若菜下 十四
「右近ちゃん!」
「侍従ちゃん!」
「よかったねーホントよかった!!!紫ちゃん無事で……うええええん」
「(涙で言葉が出ない)ね。もうね、もうダメなのかと……」
しばし二人で号泣。
「右近ちゃん、お手伝いとか平気?ずっと二条院に詰めてたよね」
「大丈夫!紫ちゃんかなり落ち着いてきてるし、そもそも二条院人来すぎで人員過剰なのよ。少しは六条院に戻りなさいとか言われてるくらいだから」
「二条院が密状態(笑)そりゃ皆行くよね、なんたって紫ちゃんはトップオブトップ!だし、ヒカル王子だってずーっとつききりだもんね」
「そうなのよ。アレよ、トイレ行くのも大急ぎみたいな感じで、とにかく紫ちゃんから片時も目を離さないのよね。いい加減にしてもらわないと周りの女房がキツイ(笑)気持ちはわかるけどさ」
「六条院がますます手薄になるしね」
「あっ王命婦さん!」
「いらっしゃい、何だか久しぶりね」
「女楽以来ですもの。ハイこれ快気祝い……って此処に持ってくるの変な話だけど、まあいいわよね」
「キャー、桃ゼリー‼美味しそう!お茶入れてきまーす♪」
「何だかスイーツまでお見舞いっぽいわ。ありがとね」
「右近ちゃんもお疲れ。大変だったわね……手伝いに行きたかったけど、さすがに何も出来ることないし家でやきもきしてたわ。疲れてない?大丈夫?」
「私は平気。それより少納言さんが心配……今、久しぶりにお休み取ってるみたいで誘ったんだけど、家で寝るわ~って。紫ちゃんが本当に酷い状態の時はシャキっとしてテキパキ指示とかしてて凄かったのよ。気が抜けて寝込んじゃったりしないかと」
「ゆっくり休んで、元気に復帰してほしいわね。まだまだ紫ちゃんには必要な人なんだから」
「お待たせー♪」
しばし茶菓を愉しむ三人。
王「ところでさ、妙な話を小耳に挟んだんだけど」
侍「えっ何何?」右「典局さんのアレ以上に何かあるの?」
王「ああ、聞いてるのね。じゃあ話は早い。……どうもね、一回じゃ済まなかったみたい」
侍「エエー!!!」
右「しっ、侍従ちゃん声大きすぎ!……もうちょっと奥に入ろっか」
三人、部屋の奥に。
王「例の小侍従ちゃんね、相当のタマよ。思うにいきなり寝所にご案内したのも、どうなるかわかっててワザとだわね」
侍「どゆことー?だってそんなんバレたら大変じゃん……速攻クビだよね」
王「まあ私も脛に疵持つ身だからさ、女房の立場では中々断れないっていう事情はわかるのよ。まして柏木くんとは幼馴染なわけでしょ。わかるんだけどさー、私の場合は二人のお気持ちに感じ入ったってこともあるからね。相思相愛なことは傍で見ててわかったもの。いや肯定するわけじゃないけどね、若かったってことよ私も。でも今回のは全然違う。柏木くんの一方的な片思い」
右「ヒカル王子と藤壺女御さま(当時)はそれこそ子供の頃から馴染んでたんだもんね。普通は離すのに、母子みたいだからってガバガバにしてたのは桐壺帝だし。三宮ちゃんは柏木くんの顔すらよく覚えてなかったもんね。お手紙も碌に読んでなかったっぽいし」
侍「そりゃーねー、王子と比べたらほっとんどの男はその他大勢!わかるうー」
右「別に三宮ちゃんって今の生活に不満があるわけじゃないじゃない?ヒカル院のお渡りがずっとなくても別にーって感じだし。何も知らない、ポヤーンとしてるだけの主張も何もないお姫様って、お世話する側からしたらラクでいいわって私なら思っちゃうけど、若い小侍従ちゃんは何を考えてああしたんだろ?私のイケメン幼馴染にこんなに思われてるんだから恋愛しちゃいなYO!的な?」
王「何だろうね……あのお部屋のユルさに起因するところは絶対あるんだけど、それだけじゃない。若気の至りっていうには余りにも悪意があるように見えちゃう、私には」
右「確実にどっちのためにもならないことだしね。自分のためにもならないし。意味不明だわ行動が。新人類かな?(死語)」
侍「アタシよくわかんないんだけどー、三宮ちゃん何でイヤって言わないの?いやさ、最初はだまし討ちみたいなもんで、どうにもならなかったってのはわかるんだけどー、ほら玉鬘ちゃんの時はさ、手引きした女房さん即追い出されたじゃない?そこまでできないにしてもさー、何気に他の女房さんにうまいこと言ってついててもらうとか、あるじゃんやりようが」
