十年

2011年4月の桜

 昔書いた記事カテゴリ「東日本大震災」。

 読み返してみたが、まだ記憶は鮮明だ。つくづく書き残しておいてよかった。


 3月11日を前に、色んなテレビ局で特集が組まれていたけど、NHKニュースウォッチに出ていた柳田邦夫さんの言葉が沁みた。


「悲しみは乗り越えなくていい。生涯自分とともにあるもので、大事にして生きるんです」。


  十年長かったような、あっというまだったような。

 ということで今日という日に、現状を書いてみる。

 小中学生だった子供たちは社会人、大学生、一番下はもう高校卒業。卒業式は先生と生徒だけ参加、保護者はオンラインのみだったが、良い式だった。受験はあと少し残っているものの、結果がどうあれ春から大学生になることだけは決まってる。

 あの時、十年後にどうなっているかなんて考えもしなかったけど、何となく子供たちは皆順繰りに家を出て行くのだと思っていた。だんだん人が減っていくんだろうなあと。ところが。

 まったく減っていない!ていうか皆だいたい家にいる!笑

 コロナ禍が起こるまでは、日中はほぼ無人の家だった。土日も誰かしら何やかんやで出かけていて、食事を全員同じタイミングで取ることの方が珍しかったんだけれども。

 今は三食キッチリ全員でとる、機会が大幅に増えた。もしかしたら人生最初にして最後かもしれない、こんなに家族揃っている時間が長いのは。しかも小さい子ではない、十代二十代の、ひとりでも行動できる年齢の若者が三人。少なくとも夫も私も大学で実家を出てしまったから、関係性としてもまったくの未体験ゾーンである。

 外出も旅行も、友達と集まって飲食もままならない。となると、直に話す相手は勢い家族となる。元々からしてよく喋る子供達ではあった。が、コロナ禍でさらに倍加した。衝突も増える。ああー正直キツイわーと思わないでも無かったが、最近は何となく落ち着いた気もする。慣れたのか、それぞれに落し所を見つけたのか。受験がもう終盤なのも大きいか。

 あと十年もすれば、これも懐かしい思い出に変わっているんだろうか。きっと、ここまで長く家族五人が一緒に過ごすことはこの先もう二度とないだろうし。


 などと、しんみりするには早すぎる。まだまだ災害下の日本であり世界である。

 2021年3月現在、国内でのワクチン接種はまだ始まったばかり(医療関係者、次いで四月半ばから高齢者)。非常事態宣言で一旦減少した感染者も、暖かくなって気が緩んだか、下げ止まっている。実効再生産数も1を超える都道府県が増えて来た。変異株も拡大中で、早晩こちらが主流になる、と新型コロナ対策分科会・尾身会長の言。少なくともあと一、二年、ややもするとそれ以上こういう生活が続くのを覚悟して、三密回避・マスク着用・手洗いしつつ、なるべく前向きに明るく過ごそう。次の十年を生き延びるべく。

 凄い勢いで流れ去る断片を拾い上げて、継いで、繋げて、積み上げる。そんな感じで、これからも書いていけたらいいなと思う。

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