おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

夕霧 三

2021年6月22日  2022年6月9日 


  こんにちは、少納言です。

 ええ、確かに今朝、夕霧さまが六条院においででした。この頃はそんなに朝早くからいらっしゃることはなかったので、よく覚えております。女房達も、

「珍しいわね。どちらで夜歩きしてらしたのか」

 とヒソヒソしておりました。はい、一条宮邸に足しげくお通いの件は周知の事実ですからね……小野の山荘?なるほど、そういうことだったんですね。

 東の御殿では花散里の御方さまが、香を焚き染めた唐櫃に夕霧さま用の衣裳を夏冬分キッチリ常備していらっしゃいます。朝餉を終えられて、ヒカルさまの御前に挨拶に見えられた時、たいへんに良い薫りがしたものですから、ああ着替えられたのだなとすぐわかりました。朝露に濡れていらしたんですね。それで三条のお邸には帰りづらかったと。あらあら(微笑)。

 六条院からのご報告は以上です。少納言でした。


 少納言さん、ありがとうございました。

 再び小野の山荘より、小少将にございます。

 夕霧さまのお手紙……いわゆる後朝のお文というやつですね……が早々に到着いたしましたが、落葉の宮さまは見向きもされません。夕霧さまがあまりにも唐突に態度を変えられたことで、腹立たしいやら恥ずかしいやらでまだ混乱しておられ、大変にご機嫌斜めでいらっしゃいました。母君の御息所さまのお耳に入っては、と身も細る思いでいらしたのですが、かといって何も事情を解らないままでは、普段と違うご様子に気づかれることもあるでしょうし、あることないこと噂が広がってしまってから初めて知る、という最悪の事態にもなりかねません。なぜこの母に隠していたの?となってしまいますものね。

 ましてこのお二人、並外れて親密な親子にございます。他人には打ち明けても親には隠すといったことは昔の物語によくありますが、この宮さまに限ってはありえませんでした。

 宮さまは、

「小少将、あなたたち女房が母君にありのままの事実を伝えてくださらないかしら。きっと悲しむでしょうけど、仕方がないわ」

 と仰いました。私含め女房同士で相談です。

「どうします……?」「中途半端に話して余計な心配をおかけしたら、お体に障らないかしら」「だってまだ、何事も無いんですものね。何をどう話すのでしょう」「何にしろおいたわしいこと……」

 しかし私どもがいくら話し合ったところで、肝心の夕霧さまと宮さまの仲が今後どうなるものか、見通しのないままでは如何ともしようがございません。まずは届いたお手紙の内容を見るべき、と女房一同見解の一致をみました。

「やはり全くお返事をなさらないのはどうなんでしょう。あまりに子供じみたお振舞いかと」

 と思い切って申し上げ、ようやくお手紙を広げていただきました。宮さまは、

「思いがけないことに茫然としてしまって……たったあれだけのことでも殿方に隙を見せてしまったのは、ひとえにわたくしの過ちと考えてはいるのだけれど……思いやりのないあの酷い態度を少しも許す気にはなれないの。見ませんでした、とお返事して」

 と仰るや、突っ伏されてしまいました。

 夕霧さまのお文は美しい薄様で、几帳面な字で丁寧に書かれていた……とは思います。

「『魂を』貴女の『つれない袖』に留めおいてしまいました

 我ながらどうしてよいかわかりません

※飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する(古今集雑下-九九二 陸奥)

『外なるものは』、思うに任せないものは心であると昔も似た話がありますが、

※身を捨てて行きやしにけむ思ふより外なるものは心なりけり(古今集雑下-九七七 凡河内躬恒)

 さらに『行く方知らず』の我が思いにございます」

※我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし(古今集恋一-四八八 読人しらず)

 他にも色々、長々と書いてあったようなのですが、女房の立場ですべてを見尽くすことはさすがに憚られました。いわゆる普通の後朝の文の内容ではなさそう、ということだけはわかるのですが、どうにも釈然としません。

