おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

宿木 八

2022年1月9日  2022年6月9日 

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 少納言です。

 リアル日時とやや被りましたね。本年もどうぞ「ひかるのきみ」をよろしくお願いいたします。

 さて、二条院です。正月も過ぎ一月ももう終わりという頃、中君さまが産気づかれました。そのただならぬお苦しみように、出産というものをご覧になったことのない匂宮さまは、

「大丈夫?!どうなっちゃうの?!」

 とパニックです。元よりあちこちのお寺で修法など山とさせておられましたが、ぜんぜん足りない!とばかりに大幅に増やされました。

 が、なかなかお生まれになりません。明石中宮さまも心配されて使者を寄越されました。

 匂宮さまと中君さまはご結婚以来足掛け三年となられます。宮さまのご愛情は並ではないものの、世間に向け大々的にお披露目などはしておられませんでした。陣痛が長引かれたことで中君さまの存在が広く知れ渡るところとなり、お見舞いの使者がどっと押し掛ける事態になりました。

 というわけで目下相当バタバタしております二条院です。

 三条宮の侍従さん、お願いいたします。



 ハーイ侍従です!こ・と・し・もヨロシクねっ!!

 薫さまもメッチャ心配してる!それこそ宮さま並に、いやそれ以上にやきもきしてるみたいだけど、後見役とはいえ親族でも何でもないからね。付き添うどころか会うことも無理、通り一遍のお見舞いしか出来なくてショボンよ。ただこっそりご祈祷はお願いしてるみたい。

 でね、例の女二の宮さま!

 そう、薫さまに御降嫁予定の、今上帝と故藤壺女御さまの娘さんね。

 もうすぐ裳着の式、つまり平安女子の成人式的なやつが近いから世の中大騒ぎよ。なんと帝自ら!イケイケでアレコレ取り計らってるんだって!半端に親族がやるよりよっぽど盛大なんじゃ?って専らの評判よー。

 故藤壺女御さまも生前ガッツリ準備されてたけど、さらに帝が宮中の作物所(つくもどころ)やら各地方の受領さんやらに命じて作らせた調度類、すっごいいっぱいあるらしい!数えきれないって内裏にいる王命婦さん言ってた。

 この式が終わり次第ご降嫁ってことになってるから、本来婿方の方もしっかり心構えする時期、のはずなんだけど……例によって薫さまってば関心超うっすい。とにかく今は中君ちゃんの出産が無事かどうかだけ気にしてて、それどころじゃないみたい。何だかねー。

 で、二月一日にね、「直物(なおしもの)」っていう人事があって。一月の除目の追加命令みたいなやつなんだけど、これで薫さま「権大納言」に昇格したの。やっぱり女二の宮さまの婿として、中納言のままじゃちょっとって思ったんだろうね。や、もちろん家柄も実力も伴ってるんだけどね。実父の柏木くんが最期に昇進した官職と同じ、さらにさらに、「右大将」も兼務になった。

 どういうことかっていうと、まず夕霧右大臣さまが兼務してた左大将を辞めたのね。で、今までの右大将サンが左大将に移って、空きが出来たわけ。そこに薫さまが入った。権大納言兼右大将、二十七歳って年齢からすると結構な出世よ。さすがってかんじ。

 そういうわけで薫さま、昇格の御礼回りみたいなのをしてるんだけど、ちょうど今お隣の二条院に突撃したみたいね。匂宮さまが中君ちゃんのお産で二条院に詰めっきりだからね……いや、そこは遠慮しなよと思ったけど。

 少納言さんに戻しまっす!



 はい、たった今ご一行が二条院にいらっしゃいました。

 匂宮さまビックリ仰天で、

「え、こんな時に?!絶賛祈祷中だしバタバタしてるし、とてもお祝い事受ける状況じゃないよ!ちょっと待って」

 慌てて色鮮やかな直衣に裾の長い下襲といった正装に着替えられ、身なりを整えて対面されました。階の下で拝舞の礼をかわすお二方の姿は何とも見甲斐がありましたこと。

 薫さまは、

「このまま饗応の場にお出ましくださいませ」

 宮さまをご招待なさいました。宮さまとしては、中君さまを置いてよそに出かけるなんて、と躊躇っていらしたのですが……なんと、宴を催す場所があの六条院!夕霧右大臣さまのお計らいだとか。これはもう、参加以外選択肢はございません。

