竹河 五
それからまた数年が経ち、左大臣がお亡くなりになられました。右大臣の夕霧さまが後任に、藤大納言と左大将を兼任しておられた紅梅さまが右大臣と順々に繰り上がられ、薫さまは中将から中納言に、三位中将は宰相になられました。まさにこの一族より他に人は無し、といった時勢にございます。
薫さまが玉鬘邸にご昇進の御礼参りにいらして、御前の庭先にて拝舞されました。玉鬘の君は自ら応対され、
「このような草深くなりゆく葎の門をお見捨てにならず立ち寄ってくださるお心づかいに、まず昔のヒカル院のご厚情が思い出されます」
と人伝てでなく直に仰いました。そのお声は品よく愛嬌がおありで、耳に快く響きます。
(なんとお若く魅力的でいらっしゃる。これでは冷泉院がちっとも此方に来ないとお恨みになるのも道理だ……普通に交流していたら何か起こりかねない)
薫さまはうっとりしつつ仰いました。
「昇進などさして嬉しくもないですが、まずお知らせにと伺いました。見過さずにと仰られたのは、もしや平生ご無沙汰しておりますことへのお叱りでしょうか?」
いっぱしの大人らしい持って回った言い方に玉鬘の君は微笑まれ、本題を切り出されました。
「今日は年寄りの繰り言など申し上げるべき折ではないと遠慮しておりましたが、わざわざお立ち寄りいただくのも滅多にない機会ですし、お手紙に書くにもややこしいお話ですので……実は、冷泉院に上がっております娘がたいそう悩みの多い宮仕えで、居場所がなく不安定な立場におります。弘徽殿女御をお頼み申し上げ、后の宮の御方にも六条院での誼でお許しいただけるかと存じておりましたが……何方にも差し出がましい不届きな者と思われているようでどうにも居たたまれず、宮たちを置いて里下がりしておりますの。関係がこじれた本人だけを、せめてゆっくり休ませてやり過ごそうとの思いから退出させたのですが、それも悪く言われているようです。院の上もなぜそんなに里ばかり行くのかとお怒りです。それで……もし機会がありましたら、お執り成しいただけないでしょうか?あちらさまもこちらさまも頼もしく存じまして、出仕した当座は何方も心やすく打ち解け、信頼申し上げておりましたが、今は何をどう間違えたのか……浅知恵で大それた決断をしてしまった自分自身に腹が立ちます」
一気に話されて、つい涙ぐんでしまわれたのを察されたかどうか、薫さまは、
「そこまでお悩みになられるようなことでしょうか?こうした宮仕えが一筋縄でいかないことは、昔から山ほど事例がございます。位を下りられ静かに暮らしていらっしゃる院は、何事も華やかさとは遠いお立場になられ、お仕えする皆さまも一見のんびりしておられるようですが、それぞれ内々にどんな競争心を抱えておられるやら知れたものではありません。他人からしたら何の過失が?と思うようなことでも、その方にとっては恨めしいのです。つまらないことに心を動かされるのは女御や后といった方々によくあるお癖。その程度のいさかいすら予想されずにご決心されたのですか?ただ穏やかに振る舞ってやり過ごす、が一番だと思います。男が出て行って奏上申し上げることではございません」
あまりにもそっけない言い方にございました。玉鬘の君は、
「お目にかかるついでに愚痴でも申し上げようかと待ち構えておりましたのに、ここまでバッサリ斬られようとは」
と思わず声を出して笑われました。人の親としてテキパキと采配を振るっておられる方とは思えないほど、若々しく大らかです。
(御息所も……大君もこのようなお方なのだろうか。宇治の姫君に心惹かれるのも、身分がどうとかじゃなく、こんな風に感じの良い応対をされるからなんだろうな)
宇治、ここでもまた出てまいりました。匂宮も仰っておられましたね。はて、どのような経緯なのでしょうか。
