真木柱 八
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「ちょっと考えたんだけどさ、紫ちゃんがもし、父君の式部卿宮に引き取られてたらどうなってたかね?ヒカル王子、その後も宮邸に通ったりしたかなあ」
「どうだかね。あの当時まだ紫ちゃん子供だったし、正直手紙のやりとりも微妙……自然消滅してた可能性もあるかも」
「いやさ、鬚黒大将さんが六条院を『余所』って言い方してたじゃない?確かに、平安時代の通い婚システムって男にとっては気が張る感じよね。余所のお家にお出かけだから服装から何からちゃんとしなきゃだし、相手の親にも超チェックされまくりだし。大将さんが式部卿宮に向かう時もガッツリ正装してったもんね。そりゃメンドクサーもう自分の邸に連れてっちゃえってなるわ」
「男側にそれなりの経済的余裕があっての話だけどね。まあアレよ、王子は自分でやったことが巡り巡って返って来ただけなのよ。わかってるから余計腹立つんでしょ。立場上、もう下手なことできないし」
「なんだかねー、権力者っていってもそんな怖くないよね今の大臣方は。内大臣さまに至っては逆に大将さんに気を遣ってる感じ。次世代の実権握るの確定だからかなー。世知辛いわあ」
「玉鬘ちゃんも、ぶっちゃけもう人妻としての自分を受け入れてるわよね。帝に口説かれたところが分岐点。そのまま内裏に残って仕事するわ!夫?たまに帰ればいいっしょ、とはならなかった。あの夜内裏から退出することを選んだ時点で、もう決めちゃったのよ鬚黒大将の妻としての人生を」
「ああ、何だか勿体ない気もするけど……元々の身分からしたら破格の縁談ではあるもんね。熱烈に望まれての結婚だし、王子と微妙な関係のまま六条院に留まって、更に内裏でも他の女御さまの手前気を遣いつつ帝のお誘いをうまくかわして、もキッツイ気はする」
「私としては、ほぼ無理やりに近い形で結婚に持ち込んだ大将殿はどうにも気に入らないけどね。この時代、特に高貴な女性には選択権はほぼ無いも同然だから仕方ないんだけど……モヤモヤするんだわ同じ平安女子としては」
「それはわかる、わかりみ……玉鬘ちゃん、いつまでもツンツンしてればいいのに!とか意地悪なこと思っちゃうけど、それだと本人も幸せになれないもんね。ああーつら!女ってつら!玉の輿はやっぱり地雷!」
ピコーン♪
「えっ誰?!あっ……たしか、中将の御許さん!」
「あらま、王命婦さんが繋いでいったのね。こんにちは」
こんにちは、中将の御許です。鬚黒大将殿の北の方、お方さまに付いて式部卿宮邸におります。おりますが……もう帰りたい気持ちでいっぱいです。聞いて貰えます?
「アッハイ(深刻そう)」
「私たちは本当に聞くだけで、何も出来ませんけど……いいですか?」
もちろんです。此方じゃおちおち愚痴も言えないので。
お方さまのご病状が、明らかに以前より悪化されてるんです。ええ、物の怪の仕業ですから、場所を変えたからといって回復するわけもないとわかってはおりました。
ですが、このお邸は環境が悪すぎます。何といっても、あの……宮さまご夫妻、特に北の方さまが。
鬚黒大将さまはあれ以来此方にはいらっしゃいませんし、ご機嫌伺いのお手紙などもないですが、生活の面倒はきちんとみてくださっています。何といっても愛娘である真木柱の姫君がおられるので、お見捨てになるようなことは絶対にないと断言できます。そういう愛情と責任感は強い方なのです。
ところがお方さまは……ご実家で毎日何もしなくていい生活、ある意味暇な時間が増えすぎたせいもありましょうか、昔の色々なことを変に思い出されて、一日の大半を大将殿の悪口三昧に費やされています。本来、お身内の方がなるべくその件には触れず、関係ない話題を振るなどして、少しでも気持ちを明るく前向きにしてくださるのが理想なんですが、真逆なんです……何の話をしていても、全部大将殿が如何に酷いかっていう方に持ってかれてしまって……あの北の方さまに。宮さまは一応諫められるんですが、結局は止められませんし同調されちゃってます。
