空蝉(一)
「なあに?右近ちゃん」
「この彼女……伊予介の奥さんね、こっから『空蝉さん』て呼ぶから」
「うつせみ・・・・って、蝉の抜け殻のことだよね。なんで?」
「理由を言っちゃうとネタバレしちゃうから、内緒♪」
初めての敗北、屈辱にまみれ眠れない夜を過したヒカルに明日はあるか?!次の一手は?乞うご期待!
「だから、アオリはもういいって侍従ちゃん(笑)」
「や、つい(笑)」
「さて、プライドズッタズタのヒカル王子、
『こんなの初めて。世の中のキビシサを思い知ったよ、うう。恥ずかしくてもう死んでしまいたい』
とめそめそ泣きながらも、次への布石は忘れない」
「何それ、どゆこと」
「あの少年よ、少年」
「・・・え?まだいたの?」
「そうよー。空蝉さんの代わりだもの」
「ふーん・・・・って!えええ!代わりってソレは何の代わりっ」
「やあねえ侍従ちゃんたら、こういうことはスルーなさいっていつも言ってるのに。珍しい話じゃないでしょ今も昔も。とにかく彼をおさえとかないことには、次もないしね」
「お、王子ったら(絶句)見境ないわね…ていうか手段を選ばないってか」
「おかげで少年、すっかり舞い上がる。とっとと帰っちゃったヒカル王子を
『本来ならお歌でもかわして、後朝の別れってやつなのに』
なんてちょっと恨んだりなんかして」
「罪深いやつよのう…で、空蝉さんは?あーせいせいしたわって感じ?」
「いや、こっちはこっちで複雑なのよー。
『ちょっとやり過ぎちゃったかしら・・・あれきりお手紙も来ないし。きっともうコリゴリだと思ってらっしゃるのね。
でもでも!もしつきあったとしても…私みたいな身分も低いパッとしない女とそんなに長続きするとは思えない。最初はよくても、だんだん関係が冷えてって、ついには自然消滅ってパターンよね絶対。 こんなに強引で傲慢、上から目線なやり口が続くのもなーんか微妙だし。
やっぱり、最初から何もなかったことにするのが一番無難なの!そうなのよ!そうに決まった!』
なーんて思いつつ、心は乱れて物思いにふける日々なわけよ」
「うーん、羨ましいような、気の毒なような」
「王子の方も、超ムカツクーと思いながらも気になって仕方ない。迂闊に誰にも言えないから余計。話せるのはただ一人あの少年だけ。
『もうほんとにつらいやら情けないやらで、忘れようにも忘れられないよー。またチャンスがあったら、今度こそ会えるようにしてよ!ねっ頼むよ!』」
「で、がんばるわけね、少年(笑)」
「そ。チャンスはまた巡ってくる、それも完全無欠なチャンスが!」
「わくわく!それは?!」
「息子の紀伊守が、仕事でいったん地元に戻ることに」
「とすると家には、男あるじは居ない状態」
「夕闇に紛れて、屋敷に向かう牛車。早く早く、門に鎖がかかる前に。だがあくまで目立たず地味にひっそりと」
「ふんふん。やるね少年」
「番人たちも、相手が子どもだからあっさりスルー。まんまと、ヒカル王子を中に入れることに成功」
「よっしゃあバッチコーイ!」
「って侍従ちゃん、どっちの味方なのよ(笑)
とりあえず王子を東の妻戸の前に立たせておいて、自分は南側の部屋の格子を叩いて声をかけた。ま、ちょっと大げさにやったわけね。隠れてるヒカルに注意を向けないため。
『そんなに叩かなくても丸見えよー』
とメイドさんたちの声。
『この暑いのに、なんで格子なんか下ろしてるの?』
『昼から、西のお嬢さんがいらしてて、碁を打って遊んでるから、一応見えないようにしてるのよ』
おお、なんとラッキー。これは是非拝見せねば、と色めき立つヒカル王子、簾の間からすっと中に入る」
「西のお嬢さんって、伊予介の娘でしょ。たしか軒端の荻ちゃんって言うんだっけ、イマドキな感じで可愛いコよね」
「そ。王子はそうっと隅っこに寄って覗き込むんだけど、なにしろ暑いもんだから屏風も衝立(几帳)も置き方がいい加減で、ほとんどゼーンブ見通せたわけ」
「ほうほう、つまりスキだらけだったと」
