おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

宿木 四

2021年12月22日  2022年6月9日 

 


 ハーイ三条宮の侍従でーす!今さっき、薫さま一行が六条院から帰って来たよ!

 でね、前駆としてついてったお供の人、中門の暗い所でブツブツ言ってる。

「我が殿はどうしてこうも呑気というか何というか……さっさとお話を受けて夕霧さまの婿になられればよかったのに。ホント、つまんない独り住まいだよなあ」

 どうやら六条院で匂宮さまの家来さんたちが超チヤホヤされて、気持ちよく酔っぱらってごろ寝してるのが羨ましかったみたい。まだその辺にいらした薫さまに、多分聞こえるように愚痴ってた。まあ超絶盛り上がってる宴会の声聞きながら、深夜までただ待機してるだけって辛すぎ、どんだけブラックなのよってね。そこは同情する。

 薫さまも苦笑いはしてたっぽいけど、例によって特に何か言うでもなく、すぐ寝所に入られてゴローンよ。で、いつもの考え事ね。

(ああ、疲れた……匂宮も気を遣って大変だったろうな。半端なく威厳のある親が出て来て座り込まれてさ、伯父と甥とはいえキッツイよね。灯りでそこらじゅう明るく照らされて、どんどん注がれる酒を礼を失さない白けない程度に上手にかわしつつ受けて……コミュ力高いわやっぱり)

(もし私自身によさげな娘がいたら、あの宮を措いては入内すらさせないかも。わかる……猫も杓子も是非ウチの娘を宮に!ってそりゃなるなる、うん)

(でも私も、宮がダメなら源中納言に!程度には思われてるらしい。世間受けはそれなりに悪くはないみたいだな。こんな浮世離れした古臭い男なのに)

 ハイハイ、でも僕だって!的な。ライバル心と自意識バリバリじゃんやっぱ。何も浮世離れしてない。あ、ゴメン続き続き。

(帝が女二の宮を私に……という話が本格的に動き出したら、このウジウジ渋ってる気持ちはどうしたらいいんだろう。晴れがましいことではあるけどどんなものか……どうせなら亡き大君によく似ていらしたら嬉しいな)

 結婚したくないんだもーんって言いながらメッチャ関心あるんじゃん!全くね、そういうとこやぞ。

 例によって目が冴えちゃった薫さま、お気にの按察使の君とかいう女房さんのお部屋にすすすっと入り込んで夜を明かした。まあ自分ちに召人いるのは貴族男子としては当たり前だし、朝になって誰かに見られたところで何てことないんだけど、まだ暗いのに無理してそそくさ起きて出て行こうとするもんだから、按察使の君もそりゃムっとするわよね。

「世に認められない関川を渡りますのも

見慣れ(水馴れ)てしまわれたと噂されるのは辛いですわね」

 いくら何でもあんまりなお扱いじゃない?って歌に、薫さまも申し訳なく思ったか、

「深くないように上からは見えますが

関川の下では流れが絶えませんよ」

 いやいや、愛情は深いんだからね!って全面否定もエー?って疑うところだけど、このお歌って、表面は浅く見えるって認めちゃってるよね。はー、こりゃ大変だこの人の召人やるのも。

 薫さま、妻戸を押し開いて、

「おお……あの空をごらん。これを見ないまま夜を明かすのは勿体ないよ。風流人の真似事じゃないけど、ますます明かしがたい夜な夜なの寝覚めには、此の世から彼の世まで思いが馳せられてしんみりしてしまう……」

 とかなんとか煙に巻いて出て行っちゃった。匂宮さまみたいに歯の浮くような文句をこれでもかと振りまいたりはしないけど、まとってる雰囲気が何しろ独特で吸引力あるのよね。こんな意味わかんない言い方しても情が無いとは思われない。ちょこっと気まぐれに粉かけられただけの女房さんでも、何としても間近で拝見したい!って思っちゃうのか、出家なさってる母宮さまとちょっとでも縁があれば無理くり入り込んで来る。そんな人ばっかり集まって、各々の身分なりにシンドイ思いしてるってわけ。まあ、匂宮さまとは全然タイプの違う罪な男よね。

 というわけで次は六条院、右近ちゃんお願い!


