おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

総角 三

2021年11月9日  2022年6月9日 


 ハーイ引き続き侍従でーす!

 故・八の宮さま一周忌の法要、滞りなく終了いたしました!ミッション完了、帰還しまーす!

 ……って言いたいところだったんだけど、何故かまだ宇治なう。少納言さんだけ帰っちゃったのよね……今六条院らしい。何でアタシだけ???謎。

 というわけで姫君たちもやっと喪服を脱がれた……んだけど、真っ黒じゃなくなっただけで鈍色の御衣裳をお召しなのよね。何しろお父様ラブのお二人だから、片時も離れたくない!って後を追わんばかりだったのに、あっという間に一年経っちゃって……ああもう本当にお別れなんだ、親子でもずっと一緒にはいられないのねって、否応なく現実見ちゃったのよね。時と共に悲しみが薄れていくのも悲しいものよ。新たな涙に暮れていらっしゃるご様子はさすがにお気の毒だった。

 ただねー不謹慎かもしれないけど、この薄鈍色のお召し物がまたしっとりした雰囲気を醸し出して、お二人ともメッチャお綺麗なの!

 特に二十四歳の中君さまはお若い盛り、いかにもお姫様っていう可憐な感じは姉君よりちょっと勝ってるかも。ちょうど御髪を洗って整えたお姿がそれはそれはお可愛らしくて、もう世の憂さも忘れるわ!ってくらい麗しかったのね。

 大君さまも目を細められて、

「これならば誰が近くでご覧になっても決して見劣りなどしないでしょう。我が妹ながら本当に素晴らしいこと」

 なんて呟いていらした。今は他に庇護する人もいないから、大君さまが親代わりのつもりで大事にお世話してらっしゃる。

 とはいえ大君さまだってたった二歳上ってだけだし、メチャクチャ綺麗な人なのよ。自覚ないだけで。

 さて、薫さまね―――九月を待たずしてまたまた山荘に突撃ご訪問。

 来るなりもう当然のように、

「お目にかかりたい」

 って大君さまにご挨拶よ。もちろん直に逢いたいと。

 だけど大君さま一気に顔を曇らせたかと思えば、何だかんだ理由をつけての対面拒否。

「エ……何故に?あまりにも冷たすぎない?女房達もどう思うでしょう」

 薫さまがお文で抗議すると、大君さま、

「はや喪服を脱ぐまでになったという悲しみがまだ尾を引いていまして、とてもお話などできません」

 と、けんもほろろのお返事。

 気持ちの持って行きようがない薫さま、いつもの如く弁の君を召し出されて泣き言恨み言の雨あられ状態よ。

 女房達にとっても薫さまは、世にも心細い山荘暮らしに射した一筋の光、頼みの綱でもあるのよね。お二人がめでたくご結婚の運びになって、世間並のお住まいへと移られる―――これ以上のことはない!ってさ。

「何としても薫さまを大君さまのお部屋にお連れしないと……!」

 皆が皆しめし合わせてるわけ。んー、わかるんだけどちょっとイヤな状況ねコレは。

 大君さまはそんな女房達の目論見をすべて見通されてた……ってことは全然無いんだけど、まあわかるよね雰囲気的に。すっごく警戒なさってる。

(薫さまは、弁の君とはとりわけ親しくしておられて特別扱いのようだけれど、どうなのかしら……気を許して不埒な考えを起こすかもしれない。昔物語に出て来る姫君が自分の意思で事を起こすことなどありませんもの。仲立ちする女房の心ひとつでしょうね)

(薫さまがそれほどに深くお恨みならば、せめて妹の中君を推そう。たとえ見劣りするような相手でもいちどご縁が結ばれたなら疎かにはしないお方のようだから、あの美しい妹を一目でもご覧になったら心も動かされよう。ただ、言葉で申し上げてもハイそうですかと乗り換える、なんてことはきっとなさらない。弁の君越しにお伝えしても『私の気持ちとは違う』と承知なさらなかった方だもの……ひとつには、薫さまのわたくしへの想いが中身のない浅いものだと思われたくない、という意地もありましょう)

