コロナ禍に乗じて何かする国が出てくるかもしれない
という不安が現実になったような気持ち。早期解決を祈る。
それにしてもついこの間まで冬季オリンピックを楽しんでいたところなのに、目まぐるし過ぎる。ノースキルノー権力の一般人としては、今起こっていることをしっかり追いかけつつ、日常を粛々と生きるしかない。
そのせいか(?)超絶ヘビーな漫画を沢山読んでしまった。ここに書いたラインナップは全て下手なホラーよりよっぽど精神に来るので、よいこはこんなにいっぺんに読んじゃダメよ。
※今回はネタバレしまくりの感想なので未読の向きはご注意を。
ちょっと前に三巻まで読んだ後は結構なダメージを食らってこんな感想を書いたりしたが、続きを読み始めたらまず
「ジェルミの告白を無理やり聞き出しておきながら事実の重さに耐えきれず全否認するイアン」
にやられた。しぬ思いをして告白したのにいきなり思い込みだ、嘘を言ってると手のひら返される絶望と来たら、傷口に塩塗り込むどころじゃない。全然癒えていない傷に更なる滅多刺しをする勢い。ジェルミがその後大荒れに荒れて、自傷他傷薬物に走り破滅一歩手前まで暴走したのも無理はない。イアンお前自分で言えっていったくせになんなんって感じだが、イアンにしたってたかだか二十歳そこそこの坊ちゃん、今まで普通に親として尊敬してたカッコいい父の醜悪でおぞましい面をいきなり突きつけられて対応できるはずがない。事実を認めれば血を分けた自分自身も壊れる。とてつもなく怖かったんだろう。
こういう反応ってよくあることなんだろうけど、とんでもなく暴力的だなと思った。まさにセカンドレイプ、やっと苦しみを吐き出したのにまた汚水の深みに突っ込まれるような。グレッグのような踏み越えちゃった人ではない、ごく普通の人が無自覚に(自衛的に?)振るえる暴力としては最強最悪かも。
全巻通して怒涛の流れで、物凄く長い年月を過したような気持ちになるが実際には、グレッグとサンドラの出会いから数えてもたかだか三、四年。ジェルミが最初に被害に遭って車に細工をするに至るまで一年ちょっと。かくも暴力は短期間で人を壊し、一旦ついてしまった傷を癒やすことは一筋縄ではなく色んな意味でハイリスクハイコスト……ということを実感させられる。二人もろとも深淵に吸い込まれそうな状況から、辛くも最後に這い上がれた要因はなんだろう?
雑で陳腐な言い方だけど、やっぱり彼らに関わって来た多種多様な人の力である。良くも悪くも一人一人全員がそれぞれ一定の役割を担ってる。
この漫画の舞台は欧米だけど、根底に流れる宗教観や価値観はやはり日本のものに近い気がする。キリストや仏陀の出る幕はない。すべてに神は宿り、幸せや愛や許しを与える場合もあるが、時に残虐で酷薄、破壊するものでもある。距離を置くべきものでもある。この作品で完全に自分の中の母と訣別を遂げたといわれる萩尾さんが見た「神」はどんな姿だったんだろう。
それにしても性的虐待、魂の殺人と言われるがまさに。被害者を救うにはどうすればよいか?どういう環境なら立ち直っていけるか?を考えてみれば、この作品の人物設定や背景がこうなってるのも頷ける。嫌らしい話だが、心身ともに深い傷を負って荒れてしまった若者をまるごと受け入れて更生に導くには、費用も手間も半端なくかかる。イアンにもし金と知恵と有効な伝手がなければ、ボストンでジェルミを救い出すことは不可能だったろう。ジェルミがささやかながらも幸せな幼少期を送り、良好な友人関係を育み、教育程度も高かったことも重要な要素だ。
加害者がもしこういう作品を読んだら、どう思うんだろうか。衝撃を受けるのか、受けないのか。それとも自分はこれほど酷くないと思うのか。立ち直れるんなら大したことないと思うのか。
とりとめがなくなってしまった。私としては出来るだけバランスを取りつつ真摯に生きていきたいと願っているが、こういう困難に行き当たったらどうしたらいいものか、何が出来るか、正直いって自信ない。せめて「適正な距離を取りつつ普通に関わる善良な人」(作中のウィリアムみたいな)ではありたいものだが。
さーて次、今まさにタイムリー?なこの題材。
「レッド 最後の60日そしてあさま山荘へ 全4巻」
「レッド最終章 あさま山荘の10日間」山本直樹
これはまた、別の意味で大変だった。前半は読んでいたので、真ん中の「最後の60日」から読み始めたが、のっけから全く意味がわからない展開にただただ困惑した。確かに日本語を話しているはずなのに理解できない。
この人たち何やってんの???どうして殴るの???そんな風にしたらしぬに決まってるでしょ、なんで誰も止めないの???当たり前みたいに参加してんの???
