おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

早蕨 二

2021年12月6日  2022年6月9日 


  こんにちは、少納言にございます。今、二条院に来ております。ああ、懐かしい場所ですが……もう新しい世代の皆さまの暮らしが始まるのですね。感無量です。

 さて私の今回のお役目は、中君さまの受け入れ準備およびご到着からの生活全般のサポートですね。

 まずはご出発当日のことからお話しいたします。

 宇治の山荘は全体をすっかり掃き清め、何もかも始末をつけたとのこと。車数台、四位五位の前駆をつけてのごくコンパクトな一行でした。本当は匂宮さま自らお迎えに向かいたかったらしいのですが、そうなるとこれだけの人数ではとても足りず、仰々しいことになってしまいます。ごく忍びやかでこじんまりとした形にならざるを得ません。宮さまはご到着まで随分とご心配なさっておいででした。

 薫中納言さまからも前駆を勤める家来を数多差し向けられたようです。大方のことは宮さまの御指示がございましたが、内々の細かい雑務は薫さまが一手に引き受けられ、すべて完璧にお計らいくださいました。

 日が暮れないうちにと、女房達も迎えの前駆たちも早く早くと急き立てるものですから、中君さまは落ち着きません。京はどちらの方向かしらと思うにも不安ばかり募られて、悲しいお顔をなさっていたようです。周りはただただ遂にこの日が来たと喜ぶばかりで、大輔の君という女房は歌まで詠んで上機嫌です。

「長生きするとこれほど嬉しい目にも遭うのですね

我が身を憂えて宇治川に身を投げてしまわなくてよかった」

 中君さまは、
(弁の尼の心持ちと比べて、なんという違いかしら)
 と苦々しくお思いでしたが、続いてもう一人が詠みました。
「亡くなられた方を恋しく思う気持ちは忘れませんが
 今日は何をおいてもまず嬉しく存じます」
 いずれも年配の女房たちで、亡き大君さまに長く仕えていた者ばかり。生前はあれほど親しくしていたのに、おめでたい日だからと脇に置かれる―――致し方のないことではありますが、中君さまとしては急に手のひらを返されたようで、
「世の中は薄情なものね」
 とそっと呟かれてからはもう口を開かれませんでした。
 
 京までの道中は、長く険しい山道が続きます。その有様をはじめて目の当たりにされた中君さまは、
(宮の訪れが少ないと嘆いていたけれど……これでは、そうそう頻繁に通えるはずもない)

 宮さまの御苦労もすこし理解されたとか。

 七日の月が明るく差し出て、霞んだ光が何ともいえず美しい夜にございました。ごく幼い頃に宇治に移り住まれた中君さまには京での暮らしの記憶は殆どありません。ここまで長い道のりを移動したことも人生で二度目、馴れない車中で相当お疲れのようです。

 溜息まじりに歌を詠まれました。

「思えば、山より差し出る月も

この世が住みにくくてまた山に帰るのでしょう」

 住まいも生活も何もかもが一変して、しまいにはどうなってしまうのか。何とも危うく、先々には不安しか感じられない中君さまにございました。

(今までの物思いなど悩みの内に入らない。数年前に戻ってやり直したいくらい)

 車は刻一刻と、住み馴れた場所から離れていきます。

 宵(午後十時ごろ)をすこし過ぎて、一行は二条院に御到着です。

 見たことも無いような目にも眩い殿造りが三棟四棟並んだ中に、車が引き入れられました。今か今かとお待ちでいらした匂宮さま、駆けよらんばかりに近づいて、自ら中君を抱き下ろされます。

 お部屋のしつらえも善美を尽くされて、女房達それぞれの局も隅々まで残らず宮さまのお心配りが行き届いております。まことに理想的なお住まいと申し上げても過言ではないでしょう。どの程度のお扱いをされるかとの不安はたちどころに消え去りました。

「なんと、並々ならぬ御愛情」「よほど素晴らしい女性に違いない」

 と世間も騒然です。

 薫さまは再築成った三条宮に、この二十余日辺りに戻られるとのこと。三条宮は二条院のすぐ近く、移動の準備がてら毎日のように夜更けまでいらっしゃるようです。おそらく、少しでも二条院の様子が窺えれば……という思いもおありだったのでしょう。