 あれこれと考えつつも、

(とはいえ、まるっきり妹に知らせないままというのも罪なこと。わたくしのような目に遭ったら可哀想ね……)

 と我が身に起こったことを振り返られた大君さま、中君さまにそれとなく打診。

「亡き父宮のご意向は、たとえ此の世を心細いまま終えようとも決して、人の物笑いになるような軽々しいお考えをなさいますなということでしたわね。ただでさえ御生前は足手まといだったわたくしたち、勤行のお心をも乱した罪も大変なものでしょうから、今はせめてご遺志には一言たりとも違えるまいと思っていますの。心細さは特に気にならないけれど、ここにいる女房達がわたくしのことをしきりに強情者と悪口を言っているらしいのがどうにも辛うございますわ。わたくしとしても、二人とも独身を通すと考えると、この頃では貴女の身の上ばかりが惜しくおいたわしく、お可哀想に思えてならないのです。貴女だけでも世間並にご結婚なさったなら、わたくし自身の面目も立ち慰めにもなろうかと……そのようにお世話したいと存じておりますの」

 中君さまはビックリ仰天で、

「お姉さま、何ということを……亡き父宮が、お一方だけは一生独身のままでいなさいなどと仰せになられたでしょうか?ふつつかな身のおぼつかなさは、わたくしの方こそ心配だと思し召しでいらしたかと。心細さの慰めなどと……今のように二人で朝夕顔を合わせることより他に何がございましょうか?」

 とんでもない!ってなるよねそりゃ。大君さまも、

「そうね……何しろ、誰もかれもがわたくしをどうしようもないひねくれ者のようにいうものだから、ほとほと困っておりますのよ」

 とりあえず引っ込めた。


王「完全に呪いにやられちゃってるわね。故宮のいう『並々でない御縁』の相手は明らかに薫くん想定なのに、そこがスッポリ抜けちゃってる」

右「いやちょっと待って……中君ちゃん匂宮からのお文のお返事書いてたよね?自分書くのがイヤだからって妹に押しつけといて、今度は薫くんに~ってどゆこと。さすがに自分勝手すぎない?」

王「何のことはない、故父宮にソックリなのよ大君ちゃんは。面倒なことからはひたすら逃げて向き合わない。自分だけ良い子でいたい。永遠に故父宮の望む娘でいたいわけだ」


 だからといって薫さまが簡単に諦めるはずもないわよね。帰る気ゼロで居座るうちにまた日も暮れた……けど、大君さま超不機嫌のまま膠着状態。

 仲立ちしてる弁の君も、いやこのご対応はあんまりでしょ、恨まれるのも無理ないですよって懇々と諭すんだけど、返事もしないで黙り込んでる。

 例によって心の声が聞こえてきたわよ。

(いったいどうしたものかしら……父君か母君、どちらかが生きていらしたなら、とにもかくにも庇護される立場、宿世とか申すものに従って思い通りにはいかない世の中だからと、すべてよくあることと片づけられて物笑いの種も隠されるでしょう。ここにいる女房達はみな年を重ねて、自分こそ賢い者とばかり思い上がり、お節介に『お似合いの御縁でございますよ』などと知った風に言って来るけれど、そういうのが『頼もしい』ということなの?仕えている立場で、一方的な意見を言うだけってどうなのかしら)

 うわーっ、グサーっと来たわアタシにも……確かに、アタシら女房だって世間は狭いのよね。姫君たちのこと笑えない。

 ここまで看破してる大君さまだから、いくら女房たちにさあさあ!って引っ張られんばかりに勧められても、ますます意固地になるばっかりで、動かざること山の如し状態なのよ。

 普段どんなことでも同じ気持ちで語り合う妹の中君さまは、こと男女筋に関しては姉君以上に疎くてイマイチ状況がわかってない。

「何だか大変そうだわ……」

 といち抜けて奥に引っ込んでる。

「大君さま、鈍色ではなく普通の色の御衣裳にお召替えを」

 女房さんたちが盛んにおめかしを勧めるんだけど、

(薫さまともう結婚させてしまえ、と思っているのね)

