若菜上 三
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「何か、もう今日はダメ、つかれたよお……休んでいいかなあ」
「私も……このところ異常に縫物多かったものね。裳着の式関係であんなに大量にお仕事降ってきたのって初めてかも。さすがは朱雀院プロデュース……どんだけ贈り物やら引き出物やら多いのよ……すっごい盛大だったらしいもんね、上から下までずらり官人勢揃いで」
「朱雀院さま主催の儀式ってあれで最後だったもんねー。そりゃもうどこもかしこも大盤振る舞いするよね。はー腰痛い。目もショボショボ」
「ちわー、差し入れでーす」
「王命婦さん!いらっしゃーい」
「うわー、いっぱい持ってきてくれたのね。お茶まで……重かったでしょ。てかそっちも忙しかったでしょうに。ありがとね」
「私は実働部隊じゃなく指揮するほうだったからね。出来の良し悪しみてダメ出し役っていう一番嫌な奴。もう年も押し迫ってるし、あとは消化試合って感じで息抜きモードよもう」
「嬉しい……何この和から洋まで揃った福袋みたいなやつ。一足お先にお正月って感じ」
「引き出物のお菓子余ったやつまとめて貰ってきたの。すんごい沢山あったからさ♪いただきましょ♪」
「わーい!」
しばしお茶とお菓子を楽しむ三人。
右「王命婦さん、女三の宮さまの裳着の式どうだった?現地行ってたんでしょ」
王「そうなのよ聞いて。仙堂御所の柏殿ってとこでやったんだけど、まーあ豪華絢爛。西面に帳台と几帳を置いてさ、装飾系は日本製の綾錦じゃなく全部舶来もののキンキラキン。何でも唐土の皇后の僧職になぞらえたとか。腰結役は太政大臣さまでね、目いっぱいオシャレしてて中々ステキだったわよ」
侍「へえー!大臣、言われた当初はええーメンドクサイ……何で自分?とかブツブツ言ってたって小侍従ちゃんから聞いたけど!」
王「あの方ね、案外朱雀院さまには弱いのよ。今まで何か言われて断ったことない。ああいう、柔らかーい、優し気ーな人にはどうも突っ込んでいけないみたいでね」
右「ああーなんかわかる気がする。朱雀院はあのはかなげな風情の中にふと見せる、ほの暗い炎がイイのよね。誰もここまでは踏み込ませない……!みたいな。震えるわあ」
侍「え、ちょっとそれ大人すぎてアタシにはわかんないな……」
王「そうそう、秋好中宮さまからも勿論お祝いが来たわけなんだけれども、特別誂えの装束とか櫛の箱とかの中に、例の御髪上げの道具があったらしいわよ。ほら、中宮さまが入内したときに朱雀院さまから贈られたアレ、今風に手直しして、でも確実にそれとわかるような形で女三の宮さまにって」
侍「エエー!大胆っていうか何ていうか……やるねー中宮さま」
右「縁起物ではあるわよね。実際中宮の座まで昇りつめたわけだし」
王「まさにそれよ。あやかりものって扱いでね、お歌も添えられてた。
『さしたまま昔から今に至りましたので
玉の小櫛は古くなってしまいました』
院もさぞかし感慨無量でいらしたでしょうね。でもお返事はアッサリ。
『あなたに引き続き姫宮の幸福を見たいものです
千秋万歳を告げる黄楊の小櫛が古くなるまで』
思い出には触れず、ただ悦びの気持ちだけお返しって感じ。今一番大事なのは娘、と」
右「へえー、流石悟り澄ましてらっしゃる……この三日後に出家されたんだもんね」
侍「お后さま方から女房さんたち、果てはお坊様たちまで皆号泣しちゃって大変だったーって中納言ちゃんが言ってた!特に朧月夜の尚侍の君が思いつめた顔でぴったり寄り添って離れなくて、
『子を思う道には限りがあるけれど、貴女がこんなに悲しんでいらっしゃると別れが堪え難くなる。決心が鈍ってしまいそうだ』
朱雀院さまにこう言わしめたって。泣けるわあ」
右「何その尊い話。現場で見たかったわ……もう髪を下ろされたのよね」
王「本当はもっと静かな場所で、静かにやりたかったみたいよ。ただ姫宮さまのことがどうしても心配で離れられなくてこうなっちゃった」
右「そうだ、姫宮さまどうなったの?婿は誰に?」
侍「夕霧くん?柏木くん?まさかの兵部卿宮?知りたーい!」
王「まあまあ、落ち着いて。聞かれると思って持ってきたわ(パサー)」
右「……何コレ!典局さんの字じゃん!」
侍「今週見ないと思ったら……もしかして、あの怒涛の日々の後に書いたの?!早すぎ!凄くない?」
王「婿が誰になったかは本当のことだけど、後は典局さんのフィクションだからね?そこんとこ宜しくね。では、私そろそろ戻るわね」
右「そうなの?もっとゆっくりしていけるのかと……ありがとね」
侍「ご馳走様でしたー♪また来てね!」
手を振りつつ去っていく王命婦。
右「さて」
侍「どっちが先に読むかジャンケンする?」
右「いや、一緒に見ようよ。まだお菓子も一杯あるし、どうせもう今日は仕事になんないし」
侍「さんせーい♪」
参考HP「源氏物語の世界」他
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