おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

真木柱 六

2020年12月12日  2022年6月9日 


 「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん」

「なんちゅうか……やっぱりヤバイね、式部卿宮のご夫婦って。前はあの北の方だけがダメなのかと思ってたけど、ダンナの方もちょっと……王命婦さん経由でお酒とかお菓子とか散々いただいておいて言うのも何だけどさー」

「そうねー。何ていうか、あの方いっつも行き当たりばったりなのよね。以前も言ってた気がするけど、誠意が無いっていうかさあ。紫ちゃんのことだってそうじゃん?少納言さんが無理に連れていったってデマをそのまま、これ幸いと呑み込んで知らんぷりの放置だったし、王子が干された時も京にいる間はチャッカリ宴会とか参加してたくせに、いよいよ雲行きが怪しいとなったら手のひらクルリンパで文すら出さないし、娘の王女御さまだってもっと盛り立ててほしいならそれなりに自分で色々活動すればいいのに何もしない。大将のご子息二人も連れていかれるまま。で、奥さんがギャーギャー言ってるのを嗜めるふりしつつ心中では超同意。似た者夫婦よね」

「言っていい?あの娘さん、鬚黒大将の奥さんもさーちょっと毒親風味よね。ダンナに腹は立つだろうし悔しいのもわかるけどさー、子供に『お父様のせいでアンタらお先真っ暗だから!』なんてこと延々とさあ……もっと言い方あるでしょうよと」

「ああいう陰々滅滅とした感じ自体ご病気のせいなのかもしれないけど、ご実家の面々も癒やすどころか余計に煽りそうな勢いだもんね。お子さまたちは不憫ね……男の子二人は逆に離れてよかったかもしれない。真木柱の姫君はどうかな。大事にはされるだろうけど心配だわ」

「玉鬘ちゃんも大丈夫かなあ。全然心を開いてないまま、あの花の六条院からいきなり大将邸になんて無理すぎじゃない?」

「ホントそれよ。あの朴念仁もそこは承知してるみたいで、やっぱりちょっとだけ宮仕えさせようかって話になってる。今上帝に対して筋目を通す意味もあるのよね。そこはさすがに春宮の後見役候補よ、大人の判断ね」

「帝も気になってた女子!を横からかっさらった形だもんねー。王子はそれで須磨に下ったわけだしー、そこを突かれると弱いわよねん」

「いや、アレに関しては王子も大概だから。ていうか比べるの無理だから。それはともかくとして、年明けに男踏歌あるから、それに合わせて参内って感じらしい」

「へー!そっか、イベントに合わせてね。もうコッチがいい!ずっとここで働くわ!ってなりそうじゃない?」

「そうそう。大将もそれを恐れてるみたいね。実際、既婚者でも宮仕えしてる女性は結構いるし、玉鬘ちゃん自身が強く望めば反対もしにくいから」

「帝をはじめハイスペック男子揃いだからねえ宮中は。玉鬘ちゃんなら人妻でもモッテモテになりそう!そりゃ心配にもなるわよねん。たーのしみー♪」

「侍従ちゃん期待してるわね(笑)」

「そりゃあもう(笑)」


〇宰相の君が語る@内裏

 明けましておめでとうございます、玉鬘の君にお仕えしております宰相の君です。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。本当にこの度はとんだことで、いえ、もちろんおめでたいことと存じ上げてはいるんですけれど……お傍付きの女房としては反省しきりです、はあ……いけませんね新年から愚痴は。そういう後悔はすべて古い年に置いていきましょう。

 ということで気を取り直して、玉鬘の君の、尚侍として初めての参内について語らせていただきますね。

 何しろ私たち西の対のメンバーの殆どが、人生初の内裏!でございましたので興奮に次ぐ興奮です。太政大臣、内大臣、そして近衛の右大将という強力なバックアップのもと、衣装から儀式から、何もかも素晴らしく盛大なものでございました。割り当てられた場所は承香殿の東面の局、夕霧宰相中将さまをはじめごきょうだいの公達も多く参集されて、それはそれは麗々しく賑やかでした。