 思惑はバレバレよね。

「情けないこと……障壁になるようなものなど何も無いのね。さして広くもないこの山荘、まさに『山梨の花』のように、逃げ隠れするような場所なんてない」

世の中をうしと言ひてもいづこにか身をば隠さむ山梨の花(古今六帖六、山梨)

 一方薫さまも困惑気味。こんなにワイワイ皆に騒ぎ立てられつつあからさまに結婚しまーす!なんて形じゃなく、

「エッいつそうなったの?!って思われるくらいそーっと、何気なく」

 仲が進展するのを望んでたわけで。

「大君の気持ちが向かないうちは、いつまでもこのままで待つ!」

 とまで思ってたし、実際本人に言ってもいたんだけど……まあ周りは盛り上がっちゃうわよね。

 特に弁の君は世話役のトップだから、周りとも相談しまくって、もう結婚確定!みたいに決め打っちゃってる。受け答えもしっかりしてるし練れてるんだけど、やっぱりそこは年寄りなのよね。思い込んじゃったらもう他のことは見えない聞けない。気持ちはわかるんだけどさ……デリカシーは無いね。

 大君さまもいい加減堪りかねたんだろうね、ちょうどこっちに来た弁の君に、

「この数年、故父宮からは薫さまのことを、他人とは違うご厚意をくださる方とばかり聞き置いていましたの。今や何もかも頼り切って、不思議な程親しくさせていただいたけれど、思いもよらなかったお心がおありとのこと……恨まれるなんて困ってしまうわ。世間並に夫を持ちたい人ならば、こんな素晴らしい御縁談をどうしてお断りすることがありましょう。けれど、わたくしは昔から結婚するつもりはなく、望まれてもただ辛いだけなのです。ただ、中君があたら若い盛りを過ぎてしまうのは口惜しい。この住まいにしても、中君のためには不都合ばかりと思えますが、貴女も本当に亡き父宮を偲ぶ心があるなら、わたくしと同じように考えては貰えないかしら?妹とわたくし、身体は別々でも心の内はすべて譲って、全力でお世話してあげたい気持ちなの。薫さまにはそういうことだと、良きようにお伝えしていただけないかしら」

 恥じらいつつも、率直なお気持ちをぶちまけた。弁の君もさすがにこれは、と思う所あったか神妙な顔で語り出す。

「ええ、ええ、以前から貴女さまのお心持ちは存じ上げております。薫さまにもよくよく申し上げてはみましたが、お考えを改めるまでには至りませんでした。妹君にご執心の、匂兵部卿宮のお恨みもますます買うことになりますし……薫さまは、そちらはそちらできちんとご後見申し上げる、とも仰っておられます。このご縁談もまた願ってもないこと。ご両親が揃っておいでで、この上なく心を尽くして傅かれている方であっても、これほどに条件の良いご縁談が立て続けに来るなど滅多にあることではございません。畏れながら……今までのお暮しの窮乏ぶりを目の当たりにいたしまして、いったいこの先どうなってしまわれるのかと不安ですし、悲しくてなりません。将来向こう様のお心変わりがないとはいえませんものの、姉妹お二方ともに、なんと素晴らしく強いご運勢かとつくづく感心いたすばかりにございます。亡き父宮さまの御遺言を違えないようにとの思し召し、まことにごもっともではございますが、それは宮家の婿となってしかるべき方がいらっしゃらず、不釣り合いなご結婚をなさる羽目にならないように、と戒められただけのお話でしょう?薫さまが……殿がどちらかにお心がおありなら、もう一人もきっとお世話いただける、将来安泰でどんなにか嬉しいことだろうと、故宮さまも折々仰せでした。愛する人に先立たれた方は高きも低きも、それぞれの身分に応じて、思いのほかとんでもない有様で流離うことも多うございます。そういったことは憂き世の常にございますのでいちいち非難する者もおりません。まして薫さまという、特別誂えとも申し上げたいくらいのお方が、心ざしも深く世にも熱心に御求婚なさっているのに、むざむざ振り切られて、ご遺言だからと出家なさって……後はどうなさるのですか?雲や霞だけでは生きられませんのに」

 長っ!!!でも最初っから最後までゼーンブ、憎らしい程のド正論!

