若菜上 十四
桐壺女御に男子誕生の吉報は、遠く明石にも届いた。
「なんと……!世を捨てた聖の身にもしみじみ喜ばしいこと……よし、今こそこの現世との境を平らかな気持ちで離れられようぞ!」
明石の入道は弟子たちにそう告げると、住んでいた館を寺とし、周辺の田畑もすべてその所領とした。かねてより播磨国奥の郡部に確保していた深山にいよいよ籠るのだ。本意を遂げるまではと明石に留まっていたが、こうなった以上思い残すことはない、あとは仏神にお頼み申し上げるのみ、と。
そもそもここ数年は、余程の事がない限り京の都に使いを出すことはなかった。都から下って来る使者に言伝ける程度だったが、妻の大尼君の方はほんの一行なりとも折節に便りを欠かさなかった。
入道は俗世を離れる最後にと、娘の明石の御方あてに長い手紙を出した。
「ここ数年は同じ世に生きていたが、何の、自分は生きながら別世界に生まれ変わったのだと思い成し、特段に変わったことがない限りは消息も尋ねずにいた。仮名手紙を拝見するのはとかく時間がかかる。念仏も疎かになる故無益と考え便りもしなかったが、人伝てに伺ったところ、若君は春宮に入内され男宮が産まれたとの由。深くお慶び申し上げる」
「こうしてお祝いの言葉を申し上げるのにも理由がある。このような拙い山伏の身で、いまさらこの世の栄えを願うのではない。過ぎたことだが、お別れして以来何年もの間未練がましく、六時の勤行にもただ貴女の事を心にかけ、蓮の上の露の願いを差し置いてまで祈願してきた。それというのも」
「貴女が産まれて来る年の二月某日夜のこと、こんな夢を見たのだ。
『須弥山を右手に捧げ持っている。山の左右から、月日の光が明るく射し出して世の中を照らす。自分は山の下の蔭に隠れてその光に当たらない。山を広い海の上に浮かべ置いて、小さい舟に乗り、西の方角をさして漕ぎ行く』
夢から覚めた朝は、数ならぬ我が身にも何やら頼もしい力が湧いてきたが、
『何をどうすれば、そんな大それた幸運を待ち受けることが出来ようか』
皆目見当もつかずいたところ、ちょうど貴女が妻の腹に宿ったのだ。それ以来今までずっと、仏典なりそれ以外の書なりを調べてみたが、夢を信じるべしという記述は多かった。だから貴女のことは、この卑しき懐の内にも畏れながら大切にお育て申したつもりだが、都では力及ばなかった。思案の挙句、田舎に下ることに決めたのだ」
「だが此方の国でもまたうまくいかなかった。寄る年波にもう帰京することもあるまいと見切りをつけ、この明石の浦に長の年月を過すこととなった。その間も貴女には期待をかけていたから、自分ひとりで多くの願を立てた。念願叶って貴女は見事幸運に巡り合われた。この先、若君が国母となられた暁には必ず、住吉の御社をはじめお礼参りをなさるよう、切にお願い申し上げる。仏神のご加護はもう疑いようがなかろう」
「私の大願が近い将来に叶うことになった。はるか西方の、十万憶土を隔てた九品の蓮台の上への往生の願いも確実となった。今はただ阿弥陀の来迎をお待ち申し上げるだけ。来るべきその夕べまで、水草清き山奥で勤行しようと入山いたした次第。
光出でる暁は近づいた
今こそ昔見た夢を語ろう 弥生吉日」
「私の寿命の尽きる日など決してお心にかけられるな。古の慣習に従って親のために喪服など着ることはない。ただ我が身を神仏の権化と思い成し、老法師のために冥福を祈っていただければそれでよい。現世の楽しみを謳歌する間も、後世をお忘れなきよう。私の目指す所、極楽浄土に行き着くことができたら、きっと再びまみえることができよう。此の世ならぬ世界に至ればすぐにでも、と思っていればよい」
手紙は大きな沈の文箱に添えられていた。住吉社に立てた数多の願文類を入れて厳封してあるという。
妻の大尼君宛にはただ、
「今月の十四日に草庵を出て深山に入る。役にも立たぬ身は熊や狼にでも施すとしよう。貴女はどうか、望み通りの御代を待たれよ。光溢れる世にてまたお目にかかろうぞ」
とあった。大尼君は思わず、
「夫はどのような……どのようなご様子だったのですか。お教えください」
と使者の大徳に問いかけた。
「このお手紙を書かれて三日目に、かの人里離れた奥山に移られました。拙僧らもお見送りに麓までは参りましたが、皆お返しになられて……僧一人、童二人だけをお伴にお連れなさいました。もはやこれまでと御出家された時には、これ程の悲しみはないと存じられましたが……よもやあの時以上に悲しいことがございましたとは」
大徳は涙を拭いながらなおも話し続ける。
