浮舟 五
右近でございます。未だ宇治におります。
三月、現代で言いますと四月半ばから末頃といったところでしょうか。春の長雨が続いており、宇治の山道もぬかるんで、むしろ冬よりも行き来の厳しい時期です。
内裏への手前もございますし、さすがの匂宮さまもお通いになることは諦めておられましたが、どうにもおさまらないのが恋心です。
「『親のかう蚕』の中にいるような私だよ。愛されてるのは有り難いけど辛い……」
※たらちねの親のかふ蚕の繭ごもりいぶせくもあるか妹に逢はずて(拾遺集恋四、八九五、柿本人麿)
お文ばかりはお言葉を尽くされておられます。
「眺めやる其方の方の雲も見えないまでに
空まで真っ暗な今日この頃の侘しさよ」
筆に任せてサラサラっと書いた感じ、何とも見甲斐があってお上手でございます。若い浮舟の君はここまでハイレベルなお文など見たこともありませんから、さぞかしドキドキされたことでしょう。心の声も聞こえてまいりましたわ―――。
(やはり宮さまの情熱には引き込まれてしまう……初めにお心をお寄せくださった薫さまはたいそうお心深く素晴らしいお方とは思うけれど、それは男女の仲というものを初めて知った相手だから、というだけ?わからない……でももし薫さまにこんな情けない有様を知られたら、きっと疎まれてしまう。そんなことになったらわたくしはもう生きていけない)
(わたくしを何とか幸せにしたいと気を揉んでいる母君だって、まさかこんなことがあろうとは夢にも思ってはいまい。なんと心得違いのふしだらな娘かとお嘆きになるでしょうね)
(匂宮さまは……今はこれでもかというほど熱くお心をかけてくださるけれど、ずいぶん多情なお方だと聞く。熱が冷めてしまえばどうなるか……いいえ、それ以前にわたくしが京のどこかで密かに囲われて長く情を分ける一人とならば、中君はどう思し召すか)
(何事も隠し通すことなど出来ない世の中だもの……宮さまはあの夕暮れに偶然わたくしを見い出され、遠く宇治まで探し当てられた。わたくしが同じように宮さまに匿われたとしても、同じ京にいらっしゃる薫さまのお耳に入らないはずがない)
(あの薫さまに嫌われてしまうのはすごく辛い……)
浮舟の君の思いは千々に乱れてございます。ちょうどその折、薫さまからの使者が着きました。
両方を見比べる体になりますのも気恥ずかしかったのか、浮舟の君は宮さまの長々とした文の方をご覧になりつつ臥せってしまわれました。
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「これってさあ、やっぱり匂宮さまの勝ちー!って感じー?」
「しっ、侍従ちゃん声が高いわよ。もうちょっと引っ込んで……(こそこそ)」
「まあフラフラしちゃうのも無理ないわよね。薫く……大将殿も滅多にいないイケメンには違いないけど、宮さまはこれまた半端ないレベルだもん。あの川向うの離れ家でまったり、しどけない格好で振りまきまくった愛嬌ときたらもうさー!もしアタシがあの宮さまにあれほどラブラブ攻撃されまくったらとてもじっと待ってるだけなんてムリ。即、明石中宮さまのとこに宮仕えでも何でもして、参上される宮さまのお姿を毎日見ていたい……!ってなるわ」
「侍従ちゃんったらいくらヒカル王子に似てるからって……っとっと、もとい。あの超絶チャラい宮さまよ?アチコチに粉かけまくるのを指くわえて見てるだけの生活になりかねないわ。やっぱりさ、結婚するなら薫さまほどの男はいないんじゃない?見た目とかじゃなく、あの誠実さ優しさ、雰囲気の良さね。宮さまとの恋愛は刹那的で見てられない、危なっかしくて。何にし最終的には浮舟の君の心ひとつだけどね。どうするおつもりなのやら」
「あーああー羨ましい!アタシもあんなイケメン二人の間で悩んでみたい!」
「侍従ちゃんたら。わかるけど……でも大変よねフツーに」
こういう会話が出来ますのも秘密を共有したからで、嘘も二人なら何とか辻褄を合わせられるというものです。気持ち的にはラクになりましたね、ええ。