 まあこの辺は年の功よね。この人自身も結構な苦労人だから、桐の箱入りお嬢様が太刀打ちできるはずもない。

 大君さま、ぐうの音も出ず心折れて突っ伏しちゃった。

 遠目にこの様子を窺ってた中君さま、何だか姉君お可哀想……と思いつつも自分関係ないからって特に何も触れないまま、いつものように一緒に寝所に入られたのね。もちろん、大君さまの陰謀なんてぜんっぜん気づいてない、夢にも思ってない。

 大君さまはもう一杯一杯でもうドッキドキ、でも立てこもったり隠れたりするような場所もない山荘だもの。すぐに寝入っちゃった中君さまに柔らかくてキレイな着物をふんわりかぶせて、自分は少し離れたところで横になった。宇治でもまだ残暑がある頃だから、何もなくても寒くはないのよ。

 薫さまは弁の君から話を聞いて、

「ええ……なんでそんなに結婚イヤなの?『俗聖』と呼ばれた故宮のお傍で無常を悟られたとか?」

 といいつつも、薫さま自身もついこの間まで同じようなことを仰ってたわけで、大君さまのことさほど悪くも思わないのね。むしろ似た者同士で相性いいんじゃ?みたいな。

「ならば物越しに逢うだけでも今はとんでもないこととお考えなわけだ。今宵だけでいいから、お休みになっておられる辺りにコッソリ案内してくれない?」

 弁の君は合点承知とばかりに女房さん達サッサと寝かせて、事情を弁えた少数の同志とともに虎視眈々とチャンスを待つ……!


右「ちょっと待って。本気で中君ちゃんに押しつけるつもりなの?ヤバくないこの姉君」

王「逃げる気満々ね」


 さーて夜も更けてまいりました。とはいえまだ宵をすこし過ぎた頃かな。

 宇治ではおなじみの強風がごうごうと吹きすさぶ中、ボロっちい蔀なんかがキシキシ鳴ってたのね。

「これなら入っていく音も聞こえないでしょ」

 と、密かに薫さまを導き入れる弁の君。

 姉妹そろって同じ場所で寝てるもんだから気まずいかしら、と思いつつも、

(いつものことですもの、中君に今夜だけ他の場所で寝て下さいなんて言えないわよね……お顔はこの間御覧になっておられるわけだし、まさか取り違えはしないでしょ)

 て見切り発車よ。自分で確認くらいすればいいのに、ホント雑っていうかさあいい加減よねこのお婆さんも。

 全く眠れずにいた大君さま、もちろんその足音に気がついた。

 そーっと起きて茵を這い出して、速攻隠れる!

 中君は何も知らずにスヤスヤ。

(やっぱり可哀想……どうしよう、一緒に隠れようか……)

 胸がつぶれそうな大君さまだけど、引き返すには遅すぎた。

 もう目と鼻の先に―――ほのかな燈火に照らされる袿姿の薫さま。

 慣れた手つきで几帳の帷子を引き上げて、入ってきた!

(中君……いつ気づくかしら。どう思うかしら)

 大君さま、もう見ていられない。薄汚れた壁際に立てた屏風の後ろ、狭苦しい空間に入り込んだ。

(それとなく匂わせただけであれほど嫌がっていたのに、ましてわたくしに謀られたと知ったら……)

(ごめんなさいね……これもすべてはちゃんとした後見役がいない、落ちぶれた身の悲しさよ……)

(ああ、お父さまが最後に『山に行くよ』と出て行かれたあの夕べを思い出す……たった今のことみたいに)

 

右「ええ……(ドン引き)」

王「フーン、お家の経済状況はじゅうじゅう把握してるのに、妹を犠牲にして自分はキレイなまま悟り澄ますと。中々歪んでるわねえ」


 薫さまは、独りで寝てらっしゃる中君の姿を見て、

(おお、空気読んで二人っきりにしてくれた?!大君もその気?!)

 ヒャッホウ!ってお顔されたんだけど……まあ、近くで見れば気づくよねさすがに。

(違う……大君じゃない。キレイというより可愛い感じ……もしや妹の方?)

