おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

蜻蛉 五

2022年3月17日  2022年6月9日 


「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん。って、久しぶりねこの冒頭」

「ほんとそれー、怒涛の展開だったもんね。メッチャ若い設定の『侍従』役もいい加減つかれたよーん(ゴローン)」

「大して変わりないじゃん。で、何?何か言おうとしてなかった?」

「あ、そうそう。この間、式部卿宮がお亡くなりになったじゃん?それで后の宮(明石中宮)が服喪でお里下がりしてんのね。六条院には女一の宮がお住まいだから、母子仲良く春の御殿の西と東とでキャッキャしてるらしい」

「あそこ全部繋がってるもんね。そういう場合には便利だわ。それにしても后の宮と女一の宮と、両方の女房さんたちが揃い踏みってなると相当華やかそう」

「それよ。いずれ劣らぬ超ハイレベル女房さんばっかりだもんね!新しく式部卿宮になった二の宮も、傷心(笑)の匂宮くんも、やたらとウロウロやって来て大変なんだって」

「あら、薫くんもでしょ?なんだっけな、小宰相の君とかいう女房さんとアヤシイって聞いたわよ。キレイで頭も良いし気は利くし、琴の腕もピカイチで文を書かせりゃさりげない一言に教養とセンスが溢れるとかなんとか」

「なんだー、右近ちゃんも知ってた?まさにその話しようと思ってたのに。その小宰相の君ね、匂宮くんにもトーゼンのごとく言い寄られたんだけど、

『私、その程度で落ちるような女じゃありませんから!』

 って感じで華麗にスルーしたらしいよ!凄くなーい?あんな手練れのチャラ宮を足蹴に出来るなんて」

「ぶっちゃけ、チャラ宮より(一見)堅物な薫くんの方が好みだったってことよね。まあ周りでアッチコッチに粉ふりまくってるの見聞きして、ふざけんな誰でもオッケー☆だと思うなよ?!って気持ちになるのもわからんでもない」

「浮舟ちゃんと真逆……イケメン耐性つよつよだわ。アタシも見習わないと!」

「そういや小宰相の君って、薫くんがこのところ塞いでるって聞いてお手紙出したらしいよ。それで感激した薫くんが直々にお部屋まで訪ねてきたんだって。すっごい狭い、ちっちゃい局なのにわざわざ。匂宮くんに靡かないのも知ってて、前々から関心はあったみたい」

「エッ!!マジか!!ヤダ、さすが右近姐さん情報網ヤバ!どういう手紙?」

「えーとね、ちょっと待って(ごそごそ)

『悲しみを知る心は誰にも負けませんが

数ならぬ我が身ゆえに消え入らんばかりに過しています

 亡きお方に代われるものでしたら』

 これがさあ、書いてた紙も洒落てた上に、出したタイミングもバッチリ。いい感じの夕暮れ時で、亡き人への思いが切なく胸に沁む時間帯ってやつよ。そりゃあキュンと来ますわ。薫くんのお返事コッチね(がさがさ)。 

『無常の世を長年見続けて来た我が身でさえ
人が見咎めるほど嘆いてはいないつもりでしたが
 痛み入ります。物悲しい折柄ひとしお嬉しいお文でした』
 これを直接来て言ったみたい」
「いちいちメモったんかーい!って、平安貴族って皆こういうの必死で覚えたりメモったりしたんだろねー。あ、コレ使えるもーらい!とかさ」
「彼/彼女の心をゲット!今すぐ使える決め台詞・お歌のまとめ☆とかありそう」
「バズり過ぎたやつとかすぐバレそう。完全パクリじゃん!ダッサ!とかディスられたりしてさ」
「令和のSNSと変わんないわねえ。それはともかくとして、薫くんの心の声ね。
亡き浮舟よりこの人の方が聡明で嗜み深い気がする……これほどの女性が、なぜいち女房として出仕しているんだろう?妻として囲っておきたいくらいの人なのに』」
「右近ちゃんどうやってこれメモったの……ってここは超時空だったわ。んー、貴族は皆そんなもんかもしれないけど、女房ってホント下に見られてるよねえ。立派なお邸の奥でなーんもせずに贅沢に暮らす、みたいなのが女の最上の幸せ!理想!ってマジで思ってんだね」
「小宰相の君が魅力的なのは大勢の中でイキイキ働いてるからこそなのにね。浮舟ちゃんだって、宇治にお姫様然と閉じ込めておくんじゃなく、どこかいい感じの職場で女房として収まってた方が幸せだったと思うわ」
「ねー。浮舟ちゃん、品も良いし愛嬌もあってカーワイイし、事実二条院でも周りとうまくやってたもんね」
 ピコーン♪
「あら、久しぶりねコレも」
「王命婦さんだ!ヤッホー!」