と思っているうちに4冊読み切ってしまった。率直に言って、これほど空虚な、ひとつも役に立たない心に入っていかないセリフばかりの漫画を読んだのは初めてだ。リーダーの北が偉そうに語る言葉は全部「目が滑る」。今自分たちがいるその場所と、実際にやっていることと、その言葉に何の関連が?何一つリンクしてないじゃん。よくぞここまで何ももたらさない言葉の羅列をつらつらと喋り続けられるもんだ、とそこは変な感心をした。
「総括」が本来の意味を外れ、ただの難癖から死に至らしめる暴力に変容する。それを正当化する理屈づけが北の口で語られるが、これがまた。
「(殴られて)気絶した後目覚めた時に生まれ変わったような新鮮な気持ちになってすべてを受け入れられる状態になったことがある」「皆に殴られて気絶してさめた後に共産主義化を話せば新しい気持ちで理解できるはず」
完全に洗脳の手口です本当にありがとうございました。
真っ先に連想したのは大分で起きた剣道部員の死亡事件(北も剣道部だったっていうんだよね、恐ろしいことに)。この顧問のやり口にそっくりで驚いた。いったい何処でこのやり方を学んだのだろう?年齢的に学生運動世代ではないが、出身校は中高ともに関西らしい。教えた人間がその世代ということは充分考えられる。
困ったことに、こういう「指導」を率先して行うとまではいかなくとも、容認する傾向が未だに学校にはある。証拠を掴んで何とかしろと訴えたところで、せいぜい異動させるくらいが関の山。人を教えるプロ集団のはずが、たった一人の問題教師も教え諭せないとは情けない話だが、これだけ色んな場所で多くの先例があり犠牲者も多く出しながら
「この手の指導は最悪の結果に一直線に繋がっている。だから一切やめよう」
とならないのは、「支配」するには手っ取り早く効果も絶大だからなのか?
話がズレてしまったが、総じてここに登場する若者たちは幼い。そしてものも知らない。革命思想については詳しいのかもしれないが、水筒を持ってくるこないで揉めたとか、単なる泥棒や強盗などの犯罪を〇〇作戦とか、およそ教養というものが微塵も感じられない。その癖、皆あまりにも真面目で勤勉なのだ。どこかで時間が止まってしまったかのように、先へ進む道を見失っていつまでもぐるぐる「大人しく」同じ所を回っている。山岳ベースという閉じた空間で、圧倒的に口が回り(ただし中身無し)常にマウントを取り続ける北と、言われたことを素直に受け取り「真面目に」実践しようとする赤城の組み合わせが最悪の流れを作り、「普通」だったはずの若者たちは暗く深い山に呑まれてしまった。
あの事件から50年ということで、色々記事が出ているけれど、これが一番当時の学生運動の実態を表しているかな、という一言を見かけたので抜粋しとく。
「私だって最初は革命なんて考えていなかった。しかし機動隊の壁を崩すという流れにまできたときに、初めて革命、そしてその後に俺たちはどんな社会を作るんだと。共産主義、社会主義の理念は言えても、具体的にどうするんだという問題が出てきた。そこで“足踏み状態”になってしまったのは確かだ」
……は?
なーんも考えてなかったんかい!
開いた口が塞がらぬ。壊したらもう二度と元には戻らんのよ……創り上げていくことがどれだけ大変なことか、自分たちの存在がどれだけの人の手に支えられているものか、何もわからずに安易に変化だけ求めてどうするんだ。何がしたかったんだ。
今の若い子はリテラシー高めだから中々騙されない、とは思うけれども、事実まだその手の「革命」を望む人は存在してる。この一連の漫画はそういう、絶対に踏み込んではいけない領域を知るとっかかりとして、非常にわかりやすく、貴重なものだと思う。
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