総角 二
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さて、夜も更けてまいりましたが、薫さま立ち上がる気配はまるでなし。どうやらお泊りする気満々らしい。
「ゆっくりお話をしたいんだ……」
的なこと言いつつダラダラしてる、ように見せかけて、そこはかとないピリピリ感、切羽詰まってます感がヒシヒシ……これじゃ大君さまもたまったもんじゃなくない?打ち解けるどころか、ただただプレッシャーずっしりよね。
とはいえ、これまでホントに良くして貰ってたもんだから無下にも出来ないのよ……つらいわーホントつらい。ってわけで皆でご対面の準備ね。
まず仏間と廂の間の中間の戸を開ける。
御簾の内は燈明の火でこうこうと照らす。
外側、薫さまのいる前には屏風をデンと置く。
其方にも灯りを持ってったんだけど、
「ああ、疲れた(棒読み)。見られたくない格好だからこのままでいいよ」
断られちゃった。あ、本当に横になってるわ。
今女房さんが何か持ってきたみたい……真っ暗でよく見えない……軽食っぽい、何かのお菓子かな。
お供の人たちにもおつまみ的なものを品よく盛って配ってる。みんな廊の方に集められて、お二人とは離されてる……?
右「侍従ちゃん、そりゃアレよ。皆その気なのよ」
王「お泊り確定ですものね。ついに、って思ってるわね姫君以外は」
やっぱり?!キャー、ドキドキじゃん!!!
うおっと、そろそろご対面みたい。ちょっと近くに寄るね(すすす……)。
……うーん、ややぎこちないけどそこそこいい感じで喋ってるかなあ?
大君さまの方はまだ緊張が解けない風。
薫さまの方はすっかり目がハート状態だわ。いや暗くてわかんないけど雰囲気ね。
(こんな、隔てってほどでもない隔てをまるで結界みたいに、じれったく思いつつも何も出来なかったヘタレっぷり……我ながらイヤになるな)
なーんて思ってるのバレバレ、あっもちろん平静は装ってるのよ?心の声ね。何せ時空を超えてるアタシだから。
話題は当たり障りのない世間話だけど、薫さまなかなかお上手よ。面白おかしく、思わず聴き入っちゃうような話し方。
一方、御簾の内の大君さまは超焦ってるのが透けて見える。
あらかじめ女房さんたちに、
「近くにいてね!」
って頼んでたんだよね。けど皆、
(そんなこと言われても)(薫さまが直々に、余所余所しいお扱いはやめてって仰ってますし)(そろそろよろしいんじゃございません?)
みたいな感じで、ぜんっぜん見張る気ない。一人下がり二人下がり、ひとところにかたまって遠巻きにしてる。
燈明も放置してるもんだから、どんどん火が細くなって今にも芯が燃え尽きそうにチラチラしてる。
ここに来て大君さまもさすがにおかしいぞ?ってなって、何度もこっそり起きての合図するんだけど、だーれもこない!
「……何でしょう、少々気分が悪くなってまいりましたので、休みます。明け方にでもまたお話しいたしましょう」
ようやく察した大君さまが仮病使って奥に入ろうとした、その瞬間!
「山道を分け入ってまいりました私は、まして苦しくてたまりませんが、こうして貴女にお話し申し上げ、貴女のお声を聞くことで慰められております。その私を打ち棄てて引っ込まれるなんて、あまりに心細うございます……!」
薫さま、屏風をそーっと押し開いてキターーー!!!
大君さま、ビックリ仰天!!!
慌てて逃げ出そうとするけど、そこは深窓の姫君だから素早くなんて無理よね……ああ、もう捕まっちゃった。奥の部屋に体半分入ったところで。
「隔てなく、とはこういうお振舞いを仰いますの?!おかしなこと!」
大君さま、もう腹立たしいやら悔しいやらで混乱しつつも、毅然と言い放った!
うわコレ、キュンとくる!これぞ誇り高い貴人!て感じでキョーレツに魅力的!
もう薫さまのハートを貫く矢が見えるようだったわマジで。
「隔てない、という意味をまったくお分かりでないようですから、お教え申し上げようと思いまして。おかしなことと仰る、それはいったいどういうお考えなのでしょう?仏の御前にて誓いも立てましょうか……怖がらないで。無理やりにどうかしようという気は初めからありません。他人は何と思うかわからないが、私は世にも稀なる馬鹿正直な男で通ってますから」
今にも消えそうな淡い灯影、しなやかな手がこぼれかかる御髪をそっとかき分け……そこに現れたのは想像していた通り、いやそれ以上の、艶やかな美女……!