 後ろ髪を引かれつつも薫さまご一行とともに六条院へ向かわれました。右近さん、お願いします。



 はい、右近です。六条院はもう既に大騒ぎですね。

 垣下(かいもと)――相伴役としての親王さまや上達部は、大臣新任時の「大饗」にも劣らず大勢参集されて、いやもう、盛り上がること盛り上がること。女房同士、耳に口を当てないと聞こえないくらい。

 ただ匂宮さま、ずーっとソワソワソワソワされてますね。おおかた中君のことが気になって仕方がないのでしょう。でもこの感じだと中々終わりそうに―――あっ、今出ていかれましたね……速っ、あっという間に姿を消されました。まだまだ宴たけなわなのですが、理由が理由ですしまあ致し方ないでしょうってかんじで、夕霧さまも苦笑いです。

 ただ大殿の御方さま――六の君さまは大ムクレですね。

「何あれ……もう帰っちゃったの?気に入らないわ。お産だからって何よ」

 今を時めく右大臣家の御令嬢にして匂宮さまの妻、蝶よ花よと育てられ、ご威勢は他の追随を許さない。自分が一番優先されるべき!って思っちゃっても無理はないかもしれませんね。

 ですが中君さまはれっきとした皇族、血筋的にはまったくひけを取らないどころか正直、臣下の父と脇腹の娘じゃ比較にもならない。落葉宮さまのご養女になったからこそかろうじて並べるというくらい―――なーんてことを言われちゃいますわよね、驕りタカビーはいけませんわ本当に。いや、実際には気立ての良い可愛い方なんですのよ?ついマウント取りたくなっちゃったのは若気の至り、匂宮さまがそれだけ魅力的なイケメンだという証拠でもございますことよ、ホホホ。

 では二条院にお返しします!あ、遅れましたがことよろ!です。右近でした。



 少納言です。

 匂宮さまがお帰りになられても暫く陣痛は続き、そして―――

 明け方になってようやく、お生まれになりました!男の子です。

 匂宮さまはそれはそれは喜ばれて小躍りせんばかり。母子ともに健康、何よりでございます。

 薫さまがいちはやくお祝いに駆けつけてくださいました。お産の穢れがありますので邸内には上がっていただけないのですが、昨夜の宴で宮さまにご相伴役をつとめていただいたことの御礼かたがた、立ったまま寿いでいただきました。

 宮さまが二条院に籠り切りですので、お祝いに訪れる方々は引きも切りません。

 さて産養ですが、最初の三日間は宮さまはじめ家族だけ、五日目の夜には後見役の薫さまが催されました。屯食五十具、碁手の銭、椀飯など定番のもの、産婦の御前に置く衝重(ついがさね)三十、赤ちゃん用の衣料五重襲、襁褓(おむつ)など、仰々しくならないようこっそりと下さいましたが、よくよく見れば並ではない拘りの逸品揃いにございます。

 匂宮さまの御前にも朝香の折敷や高坏類が置かれ、粉熟(ふずく)というお菓子が出されます。女房の御前にはお料理入りの衝重をはじめ、スイーツ入りの桧破籠三十の他、手の込んだご馳走がたくさん振る舞われました。見た目にはシンプルで派手さはありませんが、こちらにも薫さまの何気ないセンスが光ります。

 七日の夜は、后の宮――明石中宮さま主催の産養にございます。参集する人もぐっと増え、宮の大夫をはじめ殿上人、上達部たちはもう数えきれない程です。帝も殊の外お喜びで、

「匂宮が初めて父親になったんだ、放っておくものか」

 と仰せになり、生まれた子にと御佩刀を贈られました。

 九日目は夕霧右大臣さまです。六条院としては面白かろうはずもありませんが、大事な婿君である宮さまの機嫌を損ねるわけにもまいりません。ご子息の公達など次から次へと派遣されて、万事滞りなく進行されました。

 中君さまご自身も、何か月も思い悩まれ体調もすぐれずに心細いばかりでいらしたのが、このように中心に据えられて持て囃され続けたことで、少しは慰められたかもしれません。

