おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

御法 一

2021年7月11日  2022年6月9日 


「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん」

「何この蔵人少将って。いきなり出て来たよね。あのリア充次男くんじゃなくてその下?イケメンみたいだけどメッチャやな奴じゃなーい?」

「お父上そっくりじゃんズケズケ好きなこというの。向こうにしちゃ亡きご長男のたった一人の妻がよりによって娘婿とくっつくってエエエーって感じでしょ。まー夕霧くんが舅に一切根回しも何もしてないのが悪いね。落葉の宮さまかわいそ」

「今回株下げまくりの夕霧くん(笑)いやーだけどさ夕霧くん、実際柏木くんとはステージの違うイケメンだよ?仕事は出来るし甲斐性はあるしナンチャッテじゃない本物イクメンだし、本来痒い所に手が届くどころか痒くなりそうなところを察知して薬塗布、くらいの気配り男なのに何だかねえ」

「まあ大臣は伯父さんだしね。雲居雁ちゃんのときは散々な目に遭った上に結婚してからはまれにみる真面目一徹だったから、このくらい別にいいやんって甘えもあったのかも。とはいえ本気で切る気はどっちもないわよあれだけ子供いてさ。宮さまもこれで生活安定・将来安泰だし、藤典侍ちゃんはどっちにしろ宮仕えキャリアに影響ないし、どうにか収まるんじゃない?一旦事が決まれば夕霧くんは手堅い男よ」

「典型的な、恋人にするのはちょっとアレだけど結婚するにはいい相手ってやつね」

「あっ王命婦さん!こんにちはー!」

「こんにちは。一条宮邸の方はもういいの?」

「ええ、元々臨時のお手伝いだったから。例の塗籠突撃騒ぎは見逃しちゃって残念だったわあ。はい、おみや」

「わー、七夕スイーツ!かーわいい!お茶入れてきまっす♪」

 侍従、給湯室へ。

「そっか七夕。忘れてたわ。願い事考えなきゃ」

「健康第一かなあ私は。色気皆無だけど」

「お待たせ―♪」

 しばしお茶タイム。

侍「こういう寒天系のお菓子って色がキレイよねー♪うーん、ぷりぷりしてて食感もいいし味もおいしーい!」

右「ホント。王命婦セレクト、マジで外れがない。いつもありがとね」

王「良かったわ」

右「……何かあった?元気ないわね」

侍「また女子会やっちゃいます?」

王「ああ、そうね……だけど、当分無理かもしれないわ。特に少納言さん。あのね……紫ちゃん、あんまり具合よくないの」

侍「エエッ?!」

右「元気になったと思ってたけど……やっぱり元通りってわけにはいかなかったのね。この間の紫ちゃん主催の法会、えらく盛大だったみたいだけどそれで疲れちゃったのかしら……かなり悪いの?」

王「倒れて以来、どこがどうってわけじゃないんだけどすこーしずつ、でも確実に悪くなって来てたのよ。あの法会の後は目に見えて弱ってね……ヒカル院もすごく心配してる」

侍「そんな……悲し過ぎる。どうにかなんないの?栄養つけてゆっくりしてさ……ああでも、所詮平安時代よね。薬も無い、医者も無い」

右「神仏頼みしかないもんね。仕方ないとはいえ辛いわ……でも、そうするといよいよ出家?」

王「それがね、困ったことにヒカル院が頑としてきかない。紫ちゃんの方は、自分の子はいないし面倒見てた孫ちゃんたちも大きくなってきたし、特に後ろ髪引かれるようなこともないから、まだ体動くうちに勤行三昧したいって思ってるだけのことなんだけどね」

侍「二人一緒に出家すればイイじゃん!仲良く髪下ろしてさ、六条院でそのまま暮らすってわけにはいかないの?別に内裏じゃない私宅なんだし、どうにでもできるじゃん……(涙目)」