「本当のところ何があったのかしら」「何事につけ、有り難くご親切なお心づかいは長年続いておりますけれど」「ご結婚相手としてはイマイチとか?」「わからない……とにかく宮さまの御様子も心配よね」

 側近の女房は皆、それぞれに案じておりました。母御息所さまに申し上げようにも、誰がどう話してよいものか、一向にまとまりませんでした。


王「夕霧くん……出たわねこの優柔不断癖。以前から歌ヘッタクソだなと思ってたけど、この期に及んで、必ずや次に繋がる大事な局面のお文がコレ?!恋の歌を引用しまくって誤魔化したのバレバレ。マイナス百五十点。要再提出!」

侍「王命婦さん激オコモード解除されなーい!」

右「いやさ、ホントその通りよ。クドクド書いてるけどこれって全部『よくわかんない』って要約できちゃうじゃん。何も出来なかったのが悔しいのはわかるけどさ、そんなこと言う必要ある?!ありったけ宮さまを褒めちぎって、逢いたい!今すぐ飛んで行きたい!くらい書きゃいいのに、僕わっかんないんだけどーどうしたらいいかな?ってハア?知らんがな!アンタはどうしたいのよ!って小一時間問い詰めたいわ」

侍「右近ちゃんまでー!でも全部まるっと同意ー!」


 は、はい(笑いを堪えている)。宮さまの手前、あまり言いたいことは言えなかった私たちの気持ちを代弁していただいて、とっても嬉しいです。ありがとうございます。

 実の所、ここまでは大した話ではないんです。ここから先……母御息所さまがこの件を知られた経緯というものがですね……まことに憤懣やるかたなく。


侍「エッ何々?!」

右「どうぞ、心置きなく吐き出していって!」

王「(微笑)」


 母御息所さまの御病状は重いといえば重いのですが、普段通りにケロッと元気にしてらっしゃるような時もございます。その日は昼間の加持が終わり、阿闍梨がお一方残られてさらに陀羅尼経を読んでおられました。御息所さまの御気分が良いようなのを喜んで、

「大日如来のお言葉に嘘はござらぬ。某がこれだけ気合を入れて勤めた御修法、験の無いということがありましょうか。悪霊は執念深いようじゃが、業障にまとわりつかれたか弱いものでもありますからのう」

 しわがれ声で仰います。まことに浮世離れした粗野な律師にございますが、突然

「そういえば、あの大将さまはいつから此方にお通いで?」

 と尋ねたのです。御息所さまが、

「通うなどと……そうではありませんわ。亡き柏木権大納言の親友でいらして、お約束したことを違えまいと、今までずっと何かにつけ不思議な程親しく出入りなさっておられるのです。今回もはるばる此方までお見舞いにとお立ち寄りくださった由、勿体ないことと聞いておりました」

 とやんわり否定されるとこの律師がまくし立てました。

「いやいや、またまた。某にお隠しすることもありますまい。今朝、後夜の勤行に参上いたしましたところ、西の妻戸から何とも麗しい殿方が出ていらっしゃいましてな。霧が深かったもので某には誰とも見分けられなかったのじゃが、此方の法師たちが『大将殿が御出立なさったのですよ』『昨夜、お車など返してお泊りになられたようです』と口々に申しておった。そういえば辺りが大変香ばしい薫りに満ち満ちて、頭が痛くなる程だったので、なるほどあれがそうだったのかと思い当たった次第。いつも香をたっぷり焚き染めておられる方ですからな。ただ……このご縁談は是非に、というものでもない。いや、あの方自身がどうとか言うのではないですぞ、まことに立派なお方ではある。拙僧らも、あの方がまだ童でいらした頃から、亡き大宮さまに修法をと仰せつけられ、今も何かと承っておるのじゃが……やめた方が良さそうですな。何せ本妻が強うございます。今を時めく致仕大臣一族の方で、実に重々しいお扱い、お子さまたちは七、八人にもなるとか。いかに皇女といえども圧倒されてしまわれます。また女人という罪障深い身にて、無明長夜の闇に惑うも、こうした愛欲の罪から来る恐ろしい報いである。本妻のお怒りが生じれば、往生の障りにもなりましょう。とても賛成できませんな」