 さて薫さまは―――

(こんな風にすっかり匂宮の妻として、子の母としての地位が定まれば、いよいよ私とは縁遠くなるのだろう。宮の思い入れも並大抵ではないし……悔しいけど、最初の心づもりから考えると喜ばしいことには違いない)

 あの厄介な恋心はここにきてようやく鎮まったようです。ひとまずほっといたしました。

 ではここで藤壺にいらっしゃる王命婦さん、お願いいたします。



 王命婦です。本年も何卒よろしくお願いいたします。

 藤壺では二月二十日過ぎに女二の宮さまの裳着の式が滞りなく催され、翌日より薫右大将を婿君としてお迎えいたしました。その夜のことは……プライベートですので控えさせていただきます。

 なにぶん、天下に響き渡るほど大事にお世話されていた宮さまにございます。

「内親王が臣下の妻になるなど勿体ないのでは?」「いくら帝が許されたからといって、裳着の後にすぐご降嫁だなんて……」

 と苦々しく見る向きもないではありません。

 ですが帝は思い立ったが吉日、というような気質のお方でいらっしゃいますから、誰が何を言おうと涼しいお顔です。むしろ過去に例のないほど薫さまを厚遇してやろうと目論んでおられます。帝の婿君になる方は昔も今も少なくありませんが、まだまだ現役バリバリの時に、父としてまるで臣下のように婿取りを急がれた事例はそうそうなかったように思います。夕霧右大臣もこう仰っていたそうですよ―――

「薫に対する帝のお覚えのめでたいことといったら。持って生まれた宿世だろうが、実に大したものだね。故ヒカル院ですら、朱雀院の晩年、もう出家するという時にようやく女三の宮(薫の母宮)を得たというのに。私なんか誰のお許しもなく強引に迎え取っちゃったよ」

 落葉宮さまもその通りとは思われたものの、昔のアレコレ(「夕霧」巻参照)が蘇っていたたまれない気持ちになられたか、顔を赤らめたまま何も仰らなかったとか。

 三日目の夜は、大蔵卿をはじめ、女二の宮さまのお世話をする人たちや家司などに命じて、内々に薫さま周りのご家来――随身、車副(くるまぞい)、舎人にまで禄を下賜されました。まるで普通の貴族の結婚のように、父君である帝が直々に、細かいところまで気を配っておられたのです。

 これ以降は特に派手なこともなく、ごく忍びやかに通われていらした薫さまですが、心の内にはまだ亡き大君がいらしたまま。ご実家の三条宮で寝起きして日中はぼんやり過され、夕暮れには不承不承ながら急ぎ参内する―――そういった生活はこれまでご経験が無かったものですから、非常に面倒でお辛いと感じたのでしょう、

「どうせなら宮を藤壺から退出させて、此方にお迎えしようか」

 とお考えになったのも無理からぬことでした。

 ただ帝の方は、

「ええ……この間結婚したばっかりなのに引っ越し?!随分気安く言ってくれるね……いや結婚したんだから仕方ないんだけどさ……」

 なんてブツブツ仰ってたわ。子を思う心の闇ってやつ、帝と言えどもそこは下々と変わらないわね。

 続いて再び三条宮の侍従ちゃん、よろしくどうぞ。



 ハーイ侍従です!

 三宮ちゃん、じゃなかった薫さまの母君の入道の宮さまね、メッチャ喜んでた!

「まあ、それは嬉しいこと。新居はどこがいいかしら?わたくしが今いる寝殿、ここが一番広くてキレイでよろしいのでは?お譲りしますわ」

「いやそれはさすがに畏れ多いので……」

 薫さま丁重に辞退。なんたって二品の宮さまだし寝殿以外の対屋なんて格が合わない。だいいち新妻を迎えるため母親にどいてもらったとか世間体も悪いじゃん。やっぱ三宮ちゃんの天然っぷりは健在っ! 

