おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若菜下 二

2021年3月16日  2022年6月9日 

 


「ねえねえ右近ちゃん!」

「なあに侍従ちゃん」

「帝が!今上帝が譲位されたってホントー?!」

「ああ、さっき正式に発表あったもんね。今後は冷泉院と称されるって。十八年かあ……長かったような、短かったような」

短いよー!!まだ三十歳にもなってないじゃーん!二十八だよ二十八!早すぎるう」

「子供がいなかったのが大きいかな。春宮さまには既に沢山お子さま産まれてることだし、前々からそろそろ引退してゆっくりしたがってたらしいよ。最近ご病気で寝込まれたのをきっかけにこの際!ってなったみたい」

「こんにちは」

「わ、王命婦さん!」

「いらっしゃい。どうぞ入ってー。……あら、ちょっと痩せた?」

「やだわかる?ちょっと色々バタバタしてたからね。あ、これお土産」

「わー!椿餅だ!ありがとうございまーす♪お茶入れてきますね!」

 三人、奥の密談エリアに移動。侍従、例によって給湯室へ。

「ああ、いつもながら落ち着くわねここは」

「なあに今更。忙しかったのは譲位関係で?」

「そう。割と全とっかえみたいな感じなのよ、どこもかしこも」

「どういうこと?」

「お待たせー!」

 暫し椿餅を食す。

王「ふう、お茶も美味しい」

右「……どうしたの?何だかしんみりしてるじゃない、今日は」

王「あのね、実は太政大臣が致仕の表を出されたの」

右「えっ!」

侍「ちじのひょうって、辞表みたいなやつね!以前、左大臣さまが出したやつ!」

王「そう、政界からの引退よ。帝のような若く賢い方が位を下りられるのに、自分のような老いぼれが冠をおくことなど何ということもないって仰ってね。それで桐壺女御さまのところのご長男が春宮、鬚黒左大将が右大臣に昇格、夕霧右大将は大納言ね」

右「はー、なるほど。確かに総入れ替えな感じね」

侍「ひーん寂しいー。王子と常に並び立ってたイケメン大臣がもう引退だなんてショック……今の春宮さまって特に接点ないし、何か遠い感じなのよねーアタシには」

王「春宮さまの母君、元承香殿の女御さまってちょっと前に亡くなられたのよね、息子の御代を見ることなく。今になって皇太后の位を遺贈されたけど、何だか気の毒だわ。つくづくタイミングが合わないというか……」

右「いいお家に産まれて、入内して、帝の男御子を産んで、って平安貴族女子としては理想的な展開なのにね。中々うまくいかないわね」

侍「うーん、でも概ねお幸せだったんじゃなーい?どうせ朱雀院さまは朧月夜の君が一番!だし、無理に御所で同居するより、息子ちゃんと二人気兼ねなく内裏で暮らす方が楽ちんだったと思うよ?昔の大后さまみたいに、常にアタシが一番!的な人でもなかったんでそ?」

王「そうね、侍従ちゃんの言う通りかも。周りはああーもうちょっと長く生きてたら息子さんの晴れ舞台を見られたのにねって残念に思うけど、元々帝になることは決定事項だったんだし、満足してらしたって思っておいた方が供養になるってものよね」

右「複雑なのはヒカル王子じゃないかな。譲位の話を聞いた時、すごーく微妙な顔してたもの。まあこれで例の秘密は完全に闇の中、だものね」

王「冷泉院さまの方はお楽になったと思うわよ。あんな爆弾抱えたまま玉座にいるのも、実の父に表立って孝養も尽くせないのも悩んでらしたもの。ここだけの話だけど、私はヘタにお子さま生まれなくて幸いだったと思う」

右「男子だとまたややこしいことになるもんね……それこそ冷泉院さまのメンタル持たないわ」

侍「アタシはフツーに残念だなー。だって冷泉院さまとあのお后さまたちからなら、誰からでも絶対美男美女しか生まれないじゃーん眼福間違いなしじゃーん?でも今の春宮さま、いやもう帝か、ってうーん……ちょっとアタシのお好みじゃなくってえ」

右「わかる。全然違うよね、王子や冷泉院さまとは。お品はいいし顔整ってるけどガチの肉食系って感じ。桐壺女御さまのところもう二人でしょ、お子さま。ご寵愛深いのはいいことなんだけど凄いよねー。まああの鬚黒の甥御さんだから当然っちゃ当然か」

侍「右近ちゃん、鬚黒さん嫌いだもんねー(笑)アタシも、あの濃い感じはちょっと受け付けなーい。なんやかんや、アタシと右近ちゃんの男の好みって方向的には同じなのよねん」

王「未確認情報だけど、次の中宮も桐壺でほぼ決まりみたいよ。藤壺中宮さま、秋好中宮さま、と続いて源氏筋は三代目にもなるからまたー?ってやっかみ混じりの文句は出てるらしいけど」

右「いや当然でしょ。名実ともに最も相応しい人選ってもんよ」

王「そうなの、他の方になったらそれこそオカシイんじゃないの?ってなるからきっとこれで決まると思う。ただ秋好中宮さまね、ちょっと棚ボタ的だったじゃない?ご寵愛は弘徽殿女御さまの方が勝ってたわけだし。ヒカル院のお蔭が大きかったって、今更ながら有り難く思ってらっしゃるらしい」

侍「えーでも、秋好中宮さまってなってみたらチャクチャぴったり!この人以外いない!ってかんじだったじゃーん?真面目で教養もあるしセンスもいいし、女房さんたちも皆ビシっとしててすごい品格あるし!」

右「ほんとそう。ご謙遜もいいとこよね」

王「よかった、二人とも私と全く同じ意見で嬉しい。これで心置きなく退職できるわ私も」

右「えっ?!