(こんな心許ないあばら家の住まい、男がその気になれば何の障壁もない。私以外に尋ね来る者がもしいたら速攻で手を出してたよね。まったく、今まで何を呑気に構えていたのか。これから先も注意しなくちゃ)
なーにを今更!って感じだけどまあしょうがないよね!
大君さまの方は言葉も出ない。ただこの状況がお姫様育ちには無理すぎて、もうボロボロ涙零して号泣。
「ああ、泣かないで。困ったな……」
(やっぱり無理じいはよくないよね。自然に心を開いてくれるまで待つか)
薫さま、一転慰めに回る。まあね、泣かれちゃうのキツイよね。
大君さましゃくりあげつつも、
「こんな……こんなお心をお持ちとは思いも寄らず、不思議なほど親しくさせていただいたのに……不吉な袖の色まですっかりご覧になってしまわれる思いやりの無さ……わたくし自身の不甲斐なさも思い知られて、どうにも立ち直れそうにありません……」
とかなんとか恨み言えるくらい落ち着いたっぽい。そうするとさ、別の事も気になって来るのよね。
(まさか直になんて思ってもみなかった……こんな喪服姿を殿方に見られてしまうなんて……情けないこと……)
右「いやそこはさ、周りの女房さんたちが気遣うところじゃないの?まだ一周忌来てないっていってもちょいと小じゃれた単衣くらい何気に着せてあげてても」
王「そうすると変に察しちゃって意固地になりそう、このお姫様。その辺うまく誤魔化して思う方向にもってくのが女房の腕の見せ所ではあるけど、難しいとこだわね。重ね重ね故宮がはっきりしとかないのが良くない。薫くんの立場を女房側にも明確にしておいてほしかったわよね」
ホントそれ。マジでそれ。薫さまはやっぱ若いから、イマイチこの乙女心が通じないのよ……。
「そんな風に思われてしまいましたか……お恥ずかしくて申し上げる言葉もございません。喪の色にかこつけられるのはもっともと存じますが、この数年というものご覧に入れました心ざしの徴として、そんな些細な事を憚らねばならないほど、昨日今日始まったような恋とお考えになってよいものでしょうか。無用な弁えにございます」
なんて言ったかと思えば、何と例の、二年前の垣間見ね。有明の月の下で実は見てましたって話を出して、それ以来折々にどんどん恋心が溢れて止まらなくなった的な口説き文句をつらつらと……いや、まあ気持ちはわかるけどさ……どうよ?
右「な、なんかデジャヴ……夕霧くんが落葉宮さまに言い寄った時とそっくり……兄弟、じゃないもんね従兄の子だもんね。一応血は繋がっててえーと(混乱)」
王「何でこう、どいつもこいつも……いつから思ってましたーみたいな常套句なんぞどうでもいい、顔見た瞬間にすかさず
『うわーメッチャ綺麗だね!可愛い!好き好き大好き!』
って知性だの嗜みだの立場だの、ぜーんぶかなぐり捨てて熱く愛を叫べっつうのよ。俺の恋心を聞けじゃないの、相手がどんなに素晴らしいかを語るの。まったく、呼び出して小一時間説教したいくらいだわ」
だーよーね!百%同意!
泣き止ませるのはいいとして、完全に冷静にさせちゃったらダメじゃんねえ……恋の熱にポワワーンって浮かされないとお互いに。
案の定、大君さますっかり引き気味、いや入って来た時点でドン引きだったんだけど更に顔が曇っちゃって熱どころか氷点下よ。
(あの時にもう見られていた……?何てこと。あんなに前から心をかけていながら、知らぬ顔で品行方正な振りをしておいでだった……?)
こうなっちゃうよね、ハア……。
いや別に、前から思いをかけてましたってのはいいのよ。だけど具体的に言っちゃう必要ある?知らないうちに見られてたとかキモイでしょ普通。馬鹿正直っていうか何て言うかさあ……。
その癖、真面目男の仮面は捨てられない。
薫さま、いま何やってると思う?
