橋姫 五
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「小侍従ちゃんって、結局ずーっと三宮ちゃんのとこにいたんだね、ビックリ!てっきりどこか余所に移ったのかと」
「私も知らなかった。あそこは無駄に人数多いから、極力三宮ちゃんと顔合わせないように大人しーくしてたんだろね。ヒカル王子にも目つけられない程度にさ」
「てことは、薫くんに出生の秘密を匂わせたのは小侍従ちゃんてこと?あのお婆さん、弁の君の言葉を信じるとすれば」
「どうだかね。小侍従ちゃんって薫くんが五、六歳の時に亡くなったっていうから、吹きこむには幼な過ぎかな……本人も『そういえばそんな人いたな』くらいの認識だし可能性は薄いかも。やっぱり他にも薄々察してた女房さんいたんじゃないかなあ。そもそも王子はずっとお子さま少ない上に降嫁時四十、何よりご寵愛がぜんぜん深くなかったわけで。アレレー?おかしいぞー?って気づいた人いてもおかしくない」
「相手が柏木くんとは知らなくても、種ちがうんじゃないの?って疑ってた人はいるってこと?うわー怖!女子が大勢いるとこはこれだから!」
「ていうか、私はやっぱり三宮ちゃんが怖いわよ。だって、いくら小侍従ちゃんが身を潜めてたにしても何で平気なの?秘密知ってる唯一の女房が同じ屋根の下にいるのに」
「多分、ていうか百パー間違いないと思うんだけど、三宮ちゃん素で忘れてるとみた。イヤなことは極力見ない聞かない、考えたくないって子じゃん。なるべく視界に入らないように、ウッカリ話に出さないようにしてれば何も問題なかったんだと思うよー。小侍従ちゃんならよーくわかってたよね、三宮ちゃんのそういうとこ。二品の宮にして超大金持ち、夕霧くんの強力バックアップついてる最高の職場から離れるより、多少のリスクはあっても残る方を選ぶわそりゃ」
「そうね。周りは皆、ヒカル王子の最後の子!ってもてはやすから、三宮ちゃん自身もそう思い込んじゃってるのかもね……DNA鑑定なんて平安時代にないし、表向きの取り繕いが年を経て真実になったって感じかー。いやアッパレだわねここまで来ると」
「薫くんも三宮ママンには何言っても無駄と思ってるから、出生の秘密はこのまま墓場まで持ってくだろうね。マジで天然最強伝説」
「不穏な話してるわね」
「あっ王命婦さん!」
「お疲れさま。紅梅新右大臣のお祝いはもう落ち着いた?」
「ええ、やっとお休み貰えたわ。はい、引き出物のおすそ分け」
「わー、土俵サブレだ!ありがとうございまーす!美味しいのよねコレ!お茶入れてきまーす♪」
給湯室へと去る侍従。
「いつもありがとね。少納言さんは?」
「誘ったんだけど、最近冷泉院の方にもお手伝いで行っててね。玉鬘ちゃんのお孫さんのお世話」
「そうなんだ!少納言さんって小さい子の扱い超ベテランだもの、重宝されるわよね」
侍「お待たせー♪」
右「ささ、いただきましょ」
しばしお茶と土俵サブレで歓談。
侍「おいひーい!ホロホロサクサクで粒粒感ある生地もいいし、挟んであるホワイトチョコもほどよい甘さ♪」
右「うん、あったかいお茶にすっごく合う。コーヒーにもよさそう」
王「良かったわ。コレけっこう人気だったから、是非キープしてここに持ってこようと思ってたの」
侍「しあわせー♪」
右「ご馳走様、美味しかった。そうそう、王命婦さんに聞こうと思ってたんだけど、例の、八の宮さま春宮擁立の陰謀って知ってた?」