それはともかくとして、薫さまのお文はこちらです。
「貴女を思いながらも日数が経ってしまいました。時々は其方からもお文を下さったなら嬉しいのですが。並々ならぬ思いでいます」
端にお歌も。
「宇治は川の水も増す頃でしょう、如何お過ごしでしょうか
晴れる間もない長雨にただもの思うしかない今日この頃です
常よりも思う所が多くて」
白い色紙に立て文といった丁寧な形です。細部まで整った手蹟はパッと目を惹く華やかさには欠けますが、書きように品格がございます。それに対し匂宮さまはありったけの言葉を書き連ねた紙を小さく結び文にしてらっしゃる。それぞれに趣が違いますがどちらも良いですね。
「まず先のお方にお返事を……誰かに見られないうちに」
侍従がそっと促しますが、浮舟の君は
「今日はとても書けないわ」
恥じらって、手すさびに
「里の名を我が身とするならば山城の
宇治の辺りはますます住みにくいことですわ」
と書かれました。
宮さまの描かれた男女の絵を時々ご覧になっては涙を零してもおられます。
(こんな関係が長く続くわけがない)
浮舟の君もわかってはおられるのです。いくら考えたところで、薫さまから匂宮さまに乗り換えることなど出来るはずもありません。このまま薫さまのご用意された京の家に移り住めば宮さまとお逢いすることはほぼ不可能になる。ただただ、すぐそこにある未来が耐え難いほど辛いのです。
以上、宇治より侍従ちゃんと共にお送りいたしました、右近でした。
少納言です。二条院は匂宮さまのお部屋からこっそり中継いたします。
どうやら浮舟の君よりお返事が届いたようですね。
「真っ暗なまま晴れない峰の雨雲のように
空を漂う煙となってしまいたい
雲に混じってしまえば」
宮さま、このお返事をご覧になるや、おいおいと泣き出してしまわれました。
「死んでしまいたいくらい恋しいと思ってくれてるんだね……あの寂しい宇治でどれほど物思いに沈んでいることか。可哀想に。私も逢いたい」
という感じですね。
何と言いますか……ズレてますね。色々なしがらみを背負ってしまっている浮舟の君の辛さは一ミリもおわかりでない。ただただご自分の恋愛を愉しんでいるだけ。
……失礼いたしました、ついつい本音が。
薫さまの方は如何でしょうか、王命婦さん?
はい、王命婦です。侍従ちゃんの代わりに三条宮に潜入中。
あの何もご存知ない真面目男はのんびりお文を開きつつ、
(ああ、逢いたいな。どうしてるかな)
お呑気に恋しさを募らせる。
浮舟の君の返歌、
「寂しいわが身を思い知らされるような雨が少しも止まず降り続くので
袖までが涙でますます濡れてしまいます」
これを下にも置かずにずーっと眺めてる。
だからといって何もしていなかったわけではないのよ。実務系「は」超有能な薫さまだから。
女二の宮さまとお話しするついでに、
「無礼だとお思いになるかと気が引けますが、ずっと以前から世話をしていた人がおりまして……田舎に捨て置いたままで、物思いも一通りではないらしく哀れなので、近くに呼び寄せようと思っております。昔から人とは違った性分を持つ私ですので、ずっと独身のまま過ごすつもりでおりましたが、貴女と結婚生活を送ることになり、無暗に世を捨てるわけにもいかなくなりました。そうなりますと、誰にも知らせていないような程度の女ですらそのままでは心苦しく、罪障を得るような気がしてきたものですから」
それとなく浮舟の君の件を盛り込まれます。女二の宮さまは、
「どういったことを気にすべきなのか、わたくしにはわかりませんわ」
と、如何にも高貴の方らしい無難なお応えをなさいました。
「内裏の方に悪しざまに吹き込む者もいるかもしれません。世の人の物言いはまことにいいかげんで酷いものですからね。しかしその女は、そこまで問題にされるほどの身分でもございません」