暗いからわかりにくいかもだけど、何と几帳を立ててんのよ、大君さまとの間に。ちょうど傍にあった丈短めの几帳ね。で、ゴロっと寝っ転がった。
いわゆる「添い臥し」ね。
それってもう、形式としてはほぼ結婚したも同然じゃん?でも、手は出す気ないのよね……。
王「そこ仏間でしょ?仏事用の名香の匂いも芬々と、樒の主張の強い薫りも充満してる場で事に及ぶのは、誰より信仰が強い僕!って自負してる薫くんにはキツイんじゃない?段取りが甘いわね。完全に喪明けしてからにすればよかったのに」
右「私ね、鬚黒オジサンみたいなやり方は絶対に認めたくないのよ?でもさ、この間の夕霧くんのアレといい『無理強いしたくない』っていうのも限度があると思うの。ああージレンマだわ……どうしたらいいのかしらねこういう場合。考えてみれば、ヒカル王子はこういう中途半端は無かった気がする。玉鬘ちゃんの場合はあえてギリギリ状態を愉しんでただけで、行くときゃ一気に行く、止める時は手前で止める、みたいな」
あったりまえよ、アタシのイチオシ王子がこんな優柔不断やるわきゃない!
薫さまの御心境はこうですわよ。
(考えてみればまだ喪服着てるんだもんね。このタイミングで焦って一気に、なんて軽率だし、そもそも自分、仏道を志すためにここに来たんじゃなかったっけ……すっかり喪が明けたら、大君の心も少しは緩むかな……)
なんて淡い期待をかけて、気長に行こうと自分に言い聞かせてる。
オマエまで冷静になってどうする!!!(侍従心の叫び)
……しつれいしました。
秋の夜の気配は、場所関係なくただでさえおセンチになりがちなのに、ましてこの宇治じゃ、峰の嵐も籬の虫の音も切なく響く。世の無常を語る薫さまに時々応える大君さまのお声――それ自体本当に見応えがあるっていうか、お似合いの一対なのよね……皮肉なことに。
女房さんたち半分寝ながら、
「静かになったわね」「ええ、きっと首尾よく……」「私たちも寝ましょ」
って空気読んで本当に引き上げちゃった。
大君さまがどう思ってたかって?
まあ……当然ながらあんまりご機嫌うるわしくはない。当然よね、ワケわかんないもんこの状況。
(亡き父宮が仰っていたこと……くれぐれも軽々しいお振舞いはするな、母君の面目を潰すことのないように、と。本当に、こうして生き永らえていると、思ってもみなかった出来事に遭うこともあるのね)
声こそ立てなかったけど、宇治の川音に紛れてこっそり涙を零しておられたみたい。
この状態で朝までもうどうにもならなさそう……ふう、アタシもちょっとだけ寝ようかな。
少納言さん、あとヨロシクう!侍従でした!
侍従さんお疲れさまでした。引き続き少納言です。
仰る通り何もないまま、あっというまに夜明けが近づいてまいりました。
お供の人たちが起きて合図をし、馬たちのいななく声も聞こえます。一晩中起きておられた薫さま、供人達が話していた旅の宿の様子を思い出され、興味深く耳を傾けていらっしゃいます。
薫さまは、ほんのり明るくなってきた方の障子を押し開かれ、明け行く空の景色をご一緒に眺められます。大君さまもすこしいざり出ておいでです。奥行きのない軒なので、忍草の露が徐々に光を含んでいく様子もはっきり見えます。
お互いにたいそうお美しいご容貌をご覧になって、
「どういう関係かはさておき、ただこんな風に月や花を同じ心で愛でて、儚き世の有様を語り合って過ごしたいものですね」
薫さまがこの上なく優しいお声で囁かれるので、ビクビクしておられた大君さまも少し気持ちがほぐれたか、
「こんな風に直に対面するといった形ではなく、物越しにお話しするのなら、真に心の隔てもなくなることでしょう」
と答えられました。
しらじらと明けてゆき、鳥が群れをなして飛び交う羽風が間近に聞こえます。まだほの暗い中、朝の鐘の音がかすかに響きます。
「とても見苦しい格好ですから……明るくならないうちにお引き取りを」
と大君さまが促されましたが、薫さまは、
「こんな時間に朝露を踏み分ければ、何かあったと取られてしまいます。他人がどう思いますことか。いつものように何気なくお振舞いください。世の常識とは違った形ですが、今より後もこういったおつきあいをお願いしたい。決して疚しい気持ちはございません。私がどれほど貴女のことを一途に恋しているか――せめて哀れとでも思っていただかないと甲斐がない」
と仰って、一向に動こうともなさいません。大君さまは、