右「そうはいっても出家ともなると一応、俗世での関係性を断ち切らないとだからね。さすがに同居は難しいんじゃないの世間体的にも」

王「そうなの。後世は一つの蓮に~っていうのは自由だけどさ、ヒカル院って割と本来こうあるべき!ってことに拘るからね。彼にとって出家とは、例え奥山に籠ることになっても峰を隔ててお互い顔を合わせることなく住まう、みたいなイメージらしい。で、そもそもこんなに弱ってる紫ちゃんと離れて暮らすなんて無理!よって絶対出家許さん!ってなっちゃってるわけ」

侍「エーもうそんなのいいじゃん……紫ちゃんの願いを叶えてあげて、そのうち山に移るから準備ガー体調ガーとかなんとか言いながらウダウダ京にいればいいのに。三宮ちゃんだって尼になってから大分経つけどまだ六条院に住んでるし……アタシだって、ヒカル王子が出家しちゃうのは悲しい!けど、まず紫ちゃんの気持ちを汲んであげてほしい……」

右「ねえ……もうホントにダメな感じなの?まだ全然若いのに」

王「少納言さんからお手紙預かって来た。ちょっと長めだけど、是非読んでみてくださいって」

侍「ヤダヤダヤダ読みたくない……」

右「私もよ……でも、読まないとね」


 少納言でございます。

 本当なら、そちらで思う存分お話ししたいところではございますが、今何かを口に出したら私自身が崩れてしまいそうで、こうしてお手紙を書いています。文字に落すことでようやく自分を保っていられる、いえ、保たねばならないのです。

 紫上は、ヒカルさまの反対を押し切ってまで世を捨てる、ということだけは避けたく思っておいででした。だからこそ長いこと時間をかけ切々とお願い申し上げてきたのですが、全く聞いていただけないのは本当にお辛いことだったようです。こんなに出家を許されないのは運命だからだろうか……それほど罪障の深い我が身なのかと思ってしまわれるほどに。

 春に催されたあの法会―――長年私的な発願として書かせていた「法華経」の写し千部の供養を急きょ決められたのも、この思いがあったからかもしれません。場所は幼い頃から住み馴れた、名義もご自分にある二条院。まさに、紫上一世一代の法会にございました。

 あくまで内輪ごとという扱いでしたので、ヒカルさまも深く立ち入られることはなく、全体の設えや雑事を少しばかり受け持たれたのみ。楽人や舞人に関しては夕霧さまに一任されました。残りはすべて、紫上お一人で執り仕切られたのです。

 七人の役僧の法服をはじめ、各々の身分や役割に応じて仕立てられた僧服類は、色染めから縫い目一つ一つに至るまで、見たこともない美しさでした。その他室内装飾や道具類、儀式の次第と進行、何から何まで行き届いておりました。決して見た目だけではありません。紫上の仏道への造詣がいかに深いものか、その御志がいかに高潔で誠実なものか、そこかしこから窺える、実に心打たれる法会にございました。紫上の並外れた聡明さ、心の豊かさ清らかさは元より存じておりましたが、まさかこれ程とは……本当に二人といない、比類なき女性というほかはありません。

 内裏や春宮さま、后の宮さまをはじめ、ご夫人がたからも多くの寄進がありました。大量の誦経や捧げ物が所狭しと置かれた二条院には、この法会に何としても関わりたい向きが我も我もと押し寄せました。

「いったいいつの間に、これほどのご用意をなさったのか」「よほど年月をかけたご発願なのだろう」

 参会した誰もが口々に囁き合いましたとか。

 寝殿東面には仏像を置き、僧席としました。西面の塗籠の南東の戸を開けて紫上の席とし、花散里の御方さまや明石の御方さまは、北の廂辺りを襖障子で仕切った席にご案内しました。

 三月の十日ごろでしたのでお庭は花の盛りです。明るくうららかな空の下に響く有り難い読経の声。み仏のおわす浄土もきっとこのような有様かと思われ、大して信心深い者でなくとも罪障が消えそうな心地のする、佳き春の日にございました。

