然違うじゃん、と徐々に事情がわかってきた」
「ぷっ(笑)」
「王子、マジかよ!と驚愕するも、頭の中は素早く計算。
『人違いでしたごめんねーなんてオロオロすんのもカッコ悪いし、お間抜けだよな。かといって本命の空蝉ちゃん、こんなふうに逃げるばっかりの女を今からまた探しにいくってのも、なんかストーカーみたいだし、ダサ……』などと思う」
「みたいじゃなく、そのものじゃんねえ。ストーカー」
「『それにこのコ、あのとき灯りの下で見た、あの可愛いコだよね。別にこっちでも全然OK♪なわけだしー』」
「きゃー、サイテー!ていうか空蝉さんもたいしたタマじゃない?義理の娘を置いてきぼりにするとは」
「あはは。さて当の軒端の荻ちゃん、やっと目が覚めたものの何がなんだかわからない。知らない間に知らない男が枕元にいる、という事実に、ただただビックリ仰天、深く考える余裕もないから、ヒカルの様子がおかしいことにもゼーンゼン気がつかない」
「そりゃそうよ、怖いってフツー」
「ところが案外、この荻ちゃん、おマセさんだった」
「え。経験アリ?」
「いや、なかったんだけどさ。耳年増っていうの?なんとなく心得てるっていうかー、とにかく空蝉さんみたいに、全身で拒否!ってことはしなかった」
「なーるほど。まあ、王子カッコいいしね。女扱いも慣れてるだろうし。あたしだって拒否る自信ないわー、ていうかもう、即カモナマイハウス♪かもー、きゃー言っちゃったきゃー」
「はいはい。で、ヒカルは、自分の素性を明かしたくはなかったんだけど、
『なーんにも知らないこのコにしたら、どういう事情でこういうことになったのか、後々悩むかもなあ、俺的にはなんてことないけど、あの強情な女はやたら世間体を気にしてたし、ヘンにこの家がもめるのもさすがに後ろめたい』
なーんて思って、何度か方違えに来てたご縁でたまたま忍んできたんだよん、てことにして、うまくとりつくろったわけ」
「ほうほう、その辺は百戦錬磨の二枚舌ってやつですな」
「まあね。空蝉さんみたいな人なら、嘘とか言い訳だとかすぐ気づくだろうけど、間違えられた軒端の荻ちゃんはまだ若いし突然のことでテンパってるし、とてもそこまでは頭がまわらないのね」
「まあ、いくらおませに見えたとしても、男の本音を見抜けるまでにはねー♪まだまだ修行が必要よねー♪」
「そうね。王子にとって荻ちゃんは、決してキライなタイプじゃないんだけど、とりたててどう、っていうこともなかったわけね。だからなおさら『あの忌々しい女』の気持ちが恨めしい~」
「オイオイやることやっててそりゃないでしょヒカルっ」
「『こそこそ逃げ出して、今頃はしてやったりと思っているんだろうなあ。ここまで強情な女はめったにいないよマジ』
と思いつつ、忘れることも出来ずついつい考えてしまう」
「うーん、目の前の可愛いピチピチ娘より、ツンデレ……ていうかツンツン?人妻ですか(笑)」
「だから侍従ちゃんオヤジくさいって(笑)ま、そうはいっても荻ちゃんの素直で若々しい様子もなかなかイケてるので、ヒカルも悪い気はせず、愛情こまやかに口説き倒す」
「ふんふん、聞かせてもらおうじゃないの」
「『世間に認められた仲よりも、こういう秘密の仲のほうが燃えるもの、と昔の人も言ってます。私があなたを思うのと同じくらい、あなたも私のことを思ってください。隠さねばならぬ事情がなきにしもあらずな(つまり妻もちの)私ですから、わが身ながらも思うに任せないのです。また親御さんたちにもきっと許してもらえないだろうと、今から胸を痛めております。忘れないで待っていてくださいねー』」
「あらまあ、教科書に載せたいくらいの常套句ねえ」