 頭を振りながら好き勝手に言い放つものですから、御息所さまも半ば呆れつつ、

「何と、不思議なことを仰る。とてもそんなおつもりがあるようには見えませんわ。昨日はわたくしがあまりに調子が悪かったものですから、女房達に『ではひと休みしてからお目にかかるとしよう。暫し待たせていただく』と仰られたようです。そのままお泊りになったというだけでしょう。至って真面目で誠実なお方ですのよ」

 やはり否定されましたが……非常に聡いお方ですから、きっと心の内ではピンとくるものがあったことでしょう。

(実のところ、何かあったのかしら……宮に対するただならぬご関心は時々目にしたけれど、お人柄が堅実で、人に非難されるようなことは極力避け、折り目正しく振る舞ってらした。だからこそわたくしも、強引な真似はなさるまいと正直気を許していた。昨夜、宮の周辺が人少なと見て忍び込んだ……ということ?)

 私が御息所さまに呼ばれましたのは、この律師が退出した後でした。

「小少将、つかぬことを耳にしたのだけれど」

 今申し上げた内容をすっかりお話しになり(ただ、出所が律師とはこの時仰いませんでした)、

「どういうことなの?何故、わたくしに話してくれなかったの。何かの間違いではないの?」

 と仰るので、心苦しくはありましたが、最初からのいきさつを詳しく申し上げました。今朝のお文の内容、宮さまがほのめかされたことも全て。

「長年、胸に秘めておられた宮さまへの想いをお耳に入れようとなさっただけでしょう。普通ならあり得ないお心遣いで……夜が明ける前にお帰りになられました。あの、誰がどのように申し上げたのでしょうか?」

 この時はまさか律師が告げ口したとは思わず、女房の誰かがこっそりご注進したのかと思っておりました。御息所さまは何も仰らず渋いお顔でしたが、やがて涙をほろほろと零されました。そのご様子が何とも痛々しく、

(何故ありのまま喋ってしまったんだろう。ご病気の方をますます悩ませるようなことを)

 もう少しうまい言い方があったかも、とすぐに後悔して、

「障子はしっかり掛け金をかけてありました」

 などと色々取り繕いましたが、後の祭りでした。

「ともかくも、こんな狭い邸で何の用心もせず、軽々しく殿方とお会いしたこと自体がとんでもないこと。宮のお心がいかに潔白であろうとも、さっき話したようなことをぺらぺらと喋る法師ども、弁えのない童などが言いふらさずにはおきますまい。世間に対してそれは違うといったところで誰が聞き入れましょうか。本当にもう……思慮の足りない者ばかりがお仕えして……」

 全部仰り切らないうちに、御気分が悪くなられたようで、黙り込んでしまわれました。まことにおいたわしいことでした。宮さまの、皇女としての品格をしっかり守ろうと常々心がけていらした御息所さまです。それがこんな……思わぬ恋愛沙汰で浮名を流すことになるとは。お嘆きになるのも当然のことにございました。

「わたくしの頭がすこしはハッキリしている間に、此方に来るよう宮にお伝えして。わたくしが其方へ伺えばいいのだけれど、動けそうにないから。ああ、何だか随分長いことお目にかかっていないような心地がするわ……」

