おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若菜上 十二

2021年2月18日  2022年6月9日 


「ねえねえ右近ちゃん。……あっ、今いないんだった。しょぼん」

「なあに侍従ちゃん?」

王命婦さん!わーい、いらっしゃーい!一人で寂しかったから嬉しいー!」

「右近ちゃん、今六条院で大忙しだものね。こっちはもう年内の仕事片付いたから寄ってみたの。今年ももうあと十日切ったわね、早いわ」

 例によって奥のエリアに収まる二人。

「この一年、何だかあっという間じゃなかったです?三宮ちゃんのご降嫁から始まって、ヒカル王子の四十の賀が、春に玉鬘ちゃん主催、秋に紫ちゃん主催、秋好中宮さまと来ましたもんねー」

「中宮さま、いつもの年末の祈禱に加えて、奈良の七大寺に布四千反、平安京の四十寺に絹四百疋を喜捨されたってね。気合入ってるわ」

四十尽くしキター!って感じですよね!」

「ホントは元春宮の父君と母御息所の志を汲んだ形で、ガッツリ内裏でやりたかったみたいなんだけど、王子に断られたのよね。

『五十六十になっても元気でいたらその時に祝ってね!』

 って。で、結局六条院の秋の町で内々に、とかいいつつ引き出物が半端ない大盤振る舞い。親王さまたちは勿論非参議の四位から下々まで、それぞれ身分に応じたハイクオリティのお品物で、普通の殿上人クラスでも白細長と腰差とか」

「秋好中宮さまって、世が世なら内親王になれたお方ですもんねー。お宝沢山相続なさってるって右近ちゃん言ってた。亡き父君の帯とか佩刀とかこの際だから大放出!して王子への感謝の気持ちとします的な。経済回してるう!」

「そうそう、それで今上帝にも火が付いちゃったのよね。ほらことごとくお祝いを断られたじゃない?中宮がやるんなら私も!って俄然やる気満々で今日の賀宴よ。今回は夏の町だっけ」

「そうでーす♪夕霧くん主催だから、母代わりの花散里の御方さまが全面バックアップなんですよ」

「ああ、それはいいわね。あの方が付いてるなら間違いない。夕霧くんも権中納言からいきなり右大将、帝も思い切ったものよね」

「ですよね、まだ十九歳ですもん。二十歳になる前に右大将って中々ないですよねー」

「ちょうど前の右大将が病気になって退職されたから、ポストがポッカリ空いたのよ。で、ここぞとばかりにお祝い人事をぶっこんだと」

「マジで何かやんないと気が済まないっ!って感じだったんですね帝も。親孝行……おっとっと☆」

「ヒカル院のところって親族だけでも親王さまやら太政大臣やらだからね。当然左右の大臣も出るし、そうなると大中納言も宰相もってなって、結局内裏も春宮も主だった殿上人は殆ど出払っちゃって、もう残ってる人の方が少ないわよね」

「ですよー。だからアタシも寂しくってー。右近ちゃん、秋ごろからこっち超絶忙しいみたいで、全然帰ってこないし。今日で終わりだけどもう抜け殻ですよねきっと。年明けるまで会えないかも……ひーん」

「そうね、そうなっちゃうわよね。なにせ夕霧右大将もこの破格な人事に舞い上がっちゃって、ほら真面目だからさ彼。この際全力でいくしかない、もう『目立たないように』とか『なるべく地味に』とかナニソレ状態らしいから。とにかく人数も多いし、内蔵寮や穀倉院から人も物も総動員だって……」

 ピコーン♪

「え!右近ちゃん?!」

「あら、いいタイミングね。大丈夫?お忙しいでしょ?」

 

  いや、もう実況でもしないとやってらんないっていうか倒れそうだから、ちょっとだけ。

 えー、ただ今六条院の丑寅(北東)、夏の町に来ております右近です。いや、しぬかと思いましたこのところの多忙さときたら……ようやく私の分担が終わったので、ちょっと喋らせてもらいます。

 夕霧くんの昇進に関しては、ヒカル院も流石に

「なんと、それは……突然にございますね。身に余る昇進、ちと早すぎる気もいたします」

 などと恐縮しておられました。王命婦さんの仰る通り世の重鎮揃い踏み状態なので、ただ帝がいらっしゃらないというだけの、ほぼ公式といっていい豪勢な賀宴にございます。

 座席や調度などは、帝から勅命を受け、詳細な勅旨を承ったという太政大臣さまが仕切られました。夏の町に設置されたヒカル院の座席に、ちょうど向かい合う形で太政大臣のお席。全体的にどっしりお肉がつかれて、年相応の威厳を感じさせます。(太ったってことじゃないですからね!貫禄です貫禄)

 対するヒカル院は殆ど体型も顔つきもお変わりなく、今なお若々しさ溢れる、まさにヒカルの君の異名通りのお姿にございます。

 立てられた四帖の屏風には、薄地の唐綾に描かれた雅な下絵の上に、なんと!帝のご筆跡が!尊いことこの上ありませんね。どんな春秋の作り絵よりこの屏風は輝いており、目も眩む思いがいたします。素晴らしい!