 なあに侍従ちゃん……じゃない、右近です。

 一方その頃匂宮さまは、昼日中に改めて六の君をご覧になって、ますますお気に召されたご様子。六の君さまって、前も言ったけど程よい中肉中背で、すらりと綺麗な身体のライン、髪の下がり端や頭の形も並じゃない。うわー素敵!お綺麗ね!って十人いたら十人とも叫ぶレベル。お肌も超ツヤッツヤ、きりりとしたお品のある顔立ち、見つめられるとドキドキしちゃうほどの愛らしい目元、もうとにかく全部イイ!完全無欠の美女!といっても過言じゃないわね。

 お年は二十一か二だったかしら。もうすっかり大人の女性として成熟されていて、今を盛りとあざやかに咲き誇る花って感じ。それはそれは大事に育てられてきて、足りないところなんてない。親が躍起になって婿探しに走るわけよ。そりゃあもう半端ないレベルの女子ね。

 それでも宮さまは、

(ふんわり愛嬌ある可愛さでいったら、中君ちゃんだよね)

 って思ってる。愛情が溢れんばかりにある人なのね、ホント。

 とはいえ六の君だってすっごく可愛いのよ?まだお返事するのも恥ずかしがってるけど、決してしどろもどろではないし、総合的にみて長所が多い。賢いのね。

 周りもスゴイわよ。若い良さげな女房が三十人ばかり、女童は六人、みんな粒ぞろい。装束も、いかにも頑張りました!格式バッチリ!ていうのは宮さまも見馴れてるだろうからって、あえて外してきた感じ?ちょっと変わった趣向だけど、ナニソレ?!とまではいかないギリギリを狙ってる。正直、雲居雁ちゃん腹の長女ちゃんを春宮に入内させた時より気合入ってる感。それもこれも、匂宮さまの御声望ってやつよね。

 そんなわけでご結婚後は、二条院にたやすく帰れなくなっちゃったのよね。軽々しい身分でもないから、昼間も自由にお出かけは無理。子供の頃みたいに六条院の南の町に住まわれてるから、日が暮れれば東の町の六の君を差し置いて余所に行くなんてまして出来ない。宮のお立場としては辛いところよね。

 では続いて二条院、どうぞ!右近でした。


 はい、少納言です。

 中君さまとて、訪れが間遠になりますことはご承知でいらっしゃいましたが、

「こんなにも早く、ガラリと変わってしまわれるとは。わたくしは本当に思慮が浅かった。こんな数ならぬ身で結婚などしてしまって……」

 と、山道を分け出てきた日を繰り返し思い出されて、現実のこととも思えず悔しいやら悲しいやらでどうにもなりません。

「やはり何とかこっそり宇治に帰りたい。まるきり逃げ去ってしまうわけではなく、暫くの間心を休めたい。このままでは宮に対して憎々しい態度に出てしまいそう」

 もはやご自分だけでは抱えきれなくなり、恥を忍んで薫さまに文を出されました。

 そのお文と申しますのが―――

 三条宮の侍従さん、お願いいたします。


 ハーイ侍従です!中君さまのお手紙キタキタ!

「故父宮の三回忌のこと、阿闍梨が伝えてきましたので詳しく聞きました。これもひとえに貴方のご厚意の名残があればこそ。何もなければどんなにおいたわしいことになったかと存じるにつけ、深謝申し上げます。出来ますことならぜひ直接お礼を申し上げたく」

 陸奥紙にカッチリ几帳面に書いてあって、すごく端正なお文。

 薫さま、故八の宮の御忌日に宇治の阿闍梨に申しつけてメッチャ尊い法事をさせたらしいのね。そのことを中君さますごく喜んでて、大袈裟な言い方はしてないのに感謝の気持ちがストレートに伝わるいいお文だった。いつもなら薫さまからのお文へのお返事って遠慮しいしいで、筆もすすまないって感じだった中君さまが、よ?しかも「直接お礼を」ってすごくない?!初めてこんなの!で、薫さまもニッコニコのウッキウキ。

 匂宮さまが新妻・六の君さまにはっきり心惹かれてること、二条院には中々お渡りになれないこと、薫さまもその辺はすぐ想像がついたみたい。どんなお気持ちかって心配になって、色めいたところは何も無いこのお文をためつすがめつ、何度も読み返してた。

 お返事は、

「承知しました。先だっては修行僧のような恰好で極力目立たないように参りましたが、それはそうせざるを得ない時期でしたからね。名残りと仰られたのは、私の心持ちが以前よりすこし浅くなったということでしょうか?そんなことはありませんよ。詳細は伺ってからお話ししましょう、あなかしこ」

 って生真面目な調子で、厚ぼったい白い色紙に書いてあった。中君さまに合わせたのもあるだろうけど、さらに色気を排した感じ?でも中身は下心満々?薫くんらしいよね。

 というわけで再び二条院にGO!