 涙を浮かべて仰るので、急ぎ戻って宮さまに申し上げました。

「すぐにお逢いしたいと仰っておられます」

 とだけ。

 宮さまの額髪が濡れて固まっておられるのを直し、単衣が綻んでいましたので着替えも済ませました。これは昨夜、夕霧さまに引っ張られたせいでしょう。

 お渡りの準備は整いましたが、宮さまは動こうとされません。

(ここにいる女房達もどう思っているのかしら……母君はまだ何もご存知ない。昨夜のことを後から他の人に聞くようなことが少しでもあれば、どんなに悲しまれるか)

 しまいには突っ伏されてしまわれました。

「どうにも気分が良くないわ……このまま治らずに悪くなってしまったほうが好都合かも……脚の気が上がってきたみたい。小少将、ちょっと押してくださる?」

 あれこれと考えすぎてのぼせてしまわれたのでしょう、私は宮さまの脚を指圧しながらそっと囁きました。

「どうも昨夜のことをそれとなくお耳に入れた者がいるようです。何があったかとお尋ねになられたので、ありのまま申し上げました。ただ障子の掛け金のことだけすこし誇張いたしました。……もし何か聞かれましたら、同じように仰ってくださいませ」

 お嘆きのご様子は申し上げませんでした。

「やはり……母君はご存知なのね」

 宮さまはがっくりされて、枕に涙を落されました。

「今回のことだけじゃない……思わぬ結婚をして以来、母君には大変なご心配をかけ通しだわ……わたくしなど生きていても仕方がないのでは……」

 どんどん落ち込んでいかれるばかりで、

「あの方は……夕霧さまは、これで引き下がるということはないでしょう。何かと言い寄ってこられるのも厄介だし、もう何も聞きたくない……あの時、あのまま言いなりになっていたらどれほどの不名誉を被ったことか」

 などと呟いておられます。もう既に法師たちの間では噂になってしまっているのですが……もちろんそんなことは申し上げられるはずもありません。

「内親王とまでなった女が、うかうかと殿方にお会いするなどあるまじきこと」

 ぐるぐる同じところを回って、どんどん沈んでいかれるばかりの宮さまです。

 ……あ、今御息所さまから、早く来るようにとの催促が参りました。ひとまずこれで失礼いたします。皆さま、聞いていただいて本当にありがとうございました!では、また。



侍「小少将ちゃんお疲れー!わーん、この先どうなるか気になるう!」

右「それにしてもまーた坊主!口かっる!軽すぎ!個人情報も何もないわねえ全く。冷泉帝の時とおんなじ。ロクなもんじゃないわ(怒)しかも女は罪障が深いだのなんだのってえっらそうに。お前のその口が煩悩そのものだよ!って言いたいわ全く」

王「ホントね。だけどあの律師、一部的を射たことは言ってたわ。実際、もし夕霧くんと落葉の宮さまが正式に結婚、なんてことになったら相当ややこしいわよ?雲居雁ちゃんはもちろんのこと、まずご長男亡くして打ちひしがれてる致仕大臣にどう説明するのかしらね」

侍「何もなかったんだし、これでチャラ!には……なんないかー、人目を忍んでの朝帰りを目撃されちゃってるもんねー。どうせなら真昼間に堂々と帰ればまだよかったのにね。律師と何かかんか話しとけば、そっちが目的だったもん!って言い張れるしさ。もー夕霧くん、何もかも詰めが甘いわん」

右「その『何もなかった』っていうのもあまりに強調しすぎるとかえって邪推を産むわよ。エッ一晩一緒にいたのに?!宮さまそんなにブサイクだったの?!ってさ」

王「そうね、もう『何かあった』って前提でいくしかないわよ。うまく持っていけるかしらねえ、夕霧くん。段取り悪すぎ。ていうか、まずもって情熱!どんなお堅い女でもフラッとしちゃうようなめくるめく恋の情熱!これがぜんっぜん足りない!亡き藤壺宮さまとヒカル王子の超絶ロマンスを見習いなさいっていうの!!」

侍「王命婦さんが収まらないー!」

右「嵐真っ只中ね……」

参考HP「源氏物語の世界」他

<夕霧 四 につづく 

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