 ただ、同じ御殿の西面には……王女御さま、あの式部卿宮のご息女が……偶然とはいえ何という巡り合わせでしょう。東西を隔てるのはただ狭い馬道だけですが、お互い心の距離は無限大といった感じでしたね……。

 いま宮中には、秋好中宮さま、弘徽殿女御さま、王女御さま、左大臣家の女御さまの他、更衣としてお二人……五節の舞姫として伺候されそのまま入内された按察使大納言の外腹のご息女、ヒカルさまのご家来である良清さまのご息女が伺候しておられます。この日は男踏歌ということで、それぞれのご実家の皆さまも物見のため大勢参内され、誰も彼も綺羅を尽くして、御簾から零れる袖口の色襲など目にも眩しい華やかさでした。此方からは、春宮さまとその母君がいらっしゃる梨壺の辺りがみえましたが、ひときわ雅やかで素敵でした。どちらを見ても目の保養でしたね。

 男踏歌のご一行は帝の御前、秋好中宮さまの御方、朱雀院さまのおられる仙堂御所の順で巡ります。例によってどんどん時間が押しますので、今年は六条院の方は辞退されたそうです。仙堂御所から帰参されて春宮さまの御方々を巡るうち、夜が明けました。

 ほのぼのと美しい朝ぼらけ、したたかに酔い乱れた格好で「竹河」を謡います。内大臣家のご子息がたが四五人ばかり、その揃いも揃った美声と美男っぷりに、あちこちからため息が漏れました。

 中でも殿上童の二人が目を引きました。一人は内大臣さまの正妻腹の八郎君で、殊の外大事にしておられるとか。もうお一人は鬚黒大将さまの太郎君です。玉鬘の君にとりましては実の弟君と、夫となられた方のご子息。まあお可愛らしいことと皆が褒めそやすのと一緒に、笑みを浮かべられてご覧になっておられました。

 それにつけても此方の局は、他の、長く宮中におられる高貴な方々のそれとは異なり、やはり初々しく新鮮な感じがいたします。身内びいきかもしれませんが、同じような衣裳の色合いであったり襲であったりしてもどこか若い感覚といいますか……皆初めての内裏の素晴らしさに心も浮き立っているせいでしょうか。このまま暫くここで過せたら……などと言っている声も聞こえました。

 私どもの局は最後にご一行をもてなす水駅のお役目がありました。大将殿が采配されたご饗応の準備は完璧で、禄に授ける綿も色つやよく洗練されたものでした。初めてのことに緊張はしましたが、尚侍である玉鬘の君を筆頭に、満足いく仕事が出来たと思います。すべて終了した頃にはもうすっかり明るくなっていましたが、心地よい疲れの中、私たちも束の間の眠りに落ちたのでございます。

 

 ところがそこに水をさすようなことが起こりました。

 宿直所におられた鬚黒大将さまが、

「夜には退出なさるように。こういった華やかな催し事で、お心が移りそうな宮仕えは安心できません」

 とお手紙を寄越してこられたのです。しかも同じ内容を何度も何度も。もちろん玉鬘の君は一切お返事なさいません。あまりにもしつこいので辟易した女房の一人が代わりに、

「太政大臣さまの仰せられたお言葉をお伝えいたします。

『慌てて戻って来ることはないよ。滅多にない参内なのだし、心ゆくまでいたらよろしい。帝のお許しを得てから退出されるようにね』

 とのことでした。今宵にとはあまりにあっさりしすぎなのでは?」

 と書いて出したのですが、それでも相当ぶつぶつ仰っておられたとか。

「あれほど申し上げたのに……何とも思い通りにいかない夫婦仲だ」

 何というか、全てにおいてやり過ぎなんですよね。若い女子がウザイ!って思うようなことばっかりやらかしちゃうっていう……お美しい方ですからご心配はわかるんですけど。

 そうそう、そのご心配が現実になったようなことも起こりました。なんとあの兵部卿宮さまからもお手紙が届いたんですよ!午前中の管弦の遊びに伺候されておられたようで、大将殿のお手紙に紛れる形で取り次いでしまったんですね。