王「それよ!全部把握してたわけじゃないけど案の定って感じ。あの当時、とにかく此方の粗や落ち度を探すみたいなトゲトゲした雰囲気だったからね。特に故藤壺女院さまは相当危機感を持っておられたわ、あの大后さまなら何でもやりかねないって。一時期、食事やおやつも本気で神経尖らせて、絶対目を離さないように超警戒モードよ。ホント、ポシャってよかったわ。やっぱり王子は『持ってる』人だったわね」
侍「さっすがアタシのイチオシ王子ー♪運の良さも半端じゃなーい♪」
右「ちゃんとした後ろ盾がいない親王さまが、こんな風に利用されて翻弄される事例って昔からあったんだろうね。故桐壺帝が王子を親王じゃなく臣下にしたのも、自立できるようにっていう親心以上に政治的な判断ってことか。深いわあ」
王「ヒカル院は何しろ人並外れて賢かったし、内裏でお父様がガッツリ面倒みてたからね。元服と同時に左大臣家に婿入りで、ずっとしかるべき年長者に保護されてた形。八の宮さまはその点気の毒ね。決して頭の悪い人ではないのに、放置され続けたのと不運によりああなっちゃった」
侍「うん、可哀想ではある。けどさ、財産とか知らない間に持ってかれちゃうってちょっとさすがにアレじゃなーい?ポヤヤンすぎなーい?」
右「三宮ちゃんだって放置してたら間違いなくそうなるわよ。だからこそ朱雀院さまがあれほど心配してたんだし、王子だってガッツリガッチリ財産保全してあげてたし、薫くんだって日々見張ってるわけで……え、ちょっと待って。朱雀院さまって、例の陰謀ご存知だったのかしらもしかして」
王「まずいな……ヒカルを須磨に追いやっただけでは飽き足らず、本格的に藤壺中宮やその息子の春宮をも陥れようというのか、我が母君は。往年の嫉妬と我執の炎をその身に纏わせて、埒も無い復讐の念に取り憑かれている……哀れな女よ。しかし、そんな暴虐を我が母に許すわけにはいかない。亡き父よ、畏れながら今一度お力をお貸し下さい。そうだな……夢にでも出ていただきましょうか。おそろしい顔の故院に睨まれた私は目を患う。薬湯も加持祈祷も効果が無い……何故なら『祟り』だから。折しも、京は未曽有の大嵐に見舞われた。お怒りを鎮めねば次に何が起こるかわからない。母君自身はもちろんそんな戯れ言は信じないだろう。だが……こんな後ろ暗い謀り事に手を貸している者どもはどうだ?……八の宮、まんまと担ぎ上げられた愚かで善良な弟よ。君に恨みはないが、我々一族の闇堕ちを回避するため、引いてはこの内裏の権威と聖性を守るため、犠牲になっていただく。悪く思うなよ……」
右「ひっ……」
侍「エッ怖!朱雀院さまとっくに故人なのに怖すぎヤバイ!」
王「なーんてね♪いやだわ、典局さんの真似よウフフ。やっぱりあれほど真には迫らないわね。まだまだだわ」
右「いや、充分リアルだった……声と話し方ソックリだし。下りてきてる。久々にゾワっと来たわ」
侍「ねえねえもしかして!朱雀院さま、三宮ちゃんのポヤヤンっぷりが八の宮さまに重なって見えたんじゃないの?!ヤッバあいつの二の舞になりかねん!何としても王子に押しつけちゃえ!みたいな?!」
右「あの母子の抱えた業が三宮ちゃんに宿り……柏木くんの心の隙間に入り込んで搦め取り、薫くんが産まれた。そして今また、知らず知らず同じ業を背負わされた八の宮さまとも縁が繋がる……」
王「あらそうね、そういえば。やだ、適当に頭に浮かんだこと言っただけなのに辻褄合っちゃったわ。怖いわねえウフフ」
右「王命婦さん、おそろしい子……!」
侍「やっぱり嵐のヨカーン!!!」
参考HP「源氏物語の世界」他
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