おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若菜上 四

2021年1月28日  2022年6月9日 


 ご無沙汰しております、源典侍にございます。えっ、典局じゃないんですかって?ほほほ、そういう名も確かにございますね。まあ、どちらでもお好きな方をお選びいただければ。

 なお、これから書きます事、

「女三の宮さまのご結婚相手」

 以外はすべてわたくしの創作にございます。その旨ご承知おきくださいますよう、お願い申し上げます。では、久方ぶりの「源典侍日記」、お楽しみくださいませ。


 朱雀院が出家して数日後のこと。

 院の体調がようやく少し上向いたと聞き、遂にヒカル院自ら朱雀の御所を訪れた。准太上天皇として宮廷から下賜される御封は、退位した帝と同等の待遇であったが、ヒカル自身は決して身分相応の威勢は張らない。世人の扱いや尊崇は格別ながら、外出の儀式もことさら簡略にして普段通りの簡素な車に乗り、上達部の供も最少限にした。

 朱雀院は以前からヒカルと直に話す機会を持ちたがっていた。病身をおして起き上がり対面に臨む。格式ばらず、ただいつもの御座所にもうひとつ席を加えて、訪れたヒカルを御簾の中に入れた。

 僧姿になった朱雀院の姿を初めて目にしたヒカルは身も世もなく泣き崩れた。

「まるで此の世が闇に包まれたかのようです……」

 すぐには心を静められず、涙が止まらない。

「故桐壺院に先立たれた頃合いからこの世は無常と感じられ、出家の志も深くなっておりましたが……心弱くぐずぐずしてばかりいまして、ついに……このようなお姿を拝見するに至るまで遅れを取ってしまいました。自分の怠け心が恥ずかしくてなりません。私一人の身だけならば、世を捨てることなど造作もないのですが……どうにも思い切れないことが多々ございまして……」

 院も暫くは堪えていたが、やはり涙をこぼさずにはいられない。弱弱しいが明瞭な声で話をはじめた。

「今日か明日かと思いつつ年月を経て、なお生き永らえたものだからつい油断していたが、いやこのまま一念を遂げずに終わってなるものか、と奮起したのだよ。しかしせっかく出家しても余生がなくば碌に勤行も果たせない。まずは一時なりとも命を延ばし、念仏の一つでも二つでも唱えておこうと思う。何につけ冴えない私だが、まだ命があるのはただこの意思に引き留められているんだろうね……今まで何の修行もせず怠けていたのは、仏に対しまことに申し訳ない」

 出家にあたり考えていたことをつらつら語ると、如何にもついでのようにさり気なく切り出した。

「ただ、内親王たちを大勢残していくのが心配でならない。中でも……私の他に頼むところのない姫宮が特に気がかりで、どうしたものかと……ずっと悩み続けている」

 はっきりとは言わないが明らかに女三の宮の件だ。

(おいたわしいことだ。だが、もう断ったことだし……)

 ここでアッサリ別の話に切り替えていれば、結果は違ったかもしれない。だがヒカルは自らの好奇心に勝てなかった。

「仰せの通り、並の身分ではないことがむしろ足かせになっておられますね。内々の後見役がないのはまことにお気の毒なことです。しかしお身内には春宮が……末世には過ぎた皇太子として立派に務められ、天下が頼り所と仰ぎ見ているお方がいらっしゃるではありませんか。院がご依頼になればきっと、一つとして疎かにしたり軽んじたりするはずもございません。先々のご心配など無用では?」

 ヒカルは微笑んで朱雀院の顔を見た。院は表情を変えず言葉も発さない。視線が絡み合ったまま時が流れた。

 ヒカルは再び口を開く。

「……ただ、どうしても物事には限りというものがございます。春宮が即位されれば、世の政事はお心のままに執られることでしょうが、他の方を差し置いて姫宮を特別扱いするといったことが出来るかどうか……さすがに難しいかもしれませんね」

 朱雀院は何故これほどまでに姫宮だけに拘られるのか?幼い、頼りないと仰っているがそれだけか?それ程に美しいのか?