 結局、母宮さまの念誦堂と寝殿の西側を廊で繋いで、お付きの女房さん達の局もそこに固めたのね。女二の宮さまは寝殿の東面に住まわれるってこと。こっちはこっちで火事で焼けた後にすっかり新しく建て替えられてたんだけど、さらに磨き上げて細かいところまで整えてる。

 一方帝からは、入道の宮さま宛に娘をヨロシク!的なお文よ。考えてみればお二方とも亡き朱雀院さまの子供、腹違いのごきょうだいだもんね。帝は、特に三宮ちゃんのことを心配してた父院さまのお気持ちを汲んで、出家後も変わらずお願いされたことは何でも聞いてあげてたみたい。だから元々からしてずっといい関係なのよ。

 今上帝に二品の宮さま―――最高オブ最高の舅・姑よね!それぞれにメチャクチャ大事にされてるし……超絶好条件な上に名誉なご縁組てやつなんだけど、そこはまたまた薫くんなのよ。

 特に感動するわけでもウキウキするわけでもなく、いやまあ表向きはブッスーとしてるわけじゃなく普通にしてるのよ?でもさあ、そこはかとなくわかるじゃん、あんまり嬉しそうじゃないのって。斜に構えてる体ではあるけどさ。

 相変わらず隙あらば物思いに耽って、宇治の寺造営の準備に身を入れてんのね。こういうのは本当有能なんだけどさ。何だかなーもう。

 次は二条院にお返ししまっす!ああ、アタシも赤ちゃん見たい!



 あら、是非見にいらしてくださいね侍従さん。

 早いもので、もう若君ご誕生から五十日を数えようとしています。ただ今、お祝いの餅の準備に大わらわといったところですね。匂宮さまは籠物や桧破籠に至るまでご自身で検分なさって、沈、紫檀、銀、黄金など各ジャンルの職人たちを大勢呼び集められました。みな我こそはと競い合い、腕によりをかけて作っているようです。

 そうそう、薫さまも二条院にいらっしゃいましたよ。例によって宮さまがおられない隙に。

(心なしか、中君が以前より威厳と高貴さが増したような……)

 と思われる一方、中君さまは、

(もうこうなっては、厄介な惚れたはれたの話なんてウヤムヤになりましたわよね)

 と気楽なお気持ちでのご対面です。

 ですがあの薫さまがこの程度のことで変わるわけはございません。いきなり涙ぐんで、

「自分の本意でない結婚は、思っていたより随分苦しいものと……ますます世の中を思い悩んでおります」

 なんてことを遠慮も無くぶちまけられました。

「まあ、何てことを仰います。そんなこと誰かが少しでも漏れ聞いたら大変ですよ」

 中君さまは窘められたものの、

(あれほどおめでたいこと尽くしであってもお心が晴れないとは。まだ故姉君を忘れがたく思っていらっしゃるのね……なんという深いご愛情かしら。並ではない……ああ、姉君が生きていらしたら)

 薫さまのお気持ちも痛い程に察せられて、悔しくも思われます。

(とはいえ……きっとわたくしと同じような境遇になられて、どちらを羨むでもなく我が身を恨むことになっていたわね。所詮は落ちぶれた身の上のわたくしたち……一人前として扱われることなどあり得ないのだわ)

(やはり故姉君が『結婚はしない』という意思を通されたのは間違いではなかった。的を射た答えの一つではあったのだ)

 薫さまが若君をご覧になりたいとせがまれたので、中君さまは

(恥ずかしいけれど……余所余所しい顔をすることはないわね。無理な恋を受け入れないことで恨まれる他には、お心に違うようなことはしたくないし)

 と、ご自身であれこれ応えることはなさらず、乳母に抱かせて御簾の外に出されました。

 匂宮さまと中君さまとの間に生まれたお子さまです、どうして可愛らしくないことがありましょうか。不吉なまでに色白で愛らしく、大きな声で何か言ったり、微笑まれたりなさるそのお顔をご覧になった薫さまはもう、我が子のようなお気持ちで、羨ましく、いっそう世を捨てることが難しくなられたかもしれません。が――

(もうお亡くなりになった方が普通に結婚して、このような子を遺しておいてくださっていたら)

 という思いばかりで、つい最近ご降嫁されたばかりの女二の宮さまに早く我が子を、とお考えにならないところは、あまりにもあまりなお心と申し上げるしかないでしょう。これほどに女々しくもういない人を追い求め、妻となった方に目がいかないといいますのは……こうして語ることすら申し訳なくなってしまいます。

 こんなよろしくないお心持ちでいらっしゃる薫さまを、帝はとりわけお傍に置かれて親しみ、ついには婿にまで―――よほど官僚としての資質に難が無く、何でもそつなくこなしていらっしゃるのでしょうね。そこはわからないでもないですが。