「何の教科書よ侍従ちゃん。ま、とにかく歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく連発したわけね。若い荻ちゃん、
『他人がどう思うかと恥ずかしくて、お手紙も差し上げられませんわ』
なんて無邪気に言ったりして、ヒカルもにこやかに
『むやみに誰彼となく言わないで、この小さい殿上童(少年のこと)にこっそりお手紙を託しますからね。どうか何気なく振舞っていてください』
なんて適当に言いくるめて、とりあえずその場をおさめて出てったわけ。空蝉さんが脱ぎ捨てたとおぼしき薄衣を手に取って、ね」
「ゲットー!と思ったら中からっぽ。あ、なーるほど。『空蝉』の術ー♪てわけね(笑)」
「そうそう♪
で、少年ね。屋敷の外に出るには、やっぱり少年が必要。すぐ近くに寝ていたのを起こしたら、彼もちょっと後ろめたい気持ちがしていたのかぱっと目を覚ました」
「気の毒ねえ、少年(泣)」
「そうっと戸を押し開けると、年老いたメイドさん(女房)が向こうから
『誰?そこにいるのは』
なんて大声で聞いてきた」
「ピーンチ!少年」
「面倒だなと思いながらも少年『僕だよ』と答えるんだけど、オババしつこい
『こんな夜中に、なんで外を出歩くわけ?』
と余計な世話を焼き、外に出てくる。少年うわー、やめてくれよう状態で
『出歩くわけじゃありません。ちょっとその辺に出るだけですからっ』
といいながら、急いでヒカルを押し出すと、夜明け近い月の光があたり一面明るく照らし出したもんだから、ふと影が見えちゃったのね、オババに。
『あら、もうお一方は、はてどなたかしら』」
「げげっ!見つかっちゃった?」
「オババ、年だからね。
『あら、民部のおもとさんなのね。けっこうな背丈ですこと』
と勝手に間違えてくれた」
「平安時代って、背の高さは美点じゃなかったからねえ、女子には」
「そうそう。だからオババ、てっきり少年がそのおもとさんと内緒で夜の散歩、だと思い込んだみたいで
『ま、そのうちにあなたも同じくらいの背丈になるでしょうよ』
なんてからかいながら、ずかずか自分も外に出てきた」
「ヤバイじゃん!(笑)」
「そ、非常にキッツイ状況(笑)だけどまさか押し返すわけにもいかないから、渡り廊下の戸口にヒカル王子を隠して立ってたんだけど、このオババさらににじり寄って
『あなた、今宵は上の棟にいらしたの?おとといから私はお腹の具合が悪くてねえ、どうも調子が出ないもんだから奥に下がってたのに、人が少ないからって昨夜呼ばれちゃってさ。う、やっぱりダメみたいだわ』
と顔をしかめる」
「誰かに聞いてほしかったわけね、オババ」
「そうかもね。結局オババ『腹が、腹が、いたたた。ではまた後で』
なんつって一切気がつかないまま通り過ぎてっちゃったから、やっとこ二人は外に出られたってわけ」
「間一髪ってやつねー」
「そうね。ヒカル王子も、さすがに『こんな、コドモを手引きに使って忍び歩きなんて無謀な真似、やめときゃよかったなあ。ふー。なんか疲れた。もうコリゴリ』と思った……かもしれない」
「でもまたやるよね、きっと。このヒト」
「あはは。どうだかね」
・・・・・・・
「ところでさ、右近ちゃん」
「なあに、侍従ちゃん」
「この『オババ』っていくつくらいなんだろ」
「三十過ぎってとこじゃない?平安時代なんて、結婚は普通十代だし、二十歳過ぎたらもう年増扱い、三十路なんかもうオバサンどころか婆……あら?なんか石が」
「キャー!なんか一杯投げられてきたー!何ー?!ポルターガイストー?!」
「逃げるのよー!」
<空蝉 その3最終話 につづくっ>
参考HP「源氏物語の世界」
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