 目が覚めた中君さまはもうパニックよ。トーゼンよね。

「……え、誰? 薫さま……?!何で?!どうしてここに?!」

(あ、何も知らずに残されてたのね。なんてことだ)

 すぐさま事態を悟った薫さま、

(大君はどこかに隠れてるってことか。中君と私がどうかなればいいと。妹の承諾も得ないで……そこまでする?ショックすぎ……)

 とはいえ目前で大混乱して震えてる中君さまが気の毒すぎる。

(たしかにこの中君も、他の男に取られるのは惜しい子だけどさ……こういうやり方は違うでしょ……)

(とにかくサッサと乗り換えられるような軽い男と思われたくない。この場はやり過ごすとしても……中君と結ばれる運命であればそれはそれ。姉妹ではあるんだし)

 さすがは薫さま、どうにか平静を取り戻し、通常モードで優しくお話。

 傍で聞き耳を立てていた弁の君その他、よーしミッションコンプリート!って大喜びよ。

「……ところで中君は何処にいらっしゃるの?不思議ねえ」

 今更気づいて探してる。

「きっとどこかにはおいででしょうよ」

「それにしても、いつも一目みるだけで皺が伸びるような心地になる、惚れ惚れするような素敵な顔形と態度でいらっしゃる薫さまを、どうしてあんなにも避けられたのかしらねえ。何でしょう……嫁き遅れると憑くといわれる、恐ろしい神が取り憑いておられる?」

 歯のすいた女房が無遠慮に言うと、

「んまあ縁起でも無いこと!どんな魔物が憑いていることやら。まあねぇ、浮世離れしたお育ちでいらっしゃるから……男女のことを懇切丁寧にとりなして差し上げる母君もおられないものだから、ただただはしたないこととしか思われないのでしょう。今夜から自然と馴れていかれて、愛するようにもなるでしょうよ」

「そうね、早いとこ打ち解けていただいて、私たちが思い描いていた暮らしになるといいわ」

 なんて言いたい放題した挙句、弁の君ズも寝入っちゃった。ああ、盛大なイビキまで聞こえてきたわ。

 

 逢いたい人に逢うと秋の夜長も短いわーみたいな歌があるけど、

(『逢いたい人』とは違う人と過してしまった……その夜ももうすぐ明ける)

長しとも思ひぞはてぬ逢ふ人からの秋の夜なれば(古今集恋三、六三六、凡河内躬恒)

 薫さまも空気読んで、そんな気持ちはおくびにも出さない。中君さまもすごく素敵な女性ではあるから、どっちがどうとも比べられないし、すぐ傍で長く話せばいいなーとも思うわよね。

「私を思ってください。冷淡で酷い人のなされようを見習ってはいけませんよ」

 一応、型通り後々の逢瀬も約束して、姫君たちの寝所を出て行った薫さま。

(何だか……奇妙な夢を見たような気分だ。あの冷たい人の心をもう一度確かめたいな)

 波立った気持ちを静めつつ、いつもの部屋に戻ってゴロンと横になった。

 

 姫君たちの寝所近くに弁の君がやって来て、

「おかしいわねえ、中君はどちらにおわしますか?」

 なんて言いながらウロウロするもんだから、中君さま恥ずかしいやら何やらで

(どういうこと?弁の君もグルだったんじゃなくて?)

 って混乱したまま寝たふりよ。

(昨日お姉さまが仰ってたこと……まさか、本気でわたくしを薫さまに差し出したの……?)

 うーん、さすがに酷いわよね。これは恨まれても仕方ない。

 しらじらと明るくなってきた頃、壁の中のきりぎりすならぬ大君さまが屏風の後ろから這い出ていらした。あれほど仲睦まじかった姉妹の間には微妙ーな雰囲気が漂って、お互いに言葉が出ない。

 中君はもう怒りで口も聞きたくないのね。

(殿方に顔を見られて一晩同じ部屋で過して……情けないこと。もう今後はお姉さまにもうかうか気を許せない……!)