 はい、王命婦です。六条院からお送りします。
 蓮の花も盛りの六月(新暦で六月下旬~八月)、六条院にて法華八講が催されました。
 ヒカル院、紫上、故人それぞれに日を分けて経や仏などの供養を行い、尊くも荘厳な法会にございました。薪行道が行われる五巻目の日には各所から大勢の見物客が詰めかけまして大盛況。どうしても参加したいと、女房にまで伝手を頼まれた方も多かったようです。

 最後の「五日の朝座」が終わり、ようやくお開きとなりました。堂の飾りを取り払い、配置を元通りに戻します。北の廂は障子などを外してございましたので、姫宮――女一の宮さまは西の渡殿に移られました。

 有り難いお経をこれでもかと聞けるまたとない機会ではありますが、何しろ人が多い上に長丁場です。片づけの目鼻がつき来客も大方引けた夕暮れには、女房達も疲れ果ててそれぞれの局に下がりました。御前には必要最小限の人数だけです。

 そんな折、直衣に着替えられた薫さまがひょっこりと現れたのです。今日来ていた僧のどなたかに御用がありましたようで、釣殿の方までいらしたものの、生憎もう全員帰ってしまっておりました。やる方なく池を眺めつつ涼んでおられるうち、

(人も少ないし、あの小宰相の君を訪ねてみようか)

 と思いつかれたようです。

 その局の辺りに近づきますと、以前にはなかった几帳が立ててございます。

(確かここだったと思うが、どうだろう。衣擦れの音はしてるけど)

 馬道側の障子が細く開いているところからそっと覗き込まれると、いつもなら女房達がひしめいて雑然としていたところが、すっきり広々と整頓されております。几帳はいくつか立ててあるものの合間からすっかり見通すことができました。

 氷を何かの蓋に置いて割ろうと大騒ぎしている女房三人と女童が見えました。唐衣も汗衫も着ないくつろいだ格好でしたので、何の気なしにふと視線を動かしますと―――。

 白い薄物のお召し物に着替えた方が手に氷を持ちながら、この騒ぎを微笑んでご覧になっている―――そのお顔は言葉で言い表せないほどの、まさに輝くようなお美しさ―――女一の宮さまにございました。

 この日は耐え難い程暑うございましたから、豊かな御髪が鬱陶しかったのでしょう、すこし肩から手前に寄せておられますのがまた何ともいえない清らかさです。薫さまは、

(これまで大勢美女を見て来たと思っていたけれど、これは……レベルが違いすぎる)

 と息を呑まれました。この方に比べれば、周りにいる女房達は土人形にしか見えません。

(いやいやいや、落ち着け……)

 薫さまがなおも目を凝らされますと、黄色い生絹の単衣に薄紫の裳をつけた女房が、扇をひらひらと靡かせております。

(なかなかお洒落でいい感じだな)

「そんなに騒いではかえって暑苦しいですわ。そのままにしておけば?」

 とにっこりした目元からは愛嬌がこぼれるようです。その声で、どうやらあの小宰相の君その人だとわかりました。

 氷は何とか細かく割れたようです。それぞれ欠片を手に持った女房たちの中には、頭に置いたり胸に差し当てたりなど、いささかお行儀のよくない振舞いをする者もおりました。ひとりの女房が紙に包んで宮さまにお渡ししたところ、宮さまは白く綺麗なお手を紙で拭われながら、

「わたくしはいいわ。雫が垂れるのが嫌だから」

 と、聞こえるか聞こえないかのかすかなお声で仰いました。薫さまはもう天にも昇る心地です。

(まだ宮がうんとお小さい頃、私も幼な心になんというお美しい姫宮かと思ったものだ。その後はまったく気配すら窺えなかったのに、いかなる神仏のご加護でこんな機会をいただけたんだろう。いつものように、私に穏やかならぬ物思いをさせようという企てか?)

 ドキドキしながら見守られるうちに、此方側の対の北面に住まう下臈の女房が入ってまいりました。急ぎの用で襖障子を開けたまま下りてきたことを思い出し、

(大変!見つかったら絶対にお小言食らっちゃう!)