 少納言です。

 お文のやり取りをした翌日の夕方、薫さまが二条院にいらっしゃいました。

 中君さまへの人知れぬ思いが成せるわざでしょうか、いつになく念入りな身づくろいをされ、なよやかな衣はいっそう香り立ち、辺り一面に満ち満ちております。ご愛用の丁子染の扇までが移り香を添え、たとえようもない素晴らしさです。

 中君さまも、宇治の山荘でのあの夜のことを思い出す折々もないではなかったのです。薫さまの、誰よりも誠実で情愛深いご性質が見えるエピソードですから、

(この方と一緒になっていたら)

 とお心によぎることもあったでしょう。

 もう何もわからない子供ではございませんから、あの恨めしい宮さまと薫さまとの言動を比べられますと、何から何までとんでもなくかけ離れていることがよくわかります。

(いつもありったけ隔てを置いてお会いしていたけれど、申し訳なかったかしら……道理を弁えない者と思われそう)

 と反省されて、今日は薫さまを御簾の内に入れられ、母屋の簾に几帳を添え、少し身を引かれた形でご対面になられました。薫さまが、

「特別なお召しではないにしろ、いつになく対面をお許しいただいたお礼にと、すぐにでも参上したく思いましたが、近々匂宮がお渡りになられると承ったので……折が悪くてはと今日にさせていただきました。それにしても長年の誠意をようやくわかっていただけたか、隔てが少々薄らいだ御簾の内ですね。珍しいことです」

 と仰ったものですから、中君さまはやはり恥ずかしくてたまらず、すぐには言葉も出ないご様子でしたが、

「先だっての故父宮の法事について嬉しく聞きました心の内を、いつものようにただしまい込んだまま過してしまったら、わたくしの感謝の気持ちの方端なりともお伝えできずに終わってしまう……それが如何にも残念でしたので」

 たいそう控えめにお返事なさいました。奥の方に身を退かれ、途切れ途切れの微かなお声でしたので聞こえにくかったのでしょう、

「ずいぶん遠くにいらっしゃるようですね。普通にお話して、其方からも昔語りなどお聞かせ願いたいのですが」

 薫さまがそう仰ったので、中君さまもそれもそうかと少々手前にいざり寄られました。薫さまはその気配を察せられるや胸をドキドキさせますが、あくまでさりげなく、ごく落ち着いた態度のままお話を始められました。

 匂宮さまのお心持ちについて薫さまは、予想より浅くいらしたとお思いのようで批判めいたことも口にされましたが、その一方で中君さまを慰めるようなことも仰られて、どちらにせよ声を荒げるようなことはなく淡々と話しておいででした。

 中君さまのほうは、宮さまへの恨めしさなどはここで持ち出して話すようなことでもないとお思いでしたので、ただご自身が辛いだけというように言葉少なに紛らわせつつ、宇治へ行きたいというご希望を熱心に伝えられました。

 薫さまは、

「それは……私の一存ではお受けできませんね。やはり宮にまず率直に申し上げて、宮のご判断に従うのがよろしいかと。さもないと僅かなことでも行き違いが生じ、軽率だと謗られかねません。それはとてもまずい事態です。宮のご了承さえいただければ、道中も送り迎えも何なりとお仕え申し上げます。何の遠慮も要りません。安心安全で他人とは違う私の性分は、宮もすべてご存知でいらっしゃいますから」

 と仰りつつも、時折――過ぎた日の悔しさを忘れたことはない、何とか昔を取り返したいともほのめかされます。そのうち日も暮れて暗くなってきたというのに、一向に帰る様子も無い薫さまにすこし危機感を覚えられたのでしょうか、中君は、

「それではそろそろ……気分もすぐれませんので、またよろしい折にでも何なりと」

 と仰って、もう奥に引っ込まれる気配を醸し出されました。薫さまは残念そうに、

「それでは……いつ頃お立ちになるおつもりですか?草ぼうぼうになっている山路もすこし払わせましょう」

 如何にも宇治行きを実現させると言わんばかりに仰いましたので、中君さまも暫し止まられ、

「今月はもうすぐ終わりますので、朔日の頃にもと思っております。ただ、出来るだけ人目に立たない方がよろしいでしょう。夫の許可など仰々しすぎですわ」

 と仰られました。

(おお、なんと愛らしいお声だろう……大君に似ている。今までで一番)

 薫さまはついに気持ちを抑えきれなくなり、寄りかかっていた柱側の簾の下から、そっと手を伸ばされて袖を捕らえました。

 中君さまは、

(ああ、なんてこと……!やはりそういうお気持ちが……嫌だ、どうしよう)