 理由をはっきり聞きたいところだが聞けない。無理に堰き止められた心の内とは裏腹に、ヒカルの口は滑らかに回り続ける。

「一般的には、やはり然るべき相手とのご結婚でしょうね。そうそう別れられない関係の男性にしっかり庇護されれば安心でございましょう。ご心配な余り修行にも差し支えるようでしたら、院ご自身で適当な人物を選ばれて、内々にしかるべきお引き受け先をお決めあそばすのがよろしいのではないですか?」

 朱雀院は薄く笑って、静かに話し出す。

「そうだね……思い当たるところはなくもないのだが、それも難しいことだ。古の例にも、在位中の帝の皇女でさえ婿を選んで降嫁させることは多かったと聞く。まして今まさに現世を離れる段になって、大袈裟に思い悩む必要もないのだが……世を捨てたといっても捨てがたきことはあって、くよくよ迷ううちに病も重くなり、再び取り返すべくもない月日が過ぎていく。気が急いてならないのだよ」

 再びひた、と目を合わせる。

「まことに恐縮な頼みなのだが……この幼い内親王一人を特別に手をかけて育て、貴方のお眼鏡にかなった相応しい婿を定めて縁づけてくれないか」

 ヒカルの脳裏には玉鬘がよぎる。娘として引き取り心惹かれた美しい若い女が、思わぬ者に引き攫われた苦い記憶。朱雀院はさらに畳みかける。

「いや……正直に言おう。貴方のところの夕霧権中納言、独り身でいた間に此方から申し出ておくべきだった。太政大臣に先を越されてしまって、本当に残念に思っているんだよ」

 この瞬間、ヒカルの中であの鬚黒大将の顔が夕霧のそれと重なった。

 またも奪われるのか、自分より若い者に。しかも我が息子に?

「……夕霧は、誠実さという点では確かに優れていて、よくお仕えするでしょうが、何分にもまだ経験が浅うございます。分別も足りません」

(待て、私は何を)

「畏れながら」

(いや、ダメだ言うな)

「私が真心をこめてご後見させていただきましたなら、院が在俗の時と変わらない丁重なお世話ができましょう」

 朱雀院は笑みを湛えたままヒカルの顔をじっと見つめている。

「ただ、私とて生い先は短うございます。途中でお仕え出来なくなるのではないかと……それだけが気がかりにございます」

「それこそ心配無用だろう、頼もしい息子がいるのだから。……ありがとう、よく引き受けてくれた。これで心置きなく仏道修行に専念できる」


 夜に入った。

 主の朱雀院方も客人方も皆、御前にて饗応に与った。精進料理ではあったが正式な形ではなく、風情あるさまに盛りつけられている。院の御前には浅香の懸盤に御鉢。在俗の時とは違う如何にも出家した人の作法に、人々は涙を押し拭う。

 ヒカル院の車が御所を出たのは深夜だった。禄が次々に下賜され、別当大納言も供奉する、そうそうたる見送りであった。 

 朱雀院は今日の雪で風邪を引いたらしく、少し咳き込んでいたが、その目は生き生きと輝いていた。


「う、右近ちゃん……」

「侍従ちゃん……」

ヤッバ!ヤバくないコレ!まーさーかーのヒカル王子が後見役?!っていうか婿?!父代わりとかじゃないよね婿だよね!しかも自分から言っちゃったよね初め断ってたくせに!」

「そう、言わせたのよね。まず王子の古傷をつつき、間髪を入れずに夕霧くんを持ち出すこの手法……鳥肌立った。お見事」

「玉鬘ちゃんの件、絶対知ってるよね。鬚黒さんは一応候補には上がってたけど、決して進んで婿にしたってわけじゃないってことをさ。要するに、

『娘でもない玉鬘をきちんとした男に嫁に出したんだもんね偉いよね。だから姫宮もそうして貰えると助かるな☆あれ?違った?まあそれはともかく、ホントは夕霧くんを婿に欲しかったんだよね、でも時すでに遅しで超残念!』

 ってことでしょ?うわーこれ腹立つわーっていうか刺さるよね。え、私は対象外なの?!マジか?!ってなっちゃってウッカリ口が滑ったんだね王子……こっわ!院こっわ!」

「待って、フィクション……よね?そう言ってたもんね典局さん」

「そ、そうだった……いくらなんでも、ねえ?……でもでも!王子が承諾しちゃったのはホントなんでしょ?!ヤバイことに変わりはないじゃん!」

「そうね……紫ちゃんには辛いことになるわね

「やっぱり嵐になっちゃった……うわーん泣」

参考HP「源氏物語の世界」他

<若菜上 五 につづく

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