 と慌てて戻ったのです。ところが遠目にもはっきりわかる直衣姿に気づき、

「え、誰かいる?覗いてる?!」

 と、自分の姿を見られるのも厭わない勢いで、簀子伝いに真っ直ぐ向かってまいりました。

 薫さまは、

(まずい、どこのチャラ男かと思われてしまう)

 素早くその場を立ち去られました。

 この女房は御許と申す者で、

(覗かれてた……わよね?だいたい几帳もこんな置き方したら丸見えじゃないの。ああ、ヤバい……さっきの人、右大臣のご子息のどなたかよね?親しくもない人がここまで入って来られるはずもないし。何にせよ噂にでもなったら、誰が障子を開けっ放しにしたかってきっと言われちゃう。あの方、単衣も袴も上等な生絹のように見えた……音も何も聞こえなかったもの。ただの殿上人とかじゃないのは確かだけど、せめて親戚筋でありますように)

 戦々恐々としておりました。

 薫さまは薫さまで、胸のときめきを抑えられません。

(ようやく聖に近づいた心を一度踏み外したがために、さまざま悩みを重ねることになってしまったな……もっと前に出家を遂げていれば今頃は深山に住み着いて、こんなに心を乱されることもなかった)

(女一の宮のお姿をひと目見たいなどと、何で思っていたんだろう。見たら見たでかえって苦しくなるだけで、何の甲斐もない)

 ここで単にいいもの見られてラッキー、と思えないところが薫さまらしいですね。悟り澄ますという境地にはまだまだ遠い感じがいたします。と、また余計なことを申しました。

 六条院からは、以上です。

 

右「はあ……何て言うか、六条院って広くて開放的なのはいいんだけど覗かれすぎじゃない?夕霧くんといい柏木くんといい、今回の薫くんといい」

侍「ノゾキの聖地?なーんて☆」

右「侍従ちゃんたら、メッ☆」

 ピコーン♪

右「あら、また?」

侍「少納言さんだー!わーい、ひっさしぶりー!」


 はい、少納言です。ただ今三条宮邸に来ております。


右「ああなるほど。ここでまた侍従ちゃんが語るとややこしくなるもんね」

侍「しゅみません……」


 いいえ、とんでもない。二条院とは目と鼻の先ですから全然何てことないですわ。

 薫さまは、六条院で垣間見た女一の宮さまのお姿が未だ脳裏に焼き付いておられるようです。

 早朝に起き出して来られた女二の宮さまのお顔をご覧になるや、心の声がコレです。

(こちらはこちらでお美しいには違いないが、あちらにはとても敵わないな)

(しかし全然似てないことない?女一の宮の上品で、匂い立つようなあの雰囲気……単なる気のせいなのか、思いがけないラッキーで舞い上がってたから実際以上に良く見えたのか) 

 などと、若干失礼なことを思われつつも、

「今日もすごく暑いね。宮にはもっと薄い衣装をお持ちしたら?女の人が季節柄や折柄に合わせて着るものを替えるのって、風情があっていいと思うんだよね。ねえ、誰かあちらへ……入道の宮のところへ行って、大弐に薄物の単衣を縫うように頼んでくれない?」

 と仰いました。

 女二の宮さま付きの女房達は、

「宮さまの、若い盛りのお美しさをなお引き立てたいと」「お熱いこと」

 と面白がっておりました。

 その後薫さまは、日課の念誦のため自室に籠られました。昼すぎに戻って来られたところ、先ほどの御衣が出来上がって几帳に掛けてございます。

「宮、どうしてすぐお召しにならない?周りに人の多い時ならこういう透け感のある衣装ははしたなく思うかもしれないけど、今は人も少ないし別に構わないでしょう?」

 と仰って、ご自身で宮さまに着つけられました。

(おや、袴の色が昨日見た女一の宮の袴と同じ紅だな。御髪の豊かさ、裾のライン……決して劣ってはおられないが、やっぱり全然似てはいないよね)

 薫さまは氷も取り寄せられ、女房たちに割らせました。欠片を宮さまに手渡したりまでなさいます。

(何をやってるんだろうな私は。だけど、恋しい人を絵に描いて代わりに眺めるような人もいるっていうし、ましてこの宮はあの方の腹違いの妹。気慰めにはうってつけの人のはずだが……ああ、昨日のあの場に混じって、心ゆくまで眺めていたいよ)