 困惑して声も出ません。無言のままさらに奥に引き入ろうとなさったところ、薫さまがするっと半身を御簾の内に入れられ、寄り添うように横になられました。

「誤解しないで。人目に立たない方がよいと仰られて嬉しくて、空耳かどうか確かめたかった。余所余所しいお扱いをなさる場面ではありません……それではあまりに無情というもの」

 恨み言を仰いますが、中君さまは返事をするどころではございません。

(騙された。誠実な方と信頼していたのに)

 腹立たしいやら憎らしいやらで目が眩みそうなのを何とか鎮められ、絞り出すようなお声で仰いました。

「思いもしなかったお心にございます。女房たちが何と思うでしょう。呆れたこと……!」

 見下げ果てたお振舞い、とワナワナ震えられ泣きださんばかりです。薫さまも少々申し訳なく思われたか、

「これくらい非難されるほどのこと?昔の、宇治での一夜を思い出してみたらいい。亡き姉君のお許しもあったというのに。まったくの他人のように思し召しなのは何とも面白くないね。浮ついた邪な心などありませんよ、どうかご安心を」

 と仰って、実際何もせずただ寄り添っていらっしゃるだけでした。ですが……

「中君を他人に譲るのではなかった」

 と幾月も悔やみ続けたお心の内が、徐々に堪え難く苦しいまでになりゆく経緯を長々と話し続ける間にも、お袖はしっかり掴んだまま、放そうとはされません。

 中君さま、進退窮まりました……ただ大変だ、という言い方では月並すぎます。はっきり修羅場と申し上げてよいでしょう。全く見知らぬ人ではない、それどころか恩人とみて深く感謝もし、亡き姉君への思いを同じくしていた相手だからこそ、信頼を裏切られた反動は大きかった。

 中君さまはもう恥ずかしいやら厭わしいやらで、とうとう泣き出してしまわれました。

「え、何でそんな……子供じゃないんだから」

 薫さまは慌てつつも中君さまを熱く見つめておられます。

(何て可愛い人なんだ……とても言葉では言い表せない。なのにこんなに泣かせてしまって心苦しいけど……宇治で見た時より、嗜み深く品格も備わって随分大人びられた。ああ……自分から他人に譲ってしまったのにこんな辛い思いをするなんて。自業自得とはいえ悔し過ぎる)

 薫さまの目にも涙が浮かぶのでした。

 一応申し上げておきますがこのご対面、女房二人がお傍に控えておりました。御簾の内といいましても、見知らぬ男が闖入したならすわ一大事!と、介入なり何なりいたしますが、薫さまとは昔から親しく文も交わしてらっしゃる仲にございます。きっと何か事情がおありなのだろう、自分たちが傍にいるのは邪魔だろうからと素知らぬ振りで退いてしまいました。まことにおいたわしい限りです。

 薫さまは積もりに積もった思いが溢れ出し、もう鎮めるのは無理という状態でしたが、もっとお若かった頃ですら滅多にないほどの強い自制心をみせたお方です。この時も情熱に任せた無体なお振舞いまではなさいませんでした。すみません、この辺りはあまり詳細に申し上げることはできません。お察しくださいませ。

 どうあっても無理なものは無理ですし、人目にも芳しくない。あれこれ考えてやはり思いとどまるべきと判断されたか、薫さまはようやくその手を放されました。

 まだ宵かと思っていたら既に暁近く。見咎める人もいようかと、目立たないよう静かに出ていかれた薫さま。それもひとえに中君さまの御ためにございます。

(このところの体調不良というのは本当だったんだ。妊娠していたとは……すごく恥ずかしがって見られまいと頑張っていた腰の辺り、あれ腹帯だよね。どうにも心苦しくて殆ど何も出来なかった。いつものヘタレな性分が嫌になる)

(かといって、あまりにも思いやりのない実力行使なんかしたくない。一時の情熱に流されて、むやみに思いを遂げたところで後はどうなる?中君は匂宮の妻だ。気安くは逢えないし、無理をして逢瀬を重ねても苦労ばかりで、余計な悩みを増やすだけだろう)

 こうして冷静にお考えになられても、とうてい恋しい気持ちが抑えられない――まことに困ったものです。もう一度逢わずにはいられないと思い詰めていらっしゃいますのも、重ね重ね迷惑な恋心でございますこと。

<宿木 五 につづく

参考HP「源氏物語の世界」他

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