「深山木に羽うち交わしている鳥が

またとなく妬ましい春です

 鳥の囀る声が耳に残りまして」

 どうですかこの宮さまの悲痛な思い!玉鬘の君にも少なからず刺さったのでしょう、顔を赤らめて返事に迷われているところに……さらなる重大事態が!


 あの方が……あの方が承香殿にお渡りに!

 誰だとお思いですか?!なんとなんと、今上帝にあらせられます!びっくりです!!!

 月が明るい夜にございました。その光に照らされたお顔のお美しいことといったら……!ヒカルさまにとてもよく似ていらっしゃいました。年が離れているとはいえごきょうだいですから、当然といえば当然なのですが、あのレベルのお方がこの世に二人もいらっしゃるなんて……と女房一同ただただポーッと見とれてしまいました。

 もう正直、兵部卿宮さまや大将殿どころではありません。ヒカルさまとそっくりなお姿の若い帝が、この上なく優しいお声で、期待していたことと違ってしまってとても残念だと仰るのですよ!玉鬘の君はもう、畏れ多さのあまりお顔を袖で隠したまま、お返事も申し上げられません。

「どういうお心からなのか、黙ってばかりですね。位階の昇進についてもご存知でしょう?何も気に留めていらっしゃらないようなご様子なのは、そういった御性分なのですか?

どうしてこう一緒になりがたい貴女を

深く思い初めてしまったのでしょう

 これ以上深くはならないまま終わるのでしょうか」

 帝の表情も声も、此方が恥ずかしくなるほどの若々しさとお美しさでしたが、玉鬘の君は「帝といえども同じ人間でいらっしゃるのだから」とばかりに気力を奮い起こされました。初めての宮仕えにも関わらず、通常より高い位階を賜ったそのお礼を何としても申し上げねばなりません。

「いかなる色とも存じませんでした

この紫は、深いお情けからくださったものなのですね

 ただ今からはそのように弁えましょう」

 帝は微笑まれて、

「今から弁えますと仰る。それはもう甲斐のないことですね。愚痴る相手がいれば、どういう道理なのか聞いてほしいところです」

 はっきりと恨み言を仰せになりました。大変畏れ多いことですが……玉鬘の君にすれば、またか!という瞬間でしたでしょう。

(帝までもこんな……もういい加減にしてほしい)(愛想よくすればまた誤解される。男の方の困ったお癖というものだわ)

 人妻になられたとはいえまだ日も浅く、まして内裏は初めてでございます。適当に話を合わせてかわすということもお出来にならず、貝の蓋が閉じたような態度でいらしたのはもう致し方ないことだったかもしれません。帝もそれ以上お戯れ事を仰せになることもなく、

「そのうちにここでの暮らしにも私にも慣れて、受け入れてくださるでしょう」

 お帰りになられました。


 その後がさあ大変です。帝のお越しを聞きつけた鬚黒大将さまが、言わんこっちゃない!とばかりに再び矢の催促で退出を迫られます。玉鬘の君ご自身でも「このままでは身分に相応しくない事態にもなりかねない」と不安になられたのでしょう、GOサインを出されました。

 この時の大将殿の動きの速かったことといったら!もっともらしい口実を創り上げて内大臣さまに根回しし、退出のお許しを勝ち取られました。帝は承香殿に再びお渡りになられ、

「さらばと言うしかないね。ただ、これに懲りて二度と出仕をさせないというのでは困るよ。辛い事だね、誰より先に望んだというのに人に先を越され、機嫌を伺うしかないとは。昔にもそのような例はあったのかもしれないが……聞いていたよりずっと素晴らしい方だったというのに。いや、初めに何も聞いていなくとも、きっと目を留めずにはいられなかっただろう」