 皆が声を合わせた「薪こる」行道の讃嘆が、一つの音となって辺りを揺るがせます。

 法華経を わが得しことは 

 薪こり 名摘み 水汲み 仕へてぞ得し 

 声が止み、静寂が訪れました。その何とも言えないあっけなさ、胸を打つ切なさは、この頃何かにつけ紫上の周りにつきまとっていた心細さと同じ種類のものでした。

 紫上は明石の御方さまへのお手紙を、五歳の三の宮さまに託されました。明石中宮さまの御子である三の宮さまは、姫宮さまとともに幼い頃から紫上にご養育され、数多の皇子さまの中でも特に利発でお可愛らしい方です。

「惜しくもないわが身ですがもうこれで最後

薪も尽きようとしているのが悲しゅうございます」

 ストレートな別れの歌。

 明石の御方さまからは、まったく反対の意味合いのお返事が来ました。

「薪こる思いは今日を初めの日として

現世で願う仏法のために千年も祈り続けられることでしょう」

 あえて逆を突いたということはつまり、すべて理解していらっしゃるということです。明石の御方さまらしいお心遣いにございました。

 尊い読経の声に合わせた鼓の音が絶えない春の夜。やがてほのぼのと明け行く頃、霞の間から見えるとりどりの花の色、なおも春に心を留めるように咲き誇り、百千鳥も笛の音に負けじと囀ります。身にしむ情趣も感興も今ここに極まれりというその瞬間、陵王の舞は「急」にさしかかり、楽もこれが最後とばかり高らかに鳴り響きます。皆が脱ぎ掛けた衣の色も鮮やかに、この場面にぴたりと嵌って目にも絢な光景にございました。

 親王がたや上達部も、心得のある方は残らず演奏に加わっておられました。身分の上下なく皆が心ひとつに興じてらっしゃるご様子は微笑ましいものでしたが、その時の紫上はどこか寂し気な――いえ、違いますね。もっと――胸の奥がしめつけられるような、悲壮な表情にございました。

 前日までの準備に加え、当日も朝早くからずっと起きていらした紫上はかなりお疲れになっておられました。遂にはぐったりとお体を横たえられましたが、その目は、参集された皆さまのお顔や姿、奏者それぞれの才溢れる手つきを食い入るように見つめられ、琴のひと掻き、笛のひと吹きも聴き逃すまいというように耳を傾けておいででした。長年、何かの折ごとに集まる見馴れた面々ですが、その日は特に一人ひとり丁寧に注意を向けていらしたように思います。

(六条院では四季の遊びごとにかこつけて何かと競い合いながら、長くお付き合いしてきた。誰も彼も永遠に此の世に留まるわけではないけれど……まずわたくしが一人先んじて消えてゆく)

 法会が終わったあと、紫上はお帰りになる花散里の御方さまへ歌を贈られました。

「これで最後と思われるわが身と法会ですが

貴女と世々に結んだ御縁を頼みにしております」

 お返事はこちら、

「結んだ御縁は絶えることはありません

普通の人には残り少ない寿命といってもとても催せない、素晴らしい法会でしたわ」

 花散里の御方さまらしい、波立つ心をなだらかに収めるような優しいお言葉でした。

 引き続きこの機会に、不断の読経や懺法など怠りなく、尊い仏事の数々をおさせになりました。病気平癒の御修法はさしたる効果もないまま長く過ぎ、もはや日常のものとなりましたので、ヒカルさまのおはからいで諸処の寺へも使いを走らせ祈祷を行いました。

 

 そうして春が過ぎ、夏が来ました。

 紫上のお体は例年通りの暑さにも堪えられず、気も遠くなりそうに参ってしまわれることが多々ございました。見た目はこれといって悪い箇所もなく、酷く苦しまれるようなこともないのですが、ただただ日一日と弱っていかれるのです。如何にも病人という感じはしないかわりに、良くなる見込みもうかがえず、お傍に仕える私たち女房も、いったいどうなってしまわれるのか、あたらお若いみそらに、と嘆きつつ見守るしか手がございません。

 このように芳しくないご容態でしたので、明石中宮さまも内裏より二条院に御退出あそばされることになりました。東の対に滞在されるとあって、紫上は西の対から移られて待機されました。

 お迎えの儀式はいつもと変わりませんでしたが、紫上は現世の作法もこれで見納めとばかり、中宮さまに供奉する人たち――上達部も大勢含まれています―――が名のられる「名対面」でも、あれは誰これは誰と確かめられつつ、熱心に聴いていらっしゃいました。

