総角 一
こんにちは少納言です。ただ今、宇治の山荘に来ております。
八の宮さまがお隠れになられてから早や一年。姫君たちには耳慣れた川風の景色も音も、いっそう悲しみをそそられる秋にございます。
一周忌の準備は、薫中納言さまと山寺の阿闍梨のお二方が引き受けておられます。法服のこと、経の飾りなど諸々決めねばならないことが多々ございますが、お若い姫君たちには初めての事尽くし、女房の言うなりに何とかこなしておられるといった状態です。
「仕方のないことですけれど、お気の毒になるほど頼りないご様子ですこと」
「薫さまや阿闍梨がいらっしゃらなかったら、いったいどうなっていたことか」
とヒソヒソする声も聞こえてまいります。
薫さまは、喪服を脱がれる姫君たちのお見舞いがてら衣装など身の回りの品々を山と贈られ、ご自身も現地入りしておられます。阿闍梨も山を下りて来られました。
姫君たちは、仏前に焚く香の飾り糸を引き散らしつつ、
「よくぞここまで生きてきたものだわ」
※身を憂しと思ふに消えぬ物なればかくてもへぬる世にこそありけれ(古今集恋五、八〇六、読人しらず)
と語らっておられます。
薫さまのいらっしゃる御簾の端から、結びあげた糸繰り台が几帳の隙間を通して見えたのでしょう、
「『総角』に末永い契りを結び込め
一緒になって会いたいものです」
という歌を書かれ、大君に見せられました。
「総角」は仏具の飾りにする紐の結び方の名でもあり、催馬楽にもございます。
か寄りあひけり とうとう
事実上のプロポーズとも取れるこの歌を、大君はいつものことと、
「貫きとめることもできない脆い涙の玉の緒に
長い契りをどうやって結べましょうか」
けんもほろろに突き返します。薫さまは「あはずは何を」、つまり
「一緒になれないのなら何を生き甲斐に?」
※片糸をこなたかなたによりかけてあはずは何を玉の緒にせむ(古今集恋一、四八三、読人しらず)
と呟かれ、悲し気に黙り込んでしまわれました。
ことご自身のお気持ちについては、こんな風に何とはなしに誤魔化してウヤムヤにしてしまわれることの多い薫さま。はっきり我が心のたけを訴えることはなさらず、なぜか匂宮さまがいかに中君さまにご執心かをつらつら語りはじめられました。
「宮さまには、さしてご興味もないことに殊更向かっていくようなところがございまして、もしや一旦口に出したことだから後にはひけないという負けん気からかと、アレコレ探りを入れてまいりました。やはり本気でお気持ちがおありのようです。なぜ未だに、無暗と避けるような態度でいらっしゃるのでしょう?男女の仲というものをまるでお分かりでない風には見えませんのに、やたらと余所余所しくばかりおあしらいになる。心からご信頼申し上げているこの私には辛うございます。いったいどうお考えになっておられるのか、はっきりお聞かせ願いたい」
ごく真面目な態度で聞かれたので、
「お気持ちに背くまいという心があるからこそ、こんな……世にも奇妙な事例となりそうな有様でも、隔てなくもてなしております。それがお分かりにならないなんて、それこそ浅いお心が混じっておられるのでは?仰る通り、このような山住まいをしておりますと、物のわかった人ならばあらゆることを考え尽くすことでしょうが、何事にも後れて育ちましたもので……そういった筋のことは、故父宮も一向に、何一つ……こうした場合にはああした場合には、などと先々を予想してのお話はついぞ言い置いてはいただけませんでした。さては、ずっとこのまま世間並の暮らしを諦めるようお考えだったのかと思い当たりましたものですから、何ともお返事のしようがなく……とはいえ、少し生い先が長い妹は『深山隠れ』で終わってしまうにはあまりに可哀想で、朽ち木にはさせたくないのです。内心ではどうにかしてやりたく思っているのですが……どのような御縁に決まりますことやら」
※かたちこそ深山隠れの朽木なれ心は花になさばなりなむ(古今集雑上、八七五、兼芸法師)
大君さまは本当にどうしたらよいのかおわかりにならないのでしょう、溜息をひとつつかれると、黙ってしまわれました。
やはり例の呪いに囚われておしまいになってますね……おいたわしいことでございます。
王命婦さんの洞察力ヤバい……さすが元祖バリキャリ……あっ、侍従です!画面ONしっぱなしだったんだ!ヤッバ!すみませーん!
えっと薫くん……いや薫さまって言わなきゃねここでは。
「うーん、大君がいかに大人ぶって妹の縁談をととのえようとしたところで、ちょっと無理だよね……」
ってことで例の弁の君に相談しに行ったみたい。ハイ、ただ今より侍従も潜入しまーす!