 話がそれました。

 薫さまにしても、これほどに幼い子を目の前でご覧になるのは滅多にないことで、いつもより口数多めに話されているうち日も暮れました。妻ある身となった薫さまはもう、ここで気軽に夜更かしするわけにもまいりません。何度も溜息をつかれながら帰っていかれました。

「何とも素晴らしく薫りますこと。『折りつれば』とか言う歌のように、鶯もここに梅の花あり!と言い立てに来るかもしれませんね」

 などと愚痴る若い女房もおりましたとか。たしかに、またこの残り香で匂宮さまに何を言われるやらと思うと、女房としては面倒臭いことこの上ありません。全部お着換えしても、洗っても中々消えないですからね……本当に厄介です。

※折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鴬の鳴く(古今集春上、三二、読人しらず)

 とりあえず二条院はこんな感じで概ね平和にございます。

 それでは再び宮中は藤壺においでの王命婦さん、お願いいたします。



 少納言さん、お疲れさまでした。薫くんね……これで少しは落ち着くといいんだけれど。

 ところで、女二の宮さまのお引越しの件。

「夏になれば、内裏から見て三条宮は方塞がりになりましょう」

 ということで、四月一日(新暦で四月末くらい)、まだ春が終わらないうちに先に移っちゃいましょうってことになったらしい。

 明日はもう引っ越しという日、何とこの藤壺にて「藤の花の宴」を催すことになったの。

 南の廂の御簾を上げて、椅子を立てたところが帝のお席ね。場所は藤壺ではあるけどあくまで主催は帝で、主の女二の宮さまはもてなされる側。だから上達部や殿上人の饗応は内蔵寮(くらづかさ)が賄い担当なの。もちろん私たちもお仕事はあるけど、そんなわけで多少余裕もあるから、軽く実況させていただきますね。

 来賓は、夕霧右大臣さま、按察使大納言(紅梅)さま、藤中納言さま、左兵衛督さま。親王さま方は三の宮さま(匂宮さまね)、常陸宮さまのお二人。南庭の藤の花の下には殿上人の席、後涼殿の東は楽の演奏ステージよ。

 日暮れ方、春の調べの双調から始まって、殿上の楽の準備に入ります。

 女二の宮さま方から出された琴や笛など、大臣をはじめ皆さま順繰りに御前へとお運び申し上げます。

 故ヒカル院が手づからお書きになり入道の宮さまに差し上げたという琴の譜二巻、これが五葉の枝につけてございますが、夕霧右大臣さまがお持ちになり、由来を奏上された上で御前へ。

 続いて、筝の琴、琵琶、和琴など、故朱雀院さまより入道の宮さまへと受け継がれた楽器、最後に薫さまのあの笛――夕霧さまの夢で伝えられた故柏木さまの形見――が出てまいりました。以前帝の御前で吹かれて、

「なんと素晴らしい、二つとない音色だ」

 とお褒めにあずかりましたのを覚えていらした薫さま、

(今日という日の宴に出さずば、他に脚光を浴びる機会もあるまい)

 と持参されたのです。故柏木さまの遺品が当時の北の方であった落葉宮さまから夕霧さまに渡り、ヒカル院が預かり、薫さまへと、ちゃんと収まるところに収まっていたのですね……実に感無量にございます。

 それにしても御前にずらりと並んだ名器の数々、壮観にございました。

 夕霧さまは和琴、匂宮さまは琵琶……とそれぞれに配られて、さあ、演奏が始まります!

 薫さまはご自身の笛を賜って、比類なき妙音を吹き立てられます。殿上人の中でも唱歌に堪能な人たちは召し出されて、たいそう雅な楽の夕べとなっております。

 女二の宮さま方から粉熟(ふずく)が振る舞われます。沈の折敷四つ、紫檀の高坏、藤の村濃の打敷には花の折枝が刺繍されております。銀の容器、瑠璃の盃、瓶子は紺瑠璃にございます。兵衛督さまが御前のお給仕を勤められました。