そのお話はひとまず措くとして、玉鬘邸にはちょうど中の君も里下がりされていらっしゃいました。昔のように東と西とに姉妹がそろい、和気あいあいといった雰囲気が漂っております。御簾の内には玉鬘とその美しい娘たち――そう思うと気持ちも引き締まり、ますます落ち着き払う薫さま。
(何と感じの良い若者かしら。もし婿になっていたら、もっと近くでお世話できたのに)
玉鬘の君も少々残念に思われたようです。
新しく右大臣になられた紅梅さまの御殿は、ちょうどこの邸の東隣にございました。就任祝いの大饗宴に招かれた公達が大勢参集なさいます。新右大臣は、賭弓の還立(かえりだち)や相撲の饗応などに出席されていた匂兵部卿宮さまを本日第一の貴賓として招待されましたが、お顔が見当たりません。
右大臣のお心づもりとしては、秘蔵の中の君の婿にということでしたが、どういうわけか匂宮さまはまるでその気がないようです。一方、中納言になられた薫さまがますます申し分なく成長され、何事もそつなくこなされるご様子に、大臣もその北の方も目を留めておられました。
隣の邸の賑やかなご様子、行きかう車の音、先払いする声も懐かしく、玉鬘の君は過ぎ去った昔を切なく思い出していらっしゃいます。
「前の兵部卿宮がお亡くなりになってから間もなく、紅梅右大臣が真木柱の君のもとに通い始めたのを、世間はなんてはしたない!と非難したものだけれど……ここまで長く続いていらっしゃるのだから、成るべくして成ったご夫婦ということなのでしょう。世は定めなきもの。どちらが良いかなんて、先々どうなるかわからないわね」
夕霧左大臣の子息、蔵人少将・三位中将改め宰相中将は、大饗宴の翌日の夕方、玉鬘邸にいらっしゃいました。里下がりされている大君を意識されたか、
「朝廷が私を物の数に加えてくださった喜びなど何ほどでもありません。私の思いが叶わなかった嘆きだけが年々つもりに積もって、晴れる気配もありません」
と、わざとらしく涙を押し拭う素振りです。もう二十七、八歳にもなられたでしょうか、若い盛りのお美しい、ぱっと目を惹くご容貌にございました。
宰相中将が帰られた後玉鬘の君は、
「どちらの公達にも困ったものね……世の中を舐めきって、官位なんてどうでもいいとばかりに呑気に過してらして。殿がご存命だったなら我が息子たちも、恋がどうとかこうとかという余裕もあったのかもしれない」
と、さめざめと泣かれました。ご長男の左近中将は右兵衛督に、右中弁は右大弁に昇進されましたが、参議ではないことを嘆かわしく思っていらしたのです。ただ末っ子の藤侍従はこの頃、若手の出世ポストである頭中将になられました。どなたも年齢からすると順当で、決して低くはない地位ではいらしたのですが、とにかく人より遅い!と悲観しておられる。太政大臣にまで昇りつめた夫を亡くし、女親だけで家を保ち息子や娘を思うような位置につける難しさが身に沁みて、いささか焦っておられたのでしょう。
とはいえ――幼い頃から運命に翻弄され、幾度も危機に出遭いながらも見事乗り切って来られた聡明な玉鬘の君にございます。これからも人一倍悩んだり迷ったりなさいながらも、家族や周囲の人を大事にして支え合い、危なげなくこの人生を泳いでいかれることでしょう。
そうそう、この宰相中将、この後も何だかんだともっともらしいことを仰ってこられたとか。年齢からすると、この先ようやく長年の思いを遂げられる目もあるかもしれません。前の兵部卿宮亡き後、真木柱の君が紅梅大納言と再婚されたように。
宮中に入られた中の君、早々と出世コースに乗られた藤侍従、皆これからどうなっていくのでしょうか――それはまた別のお話になります。
さて、お時間となりました。秋の夜長、おつきあいいただきまことにありがとうございます。まだまだ語るべきことは尽きませんが、今日はこの辺で終わらせていただきとうございます。右近でした。それでは、また。
参考HP「源氏物語の世界」他

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