 弁の君は、薫さまに一部始終を聞いたみたい。

「まあ、なんと呆れた、頑ななお心ですこと。そこまで策を弄されるとは、あまりにも可愛げがないといいますか……」

 絶句よ。

 薫さまは、

「今までの仕打ちは、まだ何とかなるような気もしていろいろと慰めもあったけれど、今宵は……これほどの恥ずかしめを受けて、いっそ身を投げてしまいたい気持ちだよ……だけどあの故宮が見捨てがたく置いていかれた姫君たちだ。そのお辛い親心を察すればこそ、一途に我が身を思い捨てるわけにもいかない。私は、姉妹のどちらにも疚しい気持ちはない。悲しさも苦しさも、それぞれお忘れになってほしくないんだ。匂宮がきちんとお文を差し上げておられるけど、同じことなら身分の高い方にというお心なんだろうね結局。もうはっきりわかった。うん、普通そうだよ……メチャクチャ恥ずかしい。もうここで君たちと顔を合わせることすら疎ましいよ……こんな愚かな男の話、他のところで言いふらさないでくれ、頼むから」

 散々恨み言をぶちまけて、いつもと違ってサッサと出ていっちゃった。

「誰にとってもおいたわしいことになりましたわね……」

 弁の君はじめ全員がしょんぼり囁きあったとか。


 大君さまがどうしてたかっていうと、

(どうしよう……薫さまがもしいい加減なお気持ちで中君をお扱いになったら)

 ちょっと、いやかなりズレた心配で頭を悩ませてる。

(女房達がわたくしの言う事を聞かず、出しゃばって勝手に手引きなどするから)

 自分のやったことはさて置いて全部女房のせいと。

 そこに薫さまからお文が来た。

(よかった、一応後朝のお文ね)

 いかにもホッとした顔をされたけど、それも変な話よね。

 秋の気配は見ないふり、青々とした枝の片側だけ濃く紅葉したのを添えて、

「同じ枝を分けて染めた山姫に

何方が深い色かと問いましょうか」

 あれほど激おこだった薫さま、ぐっと言葉を抑えて削ぎ落としたこの歌を、結び文ではなく押し包んでの体裁で送りつけて来た。

(恋文ではない、というアピール……さては昨夜のことはウヤムヤにして無かったことにしようと?)

 大君さま、心穏やかではない。

 さあさあお返しを、と女房たちが煩い中、

「中君、貴女がお返しなさい」

 とはとても言えない。大君さまが自分で書くしかないのよね。さてどう言い訳するのやらと、こっそり見てたら、

「山姫が分けて染めた理由はわかりませんが

色変わりした方に深い心を寄せているのでしょう」

 いや、上手くない?!ちゃんと薫さまの歌を受けて、事実関係を絶妙にぼやかしつつ自分の意向はしっかり伝えるというこのお返し……この辺の機転は大君さまならではかもね。

 薫さまもいたく感心して、それ以上恨みを言い募ることも忘れたみたい。

(身を分けて~などと、中君を譲りたがっている様子は度々うかがえたけど、どうにもこちらが承知しないものだから思い余ってあんな真似をされたんだな。だがその甲斐もなく、私は心を移さなかった。何も状況は変わらなかった。さぞかし残念で、情けないと思っておられるんだろう。が、これでますます私の思いも叶う可能性がなくなった……)

(これまで仲立ちをしてきたあの弁の君も……中君と知りながらひと晩過すなんて案外軽い殿方ねえなんて考えているかも。結局、大君に思いをかけたのが間違いってことだったのか……この無常の世を捨てようという心づもりも自分から破っちゃった上にコレって、メチャクチャみっともなくない?それどころかありがちな恋愛脳の男みたいに、同じ辺りであっちだこっちだフラフラグルグルするって……それこそお笑いな、棚無し小舟ってやつ?)

堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ返り同じ人にや恋ひわたりなむ(古今集恋四、七三二、読人しらず)

 そんな風に一晩中考え明かした薫さま、有明の月夜の頃に匂兵部卿宮のもとに参上したとか。

 あ、なるほど!それで六条院なのね。

 では、続きは少納言さんヨロシク!侍従っした!

<総角 四 につづく

参考HP「源氏物語の世界」他

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