 帝からの盃を受けられる役は、本来右大臣の夕霧さまとなりますが、

「いつも自分ばかりが栄誉に与るのはよろしくない」

 と辞退されました。かといって親王さま方はみなお身内で「天盃を受ける」方としては相応しくございません。となるとあとはお一人だけ―――薫さまです。

 薫さまははじめ遠慮して辞退されようとなさったものの、どうやら帝のご意向も強かったようで、断り切れませんでした。

 盃を捧げて「おーし!」と仰るお声や身のこなし……よくある公事ではございますが、やはり際立って優れて見えますね。帝の婿君という頭もあるからでしょうか。差し返しの盃を賜り、庭に下りて拝舞なさるお姿も実に輝いておられました。

 上席の親王がた、大臣がたであっても光栄なお役回りを、右大将である薫さまがつとめる―――前代未聞のことです。帝の婿君としてこよなく丁重に扱われておられる……如何にそのご信任が厚いかという証左にもございましょう。臣下のご身分として下の席へお帰りにならねばならないのがかえっておいたわしいような、そんな気も致しました。

 ただ、ここまで薫さまお一人を持ち上げられますと、良くも思わない人もおられたようで。

 按察使大納言さま――故柏木さまの弟君にして薫さまの叔父さま――この方は特に面白くなかったようです。

(世が世なら私にこそ、こういう目もあったかもしれないのに。妬ましいことだ)

 それというのもこの方、昔この藤壺の亡き女御さまに思いをかけておられて、入内後も諦めきれずお文を差し上げたりしておられたとか。終いには娘の女二の宮さまを得ようとご後見を希望されたものの、まったく相手にされなかった……というお恨みがあるようです。

「悔しいなあ。薫右大将はたしかに半端ない宿縁を持って生まれた人だろうが、なぜ時の帝がここまで婿かしずきをしてやらねばならんのか。ありえない……宮中、しかも帝のお住まいである清涼殿のすぐ近く、後宮の殿舎だよ?そんな場所に臣下をうかうか出入りさせ、果ては宴やら何やらと浮かれ騒ぐとは」

 などとご自宅で相当文句を仰っていらしたようですね。とはいえ滅多にないこの宴に参加しない選択肢などあり得ません。内心腹を立てつつも、しっかり参列しておられたのでした。

 宵闇のうちに紙燭が灯されました。それぞれに和歌を詠まれ、紙にしたためたものを献上します。順々に庭に据えられました文台のところに持っていかれるのですが、こういった格式ばった場では概して、出来の良い歌は少ないものと相場が決まっております。全てを実況いたしますのも煩雑に過ぎますので、割愛させていただきますね。

 上席の方々も、身分が高いからといって詠みぶりに違いが出るわけでもございません。良さげな歌だけ一つ二つほど抜き出してご紹介します。

 此方は薫さまが、帝の冠に挿す藤の花を庭に下りて折っていらした時に詠まれた歌です。

「帝のかざしに折ろうとして藤の花を

及びもつかない我が袖にかけてしまいました」

 ああ、これはイラっと来ますね。ドヤ顏で煽ってるこの感じ。

 帝のお歌は此方。

「万世を変わらず咲き匂う花だから

今日も見飽きない色と見る」

 それからまたどなたかの歌、

「主君のため折ったかざしの花は

紫の雲にも劣らない咲きぶりです」

 あとはこちら、

「世の常の色とも見えません

宮中まで立ち昇った藤の花は」

 どうやら、あの腹を立てていらした按察使大納言のお歌のようですね。

 一部、聞き違いやら聞き洩らしやらあったかもしれませんが、まあこの程度の、特に風雅さもないイマイチな歌ばかりでしたので、どうでもよろしいかと存じます。

 夜が更けるにつれ、管弦の遊びはますます盛り上がってまいります。

 薫さまが謡われる「安名尊」、お姿もお声もピカイチにございますね……あっ、按察使大納言さまが唱和されました。まあ、何と素晴らしい。往年の美声は今も衰えを知らず、堂堂たる合唱にございます。

 あと、何と申しましても小さいお子さまの演奏は宴の華ですね。夕霧さまの七郎君が笙の笛を吹いておられるお姿、そのお上手なこと、お可愛らしいことといいましたら!帝からご褒美の御衣も賜り、父の夕霧さまが階下で拝舞の礼をなさいました。