薫さま、のっけから食い気味にまくし立てモードです。
「初めの頃は、ただ来世を願う気持ちで此方に参上してきたんだけど……故宮も亡くなられる間際にはだいぶ弱気になっていらして、姫君たちのことをこの私に一任すると仰られ、そのようにお約束したんだよね。でも今、故宮のお考え置きになられた状況とは大違いなんだよ。姫君たちのお心が超頑なで、え?話が違うんじゃない?もしかして任されたのは私じゃなかった?って思うくらい」
ここで大きなため息。
「こういうことって自然に伝わるものじゃないの?私はだいぶ変わり者で、今まで何かに執着するってことがなかった。それがどうだろう……前世からの宿縁なのかな、此方とはこんな長く馴れ親しむことになった。世間でも噂になり始めているらしいよ?同じことなら故人の遺志に違うことなく、私も姫君も普通の男女として心を通わせ合いたいと今は思ってるんだけど、不似合いなことなのかな?皇統の女性が臣下と結婚する例なんていくらもあるよね」
語る語る、まだ続く。
「匂宮のことだってそう。私がこんなにおススメしてるのに、ああそれなら安心ねと心を開いてくださらないって、実は他に意中の人でもいるってこと?ねえ、どうよ?どうなの?」
うわ……案外、真剣に悩んでたのね。
コッソリ言うけど、弁の君をはじめ周りの女房さんたちも微妙ーな雰囲気よ。多分、ここがフツーのお家であれば、
「エエーそれヒドイね!姫君たちもちょっと考えればいいのに!」「代わりにアタシいかが?」
みたいな軽口叩いちゃいそうだけど、とてもそんな感じじゃない。皆内心じゃ
「願ってもない縁談なのに!」
ってメッチャ思ってるわけよ。切実なの。
「他に意中の殿方などとんでもない。元より、あれほど他人とは違った性質の姫君たちでございますからね、如何にもいかにも……世間の人のように結婚など思いも寄られないご様子ですよ」
弁の君、こっちもため息交じりに語り出した。
「今お仕えしております誰彼も、何の頼もしい木のもとがございましょうか。後ろ盾など何もありません。我が身が惜しいものは皆、適当に見計らって去っていきましたし、昔から縁故のある者ですら多くは見限って、八の宮さま亡きあとはもうすぐにでも逃げたいとばかりにそわそわしております。
『御生前の頃ならば宮家の格というものもございますから、不釣り合いなご結婚はおいたわしいという昔気質なご見識に遠慮申し上げることもありましょうが……もはや寄る辺も無い姫君たちですからね』
『よんどころなく世の常のやり方に合わせていくことを殊更に謗るような手合いこそ、物の道理というものをご存知ない。そんなこと気にしても仕方ないでしょう』
『誰がこんな山奥で生きていくことなぞ出来ましょうか。松の葉をすすって修行する山伏でも生き身は捨てがたいもの、仏のみ教えを捻じ曲げ勝手に宗派に分けるようなこともしておりますよ』
などとけしかけるようなことを吹きこんで、若いお心を惑わす輩も多うございますが、大君はそんな言葉に耳を貸さず、ただ中の君だけをどうにか一人前にして差し上げたいと思っておられるようでございます」
※侘び人のわきて立ち寄る木のもとは頼む蔭なく紅葉散りけり(古今集秋下、二九二、僧正遍昭)
一息吸い込んでまだまだ語る。
「薫中納言さまがこうして山深く訪ねてくださるそのお志、長年お世話いただいておりましたことも、大君さまはよくご承知であらせられます。今回の御法要もそうですが、今ではあれこれと、細かいこともご相談なさっておいでですわね。妹君を薫さまにどうかというお考えがおありのようですよ。匂宮さまからお文もございますが、きっと真面目なお気持ちからではあるまいと思われているようです」
あー、コレはちょっと……弁の君、如何にも満足気に話を終えたけど、さすがに気の毒だわね薫くん。いや薫中納言さま、明らかにムっとしつつ反論。
「故宮のおいたわしいご遺言を聞き置き、霧の世に生きる限りは交流を続けようという気持ちはある。それは姉妹のどちらと結婚しようが同じことだ。しかし、大君が私を中君の結婚相手としてお考えと?……大変嬉しいご提案だが、私の気持ちは大君の方にある。この世を何もかも捨て去ったつもりの私なのに、どうしようもなく心惹かれてる。今さら中君にしろと言われても無理、よくある惚れたはれたの類ではないんだ……ただ物越しに、言いたいことも十分言えないままではなく、差し向かいでともかくも無常の世の話を直接申し上げて、隠されたお心の内を隅から隅まですっかり明かしていただきたい。私にはさして近しい兄弟もなく、いたって寂しい身の上なのだ。世に暮らす中で思う事――哀れにも、面白くも、悲しくも、その時々で思うことをただ胸ひとつに収めて生きてきた私だから、どうにも物足りない。もっと歩み寄っていただきたいんだ」
本音炸裂、まだまだ続くっ!
「姉君の后の宮(明石中宮)は、そんなどうでもいいような話題を馴れ馴れしくクドクド申し上げられるような相手ではないんだよね。三条宮の母君……入道の宮は親とも思えぬお若い方だが、二品の皇族かつ出家しておられるので、此方もまた気安く馴れ親しむというわけにはいかない。それ以外の女性はみな距離が遠い感じがして尻込みしてしまう。恐ろしくさえある。本気で、頼る者がなくて心細いんだ。その場限りの遊びごとであっても、こと恋愛関係は眩し過ぎて苦手でね、じっさい不器用過ぎて目も当てられない。まして本気の恋の相手ならとうてい口になんて出せないよ……恨めしい気持ち、小さなことに一喜一憂する有様をぶちまけられない自分が、我ながらヘタレすぎてどうしようもないと思う……」
しょんぼりしつつ、
「あ、匂宮のことだけどね。この薫が請け合う、決して悪いようにはしない。任せていただけないかなあ」
他人のフォローで締めるところがまたね、詰めの甘さを象徴してるよね。あ、ゴメンこれ実況じゃなくて感想だわ。今のナシナシ。
ここまで語られた弁の君、ポカーン状態ね。何しろどちらも今を時めく若者、冷泉院の手厚いバックアップを受けてる中納言と、今上帝の三の宮。一介の老女房がじゃあお受けしますね♪なんてかるーく言えるお相手じゃない。
そうこうしているうちに、夜も更けてくるわけよ。
はてさて、これからどうなりますやら(期待)。
参考HP「源氏物語の世界」他
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