 本気で残念がっておられました。

 だからといって、このような一時のお戯れといっても過言ではないお心を本気にして、ただ嫌われまいと、一気に距離を縮めて擦り寄るのも畏れ多いことにございます。玉鬘の君は「私は私。我を失わないようにしなければ」とばかりに静かにしておられました。

 お迎えの車が寄せられて、彼方此方からお世話役の人々が集まり待機しています。大将殿はまして煩いくらいお傍を離れず、誰彼となく指示を飛ばされ、たいそう騒がしい有様でした。

「ここまで厳重に、付きっ切りの警護をすることもあるまいに。不愉快だ」

 帝はすこし嫌な顔をされつつ、

「幾重にも霞が隔てたならば梅の花の香は

宮中にまでは届かないだろうか」

 率直なお気持ちを歌に詠まれました。

「『野をなつかしみ』このままひと夜を明かしたいものだが、春の野の花を惜しむ者がいる。我が野ならばそう思うのも致し方ないが……これからどのように便りをすればよいものか」

※春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける(古今六帖六-三九一六)

 さすがにお返事をしないわけにも参りません。

「香りばかりは風にお言付けください

花の枝に並ぶべくもない私ですが」

 勿体ないお心に後ろ髪を引かれる思いだったでしょう、車に乗られた後も振り返りがちでいらした玉鬘の君にございました。


 ところが……って私、ところがって言ってばっかりですね……あまりにも予想外のことがあり過ぎたんですよ、すみません。てっきりそのまま六条院にお帰りかと思いきや、何故か車は別方向へ。そうです、大将邸へ向っていたんです!

 勿論、ヒカルさまには反対されるに決まっていますから、何と内大臣さまの方にだけ!打診されたっていうんですよ。

「急に風邪で気分が悪くなられたものですから、気楽な所で休ませようと思います。余所に離れていては心配ですから」

 しれっとこうですよ。六条院を「余所」とはよく言えたものです……内大臣さまからしたら、強く断る理由もありません。あまりに急すぎるし、格式も何もあったものではないと思われたようですが(後で小侍従ちゃんに聞きました!)、

「如何様にでも。元より私の自由にならない人のことだから」

 と不承不承お認めになられたというんです。

 実の父君が承知されたなら、尚更ヒカルさまがどうにかできるものでもありません。ただそっけなく「大将邸に退出されました」というお知らせを、不本意ながらも受け入れるしかありませんでした。

 玉鬘の君ですか? もちろん驚かれて、「塩焼く煙」がまさか其方へ靡くとは……と強引なやり方に呆れてはおられましたが、帝のこともあり少しほっとしたお気持ちでもあったようです。大将殿はまんまと玉鬘の君を我が邸に「盗みとられた」わけで、ご満悦でいらっしゃいました。

※須磨の海人の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(古今集恋四-七〇八 読人しらず)

 ですが、やはり悪癖はすぐには治らずで、大将殿が帝のお渡りをネチネチと嫉妬し責め続けるのには閉口されておられました。

「わたくしにどうしろと仰るのかしら。言っても詮無い事をいつまでもグチグチと」

 と相変わらずご機嫌は斜めのまま、なかなか仲睦まじくとはいかないご夫婦にございました。それでも大将殿は念願叶った嬉しさに、明け暮れご一緒に過ごしておられます。

 式部卿宮邸とはもうまったく音信不通状態です。彼方では、あのように冷淡に追い返したことを後悔されているらしいですが、まあ後の祭りでしょうね。

 さて、私も何度か六条院には帰らねばなりません。突然すぎて何も片付けてもないですし、周りにご挨拶もしてないし。はあ……まったく。美しすぎる方も色々大変ですよね。私、普通でよかったかもしれません。

 宰相の君からは以上です!ご清聴、ありがとうございました!

参考HP「源氏物語の世界」他

<真木柱 七 につづく

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