 思わずため息をつかれ、女二の宮さまに問いかけられます。

「ところで一品の宮(女一の宮)には、お文を出しておられますか?」

「内裏にいた頃には、主上がそうしなさいと仰るので差し上げたこともございますが、そういえば久しく出しておりませんわ」

 おっとりと応えられる宮さま。

「臣下の妻になられたからといって、彼方からお便りも下さらないとは辛いことですね。そのうち中宮の御前にて、ご無沙汰をお恨み申していますと奏しましょう」

「まあ、どうして恨むなどと。いやですわ」

「では、下々の者となったからといって軽んじておられるようなので、此方からはお便りも差し上げられない、とでも申し上げますか」

 お戯れだとは思いますが、薫さまの口から出るとどこまで本気なのやら、判然としないところもございますね。

 三条宮邸より、少納言でした。


右「薫くんさあ……」

侍「えっとー、結局面食いで惚れっぽいってことー?頭ン中は匂宮くんと変わんないじゃーん♪」

右「女二の宮さまどう思ったんだろねこの一連の言動……ちょっと意味わかんない。変な人……」

 ピコーン♪

侍「え?アレ?また六条院?ホントに行ったの?!」

右「うわあ……さすがに引くわ」


 そうよね。あっ、王命婦です。再び六条院にて。

 女一の宮さまの真似っこ遊びをしたその翌日のこと。

 薫さまは明石中宮さまのもとに参上されました。ちょうど匂宮さまも居合わせられて、丁子に深く染め抜いた薄物の単衣をインナーに、濃い縹色の直衣を合わせてらしたそのお姿、女一の宮さまにも負けないその白く清らかなツヤツヤお肌、そりゃあステキでした。以前より面痩せしておられるのがかえって、イケメンっぷりが引き立つ感じがいたしましたね、ええ。

 そもそも女一の宮さまと匂宮さまは同腹のごきょうだいですので、よく似ていらっしゃいます。薫さまにとっては見慣れていたはずの匂宮さまのお顔が、垣間見た面影といちいち重なるわけですから大変です。募るばかりの恋しさを無理くり抑えねばならず、お辛かったことでしょう。一切表には出されませんでしたけどね。

 ちなみに匂宮さまは絵をたくさん持参されました。女房を介し女一の宮さまに分けられた後で此方に渡られたようです。

 皆で残りの絵をご覧になっている時、薫さまが突然切り出されました。

「私の里邸におわす皇女が、宮中を離れて沈んでいらっしゃるのがお気の毒です。姉宮の方から消息伺いのひとつもございませんので、さてはご降嫁されたことでお見捨てになられたかと、気も晴れぬご様子ばかりにございます。こういった絵のようなものでもたまにはご覧に入れてください。私が持ってまいるのではなく、姉宮から直々に贈られる方が見甲斐があるものと存じます」

 これには明石中宮さまもビックリです。

「おかしなことを仰いますこと。どうして見捨てたりなど……以前は同じ宮中におりましたから時々は文も交わしておりましたが、今は別々ですからね。そのせいで途絶えがちになったのでしょう。これからはもっと交流を深めるようお勧めしておきますわ。そちらからは何も差し上げておられないの?」

「此方からなどどうして出せましょう。元々疎遠であったとしても、こうして親しく伺候いたしますご縁でお心をかけてくださいましたら嬉しいでしょう。以前から睦まじくしていらしたなら尚更、今捨て置かれているのはお辛いでしょうね」

 さすがにこの申し上げようでは、聡い中宮さまとてまさか

「女一の宮さまからのお文目当て」

 とは勘づきようがございません。今後はもっと頻繁にお文のやり取りをしましょうね、で終わりました。

 薫さまは御前を退出なさると、

(昨夜逢えずじまいだった小宰相の君に逢いたい。あの渡殿も気慰めに眺めたいな)

 と、御前の縁側伝いに西へと渡られました。そのお姿を認めた御簾の内の女房たちがいっせいに色めき立ちます。薫さまの均整の取れた体つき、所作のひとつひとつが実に尊く素晴らしく、彼方此方から声にならない声、熱を帯びた溜息が漏れ聞こえてまいります。

 渡殿の辺りには左大臣のご子息がたがいらして、話し声がします。御簾越しに女房達と談笑しているのでしょう。薫さまは妻戸の前に座られて、

「この六条院にはしょっちゅう参上しているのに、此方の御方には伺うことも滅多になかった。いつの間にか年寄りみたいな境地にいたけれど、今から頑張ろうかな。似合わないって若い人には笑われるかもね」

 と、楽し気な甥御さまたち――とはいえ、殆どは薫さまよりお年上です――の方に視線を向けられながら仰いました。

「どうぞどうぞ、今からでも馴染んでいただければ、本当に若返られるかもしれませんわよ?」

 女房たちのたわいもない受け答えも、不思議に雅やかに思える女一の宮さまの御前にございます。特に何をなさるでもなく世間話などしんみりしつつ、常よりは長居された薫さまにございました。

