真木柱 九
こんにちは、内大臣家で雲居雁の姫君にお仕えしてます小侍従です!早いもので、此方に来てからもう五年になります……あっという間でしたね。
ところでこの十一月に、嬉しいお知らせが届きました。玉鬘の君が無事男の子をご出産されたそうです!おめでたいですね!鬚黒大将はもう狂喜乱舞の勢いでメチャクチャ大事にお世話なさってるとか。内大臣さまも、
「なんと運の強い娘よ。期待通りの幸せを掴んだな」
とたいそうお喜びでした。他のごきょうだいたちにも劣らぬ、それは可愛らしい若君だそうで、暫く邸内はその話題で持ち切りでした。
ただ、玉鬘の君と特に仲の良い柏木中将さまは、こっそりこんなこと仰ってました。
「おめでたい時にこんなことを言うのもなんだけど、同じことなら入内してのご出産ならもっと良かったよね。帝にはまだ皇子がいらっしゃらない。密かに嘆かれているのを目の当たりにしている身としては、あんな美しい子が帝の御子だったら、我が家はどんなに名誉なことだったろうなと思ってしまう」
まあ、内大臣家のご長男としてはわからなくもないですけど……ちょっと手前勝手な願望ってやつですよね。
玉鬘の君はまだ尚侍として大将邸で公務を取り仕切ってらっしゃいますが、この分だとこのままもう参内することはなさそうです……残念。でも仕方ないですもんね。ああ、私も見てみたいです若君!
そうそう、同じ内大臣さまのご息女でもうお一方、尚侍を望んでいた方がいらっしゃいましたね……そうです、あの、近江の君です。
玉鬘の君のお幸せに、よしアタシも!って思ったんでしょうね。こんな言い方するのも何ですけど、変に色気づいたっていうか、浮足立っちゃって大変なんですよ……弘徽殿女御さまも、
「今に何かとんでもないことを仕出かすのではないかしら」
と何かにつけハラハラしておられます。何せ内大臣さまの
「今後は人前に出てはいけません」
って言いつけを全っ然聞かない。相変わらず大勢の人の中でセカセカ動き回って、目立ちまくってます。
いつでしたか、里下がりした女御さまのもとに殿上人が大勢、しかも評判の高い方ばかりが参上して、楽器を演奏したことがあったんですね。ごく私的な集まりですから皆さんくつろいだ感じで、手拍子を打ったり楽しそうでした。秋の夕暮れってそれだけで風情があるじゃないですか、そんな中あの宰相中将……夕霧さまもふらりと立ち寄られたんですね。もちろん皆さま大歓迎で、いっそう賑やかになりました。
「あら、夕霧さま何だかいつもと違って砕けてらっしゃる。あんな風に冗談を仰ることもあるのね」
「やっぱりこの中では断トツに素敵だわあ」
なんて女房さんたちが物蔭から口々に褒めちぎっていたら、近江の君が人波を押しのけてどんどん前に出て来るんですよ。
「え、ちょっと待って、どこまで行くの?」
「そんな前に出ないほうが」
皆が引き留めるんですが、いつものアレですよ……超怒ってるオーラむんむんで、目を吊り上げて誰彼となく睨みつけるもんですから、皆ドン引きしちゃって。
「いや全然怖くないんだけど……」「何するつもりなの?」「余計なことを口走らないといいけど」
ひそひそお互いにつつきあっていましたら、
「アレが夕霧さん?!そっかーあの人ね!」
ヤッバ、超イケメンじゃん!って指さして大騒ぎですよ。本人は小声のつもりなのでしょうけど、一言一句くっきりはっきり聞こえました。多分そこにいる全員に届いたと思われます。
「えっ、ちょっと」「しーっ、聞こえちゃいますわよ!」
周りの女房さんたちが目くばせしつつ本当の小声で諫めますが無駄でした。とっても爽やかなよく通る声で、
「沖の舟さーん!寄る所がなくて波に漂ってるんなら
アタシの方から棹さして近づくからお泊りする場所教えて!
『棚なし小舟』みたいにずっとおんなじとこばっかグルグルしてんのね!あっ言い過ぎ?ごめんなさーい!」
※堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ帰り同じ人にや恋ひ渡りなむ(古今集恋四-七三二 読人しらず)
って。もう唖然茫然ですよ。まして夕霧さまは口ポカーンでした。
「えっ普通そこまで言う?ていうか誰?!……あ!もしかして例の」
思い当たったんでしょう、速攻で切り返されました。
「寄る辺ない風に弄ばれる舟人でも
行きたくない場所には磯伝いなどしませんよ!」
男性陣はどっと沸きましたが、こっちは修羅場でした……相手してくれたー!って調子こいちゃってなおも言い返そうとする(ていうかもう言っちゃってた)近江の君を必死で皆で止めて口ふさいで、奥に引っ張り込むまで、もう逃げ出したい、穴があったら入りたい気持ちが無限大でしたわ……女御さまも顔を赤くしたり白くしたりでしまいには突っ伏されてしまいましたし……本当にもう、この方どうしたらいいのやら。
参考HP「源氏物語の世界」他
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