おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若菜下 十九

2021年5月15日  2022年6月9日 

 


 すみません、何度も。今、王命婦さんが語られたことですこし思い当たるところがありまして……この間、私も六条院に行く用向きがあり、それがちょうどヒカルさまが西の対、女三の宮さまのもとにお渡りになったのと同じタイミングだったものですから、物陰でこっそりお話を。あっ仕事しながらですけどね、ええ。

 そんなわけで私の解釈も一部入ってますので、ご参考程度に留めてください。勿論、門外不出にてお願いいたします。


 朱雀院さまの元にも女三の宮さまの現状は逐一伝わっておりました。この数か月ヒカルさまは二条院にお住まいで、六条院には殆どお渡りがない……と。紫上が重態の間はいざしらず、回復してからもその体たらくと聞けば、一体どうなっているのかと胸を痛められるのも無理はありません。

(なんとしたことだ。ヒカル院の子を身ごもった今も変わらない対応というのは……つまりその期間に何か不都合なことが?宮自身が知らないところで、良からぬ世話役たちが仕出かしたのかもしれない。内裏辺りでさえ、風雅なやり取りをする間柄に対して怪しからぬ噂を立てる者もいるから……)

 一切の執着を捨てられたはずの院ですが、やはり子を思う親の心からは離れがたかったのでしょう、宮さまにお文を遣わされました。

 ヒカルさまもご覧になられたそのお文の内容がこちらになります。

『此方は特に変わりもなく、頻繁にお手紙を出すまでもありませんでした。ただ其方の様子がよくわからないまま年月が過ぎ去っていくのが気がかりでなりません。貴女のお身体が普通ではないこと、具合が良くないことをつぶさに聞き、念誦の合間にも心配しております。如何お過ごしですか?此の世が寂しく思われることがあっても、じっと我慢してお暮しなさい。恨む素振りをしたり、訳知り顔にほのめかしたりするのは、いささか品のないお振舞いですからね』


右「うわー……これはヒカル王子いたたまれないわね」

侍「え、何でこんなに詳しく知ってるの?隠密同心みたいなのがいるの?こわ!朱雀院さまこわ!」

王「普通さ、絶対にヒカル院が目にするってわかってるのにこういう書き方する?さっきの創作、我ながらあながち合ってなくもないような気がしてきたわ……怖いわね確かに」


 はい……ヒカルさまは顔から火の出るような思いでいらしたか、

(ああー言われちゃった……まさか宮があんな過ちを犯したなんて知らないだろうから、全部私のせいって思われてるんだろうな。そりゃご不満だよね、二条院にばかり入り浸ってると聞いたら)

 溜息をつかれながら、

「宮、このお返事はどうします?朱雀院にこれほどまでご心配されている旨のお手紙を書かせてしまって、私こそ心苦しい。思わぬことを察してしまったとはいえ、うかうかと他人が見咎めるような真似はするまいと思ってたんだけどね……いったい誰が何を吹きこんだのやら」

 などと仰って。


侍「ヤバ!」

右「知ってるぞって言っちゃったのね……」

王「まあそうなるわよね……」


 女三の宮さまはもう……お顔を上げることも出来ず、背中を向けて震えておられました。ただでさえ小柄なお体がますますか細く、憂いに満ちたお顔は痛々し過ぎて、私から見ても胸をつかれるようなご様子でした。

「貴女の父君も、貴女の幼過ぎる性質をよくご存じでいらっしゃるからこそ、ここまで気にかけられるのだろうね。私自身も色々思いあたるところはある。今後も心配は尽きないね。こんなこと言いたくはなかったけどさ……院の上がここまで私をお心に背く男と仰っておられる以上、私だって黙ってはいられないからね?せめて貴女にだけはわかっておいてほしいんだけど」

 さらにたたみかけられるヒカルさま。

「思慮が浅く、ただ人に言われるがまま従うような貴女だから、私のことをただ冷淡で薄情とだけ思われるだろうね。貴女から見れば私などただの年寄りで、いい加減飽き飽きもされてたんでしょ?つくづく残念で忌々しいけど、せめて父院がご存命のうちはそういうお気持ちも抑えて貰えないかな。院の上も、貴女の幸福を思ってこの結婚を決められたんだし。この年寄りも父君同様、あまり軽々しく考えてほしくないんだけど」


右「えっ、ちょっと……珍しいね。女性に対してこんなキツイ言い方する王子、初めてかも」

侍「アタシ、こんなこと王子に言われたらしんじゃう……」

王「うーん……」


 まだまだ続きます。

「私は昔から長く出家を願ってきたけど、さほど深くも考えていなさそうな女たちにさえどんどん後れを取ってモタモタしちゃってる。いや、私自身の心はもう決まっているんだよ?だけど朱雀院が出家されるにあたり、残された貴女の後見役として私を選ばれた。そのお気持ちがしみじみ嬉しかった。だからこそ、院に引き続き同じように世を捨てることは出来なかった。子供も育って、今は引き留められるほどの絆しではない。明石女御にしても、遠い先のことはわからずとも御子たちが沢山いて、私の生きている間はまず安泰だろう。その他は誰も彼も状況に応じて、一緒に世を捨てても惜しくもない年になってるから気も楽にはなってきたよね」

 止まりません。

「院の上ももう、そう長くはないからね?ますますご病気がちになられて心も弱っておられる。今頃になって思いもよらない噂などお耳に入れてお心を騒がせないようにね。現世で何か罪に問われるってことはないけど、来世での成仏の妨げになるようなお振舞いは……恐ろしい罪障だろうね」

