梅枝 三
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「いよいよ明石の姫君が入内って、早くなーい?ついこの間、大堰の山荘から六条院に連れて来られておかーさーんってベソかいてたのにさあ……ああ、オバサンっぽい言い方しちゃった☆」
「平安時代って早婚だからね。それでも、ホントいうと秋くらいまで引っ張りたかったみたいよ。でも春宮さまが、絶対美人に違いない!早く近くで見たい!って超期待してるからそれ以上はとても延ばせないって、乳母のせっちゃんがこぼしてた」
「うーん今度の春宮さまってオマセさん☆今上帝は、初めのうち弘徽殿女御さまともお友達感覚でキャッキャしてたもんねー。あ、そういや小侍従ちゃんからちょっと聞いたんだけどさ、内大臣さま本気で焦ってるらしいよ雲居雁ちゃんのこと。夕霧くんが知らんぷりしてるから」
「雲居雁ちゃんてもう二十歳になったんだっけ?このままだとマジで行き遅れちゃうもんね。今王子のところが入内準備だのなんだのでブイブイいわせてるから余計だろうね」
「そうそう!小侍従ちゃんによれば、相当参ってて、もうちょっと早くに許してやってれば……でも今更どう切り出すか……って優柔不断にくよくよしてるらしい」
「夕霧くんはさー、少納言さんも言ってたけど怒ってるんだよね。六位の浅葱ヤーイって散々侮辱されたのが未だに許せない。せめて中納言になって見返してやる!くらいの気でいるよ?」
「まーだそんなこと言ってんの?!もう誰も馬鹿にしたりしてないじゃん……ちょっと頑固すぎなーい?他の女にフラフラフラフラするのも困るけどさー、こういう感じも扱いにくいよね……王子、どうする気なんだろ」
「実はさ、夕霧くんに別の縁談が来てるのよね」
「エエエー!マジかー!だ、誰だれ???」
「右大臣とか、中務宮とかの娘さんだって。夕霧くんだってもう十八歳、太政大臣の御曹司で出世株の超優良物件なんだから、そりゃ色んな所から狙われるわよ。王子にしても、こんなに長引くと思ってなかったから結構困ってるのは困ってるんだよね。ご本人に聞いてもなんも言わないしさ。こんな調子よ。
『親には言いたくないって気持ちはわかるよ?口挟まれたくないよね。私だって、畏れ多くも父帝の御教訓でさえちっとも聞きゃしなかったんだから。でもさ、今になって考えてみると間違ってなかったなあと思うよ。うるさいこと言うと思うだろうけどちょっと聞いて?そうやっていつまでも独り身でいるとかえってアレコレ詮索されるよ?何かよんどころない事情があるんじゃないの?とかさ。そうやってフラフラしたまんま成り行きに任せた挙句、イマイチな身分の女とウッカリくっついちゃったりしたら目も当てられないし、ちょっと情けないよね。かといって高望みしすぎてもうまくいかないし限界はあるから、とにかく浮ついた心を起さないようにね。私は宮中育ちだから、常に人の目があって窮屈でね。ちょっとでも失敗すれば軽率だのなんだのと謗られちゃうからって慎重にしていたんだけど、それでも誰彼とどうだこうだって疑われたり噂流されたり、まったく世間ってものはね』
王子って隙あらば自分語りで、しかも相当補正されちゃってるし、この時点でハア?って気持ちが顔に出てたわね、夕霧くん。でも止まらない。
『低い位階で気楽な身分だからって油断して羽目を外さないようにね。舞い上がっちゃうと、妻子がいない分歯止めがきかないんだよ。それで失敗しちゃった例なんていくらもある。よからぬことに熱中して浮名を立てて、相手にも恨まれちゃうのは後々に響くよ。結婚した後も、一緒に暮らしてるうちに思ったのと違う……これは我慢できない!とかいうことも出て来たりするんだよ。でもそこで諦めずに気持ちを立て直す。女の親の心に免じるとかさ。親がいないしお金持ちでもないって相手でも何か一つ取り柄があれば、例えばすごく可愛げのある人柄ならそれでよしとする。とにかく自分のため、相手のため、末永く添い遂げられるような、細やかな配慮を常に忘れないことだね』
って、大体いつもこんな感じでお説教。覚えちゃったわこんな長いのに」
「(笑)自分の失敗を繰り返さないようにってか?でも全然タイプ違うもんねー王子と夕霧くんじゃ」
「そうそう、王子だったら絶対こんな長い話聞いてるふりで全スルーだよね。夕霧くんは律儀だからさ、何だかんだ言われたことは守ってるのよこれが。だから他の女に本気にならないよう制御してるわけ」
「うわー何か……メンドクサ……さっさと雲居雁ちゃんにプロポーズすればいいじゃん。もうこの際王子に甘えてさー気まずいから父同士でお願い!って言えばホイホイ乗ってくれるっしょその感じなら」
「まあそもそも王子自身が夕霧くんに甘えを許さなかったわけでね。内大臣さまを恨んでるようでその実、根っこは王子なのよ。だからややこしい」
「あーもう要らんこと考えすぎ!男ならドーン!といけー夕霧BOY!雲居雁ちゃんをゲットだぜー!」
ピコーン♪
「と言ってるうちに後輩ちゃんからよ、侍従ちゃん」
「小侍従ちゃんね!ヤッホー!」
す、すみません突然……緊急連絡です!