 置物の厨子、弦楽器、管楽器などは蔵人所から下賜されました。何しろ夕霧くん、いや右大将ですね、堂々たる仕切りを見せつけて、飛び級めいた昇進も致し方ない当然だと誰もが認めざるを得ない勢いです。六衛府の官人が左右の馬寮から馬を牽き並べています。ああ、身分の順になってるんですね。全部で四十頭ということです。壮観ですね。

 さあ日もすっかり暮れてまいりました。

 お祝い事といえば定番の「万歳楽」「賀王恩(かおうおん)」などの舞を皮切りに、管弦の遊びが始まりました。この方面は太政大臣さまを筆頭に名人揃いですから盛り上がること必定、参会者一同熱のこもった演奏ぶりです。琵琶といえば兵部卿宮さま、何でもこなす風流人との評価は伊達ではなく、世にも稀なる音色を聴かせます。ヒカル院の御前には琴の琴、太政大臣さまはもちろん和琴。

 長年、幾度となく聴いてきたこのメンバーの演奏ですが、今宵は殊に優美でしみじみ感慨深く、誰も彼も出し惜しみなくあらん限りの秘術を尽くされて、非常にクオリティの高い音作りが成されております。

 いずれの方々も親族であり親友でもある近しい間柄ですから、昔話はもちろんたわいもない日常のアレコレまで話に花が咲き、お酒もどんどん進みます。楽の音も慕わしく響き、まさに一刻一刻がいとおしく、皆さん昂揚のあまり酔い泣きなさっておられます。年取るとね、涙腺が緩みますからね。これだけの年齢とお立場の方々が一堂に会することなど滅多にないことですから、無理もありません。

 退出される太政大臣さまへの贈り物として、見事な和琴をひとつ、お好きな高麗笛を添えました。さらに紫檀の箱一具に唐の手本と我が国の草仮名の手本などを入れ、お車まで追いかけてお渡しします。お返しにと馬を受け取った右馬寮の官人たちが、高麗楽を演奏して大声をあげ賑やかです。六衛府の官人の禄などは夕霧右大将さまが下賜されました。

 ヒカル院のご意向としては

「簡素に、仰々しい事はすべて中止で」

 ということでしたが、今上帝のち……失礼しました、兄君にして秋好中宮さまのご後見役、春宮さま、朱雀院さまとはご姻戚……どこからどうみても、華麗なる一族と申し上げても過言ではありません。地味に目立たないように、などはなから無理な相談にございました。

 さ、お客さま方もほとんど引けてまいりましたし、後片付けに行かなくちゃ。もうひと頑張りで年が明けるって気持ちです。ご清聴ありがとうございました、右近でした!


「右近ちゃんお疲れー!良いお年をねー!」

「お疲れさま、よく休んでね。新年会やりましょうね」

 右近、退室。

「はー、楽しそうだけど大変そう……後片付けもえげつなさそう……」

「ガチなお宝沢山あるから撤収も神経使いそうよね。慰労を兼ねて新年会企画しなきゃだわ。ところで装束類は花散里の御方さまだけど、六衛府の官人への禄は雲居雁ちゃんらしいわよ。だから夕霧右大将が担当したみたい」

「そうなんだ!じゃあ三条宮もてんてこ舞いだったのね。小侍従ちゃん元気かなー」

「ヒカル院も息子一人だけで、物足りないだの張り合いないだの言う手合いも多いけど、あれほど有能で人徳もありかつ真面目で誠実な人柄の若者なんてそうそういないわよね。今日の仕切りでまた評価爆上がりしそうだし、雲居雁ちゃんにしてもあの右大将が長年思い焦がれてやっと結ばれた北の方!立派にヒカル院の四十賀を勤められた!てなもんで、これから先重く扱われること間違いなし」

「メデタシメデタシ!やっぱ何でも続けるって大事なんだわあ。アタシには難しーい」

「葵祭の車争いで車を打ち壊した方と壊された方で明暗分かれたなんて言ってたけど、なんの、夕霧右大将は超えてきたわね。大したものよ」

「だってそもそも夕霧くん全くカンケーないもんね!平安時代ってやたら宿縁がどうのーっていうけどさー、生まれてもない時のこと言われても知らんがなってかんじー」

「あはは、そうよね。まあでも人は起こったことに意味を見出したいものなのよ。宿縁といえばまさに体現されてる方いるじゃない、六条院に」

「あっそうか‼もうすぐ産まれるんだ桐壺の女御さま。てことは……王子の孫?!う、うわあ……おじいちゃんになるんだ王子」

「何を今更。とっくに夕霧くんのところに産まれてるじゃない」

「いやなんか、だって……六条院でお産でそ?抱っことかするんだもんね……おじいちゃんですよー♪なんて……ああああ」

「それは言わないんじゃないかしらさすがに(笑)」

参考HP「源氏物語の世界」他

<若菜上 十三 につづく

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