 はっきりそれとは仰らないのですが、宮さまにしたら刺さりますよね……もう、涙をぽろぽろ零されて、うつ伏してしまわれました。ヒカルさまも話しているうちに感極まられたか目を潤ませて、

「他人の話でも、老人にゴチャゴチャお節介言われるのってメンドクサって思ってたのに。まさにコレ、そうだよね。年取るってのは嫌だねホント。何てウザイ爺かと、ますますうるさく思うだろうね」

 と呟かれて、硯を引き寄せ手ずから墨を摺り、紙を整えられます。宮さまにお返事を書かせようとなさるのですが、その手はぶるぶると震えて筆が持てません。

 その時のヒカルさまのお顔。

 あれほど冷たい表情のヒカルさまをみたことは、ついぞありませんでした。

(柏木の文……あれほどびっしりと思いのたけを綴った文には、これほど緊張することもなく返したろうな)

 とでも思われたのでしょうか。

 それでも、一つ一つ言葉を選んで丁寧に教えながら、何とか完成させたようです。


右「うわーー……」

侍「お、王子……自分のことを爺だなんて、聞きたくなかったよううわーん」

王「侍従ちゃんそこ?他は脳が拒否してるのね……いやしかし、意外な一面だわね。これ嫉妬よね明らかに。若い頃から嫉妬されることはあっても、自分が誰かに嫉妬することは皆無だったから自覚も免疫もないのかしら」

少「何だか曲解してる感もありますよね。宮さまは少しも柏木さまのことを愛しておられないし、ましてヒカルさまのことを嫌うとか侮るとかありえませんのに、何故こうなるのか……」

右「三宮ちゃん、いくらなんでも何も言わなさすぎだよ。違います!私はヒカル院大好きで尊敬してるし感謝してます!お父様はご心配の余り書き過ぎちゃっただけですわ!よく説明しときます!くらい言えばいいのに。……無理か、あの子には」

侍「やっぱりさー自分からカミングアウトしちゃった方がいいと思うよ!アタシは何も知らなかったんですうううう女房が勝手に!よよよ、って号泣すれば許してくれそう、王子なら。てか実際そうじゃん?ホントのことをそのまま言えばいいだけなのに。ああー歯がゆい!」

王「あれもこれも考える頭がないのよね。ただただ、この恐ろしい面倒な状況から逃げたいとしか思ってない」

少「どうしたらいいんでしょうね……あの様子じゃ、絶対に紫上には相談なさらないでしょうし、私も何も言えない」

王「私も、三宮ちゃん側にはまったく伝手が無い。部外者の女房の立場で出来ることは正直何もないわね……何食わぬ顔で普段通りに接することくらいしか。ああ、すっかり酔いが醒めちゃったわ」

侍「お、お注ぎしまーす!」

右「おつまみもまだまだあるからね!どんどん食べて!」

 とりあえず話題を変えて女子会はまだまだ続きますが、今回はこの辺で。


 閑話休題。

 さて「若菜」巻終盤にして、源氏物語中最大の修羅場に突入いたしました。

 今まで何があっても大して動じることのなかったヒカルが、はじめて感情を露わにするこの場面、凄いですね。朱雀院の心無い手紙をトリガーに、今までの鬱憤を全部女三の宮にぶつけちゃってます。

 それに対して宮はまるっきり言われるがまま。言い返したりはもちろんのこと、ヒカルが投げつけた言葉の意味を考えてみることすらしていないように思える。ただ、怒られていることだけに反応してその恐怖で思考停止。何言っても無駄・まったく響かない感、は「末摘花」での常陸宮の姫君のそれとは明らかに異質です。「上流の女はこうするもの」と思い込んでそう振る舞っているのではなく、本気で何も考えられない。

 最上級の家柄にして高い位階を持ち、見た目も若くて可愛らしい高貴な女性だというのに、内実は「空っぽ」だった、というのは中々に皮肉な設定です。一般に言われる「理想の女性」像とは中身のない虚像にすぎない、ということを示しているようにも思えます。侍従ちゃんや右近ちゃんが言ったようなことを何か少しでも返せるような相手なら、ヒカルもここまで感情的にはならなかった。どこまでも空っぽな女がゆえに、今まで見えなかった、ヒカル自身さえ知らなかった負の部分までも引きずり出してしまった、ということでしょう。

 実際このような人物が身近にいたのか・今まで色んな女性を書いてきた上で産まれたのか、わかりませんが、どちらにしろ紫式部のイケズ全開の冷徹な人物設定と展開ではあります。

 で、ここでやはり疑問なのは朱雀院です。この娘を溺愛し、出家後も気にかけていた朱雀院は何故、もっとしっかりした女房をつけなかったのか?

 宮がヒカルに冷遇されているという噂を耳にして、

(良からぬ世話役たちが何か仕出かしたのか)

 とすぐに察しがつくくらい危機感を持っていたのに?

 ヒカル自身、初めから宮とその周辺の緩さには違和感を持っています。が、別の女房を配置する必要があるとまでは思っていなかった。もしヒカルがそんなことを指示すれば、あの部屋の女房達はポンコツ!と言っちゃうようなものだから、事実上出来ません。とすると、やはりヒカル自身がマメに渡って面倒をみるしかない。

 王命婦さんが語っていたように「少しでも我が娘に時間を割かせる」ことが狙いだった?

 何であれ、普通の貴族に嫁に出すには憚られるような娘をまんまとヒカルに押し付けた、という図式には間違いない気はします。何かあっても、ヒカルだから大丈夫と信じて任せたのに!とあくまで被害者の立場で物を言える。復讐のための陰謀とまではいかないでしょうが、なかなかの策士だなとは思います。

参考HP「源氏物語の世界」他

若菜下 二十 につづく 

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