夕霧さまがご結婚なさるって、本当なんですか?!
右「今ちょうどその話をしてたわ。縁談の話は本当だけど、全然具体化はしてないよ?本人にこういうの来てるよって話しただけの段階」
侍「もうそっちにまで回ってんだ!早すぎじゃない?」
そ、そうなんですか?!……よかった。実は、数日前に内大臣さまがコッソリいらして、
「姫よ、落ち着いて聞いてね。とある女房から聞いたんだけど……
『中務宮が自分の娘を夕霧にと、太政大臣の内意を伺って約束を取りつけたそうだ』
と。何と酷い話じゃないか?あのヒカルの、口添えともいえない口添えに私が応えないものだから、別口に持っていかれたんだろう。ああ……今更弱気になって頭を下げても、人に笑われるだけだろうな……」
なんて涙ぐみながら仰ったんです。姫君はそれこそ衝撃で口もきけない、顔も上げられない状態に……泣き顔を見られないように後ろを向いていらしたんですが、そのお姿が本当に痛々しくお可哀想で。
「どうするか……やはり此方から申し出て、先方の意向を聞いてみるとするかな……うーん」
などとぶつぶつ呟かれながらすぐお帰りになられたんですが、姫君はもう茫然自失ですよ。お手紙だってさほど頻繁ではないにしろやり取りは続いておりましたし、内容だって誠実な感じで、心変わりを思わせるようなことは一度もありませんでした。
「父君に泣いていたのを気づかれてしまったかしら……どう思われただろう。わたくしはいったいどうしたら」
ちょうどそのタイミングで、夕霧さまからお手紙ですよ。間が悪いですよね……それでもご覧にはなりました。
「つれなさは辛いこの世の習性となっていきますが
それでも忘れない私は世間の人とは違っているでしょうか」
丸っきりそんな素振りもないこのお手紙を、逆に憎らしく感じられたか、
「もうこれまでだと、忘れがたきを忘れるのも
此の世の習性の人心なのでしょう」
そんなお返しをされたようです。さぞかし夕霧さまは不審に思われたでしょうね。
侍「アチャー……雲居雁ちゃん……泣」
右「まったくもう、親同士でサッサと話進めればよかったのよ結局は。変な意地張らないでさあ」
小「ですよね!ああ、でもここにご相談してみてよかった!ひと安心しました!……でも、姫君にとってはそういう話が来てるってだけで、悲しいことですもんね……」
右「さすがにここまで来たら内大臣さまが何とかすると思うわよ。何にし女房の立場じゃ出来ることないから、逆にその縁談の件には触れないで普通にしてるのがいいかも」
侍「そうそう!小侍従ちゃんが『アレってガセみたいですよ』って言ったところで、それも伝聞っちゃ伝聞だし、私周りに気を遣われてるんだわ……ってなるとそれはそれで辛いジャン?放置でイイと思うアタシも!毎日を楽しく!」
小「そうですね……本当にそう……楽しく、ですね。了解です!ありがとうございます、いつもいつも。ヒクッエグッ」
侍「ほらほらー、泣かないの!笑顔笑顔!」
右「しっかりね!雲居雁の姫君を支えてあげてね!」
小「ありがどうございまずううう。で、では失礼じまず……」
「ここ、すっかり若手の悩み相談室と化したわね……」
「まあいいじゃん、特に害もないし。それにしてもあのお二人どうなるかね。いよいよ内大臣さま動く?!」
「おめでたい方向に吹く嵐ならどんどんやっちゃってほしいわね」
「まったくだ(笑)」
参考HP「源氏物語の世界」他
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