 前駆として差し向けたご家来がたが帰参して、二条院での歓迎ぶり、宮さまが如何に中君さまを大事に扱っていらっしゃるか、詳細にご報告したようです。

 薫さまにとっても嬉しいことには違いないのですが……一方で、むくむくと埒も無い後悔が湧き出て止まりません。

「取り返したいものよ……」

 と繰り返し独りごちられながら、

「琵琶湖を漕ぐ舟のように

完全ではないにしても『逢瀬』はしたのに」

 愚痴っぽいお歌を詠まれていたとか。

 ここで一旦、バトンタッチいたします。右近さん、どうぞ。


 右近です。いま夕霧右大臣邸に来ております。

 此方も何かと立て込んでおりますので、お手伝い要員ですね、はい。

 といいますのも、夕霧さまは今月中にも匂宮さまと六の君さまの御結婚を、というお考えでいらしたようなのです。

 ところが宮さまはサッパリ此方に寄りつかないばかりか、事もあろうに宇治から姫君を迎えられ「こちらが優先」と言わんばかりに丁重に遇していらっしゃる。憤懣やるかたない夕霧さまですが、さすがに最近では宮さまも気を遣われて、六の君のもとに時々はお文も届くようです。

 ご婚儀の準備に先立ちまして、六の君さまの裳着の式を執り行うことは世に広く周知されており、今更延期するというわけにもまいりません。二十日過ぎには敢行されました。

 いとこ同士の結婚ということで変わりばえもせず、本人たちがどうしても!と望んでいるわけでもありませんから、夕霧さまが

(いっそ薫と結婚させようか。余所に譲るには惜しい男だし、長年密かに思いを寄せていたという人を亡くして萎れた様子でぼんやりしているようだから、この際)

 という気持ちに傾いたのも無理はございませんでした。しかるべき人に頼んでそれとなく探らせたところ、

「世の無常を間近に見たものですから気持ちが塞ぎ、我が身も不吉な感じがいたします。とてもそのような気にはなれません」

 とすげなく断られてしまったとか。

「何だよ……お前もか薫。こっちは真剣に申し出たっていうのに、アッサリ『そんな気になれない』って。どうなってんの今の若い子は」

 夕霧さまは頭を抱えられたものの、弟とはいえ薫さまはやや気の置ける存在のようで、それ以上強く勧めることはございませんでした。

 夕霧右大臣邸からは以上です。少納言さんにお返しいたします。


 少納言です。何だかお気の毒ですね夕霧さまも。

 二条院の桜は今が盛りにございます。「主なき宿」――誰もいなくなった宇治の山荘を思いやられたのでしょうか、薫さまは、

「心やすくや」

 と口ずさまれながら、匂宮さまのもとにおいでになりました。

※浅茅原主なき宿の桜花心やすくや風に散るらむ(拾遺集春-六二 恵慶法師)

 今や二条院にばかり入り浸りでいらっしゃる宮さまは、既にすっかり住み馴れたご様子で、薫さまは、

(よかった。これでもう安心だ)

 とばかりに微笑ましくご覧になっておられました。例の、良からぬ後悔の念が残らず消え去ったかどうかはわかりませんが―――本心から中君の生活の安定とお幸せを喜んではいらしたようです。

 お二人で何だかんだと長く話し込んでおられましたが、宮さまは夕方から内裏へ参上されることになっておりました。車の用意がなされ、供人が多く参集してきましたので、薫さまは席を立たれ、西の対の中君さまの方へと移られました。

 あの宇治の山里の暮らしとは打って変わり、御簾の内にて貴婦人然と住まわれる中君さま。薫さまが、透き影にほの見えた可愛らしい童女にお声をかけ言伝てされるや、すっと御茵が差し出されます。昔からの事情を心得た女房なのでしょう、すぐに出て来てお返事を申し上げます。