 さて、件の女一の宮さまですが、薫さまと入れ違いで中宮さまのもとにお渡りになられました。

「薫右大将がそちらにいらしたでしょう?」

 中宮さまが問われたので、お供についた大納言の君が、

「小宰相の君にお話があるようですよ」

 と申し上げました。

「あら、あの真面目な大将がお心を留めてお話するとは、なまじっかな人では大変でしょうね。心の奥底まで見透かされてしまいそう。その点、小宰相の君ならば間違いないわね」

 ごきょうだいに当たる中宮さまにとりましても、薫さまは気の張る相手です。

(女房達も下手な応対はしないでほしいものだわ)

 と心配しておられましたが、大納言の君は得意げに、

「どの女房よりもお気に入りのようで、局にまでお立ち寄りくださるんですよ。細々と話し込まれて、夜が更けてからお帰りになる折々もございましたが、よくある恋愛沙汰という感じではなさそうです。何しろ小宰相の君は、匂宮さまをたいそう情けないお方と思っていてお返事すら申し上げないのですから。畏れ多いことですが」

 笑って答えたので、中宮さまもつられてニッコリなさいます。

「あの宮の見苦しいお振舞いぶりをよくご存じだこと。どうしたらあの悪癖を止められるものかしらね。恥ずかしいことだわ、女房達の手前も」

「そうそう、この間何とも不思議なことを耳にしたのですが」

 気を良くした大納言の君がつらつらと語り始めました。

「先に薫さまが亡くしたというお方は、匂宮さまの、二条院の北の方の妹君だそうですよ。腹違いのようです。先の常陸守とかいう者の妻が、その方の叔母とも母親とも言われておりますが、はっきりはわかりません。その女君のもとに、何とあの匂宮さまがこっそりお通いになられていたそうです。それを薫さまがお聞きつけになられ、すぐに引き取ろうと警護を増やし、厳重に警戒させたものですから、お忍びでいらした宮さまはお入りになる事も出来ず、外で馬に乗ったままお帰りになったとか。女の方も宮さまをお慕い申し上げていたのか突然いなくなりましたのを、川に身を投げたのだと―――乳母や周りの女房たちが泣き騒いでいたそうです」

「まあ、何という……」

 中宮さま、あまりのことに絶句されました。

「いったい誰から聞いたの?本当に酷い、痛ましい話だこと。これほど滅多にない事件なら、放っておいても噂が立ちそうなのに何も知らなかったわ……大将もそんなことは何も……ただ世が儚くて無常なこと、宇治の八の宮一族がみな短命なことがひどく悲しいと、それだけだった……」

「初めは私も、下人はいい加減なことを言うものだからと思いましたが、宇治の山荘で仕えておりました下童が最近、小宰相の君の実家に来ることがありまして……確かなことと言っていたそうですよ。普通でない亡くなり方をしたことは誰にも知らせまい、気味の悪い恐ろしいことだからとひた隠しにしていたとか。だから薫さまも詳しくは話されなかったのでしょう」

 中宮さまは眉を顰められ、

「……この話、今後は他に広げることまかりならぬ、と伝えなさい。こんな色恋沙汰で自分の身を損ない、世間に軽蔑されることにもなったら……本当にもう、あの宮ときたら……」

 たいそうお心を痛めていらっしゃいました。


右「えっ何でまたここまで詳しい話が?!しかもメッチャ正確じゃない?」

侍「小宰相ちゃんどんだけ情報通……偶然とはいえ」

右「まさに人の口には戸は立てられぬ。怖いわねえ。小宰相ちゃん、匂宮くんを超嫌ってるのこのせいか」

侍「薫くん、こういう話し方されたらあれ程自分が悪いんだーってなんなかったんじゃない?まったく右近ちゃんてばイッケズー」

右「あれは別の右近だから。役柄だから。まあ私も演じながらヒデーとは思った。あの流れだと、知ってるぞって責めるような文出した薫くんが悪いんだもん!てかんじだしね」

侍「どうあっても仲立ちしたことを認めないための方便てやつよね。平安女房の闇よ……」

右「そしてこの事実も、闇から闇へ……」

<蜻蛉 六 につづく> 

参考HP「源氏物語の世界」他

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過去記事の改変は原則しない/やむを得ない場合は取り消し線付きで行う/画像リンク切れ対策でテキスト情報追加はあり/本や映画の画像はamazonまたは楽天の商品リンク、公式SNSアカウントからの引用等を使用。(2023/9/11-14に全記事変更)

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