貴女以上の女などいないのだから、心配しなくて大丈夫ですよってことですね。これで本当に納得されたのかどうかは私にはわかりませんが、まあ父帝は大勢の后をお持ちですし、社会的地位の高い夫が複数の妻を持つことに関してさして抵抗感はないのかもしれません。
薫さまとしては根回しも済んだということで、一刻も早く新築した家に浮舟の君を移そうと本格的に動き出されたのですが、
「なるほど、女を囲うための家だったわけね」
なんて噂がパーっと広まってしまっても困ります。ごくごく秘密裏に進めておられました。
ところが、襖や障子を張るなど細々した設えを言いつけた相手が事もあろうに―――あの大内記の通い先の親・大蔵大輔でございました。元より親しく気安い家司ですのでアレコレとお命じになっておられたのですが、当然、匂宮さまにはすべて筒抜けとなりますわね。
というわけで二条院の少納言さん、お願いします。
はい、再び少納言です。
大内記さん、匂宮さまに逐一ご報告なさってるようですよ。
「絵師連中すら随身どもの中にいる懇意の家人を選り出すなどして、バレないよういたく慎重に動いていらっしゃいます」
宮さまはもう気が気ではございません。そんな折、宮さまの乳母の一人が受領の夫について遠国へ下ることになりました。下京の辺りにある住まいが空き家になると聞いた宮さま、
「ごく内密にしたい人を暫くそこに隠しておきたいんだけど、貸してもらえない?」
とお願いされました。乳母は、
(女ね。またどんな人なのやら)
ピンと来たものの、その真剣なご依頼ぶりが畏れ多く、二つ返事で承諾しました。宮さまご自身は家を確保できたことで少々気持ちが落ち着かれたようです。
乳母の一行は三月末に下向する予定でしたので
「その日にすぐあの子を連れて来よう」
というお心積もりでした。
とはいえ、ご自分が宇治へお出ましになるのは以前にも増して困難なことでございますので、
「かくかくしかじかと考えている。他言無用」
とのお文を送られました。
では宇治の右近さん、よろしくお願いします。
はい、再び右近です。
匂宮さまからの秘密の文、来ました来ました。
ですが生憎、今此方にはあの乳母がおります。ガッツリベッタリ浮舟の君につきっきりなので、以前のようなガバガバのお手引きは到底無理ですね、送り出すのすら難しいと思います、との旨お返事いたしました。
そうそう、浮舟の君のお引越しは四月十日。薫さまが決められたようです。
その浮舟の君、ただ今揺れに揺れておられます。「誘う水があるから」とサッサと匂宮さまを切って何食わぬ顔で薫さまの妻に収まろう、という気持ちにはとてもなれないようです。
※わびぬれば身を浮草の根を絶えて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ(古今集雑下、九三八、小野小町
どっちつかずで気持ちも不安定なものですから、
(お母様のもとに暫く出かけて、じっくり考えてみたい……)
と思ってらしたようですが、なんということか、例の左近少将と結婚した妹君がご懐妊でもうすぐ出産だそうです。常陸守のお邸は修法やら読経やらで大わらわ、まして石山詣でになど出かけられるわけもない。何とか、母君の中将の君お一人が都合をつけて宇治にいらっしゃいました。
例の乳母が出迎えて、
「殿より、女房達の装束なども細やかにお世話いただきましたわ。どうにかして綺麗に縫い上げたいと存じてますが、この乳母一人の力では十分に出来ますかどうか」
困ったわ大変だわって言いながらも得意満面です。
浮舟の君はそれどころではありません。
(このとんでもない件が露わになって世の物笑いとなれば、誰も彼もいったいどう思うだろう。薫さまと一切逢うななどと無理無体なことを仰る匂宮さまは、どんなに奥深い山に籠ろうとも必ず突き止められよう。ただそうなったら宮さまもわたくしも身の破滅……ご自分の用意された隠れ家にいらっしゃいと今日もお文にはあるけれど……どうしたものか)
くよくよ考えすぎたか、本当に気分を悪くして寝込んでしまいました。久しぶりに会った娘の有様に母君は、