「朝夕の区別もなくお訪ねできそうな近いところに住まいながら、これといった用事もなくお邪魔いたしますのも馴れ馴れしいかと遠慮するうち、すっかり世の中が変わってしまったような気がします。庭先の梢も霞を隔てているように見えますので、寂しくなることも増えました」

 薫さまのこの言葉、憂いに沈んでおられるご様子は、御簾越しにでも中君さまのお心に響いたようでございます。

(お気の毒に……もし姉君が生きていらして、薫さまとご結婚されていたら……何の気兼ねもなく行き来して、お互いに花の色や鳥の声も季節折々につけ、ささやかながら楽しんでこの世を過せたろうに)

 亡き大君さまを思い出されるにつけ、ただただ引き籠っていらした山里住いの心細さよりもなお、ひたすらに悲しく後悔も募られる中君さまでした。

 女房達も、

「世の習い通り事々しくおもてなしするようなお方ではございません。あれほどご厚意を尽くされたことへの感謝を今こそお見せする時でしょう」

 と口々に申し上げます。とはいえ、人伝てではなく直にお話しすることはやはり気が引けて躊躇っておられるうち、匂宮さまが出発前のお暇乞いの挨拶にいらっしゃいました。すっきりと身なりを整え化粧もして、見甲斐のあるお姿です。

 薫さまが此方にいらっしゃるのをご覧になり、

「え、何であんなに余所余所しく遠ざけて外に座らせてるの?貴女のこと、何でそこまでやる?ってくらいガッツリお世話してたのに?そりゃ私にとっては、他の男を妻に近づけるなんて馬鹿?!って言われるようなことだろうけど、散々世話になった薫に対してまったく
他人行儀っていうのも罰が当たろうってもんじゃない?もっと近くに寄って、昔話のひとつでも語り合ったら?」

 などと仰ったそばから、

「まあそうはいっても、あんまり無防備すぎるのも良くないけどね。薫は下心があっても顔に出ないしさ」

 なんてことも繰り返されるのでウザ……面倒なことこの上ありません。中君さまとしては、心底ありがたかった薫さまのお心ざしを、今になって疎かになどするわけもなく、

「薫さまご自身が仰るように、わたくしが亡き姉君になり代わり、これまでのご厚意への感謝を表明する機会があったら――」

 とお思いではありますが、宮さまがとにかく何やかやと焼餅を焼かれブツブツと仰るものですからウザ……いえ、辛いお立場であるようです。

 二条院からは以上です。少納言でした。


侍「少納言さんも右近ちゃんもおっつかれー♪中君ちゃん、幸せそうで良かったね!匂宮くん素直すぎっていうかわかりやすいねー!」

王「このウザ絡みっぷり、そして案外真実を突いてるところ、お祖父さまそっくりかもね。人タラシなところもさ。薫くんも……早く新しい恋を見つけるべきね、柏木くんみたいにいつまでも一人に拘らないで。そんなとこ似なくていいのに全く」

侍「あわわ、王命婦さんたら隠す気ゼロー!」

王「実際、薫くんって匂宮くんの百倍メンドクサイ男だと思うわよ。中君ちゃんは塩対応でちょうどいい。下手に距離詰めると思いっきし寄りかかってきそう、ガッチガチに鎧で固めたまんまで」

侍「何かJーPOPの歌詞みたいだけど重そうー!そりゃ逃げるわ若い子は。えーもうさ、薫くんは恋愛しなくてよくない?政略結婚でも何でもいいから六の君ちゃん貰っちゃえばよかったのに。だってあの超美人の藤典侍ちゃんの娘だよ?すっごい可愛いし性格もいいんでしょ?最高じゃん」

王「ほんとそれ。結局、薫くんも匂宮くんに対してライバル心バッチバチなのよね自覚あるのかないのかわかんないけどさ。仏道向きでもないし恋愛上手でもないんだから、フツーに平凡に、身分に応じたお嫁さん貰って静かに暮らせばいいのよ。早く目を覚ませ!」

侍「バッサリいったー!でもそれだと話終わっちゃうー!きっと、またイロイロあるってことね、間違いない!さあ皆さんご一緒に、」

 嵐の予感。

<宿木 一 につづく

参考HP「源氏物語の世界」他

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