発作の回数が明らかに増えています。あの灰かぶり事件程酷く荒れ狂ったことはないのですが、回数が増えた分、お方さまのお疲れが酷いのが気になります……発作の後は暫く、何も召し上がらないままずっと寝ていらして、何を話しかけても反応しません。何日しかしてようやく少し元気が出てくると、また延々と大将殿の悪口……その繰り返しなんですが、寝込む日数が徐々に長くなってる気がするんですよ。本当、良くないです。私どもにはもう何も出来ず……ただ気が滅入るばかりで。
「大変すぎ……え、もうお暇をいただいちゃったら?御許さんまでおかしくなっちゃわない?」
「とはいえ、戻るのも戻りにくいわね。真木柱の姫君はどうなさってるの?お元気?」
お元気ですよ!姫君は、私たち女房の唯一の希望であり慰めでもありまして、邪魔が入らないときは極力のんびりと、お天気の話をしたり季節の花を愛でたりと、何気ない日常の楽しみを少しでも見つけるようにしています。父君の大将殿がいらっしゃることはありませんが、代わりに弟君のお二人が頻々と遊びに来てくださるのは助かります。ただ、それもちょっと困ったことが……。
あちらの、大将邸にいらっしゃるお方……尚侍をやってらっしゃるという。ああ、玉鬘の君と仰るのですね。とても素晴らしい方と聞いております。ご容貌だけでなくお心ばせも。
何しろ二人の弟君が口を揃えて、
「新しい母君ね、すっごいキレイですっごい優しいんだよ!」
「毎日、いろんな面白い遊びを教えてくれて、一緒にやってくれるの!」
ってニコニコ顔で褒めちぎられるんですよ。
「姉君も此方に来られたらいいのに!」
別れ際に必ずこう言われて、その場では健気に笑顔でいらっしゃるんですけど……後で、私しかいない時に、
「御許さん……私、どうして男の子に産まれて来なかったのかしら。弟たちが羨ましい。私も元の家で一緒に暮らしたい」
って泣かれるんですよ……もう、私も貰い泣きしちゃって。
「あああ……可哀想すぎる。その年にして女は損って認識しちゃうなんて」
「それこそ宮仕えしたらいいのにね。自分の父親の悪口三昧の祖父母と母に囲まれてても、悪影響こそあれ楽しくもなんともないじゃん」
そうですね……宮仕え。宮さまのあの感じじゃ、どうも芳しくないですね。どこからか良い縁談があるといいのですが。
ああ、でも大分スッキリいたしました。こんな埒も無い愚痴を聞いていただいてありがとうございます。実はこの間、あちらの木工の君から、どうも玉鬘の君が身ごもられたらしいと聞いたんです。それで、これ以上暗い話を聞かせるのも……と気が引けてしまって、こちらに。
「ええー、おめでた?!早っ!」
「おめでたいことだけど、御許さんにしてみれば複雑でしょ。無理しないでね、聞くだけならこちらでいくらでも出来るから」
ありがとうございます。でも、私もいつまでも凹んでばかりはいられません。姫君がお幸せな結婚をして、一日も早くあの邸を出られるよう、精一杯サポートしようと思いますわ。お話聞いていただいて元気が出てきました、本当にありがとうございます。ではでは、また。
(タブレットオフ)
「はー、まさかここでも女の辛さが話題に出るとは……何かシンクロしてるわねん」
「玉鬘ちゃんも名実ともに大将さん家の人になるのね……まあ、幸せならばそれでいいんだけど……うん」
「元気出して、右近ちゃん!別に大将さんなんて無理に好きになる必要はないじゃん。ただ玉鬘ちゃんの幸せと安産を祈ろう!あ、あと真木柱の姫君も!中将の御許さんも!ついでにアタシたちも!」
「そうね。祈りましょう!」
開 運 招 福!!!
疫 病 退 散!!!
参考HP「源氏物語の世界」他
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