「まあ、『中の品』、つまりはフツーのお家だもんね。王子の正妻さんのお屋敷みたいに、奥の奥まで格式ばってるワケないわよ。
とにかく目当ての人はすぐ察しがついた。二人のすぐ近くに灯りが置いてあったしね。空蝉さんは濃い紫の綾の単がさねっていうの?その上にもう一枚長めの上着着てた」
「なんか…地味?つかオバサンくさくね?真夏なのに」
「いやいや、それが『お品がある』っていうのよ。ダンナも紀伊守もいないし、お客が来てるわけでもない、普通なら気抜いてもおかしくないシチュエーションなのに、顔や手があらわにならないようさりげなく気をつかう平安女性のたしなみっつうかね」
「へー。継娘ちゃん相手にねえ。アタシなんか実家じゃ、羽伸ばしーのぐーたら放題だけどなあ」
「ドコで誰が見てるかわかんないんだから、オンナは常に気を抜いちゃダメってことなのよ、侍従ちゃん♪ 現に軒端の荻ちゃんは油断しすぎて、超くだけた格好だったわけ。まさか覗かれてるなんて思ってないんだから無理ないけどさ」
「えぇ?どどど、どんな」
「白い羅紗の単がさねに、水色の短い上着みたいなやつを適当にはおってるだけ。胸もガバっとあいてて腰紐の結んでるとこから下の袴も丸見え状態」
「ヒエー!白の羅紗って、それシースルーじゃん!しかもヘソ出し同然!エロすぎー!」
「侍従ちゃん、喜びすぎ。まあヒカル王子も男だからね、おぉお♪ こっちのほうが若くて可愛いじゃん!いいじゃん!とワクテカしたものの、なぜか大して美人でもなく華やかでもない年増の空蝉さんの方に目がいってしまう」
「へー、なんでー?男はやっぱり若い方がいいんちゃうん?」
「なんで急に関西弁に(笑)侍従ちゃん、なんか身に覚えでも?ま、いいや。やっぱりさ、あけっぴろげで素直なのも若さゆえのご愛嬌ってもんだけど、度が過ぎると単なるガサツよね。空蝉さんはすべてにおいて控えめで女らしくて、またそれが人前だから繕ってるのではなく、本当に素がソレなんだから貴重ってことに王子も気がついたわけ。
ほら例の、『こんな下賎な場所にこんなイイ女が!』ってパターンよ」
「ふむふむ。一見地味で目立たない感じだけど、他の女にはない、一本筋の通った空蝉さんだからこそ、王子のハートを鷲掴みして離さなかったわけね」
「そゆこと。さて、夜も更けてまいりました」
「あちこちで戸や格子を閉める音♪」
「何食わぬ顔で、メイドさんたちに指示出しする少年。もちろん姉さんがどこに寝るのかチェックは忘れない♪」
「物陰で待機中のヒカル王子はもう待ち遠しさMAX。少年に
『ねーねーマダー?今日もまたダメ、ってゆわれたら僕しんじゃうかも』
なんて文句をたれる」
「ワガママねー。で少年は」
「”今は人が居ますから、お待ち下さい。必ずなんとかいたします”」
「少年のほうが冷静じゃん(笑)」
「そ・の・う・え、王子がナニ聞いたと思う?
『そういえばさ、紀伊守の妹もここにいるって言うじゃない?ちょっと覗かしてよ』」
「サイテー(笑)さっきシッカリ見たくせに」
「少年
『ムリです。仕切りや衝立もきっちり置いてありますから』
とバッサリ」
「あたりまえじゃん(呆)…どんだけ図々しいのヒカル」
「さてみんなしかるべき場所に落ち着いたあと、少年が入り口近くに寝るといって最後に入る、ここ風通しがいいからねーなんていいつつ」
「でも本当は通るのは風ばかりではなく♪」
「冴えてるわねー侍従ちゃん♪
しんと静まり返った屋敷内に、あるかなきかの風のごと、かすかに響く衣擦れの音」
「まだ、誰も気づかない」
「物思いがちで眠れない、空蝉さえもまだ」
「夜は長いわねー♪右近ちゃん」
「長いのよー♪侍従ちゃん」
<空蝉その2につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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