「今より後は貴方の仰る通りにいたしましょう。今朝はわたくしのお願いをお聞きください……どうか、お帰りを」
本当に困り果てたご様子でしたので、薫さまもそれ以上は粘れなくなりました。
「ああ、辛い。暁の別れですね。経験したことがないので戸惑うばかりです」
どこからともなく鶏の声。
薫さまは京を思い出されたか、
「山里の哀れをよく知る鳥たちの声に
思いがとりあつめられた明け方ですね」
大君さまのお返し、
「鳥の音も聞こえない山奥と思っていましたが
人の世の辛さは追って来るものですね」
薫さまは大君さまを、姫君たちのお部屋に通じる障子口までお送り申し上げて、ご自身は昨夜入られた戸口から出て横になられました。
まどろむこともおできにならず、名残惜しくて、
(こんなにも切ないのなら、今まで何か月も無為に過ごすんじゃなかった……帰りたくない)
悶々とするばかりでした。
一方大君さまは、女房達の目が気になられたかすぐに寝所には入らず、さまざまに思いをめぐらせておいででした。
(寄る辺なくこの世を生きていくとは、こういうことなのね……女房達も良からぬことを何やかや次から次へと言い出すようだから、わたくしの意思と関わりなく勝手に物事が進んでしまいそう……)
(薫さまの立ち居振る舞いや態度は、決して嫌な感じではない。亡き父宮も『彼方にそのお心づもりがあれば』と常々仰ってもいたし、お考えでもあった。でもわたくしは……このまま独りで生きていこう。わたくしより年も若く、綺麗な盛りの中の君を人並に結婚させた方が嬉しい。妹の身の上のことなら、心を尽くして後見もしよう。わたくし自身の世話は……誰がしてくれましょうか)
(薫さまがもっといい加減で抜けたところのある方だったなら、馴れ親しむ年月のうちにふと気が緩むこともあったかもしれないけれど……あまりにご立派すぎて近づきがたいご様子には気後れするばかり。やはりわたくしは一生独りでいい)
声を上げて泣かれるうちに夜が明けました。泣き過ぎてお疲れになったか、中の君さまの休んでおられる奥に入られて横になられました。
何だかいつもより女房達がコソコソしているわね、と思いつつ寝ていらした中の君さま、大君さまがようやく戻ってこられたのが嬉しくて、衣を引きかけて差し上げたところ、さ、と広がる得も言われぬ薫り―――間違いようもない、薫さまの移り香にございました。あの宿直人も持てあましていた、どうにも消えない香り。
(女房達が話していたことは本当だったの……?お姉さま、なんとおいたわしい)
中の君さまはまた寝たふりをされて、何も仰いませんでした。
薫さまは弁の君を呼び出しさまざま愚痴られたあと、くれぐれも姫君によろしくお伝えくださいと慇懃に仰られて、出立されました。
大君さまは、
(妹も……総角の歌は戯れと受け取ったにしても、『尋ばかりの隔て』があったとはいえわたくし自身が望んで薫さまとお逢いした、とは思っているのでしょうね……恥ずかしい……)
御気分がすぐれない、と寝込んでしまわれました。
一周忌の準備に大わらわの女房たちは慌てます。
「もういくらも日にちがございませんのに」「ただでさえ、細かいことも中々進まなくて困ってますのよ?」「お世話にかかりきりというわけにも……こんな時にご病気なんて」
その声をお聞きになりながらも、大君さまは日が暮れても寝所から出てこられません。
組み紐を作り終えた中の君さまに、
「心葉などはどうしたらよろしいの?」
とせがまれてようやく、薄暮に紛れるように起き出して、一緒に心葉の紐を結んでおられました。
薫さまからはお文がありましたが、
「今朝から酷く具合が悪くて」
と人を介してのお返事のみ。
「無粋ね」「余りに幼稚なお振舞いじゃありませんこと?」
女房達がまた囁き合いましたとか。
侍「ああーもう!ダメじゃん。大君ちゃん単に自信がないんだよ自分に。故宮と違って外の世界を全然まったく知らないんだからさ……自分がどれだけレベルの高い美人ちゃんかまるでわかってない。とにかく手放しで褒めちぎってガーッとなだれ込んじゃえばよかったのにい!ああーイライラするう!」
右「侍従ちゃん寝たんじゃなかったの?」
王「わかる、わかるわ侍従ちゃん。大君ちゃん可哀想ね……真面目すぎるのも罪作りよ」
少「どうなりますことやら……」
参考HP「源氏物語の世界」他
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