右「あー。まさにね、そういうことが出来る人じゃないんだわ三宮ちゃんって。侍従ちゃん自身も言ってたじゃん、人に言われたことそのまんましか出来ないんじゃないかってさ。誰にも『イヤならイヤって言っていいんですよ』って言われてないから無理なのよ」
侍「ヒエー!マジか……あーもしかしてもしかしなくても、『拒否』とか『抵抗』とか、生まれてから一度もやったことないとか?」
王「ゼーンブ周りが先回りしてやってあげてたんじゃない?にしても、そこは深窓の御令嬢あるあるの生育環境だし、皆が皆あそこまで言いなりのやられっぱなしに育つわけじゃないけどね。曲がりなりにも成人してる人妻なんだから線を引くべきところは引かないと……ああ、今思っても藤壺女院さまのなさりようは素晴らしかったわ……」
右「ねー、大違い。三宮ちゃんは、自分の意見っていう発想自体がないんだよね。だから、手引きした小侍従ちゃんを責めようとか遠ざけようとか、忍び込まれないように『自分で』何か対策しようとか、思いつきようがないんだわ。一番怖いのは王子にバレて叱られる、ただそれだけ」
王「ああ、なるほど。だから逆に小侍従ちゃんを離せないのね。唯一その事実を知ってる子だから依存しちゃってる。で、小侍従ちゃんはこの逢瀬を止める気ないから、ズルズル続くと」
侍「ヤバい……にっちもさっちもいかないじゃん。さすがに可哀想三宮ちゃん。コレどうしたらいいのかなー、王子が六条院に戻ってくるのを待つしかない?」
右「でしょうね。もうそんな遠い話じゃないとは思うわよ。逢えなくなれば落ち着くんじゃない?」
王「うーん……もう遅いかも」
右・侍「エッ!!!」
閑話休題。
久々の定例会議はいつ終わるとも知れず続きますが、とりあえずこちらも久々の閑話休題。です。よろしくどうぞ。
改めて、作者の構築力に脱帽です。どの要素が欠けてもこの展開にはならない、必然性の塊のような巻。今まで語られて来たすべてがここに集約される感がすごい。長い物語を読むことの楽しさを、きっと当時の読者も実感したことでしょう。
私が特に感心したのは、物の怪が女童に憑依してヒカルに語るくだり。ここでヒカルは、物の怪の正体は故・六条御息所だと理解するのですが、ここまでの流れが実に凄い。
まず紫上が絶命したその時に、ヒカルがたまたま不在だったこと。急報を受け慌てて戻る道中にも泣き騒ぐ人が既にいます。この時点でヒカルは相当動転しているはず。二条院内に入ってみれば女房達は皆泣いていて、加持していた僧たちは帰り支度。一気に頭に血が上ったヒカルは、
「物の怪が誑かしていることだってあり得る!」
と叫んで、更なる加持祈祷を命じます。
主であるヒカルの言葉はただでさえ影響力が大きいのに、この局面においてはなおさら効果てきめんだったでしょう。
何としても、物の怪を出さねばならない!出るはずだ!
皆がそう思いました。女房も僧たちも修験者も。もちろんヒカル自身も。
ヒカルが直に見た「人の死」は夕顔と葵上。どちらにも「女」の影がありました。ヒカルにとって後ろめたい、罪悪感を以て思い出すような女は、一人しかいない。
物の怪と口に出したその時にはもう、六条御息所のことが頭に浮かんでいたんじゃないでしょうか(書かれてはいないですけどね)。
果たして女童に憑りついた「物の怪」は女。顔つきや話し方も覚えがあります。ヒカルはそれでも慎重に、
「他人は知らない、私しかわからないことを言え」
と迫ります。その答えでヒカルはやはり!と確信するという流れですが、つまり物の怪は、
「ヒカルが知っていることしか喋っていない」
んですよね。結局はヒカル自身の心から出た「物の怪」なんですよ、ということだと思います。
大多数の平安読者たちは「六条御息所の怨霊」として捉えたでしょう。が、ここまで徹底して「ヒカルが知っていること」のみ喋らせるって、完全なオカルト話を書くつもりだったならしないんじゃないでしょうか。平安時代にもきっといたであろう「物の怪なんて嘘やろ」層が読んでも面白いように書いたんじゃ?で、もちろん紫式部はこっちの層に属する。
紫上を苦しめたのはとうに亡くなった女なんかではない。不用意な話をしたヒカル自身のせいだと、暗に言ってる……というと穿ちすぎかしらん。
参考HP「源氏物語の世界」他
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