「長年、勤行の合間に寄りかかりながら掻き鳴らしておられた琴の琴、琵琶を取り寄せられ、仏への暇乞いに少しかき鳴らしては、御堂へ施入なさいました。その他の物も大方は寄進され、残りをお弟子たち六十余人に……それも特に親しくお仕えしてきた者の人数ですが……身分に応じてすべて分け与えられ、その上で残っている分を京の皆さまへとお持ちいたしました。入道さまはこれを最後に引き籠り、あの遙かな山の雲霞に混じられてしまいました。空しき跡に残されて悲しく思う弟子どもは多うございます」
この大徳も子供の頃に京から下り、老法師となるまで明石に残った人であり、心底から入道の不在を惜しみ寂しがっていた。霊鷲山を堅く信仰する仏弟子の聖賢でさえ釈迦入滅時の悲しみは深いものであったのだ。まして長年連れ添った大尼君の悲しみは如何ばかりであったろう。
南の御殿にいた明石の御方にもこの知らせが届いた。今や若宮の祖母として重い立場にある御方は、普段さしたる要件でもなければ冬の町との行き来はしなかったが、今回はただならぬ事態と察し人目を避けながら戻った。暗い冬の町で、大尼君は独り打ちひしがれた様子で座りこんでいる。
明石の御方は燈火を近く引き寄せて手紙を読み、涙が堪えきれない。遠い過去から現在までの父の記憶……思い出というにも些細な、他人の話ならば何とも思わないようなことまでが一気に蘇る。
(これで最後……父君にはもう、二度と逢うことなく終わってしまうのだ)
滂沱の涙にくれる一方で、
(わたくしを……自分の娘をどう考えても分不相応な方に縁づけて右往左往させるなど、何故こうも偏屈なお考えなのかと恨んだこともあった。こんな儚い夢一つに期待をかけて、あれ程に意識高くいらしたのか)
これまで父がやってきたことの理由が、やっと腑に落ちた御方であった。
大尼君は長いことかかってようやく涙を抑えると、
「貴女のお蔭で、嬉しいことも光栄なことも身に余る程にありました。この上ない運勢の強さでいらっしゃる。悲しく気の晴れない思いも人一倍多くございましたけれどね」
少し笑って言う。
「元より大した身分ではございませんが……住み馴れた都を捨て遠く明石の地に沈み居たのでさえ、普通とは違う運命と思っておりましたのに、まさか現世で生き別れ、離れねばならぬ夫婦の縁だったとは……後世も同じ蓮の上にと望みをかけて年月を過し来たらば、だしぬけに思わぬことが続き、捨てたはずの都に立ち帰り……若宮がお産まれになって、ああやはり甲斐あることだったと喜ぶ一方で、明石に独り残られていることがずっと寂しく気がかりでした。それがとうとう再び逢うことのないまま、今生の別れだなんて……まことに残念でなりません」
大尼君はこみあげてきた涙をかろうじて呑み込み、話し続ける。
「あの方は在俗の頃から普通の人とは違った性質で、世の中を斜に構えてご覧になっていたようでしたが、若かった私たちはこの上なく深い愛情で結ばれ、お互いに心から信頼しあっておりました。いったいどういうわけで、便りの通じるような近い場所でありながら別れてしまったのかしら……」
しまいにはまた泣き顔になってしまった。明石の御方も涙を零しつつ、
「人より抜きんでた将来の事などどうでもいいですわ。数ならぬ身には何事も晴れがましく生き甲斐もあるはずですから。だけど父君とこんな悲しい生き別れの体で、生死もわからず終わってしまうのが口惜しい。すべてが女御と若宮をこの世に生み出すためだったとしても、何もこんな風にすべてを断ち切って山奥に籠ってしまわれなくてもいいのに……この定めなき世では、いつ亡くなったかもわからないままでしょうね……」
母娘二人は一晩中、思い出話に明け暮れた。
明石の御方は、まだ夜も明けぬうちに冬の町を出る。
「わたくしがずっとあちらに詰めておりますのをヒカル院もご存知ですし、急に人目を避けて隠れ戻った体ではいささか軽々しいかと。わたくし自身は何も遠慮することはないのですが……ただ若宮につきっきりでいらっしゃる女御さまにも申し訳なく、中々思いのままにはならぬ立場なので」
「若宮はどうしていらっしゃるの?わたくしもひと目お顔を拝見したい」
大尼君は寂しがってまた泣く。
「すぐにお目にかかれましょう。女御さまも、母君のことをお気にかけてらっしゃいますよ。ヒカル院も、何かの話のついでに
『もし希望通りに事が運んだら……縁起でもないことを言うようだけど、大尼君にはその時まで生きながらえていてほしいね』
と仰っておられたとか。どういったご希望なのでしょうね?」
明石の御方の言葉に、大尼君は泣くのを止め、
「さてね……だからこそ、私たちの宿縁というものは比類なきものといえますものね」
一転頬を緩ませる。明石の御方はこの手紙の箱をお付きの女房に持たせ、桐壺女御のもとへと帰参した。
参考HP「源氏物語の世界」他
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