「どうしたの?今までになく顔色も悪いし、痩せてしまって」
「この頃ちょっとご様子が変なのです。ちょっとした食べ物も口にされませんし、苦しそうなご様子で」
乳母の言葉に、
「たしかにおかしいわね……物の怪でも憑いたのかしら。どんな感じなの?吐き気があるとかではないわよね?石山詣では『穢れ』で取りやめたのだし」
と言って女房達と一緒に生理の日数まで数え出すもので、浮舟の君はますますいたたまれなくなったのでしょう、目を伏せて黙ってしまいました。
やがて日が落ちて、暗い空に月が煌々と浮かびます。
(有明の空のよう……宮さまに抱かれて舟を下りた、あの時の。なぜこんなに涙が溢れて止まらないのかしら。本当によくない心持ちだわ)
浮舟の君の心も知らない母君は、ひととおりああだこうだ喋ってから、あの弁の尼君を呼び出します。
「このたびはまことにおめでたいことで、お祝い申し上げます」
尼君はお祝いを言ってから、
「それにつけても思い出しますのは故大君さまにございますね。まことにお美しく聡明なお方でいらっしゃいました。その思慮深さ故に、妹君と匂宮さまとの行く末を思い詰めて悩んだ挙句、目の前でお亡くなりになってしまわれた―――もし今もご存命なら、宮の上(中君)と同様に親しく交際なさって、心細かったご境遇も取り戻すくらいお幸せになれましたでしょうに」
隙あらば大君の話をしたがる弁の尼君ですが、母君からしたら面白くなかったようです。
(私の娘だって同じ血を引いているのに。このまま思う通りの運勢が続けば負けることはないわ)
「そうですねえ、いつもいつも娘のことでは何かと心配ばかりしてきましたが、すこしは良い方向にいきそうですわ。このまま京に移ってしまえば、宇治を訪れる理由もなくなりましょう。今のうちにこういった昔話もゆっくり承っておきたいものですわね」
昔のアレコレはもうこれでお終いにしましょうね、と。
「縁起でもない尼姿では、と気が引けまして、頻々とお目にかかって何か申し上げるのもどんなものかしらと遠慮して過ごしておりました。この宇治を出られて京に行かれれば、どんなにか寂しくなるでしょうが、お若い方にこんな山住まいは心許なかろうとばかり拝見しておりましたので、嬉しいことには違いありません。以前、世にまたとなく重々しくいらっしゃるという殿をしてこうして尋ねていただけること、並々ならぬお心ですよと申し上げましたが、その通りに収まりましたわね」
尼君は尼君でそれとなく私の尽力もありましたでしょと主張。
「先の事はわかりませんが、ただ今のところはお見捨てになることなく仰られておりますのも、ひとえに貴女さまのお導きのお蔭と心得ております。宮の上が勿体なくもお心をかけてくださいましたのに、何やら……憚らねばならぬことが出てきてしまい、中空に居場所も無く漂うような身の上なのねと嘆いたものでした」
母君の言葉に尼君は笑って、
「あの宮さまの色好みぶりは有名ですからね。分別のある若い女房はなかなか仕えにくいようです。概ね、たいそう素晴らしい殿方ではあるのですが、ことこの方面ではね――対の上のご悋気に触れないかと心配が絶えない、と大輔の君の娘も話しておりました」
何気なく言ったこの言葉が、浮舟の君に深々と刺さりました。
(やはり……仕えている女房すらそう思うのに、まして実の妹のわたくしは)
すぐ横で固まる浮舟の君をよそに、年配の女二人の腹の探り合い&忖度トークは続きます。
「なんとまあ恐ろしいこと。薫右大将殿は帝の姫宮を賜られてご正室にしていらっしゃいますが、私どもにはまったく御縁のないお方、悪く言われようが良くいわれようが致し方ないこと……と、畏れ多くも存じております。ですが匂宮さまは姉君の夫君ですからね。もし其方との間に良からぬことが引き起こされたなら、私自身はなんと嘆かわしくお可哀想なことと思っても、二度と娘の世話など出来ませんわ」
衝撃のひと言でした。
(母すらも、自分の罪を許しはしない―――と?)
