おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

夕霧 七

2021年6月27日  2022年6月9日 

※小少将さんは落葉の宮の従姉妹で、御息所の姪です。葬儀の手伝いに出て来た大和守は兄。この設定を入れるのをすっかり失念(最初は覚えてたのに!)該当箇所は修正済みです。(2021/6/27)


 


 小野では山おろしの風がとみに激しくなり、木の葉の影もなくなって、何もかもが寂しく物悲しい季節である。秋空の下、落葉の宮の涙は乾く暇もなく、

「自分の命さえ思うようにはならないのね」

 と世の厭わしさを嘆くばかりであった。女房達も何かにつけ悲しみにくれる。

 夕霧左大将からは毎日のように手紙が届いた。わびしい念仏僧の慰めにと、とりどりに揃えた見舞い品も添えて。宮宛の手紙では切々と恨み言を述べる一方で、限りなく優しい慰めの言葉も書いていたが、当の本人は手に取ることすらしない。

(あの夜何かあったのだと……病で弱っていらした母君が疑う余地なく信じ込まれ、失意のうちにお亡くなりになってしまった。往生の障りになるのではないかしら。夕霧さまがあんなお振舞いをしなければ)

 という思いで頭が一杯の宮にとって、手紙の内容以前の問題であった。夕霧に関わること自体が辛く、後悔の涙がこみ上げてしまう。女房達も困ったことと思うものの、どうにもならない。

 一行たりとも返事が来ない状況を、夕霧も
(きっとまだ取り乱しておられるのだろう)
 と思って暫くは堪えていたが、それにしても長すぎる。
(悲しみにも限りはあるだろう。こんなにも私の気持ちを受け入れていただけないとは。どうにも子供じみた振舞いだな)
(筋違いのことを蝶よ花よと浮かれて書いたのならともかく。こういう時に、自分の気持ちに共感してくれて、如何お過ごしですかと親身に尋ねてくるような人って私ならありがたいと思うけどな)
(お祖母さまの大宮が亡くなられた時悲しくてたまらなかったのに、致仕大臣はそうでもなくて……まあ仕方ないよね寿命だし~みたいな。その癖、儀式ばかりは世間向けに盛大にしてみせて、何だかアッサリしすぎてイヤな感じだった。かえってヒカル院の方が懇切丁寧に後の法事を営まれて、わが父ながら嬉しかったな。そうだ、その時に柏木のことも見直したんだっけ。いつも冷静で、何事も思慮深かった柏木が、お祖母さまのことを誰より悲しんでいて……ああ、人の情というものに敏感な人なんだな、と感じ入ったんだ)
 日がな一日、所在なく物思いに耽りがちな夕霧であった。

 

 妻の雲居雁はそんな夫の様子が気になって仕方がない。
(いったいあちらとはどうなっているのかしら。亡き御息所さまとは細々文を交わしていたようだけど)
 夕暮れの空を眺めつつ臥している夕霧に、幼い子を使いに文を届けた。ちょっとした紙切れに、
「何が原因のお悲しみなのかわかりませんわ
 生きている方が恋しいのか、亡くなられた方が悲しいのか
 はっきりしないのは辛いわね」
 と書いてあったので、夕霧は思わず笑ってしまう。
(以前にもこんな的外れなことを言ってたな。ましてや亡き御息所が相手とは)
 殊更さり気ない風で、
「どちらがどうというわけではありません
 消えてしまう露も草葉の上のことだけではない此の世ですから
 世の無常を悲しんでいるんですよ」
 と返した。
「また隠し事……いい加減にしてほしいわ」
 露の何のと煙に巻かれる雲居雁でもなく、ただ胸を痛めていた。

 

 夕霧としてはやはり手紙だけでは心もとない。
(小野の山荘に行こう。四十九日が終わってからゆっくり、と思っていたけどもう我慢ならない。噂などもう気にしている場合か。こうなれば普通に男として思いを遂げるまで)
 そう心に決めていたので、雲居雁の疑いもきっぱり否定はしなかったのだ。
 本人に気持ちはなくとも、亡き御息所が書いた「一夜ばかり」を恨む、という文がある。
(今更潔白だなんだと言い張ってもどうにもなるまい)
 母君が結婚を許していた動かぬ証拠として、これ以上のものはなかった。
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