 さて、短い夜がもう明けようとしております。まだまだ名残惜しい中、そろそろお開きの時間となりました。上達部や親王さま方には帝より禄が、殿上人や楽所の人々には女二の宮さまから各々の身分に応じた品々が下賜されました。

 本日、夜には女二の宮さまのご退出の儀がございます。此方がまた凄いですよ。

 まず帝付きの女房たちは全員お送りに出る手はずとなっております。

 庇つきのお車に宮さまが乗られ、あとは庇なしの糸毛車三台、黄金造りの車六台、普通の檳榔毛の車二十台、網代車二台、童や下仕え八人ずつが徒歩、さらに三条宮の女房たちが乗るお出迎えの車、上達部、殿上人、六位の官人なども存分に着飾ってのお見送りです。

 とにかくこれ以上ないくらいの華やかなお輿入れになることは間違いないですね。私も少々仮眠を取ったらまたお仕事です。

 では三条宮の侍従ちゃん、締めをお願いしますね。内裏より王命婦でした。



 侍従です!

 いやー凄かったわ、女二の宮さまのご降嫁行列!車も多けりゃ人も多い!しかも衣装もお道具も絢爛豪華なキッラキラ!マジヤバかったわ!

 それより何より女二の宮さま!!

 初めて見たけど超ー絶可愛いー!!

 小柄でお品があって落ち着いてらして、非の打ちどころがないとはこのことね。

 薫くんもさすがに鼻の下伸ばして、

(私の持って生まれた宿世も悪くはなかった)

 なーんて内心ドヤってた癖に、相も変わらず―――やっぱり亡き大君ちゃんのことは忘れられなくて、恋しい気持ちもなくならないみたい。まあそれは仕方ない、無理に消し去ることもないんだけどさ。

(現世ではどうにも慰められないみたいだ。仏の悟りを得てこそ、不思議で辛いばかりだった二人の運命が何の報いであったかわかるかもしれない。そうすれば諦められるかも……)

 とかなんとか理由つけて、新婚なのに宇治での寺の造営にばっかり気合を入れる薫くんでした。

 以上、平安京各所から女房ズがお送りいたしました!



侍「皆さんおっつかれー!こっからはフリートークね!ガンガン本音でいきまっしょい!」

右「いや充分すぎるほどぶっちゃけてたと思うけど皆」

少「とりあえず丸く収まって良かったですわ。お幸せになっていただきたいです」

王「別の揉め事がまた出てきそうだけどね。何て言うか、薫くんはここ!って時に突然止まっちゃって、いやそれもう無理でしょ……っていうタイミングと状況になってから本気出して突っ走って木っ端微塵……ってこと繰り返してるわよね。周りにはモテモテなのに何でなのかしらね?」

右「斜に構えるのが癖になっちゃってんのかも。普通の人なら手放しで喜んで表にも出すところを出さない。いや、大したことじゃないし……ってふっと突き放す感じ。何だろねアレ。根底には、皆自分の思う通りに動いてくれて当然って気持ちがあるような気もする。だからあえて外してハードル上げたところを狙うけど、難易度高いからそうそううまくもいかない。で、なんで?!って焦れる。結局は典型的な苦労知らずのお坊ちゃま育ちってことかも」

侍「まー正直言ってゼイタクよねー。あれだけ皆に大事にされててさ、家柄も容姿も文句なしのカーワイイ奥さん貰ってさ、昇進も順調でなんも不足ないじゃん?なのにボク悩みが多すぎて~なんて文句タラタラ、苦労人の玉鬘ちゃんに聞かれたらはったおされそう。忘れられない理由なんて別にどーでもいいじゃんね。何でもいいから目の前にいる子をちゃんと幸せにせい!」

王「そこが、絶対にメデタシメデタシで終わらないいつもの源氏物語ってものよ。紫式部さんの、年齢と共にいよいよ熟成され練り込まれたイケズを炸裂させるべく、グダグダウダウダ薫くんはなくてはならない存在……それこそが宇治十帖……」

少「次はまた宇治が舞台ですわよ……いよいよあの方との出会いが」

右「形代ちゃんね……」

侍「うわーついにキタ!ハイ、皆さんご一緒に!」

 嵐 の 予 感。

<宿木 九 につづく

参考HP「源氏物語の世界」他

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