実際にはそうではなく、ただ母君は
「匂宮との過ちなんてありえない!私が絶対に許しませんから!」
とアピールしたかっただけなのでしょう。二条院で起こったことが後々の疵にならないように、ここの実質の主であり薫さまとも懇意の弁の尼君に念押しした形です。何も事情を知らないからこその物言いでしたが、浮舟の君にはもはや判断力も失われておりました。
(では……私はもう生きていられない。いつかはバレてしまう。そうしたらどんな酷いことになるか)
薫さまばかりか、頼みの綱の母君にも見捨てられる―――絶望しかなくなった浮舟の君の耳に、宇治川の激しい水音がごうごうと響きます。
「此方は相変わらずね……もっと穏やかな流れもありましょうに。どこよりも荒々しいこの場所で長く過していたのだから、殿が哀れとお思いになるのも当然ですわ」
母君の呟きに周りの女房達も口々に同調します。
「そうですね、昔からこの川の流れは速くて危険ですわ」「先頃も、渡し守の孫の子供が棹を差しそこねて落ちてしまったんですよ。だいたいが命を落とす人が多い川にございます」
浮舟の君はこれを聞いて、
(わたくしの行方がわからなくなれば、誰も彼も暫くの間は何処に行ったのかと悲しむだろうけれど……それもいつかは止む。でも生き永らえて物笑いとなったら、いつその辛さが絶えるというのだろう)
危うい思いに囚われます。
(わたくしが死んでしまえば、すべて解決して万事すっきりするのでは……?)
さすがにそれは……と思い直しては、母君のお喋りを寝たふりで聞きつつ、つくづくと思い乱れる浮舟の君にございました。
そうして悩まし気に臥せってばかりの娘を母君は心配して、乳母にも
「しかるべき御祈祷などさせてください。祭りや祓いなどもすべきだわ」
と言いつけます。浮舟の君のお悩みはそれではなく「御手洗川で禊をしたい」、つまり恋煩いのせいですのに、まことに詮無いことです。
※恋せじと御手洗河にせし禊神はうけずもなりにけるかな(古今集恋一、五〇一、読人しらず)
「ここは女房も少ないわねえ。良さげなところから集めなきゃね。新参者は残しなさい。高貴な方とのご交際となると、ご本人は万事寛大にお見逃しくださっても、周りにいる女房たちとは剣呑になりがちですからね。目立たず控えめにしてお心構えなさい」
母君はあれやこれやと言い置くと、
「さて、そろそろ……妹の出産も心配ですからね」
帰り支度を始めました。悩み惑う浮舟の君は何もかもが心細くてたまりません。
(母君とも、これが今生の別れになるかもしれない)
思い余って、
「体調が良くありませんので、少しの間でもお目にかかれないのがとても不安なのです。暫くの間でも彼方のお邸にご一緒できないでしょうか?」
と縋ってみたものの、何も知らない母君は済まなさそうに応えます。
「私もそうしたいのは山々なんだけれども、今とにかくやれ祈祷だ何だと彼方は大騒ぎですからね。貴女を連れていくとなると此方の女房達も幾人かは付き添わねばならない。そんな人数を置いておけるような部屋すらないのよ」
もう彼方のお邸に、浮舟の君の居場所はございません。まして妹娘の出産とならば尚更。
「大丈夫、たとえ『武生の国府に』移られたところで、私が必ずこっそりお伺いしますからね。私が不甲斐ない身の上なばかりに、いつも貴女に肩身の狭い思いをさせてしまう、本当にお可哀想だけれど……いつでもどこでも貴女のことは思っているから!」
涙ぐみ別れを惜しみつつも、京に帰ってしまいました。
※道の口 武府の
参考HP「源氏物語の世界」他
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