 中宮さまとは久方ぶりのご対面にございます。二人睦まじく語り合っていらっしゃいましたところ、ヒカルさまが入って来られましたが、

「ほう、やはり中宮がおられると違うんだね。元気そうな貴女の姿は嬉しいよ。私は今宵は邪魔者だね。巣を追われた鳥みたいに憐れな私は、向こうで寝ることにしよう」

 とすぐお帰りになってしまわれました。

 紫上は、

「東と西の対に分かれていては、わたくしのところにお渡りいただくのも勿体ないことですし、わたくしも動くのが中々難しくなってしまいましたので」

 こう仰って、暫くは東の対に留まることになりました。中宮さまに従い退出された明石の御方さまも一緒に、三人で静かに語らいつつ残りの夏を過されました。

 紫上は、心の内では色々と思いめぐらせておられたでしょうが、はっきり遺言として何かを仰ることは一切ありませんでした。ただ大方の世の無常な有様を、柔らかく言葉を選び心に響く仰りようをなさるものですから、多くを語らずとも周りは別れの近いことを否応なく思い知るのです。

 何かのついでのようにさり気なく、長年馴れ親しんだ女房たちの中で特に身寄りも無く心許ないあの人この人を指して、

「わたくしがいなくなった後もお心を留めて、気にかけてやってくださいね」

 と仰る。孫宮さまたちをご覧になって、

「それぞれ将来どうおなりになるか、是非とも見届けたいという願いが強くありましたのも、こんな儚いわが身を惜しむ気持ちが混じっていたからでしょうね」

 などと仰る。涙ぐまれたそのお顔は、はっとするほどお美しゅうございました。

「お母様……どうしてそんな悲しいことを仰いますの」

 中宮さまが思わず涙を零されたのも一度や二度ではありません。

 やがて病気快癒の御読経を行うため、紫上は元の西の対に戻られました。

 

 そうそう、いつだったか……こんなこともありました。

 紫上がすこしお加減の良かった折、人少なになったのを見計らい幼い三の宮さまを前に座らせ、

「わたくしがいなくなっても、思い出していただけますか?」

 と尋ねられたのです。

 三の宮さまは、

「……ええ、寂しいよ……私は、内裏の父君より母宮よりおばあちゃまが大好きだから、いなくなったりしたらずうっと不機嫌になっちゃうかも……」

 目を押しこすりながら泣くのを堪えていらっしゃるのが何ともいじらしく、微笑む紫上の目からも涙が落ちます。

「大人になられたらここに住まわれて、この対の前にある紅梅と桜を……花の季節には大事に見てあげてちょうだい。時々は仏前にもお供えしてね」

 三の宮さまはこくんと頷かれ、紫上のお顔をじっと見つめられると、大きな目に涙を一杯に溜めたまま走り去られました。

「もう少し大きくなるまでお世話したかった……残念だこと」

 誰に仰られるともなく呟かれた紫上。

 いいえそんなことはありません、きっとすぐにお元気になられますとも、と……申し上げたかった。みえみえの嘘でもいい、希望ある言葉をたったひと言でも。

 でも……何も申し上げられませんでした。何も。

 今でも悔やんでいます。

 ……ごめんなさい、もうここまでで止めます。

 しゃんとしないといけませんね。

 あとどのくらいの時間が残されているのかわかりませんが……一分一秒とて無駄にせず、乳母として女房として、最後までしっかりお仕えいたします所存です。

 読んでいただいて、ありがとうございました。少納言でした。

参考HP「源氏物語の世界」他

<御法 二 につづく 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村
ー記事をシェアするー
B!
タグ

コメント

notice:

過去記事の改変は原則しない/やむを得ない場合は取り消し線付きで行う/画像リンク切れ対策でテキスト情報追加はあり/本や映画の画像はamazonまたは楽天の商品リンク、公式SNSアカウントからの引用等を使用。(2023/9/11-14に全記事変更)

このブログを検索

ここ一か月でまあまあ見てもらった記事