侍「マジで?!た、退職ってエエー!!!

王「入れ替えになったからね。もう、知ってる人誰もいない。だからもう正式な役はおしまい」

右「そんな……」

侍「え、ここって時間が止まってるんじゃなかったの?アタシたち永遠の二十代平安OLじゃ」

王「やだ、大袈裟に考えないで。単に常勤が非常勤になっただけよ、パートタイマー的な?たまに呼ばれてチョコっとお手伝い、程度になるから、逆にここに遊びに来る頻度は高くなるわよ確実に」

右「そ、それなら……っていやいや、一旦退職には違いないから!もっと早く言ってよ、何か用意したのに」

侍「ホントですよ!いつもと同じく差し入れまで貰っちゃって!」

王「ああ、いいのいいのそういうのは。だって別に変らないんだもん、私の中じゃ。むしろ情報収集にかける時間が増えてやりやすいわ」

右「な、なるほど……そっちがメインになるのね」

侍「あえて本編のストーリーはスルーしてたけど、やっぱりこれから嵐のヨカーンなのー?!」

王「どうかしらね(微笑)あちらの……宮さまの方の小侍従ちゃん次第ってとこでしょ。それよか、少納言さん。出家の可能性アリよ」

右「えっ!まさかの少納言さん?!」

侍「そっちも永遠の二十代じゃあ……泣」

王「紫ちゃんが強く望んでるのよ、割と真面目に。もし実現したら一緒に出家するだろうなってこと。だけど、ヒカル院が猛反対してるから当面無理だとは思う」

右「ああ、まあそうよね。王子は出家したくても三宮ちゃんいる間は無理だもんね。自分より先になんて許さん!てなるわそりゃ」

侍「てことはさ、三宮ちゃんのことがなければ、二人揃って出家って可能性もあったんだねー。それも何だかなー。良かったんだか悪かったんだか」

王「もうね、大分参っちゃってるのよ紫ちゃんも。出家したい理由も、もうこんな人の出入りの多い邸での暮らしはやめて、静かに仏道修行したいっていうんだもの。実質あの六条院を取り仕切ってるものね。ホントいうと正妻がその役につくべきなんだけど、アレだし……扱いは格下なのに実質トップの仕事をずーっとやらざるを得ないって中々キツイ話よ。桐壺女御さまの存在でかろうじて保ってる感じ。とはいえ明石の君っていう実母にして最強の女房がついてるからね。中宮になるのも確実ともなれば、自分はもう休んでもいいんじゃないかって思いたくもなるわよ」

右「うーん、確かに。王子はそこら辺の機微は疎いというか、やっぱ男性目線だからわかってないのよねえ。表面上仲良くしてて穏やかそうならヨシ!ってなっちゃう。その平和を保つための女の努力がどんだけかって」

侍「なんか悲しい……ちっちゃい頃から知ってる紫ちゃんだから、出家なんてマジか!いかないでー!ってなるけど、そこまで聞いたら願いを叶えてあげたいとも思っちゃう。フクザツ……親戚のオバチャン状態……」

王「何が幸せなのかわかんなくなってくるわよね。個人的には、あの大尼君……明石の君の母にして桐壺女御のお祖母さま、あの方が一番ハッピーな気がするわ。夫とは離れちゃったけど娘も孫も近くにいて、六条院住まいで生活の心配もない。しかもひ孫が春宮!今までの苦労が全部チャラになる勢いのご威勢じゃない?」

右「それよ。もう毎日のように嬉し泣きばっかりで、大変なことになってるわ大尼君。運の強さはもちろんだけど、あの教養と嗜み、やっぱり明石入道みたいな知識人が夫になるだけあって、本人の資質と努力も大きいわよね。そして体が丈夫。海沿いで新鮮な魚介類を日常的に食べてたのがよかったのかも。京のお食事はイマイチ健康的とは言い難いもんね、まして殆ど動かないしさ。あ、そうそうそれで思い出した!例の住吉へのお礼参り、そろそろ行くみたい。紫ちゃんも同行するらしいよ」

侍「エッいいじゃんそれ!お外出てキレイな景色観て、美味しいもの一杯食べて元気になってほしいわ紫ちゃん!てか、王子とラブラブ旅行とかメッチャうらやましーい!!」

王「ホントそうね。二人で旅って今まで無かったんじゃない?楽しんでほしいわね。これからまた暫く大変だものね」

侍「ああーもう!あんな稀代のイケメンに物凄く愛されてて、本人もメッチャキレイだし性格もいいし、本来いっちばんハッピーでいてもいいはずじゃん?何か悲しくなってきちゃったようウワーン」

右「侍従ちゃん、落ち着いて。概ねハッピーでいいのよ。さっき自分で言ってたじゃない」

王「そうね、多くを望まなくてもいいんだわ。こうしてたまにお茶しつつお喋りするだけでも癒されるしストレス解消にもなるもの。誰でもきっと、日々の小さい幸せがあればそれでいいのよ」

侍「そっか、そうだよね。で、令和の皆さんは今そういうのが全然できないのよね。年がら年中、物忌状態なんだもんね……楽しい行事もイベントも中止、延期、縮小の嵐でさ。ああーマジ大変。マジ無理……」

右「まあこんな状況だからおさ子が呑気にコレ書けるって話はあるけどね。にしても気の毒だから、またいっときましょうか例の奴」

「せーの!」

 開 運 招 福!!!

 疫 病 退 散!!!

参考HP「源氏物語の世界」他

<若菜下 三 につづく

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